人気アニメ「推しの子」の主題歌「アイドル」の歌詞にちなみ、交通事故防止を呼びかける熊本県警のメッセージが今夏、SNSで反響を呼んだ。
考案者は、白血病で闘病中だった熊本南署の巡査長、鬼海涼雅(きかいりょうが)さん。25歳で亡くなる2週間あまり前に考えたメッセージで、「最期まで警察官でいたい」と懸命に生きた証しだった。(中村由加里)
■SNSでいいね1万件
「ゆずりアイ それこそ 本物のアイ」「安全運転の引(ひき)立て役Bベルトです」
県内約50か所の道路の交通情報板(電光掲示板)に7月末から表示されたメッセージ。県警は流行語や方言をもじった標語を発信しており、公式X(旧ツイッター)に投稿したところ、「いいね」が1万件に達した。「これは誰もが目を奪われてゆく!」といったコメントも寄せられた。
保育園の頃から警察官になるのが夢だった鬼海さんは高校卒業後に警察学校に入校し、首席で卒業。同期生で、大学課程の首席だった福沢翔太巡査部長(32)は「交通警察の分野でトップになる男だった」と惜しむ。
■「最期まで警察官でいてもいいですか」
病気が襲ったのは熊本南署と九州管区機動隊を兼務していた20歳の頃。急性骨髄性白血病だった。骨髄移植を受けて症状が出なくなったものの、2年後に再発。抗がん剤治療をしたり、移植を受けたりして職務に復帰したが、今年6月末に2度目の再発を告げられた。
「迷惑をかけるかもしれないが、最期まで警察官でいてもいいですか」
上司の山本貴広・同署交通1課長(45)はこう打ち明けられた。「なんば言いよっとや。最期まで熊本南署に鬼海涼雅がいたと示そう」。山本課長は、そう励まし、なるべくこれまで通りに勤務できるよう支えた。鬼海さんは朝早くから出勤し、飲酒運転の疑いがある容疑者を取り調べ、自主的にパトカーを磨くなど積極的だったという。
元同僚で、現在は県警の交通安全アドバイザーを務める荒尾由実さん(61)は、鬼海さんから「交通情報板って誰が考えるんですか」と尋ねられ、「誰が考えてもいいんだよ」と答えたのを覚えている。
そのやりとりから約2年。「電光掲示板の案考えてみました!」と、突然、LINE(ライン)が届いた。音楽ユニット「YOASOBI」のヒット曲の歌詞になぞらえたメッセージで、県警交通企画課に提出するとすぐに採用。7月27日から8月3日まで表示された。
仕事に役立てたいと流行に敏感だったという鬼海さん。LINEには「今後も応募します!」と前向きな言葉がつづられ、荒尾さんは「何か残したいと思ったのでしょう」と振り返る。
■表彰の3日後に
体調が悪化し、入院した鬼海さんのもとに8月10日、表彰状が届いた。県警交通企画課長の合瀬勝彦警視名で、交通事故抑止対策の推進への貢献をたたえるもので、鬼海さんが「第一号」の受賞者だった。その3日後に帰らぬ人となった。
山本課長は「彼のような警察官がいたことを知ってほしい」と話し、福沢巡査部長は「1分1秒も無駄にせず、鬼海の思いを全て引き継ぐ」と決意を語る。
鬼海さんの母、由紀さん(50)は「病気と闘いながらも、警察官として生き抜いた息子を誇りに思う。思いを引き継いでもらい、『生きて良かった』と、はにかんだ笑顔で喜んでいると思います」と感謝を述べた。