桐島聡を名乗る男が29日、病死しました。行きつけの飲食店では「うっちー」と呼ばれ、騒音トラブルを起こした際に自宅に警察が駆け付けていたことも番組の取材で明らかになりました。
神奈川県藤沢市内の工務店に勤め、その隣にある住宅で暮らしていたという、桐島聡容疑者とみられる男。
取材にこう答えたのは、桐島容疑者とみられる男と、過去にトラブルになったことがあるという男性です。
深夜、男性が寝ていると突然聞こえてきたのは、ラジオやギターの爆音と桐島容疑者とみられる男の歌声。
らちが明かないため、近隣住民が警察に通報したといいます。
男性の証言によりますと、10年以上前、警察は桐島容疑者とみられる男に接触していたことになります。
内田洋と名乗り、街にとけこんでいた桐島容疑者とみられる男。末期の胃がんで重篤な状態の中、入院先の病院で、警視庁から任意聴取を受けていましたが、29日朝、多くの謎を残したまま、息を引き取りました。
指名手配書に使われていた2枚の写真を男性に見てもらうと…。
男は近所の足場が悪い道を、無償で整備していたといいます。
騒音トラブルを起こしたり、近所の道を直したりと、身を隠している様子はなかったという男。自宅から1キロほど離れた繁華街でも、その姿はたびたび目撃されていました。
桐島容疑者とみられる男は、この飲食店に通っていたといいます。注文する際は毎回、ビールを頼んで、おいしそうに飲んでいたということです。
マスターや常連客から「うっちー」と呼ばれていた男は、20年近く前から、この店に通っていたといいます。
店内では踊りながらロックを口ずさむなど、陽気な姿を見せることもあったそうです。
1960年代といえば、桐島容疑者は小中学生のころ。多感な時期に桐島容疑者とみられる男は洋楽を聞いて過ごしていたのでしょうか?
そのおよそ10年後…。
1974年から75年にかけて、世間を震撼させた連続企業爆破事件。三菱重工ビルの爆破では死者8人、重軽傷者380人と爆弾テロ事件としては過去最大の被害を出しました。
こう語るのは、当時、警視庁の鑑識官として複数の現場で捜査にあたった戸島さんです。
過激派メンバーの一員として桐島容疑者もアジトの床下に穴を掘り、そこで爆弾作りをしていたとされています。
男が桐島容疑者本人なのかDNA型鑑定などが必要で、いまだ特定には至っていません。
戸島さんは、桐島容疑者が半世紀にもわたって逃亡を続けられたのは、証拠を残さない慎重さがあったからではと分析します。
一方で、繁華街で飲み歩くなど、大胆な一面も見せていた桐島容疑者とみられる男。犯罪心理学に詳しい専門家は、こう話します。
一度も逮捕されることなく逃亡を続けていた桐島容疑者。
男が桐島容疑者本人であれば、死の間際に、なぜ自らの素性を明かしたのでしょうか?
戸島さんも悔しさをにじませながら、こう話しました。
(「グッド!モーニング」2024年1月30日放送分より)