政治をかき回し、芸能界を騒がせ、ほかの地域の人を驚かせるこの街は、しかし、どこかで「無理」をしているようにも見える-。「コテコテ」のイメージのウラにある「大阪の素顔」に迫ります(本記事は、「週刊現代」2024年2月3・10日合併号の記事を再編集したものです)。
昨年末、ダウンタウンの松本人志に関する週刊文春の報道が出て以降、少し懐かしい動画や画像が、SNS上でしばしば拡散された。
’90年代の人気番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系列)の一部を切り出した動画や画像である。よく知られるように『ごっつ』は、ダウンタウンを筆頭に芸人やタレントがコントを披露し、爆発的な人気を誇った番組だ。
今回出回った「切り抜き」でとくに注目を集めたのが、当時まだ駆け出しだった女優の篠原涼子が、松本にどつかれたり、股間を触られたりするシーンだ。いまでは考えにくい演出に、批判的な反応が寄せられたのである。
ところで、こうした「切り抜き」や松本問題に対するネットユーザーの反応には、これまでになかった特徴が見られたという。在京キー局のディレクターが言う。
「それは『大阪の笑いは乱暴なんじゃないか』といった反応です。ダウンタウンのお二人は兵庫県尼崎市の出身ですし、もちろん大阪の芸人が全員乱暴だなんてこともない。でも、今回の件で大阪の『イメージ』が悪くなっている感は否めません」
Photo by gettyimages
大阪人にとってはとんだとばっちりだが、その一方で、多くの人が、大阪といえば「オモロイ」というイメージに加えて、「ツッコミがキツい」「ズケズケした物言いが下品」といったイメージを抱くのもたしかだろう。
セクハラやパワハラ、暴力、あるいは「強い物言い」に社会が敏感になるなかで、「大阪的なコミュニケーション」が世間の空気とズレて感じられ、「大阪ぎらい」とでも呼ぶべき雰囲気が広がっているのかもしれない。
それにしても、なぜ大阪はこれほどまでに「オモロイ」「ズケズケした物言い」といったイメージをまとうようになったのだろうか。そもそも本当に大阪の人は「オモロイ」のか。じつはそのイメージの裏に、大阪の複雑な表情が隠されている。
かつて大阪のコミュニケーションの特徴は「柔らかさ」だとされた。大阪の商売の中心である「船場」を舞台に小説を多数書いた作家の山崎豊子は、〈大阪弁は商業語、商人ことばとして驚くほど複雑豊富なニュアンスを持っている〉と書いた。「~やさかい~だす」「~でっしゃろ」といった柔らかく曖昧な言い回しで相手を立てつつ、最後は自分が利を得るような巧みな物言いを、大阪弁の特徴と評したのだ。
Photo by gettyimages
柔らかく、それでいて、したたか――船場を描いた山崎作品の時代設定はたいてい20世紀初頭だが、その印象は、現代の大阪がまとうイメージとはかなり異なっている。
現代においても大阪のコミュニケーションを、「洗練された、都市的なもの」だと評する専門家はいる。東京大学名誉教授の尾上圭介氏は大阪市淀川区生まれ、専門の日本語学の視点から大阪方言を研究した『大阪ことば学』という著書がある。
「大阪のコミュニケーションは、ほかの地域のそれと大きく違うわけではありません。ただ、じんわりとした差はある。その一つが『言うことは言いながらも対立を避ける』ところですね。
たとえば『何してんねん。はよせんかいな』という物言い。相手を叱る言葉ですが、一方で、『はよせんかい』の語尾に『な』を加えることでトゲトゲしさを消す。言うべきことは言い、しかし、決定的に対立はしない。洗練された技術だと思います。野暮を言わず話がどんどん展開するというのも、大阪的な洗練ですね」
山崎豊子が言うような柔らかい大阪弁が「あこがれの眼差し」で見られた時期もあった。20世紀前半、大阪が人口などで日本一となった頃の話だ。国際日本文化研究センター所長で関西文化に詳しい井上章一氏が言う。
「昭和10年代に『奥の奥』という雑誌がありました。そのある号に大阪社交界のご婦人方の座談会が収録されていたのですが、彼女たちの大阪弁について、『日本語におけるフランス語ともいうべき大阪言葉』というコメントが誌面に掲載されていました。大阪弁はあこがれの眼差しで見られていた。
このように、日本の『ベル・エポック』(美しき時代)を大阪が代表していた時代がありました。大阪文化はかつて東京と並び立つほどの『御威光』を持っていたのです」
しかし、徐々にそうした文化は変貌を遂げる。井上氏が続ける。
「船場にいたカネ持ちの旦那たちは、大阪の工業化が進むなかで阪神間や六甲山の麓に移り住み、『船場言葉』も阪神間に逃げていった。その結果、大阪は空洞化し、船場の旦那たちに雇われていた、河内や泉州といった地域からやってきた人たちが文化を担うようになったという流れがあると思います。いまイメージされる大阪はこの延長線上にあるものでしょう」
Photo by gettyimages
戦後には、そうした新たな大阪文化が、メディアの影響で拡大され、誇張されて伝えられた面もありそうだ。
「’60~’70年代、大阪のテレビ局は、東京に比べて資金力は乏しいものの、おもしろい番組を作ろうとしていました。東京への対抗意識もあったでしょう。そこで編み出されたのが、コストがかからない素人さんをおもしろく演出する手法です」(井上氏)
「たとえば、漫才師の夢路いとし・喜味こいしが司会を務めた、毎日放送の『がっちり買いまショウ』。決められた価格内ギリギリでゲストが買い物をするという番組ですが、ゲストはみな素人さんでした。大阪のほかの局でも似たようなことが試みられ、それが全国放送された。そうしたなかで『大阪の人はオモロイ』というイメージが拡大していったのではないでしょうか」(井上氏)
やがて「オモロイ」イメージは、大阪人自身をも飲み込んでいく。’84年に大阪で生まれ、同地で生活を続けるライターの木津毅氏はこう語る。
「大阪人自身がお笑い芸人的なイメージとアイデンティティを結びつけているふしはあると思います。芸人のナインティナインが東京で躍進したときには、東京への対抗意識から大阪人としての誇りを刺激されたという人が身近にいましたし、私も他県の人とやりとりすれば、期待される『オモロイ大阪人』を演じてしまうことがある。
ただ、そうした『イメージされた大阪っぽさ』を意識するあまり、ヤンチャで人を傷つけかねない言動が見逃されがちなところは問題だと思う。大阪は人情があっていい街ですが、『オモロイ大阪』イメージに縛られすぎるのも考えものだと思うのです」
「オモロイ」だけではない複雑な大阪の姿。
つづく記事「大阪はかつて、東京をも上回る「日本一の街」だった…それがなぜ「衰退」へ向かったのか? その意外なメカニズム」では、さらに大阪の複雑な姿を見ていこう。