化石を手がかりに、科学技術を駆使して、古生物のさまざまな謎に迫る「古生物学」。それは、まさに”良質なミステリー”とも言える学問ですが、中でもその進化と滅亡、あるいは現在へに至る道程、「生命の歴史」は、とりわけ壮大なテーマの1つです。
そして、私たちに、その古生物を生き生きと想像させてくれるのが、そうした研究から生みだされた復元。イラストや図に描かれた姿は、まさに当時の世界を彷彿させます。しかし、現在描かれる復元が確定するまでには長い年月を必要とした生物も少なくありません。そして、また新たな知見が加われば、そうした姿もまた”更新”されることでしょう。
『カラー図説 生命の大進化40億年史 古生代編』では、そうした古生物の復元された姿を、リアルなイラストと貴重な写真で詳説していますが、その中から、復元にいたる過程が特徴的な古生物とその研究をご紹介します。
今日の私たちが知るカンブリア紀半ばの生物相は、2つの産地から発見された化石群によるところが大きい。その産地の1つは、ミクロディクティオンの化石産地である中国の澄江(チェンジャン)。もう1つは、カナダのバージェス山だ。
澄江は、中国南西部にある雲南省の一地域で、そこに分布する約5億2000万年前の地層から化石が多産する。ミクロディクティオンのように、からだの一部だけが硬質化している動物の化石もあれば、全身が軟組織の動物の化石もある。三葉虫類のように硬い殻をもつ動物の化石も発見されている。
ミクロディクティオンの復元画。10対の足をもっていた illustration by aiichi kato
バージェス山のバージェス頁岩(けつがん)は、カナダ西部のブリティッシュコロンビア州に分布する地層で、約5億500万年前の化石が多産する。こちらからもさまざまな動物の化石が発見されている。
澄江の地層のほうが1000万年以上古く、また地層の色も、地質も、化石の産出状況も両地層で異なる。
澄江の地層は薄い茶色で、粘土の粒子からなる。化石は地層面と、化石本体の平たい部分(背中など)が並行になっている場合が多い。
一方、バージェス頁岩の地層は、暗灰色で、泥がガッチリと固まってできている。「頁岩」と呼ばれるこの岩石は、「頁(ページ)」の文字が示唆するように薄くがれる性質がある。化石は、地層面と並行なものもあれば、あおむけになっているもの、横になっているものなどさまざまだ。
澄江の化石群は、かつて多数の動物が暮らしていた海底に無酸素の水塊が流れ込み、動物たちが瞬時に死に絶えてできたとみられている。
一方、バージェス頁岩の化石群は、乱泥流に巻き込まれた動物たちが化石化したものとされる。
カナダのパージェス山 photo by gegttyimages
両地域とも、大学や博物館によって組織的な発掘がおこなわれており、数百種の動物化石が報告されている。こうした化石に基づいて、短期間に多様な動物が増えた──つまり、爆発的な”多様化”が発生したように見える現象を「カンブリア爆発」と呼んでいた。復元を重ねる間に上下と前後が”変わった”生物澄江とバージェス頁岩で、ともに化石が発見されている動物の1つが、「ハルキゲニア(Hallucigenia)」である。全長2~3センチメートルほどの、全身が軟組織でできた動物だ。基本的な姿は、”肩当て”のないミクロディクティオンのようなもので、”肩当て”の代わりに背中に鋭いトゲが2列になって並んでいた。もっとも、澄江とバージェス頁岩のハルキゲニアが完全に同一種というわけではない。澄江のハルキゲニアには「ハルキゲニア・フォルティス(Hallucigenia fortis)」と、より大型の「ハルキゲニア・ホンメイア(Hallucigenia hongmeia)」が報告されており、バージェス頁岩のハルキゲニアには「ハルキゲニア・スパルサ(Hallucigenia sparsa)」という種名があたえられている。ハルキゲニア・フォルティス(左上)とハルキゲニア・スパルサ(右下)の復元画。ハルキゲニア・フォルティスの頭部は大きく、トゲは太くて短い。ハルキゲニア・スパルサの復元画。頭部は小さく、トゲは細長い illustrations by aiichi kato フォルティスの背中のトゲは高さがなく、根元が太いことに対し、スパルサのトゲは高さがあり、全体的に細長い。また、フォルティスやホンメイアはチューブ状のからだの一端が膨らんでいて頭部になっていることに対し、スパルサにはその膨らみがない。ハルキゲニア、その紆余曲折の復元史ハルキゲニアは、その復元史に紆余曲折があったことでも知られる。先に発見・報告されたのは、ハルキゲニア・スパルサのほうだ。1911年にチャールズ・ウォルコットというアメリカ人古生物学者によって、他の多くのバージェス頁岩の動物たちとともに記載された。ただし、この段階ではあまり大きな注目を集めなかった。ハルキゲニア・スパルサを発見したチャールズ・D・ウォルコット photo by gettyimages その後、1977年にケンブリッジ大学(イギリス)のサイモン・コンウェイ・モリスによって詳細な研究がなされ、最初の復元画が発表された。このとき、コンウェイ・モリスが分析した標本には、あしが1列しかなく、トゲは2列確認されていた。また、チューブ状のからだの一端が膨らんでみえた。1列しかなかったため、コンウェイ・モリスは、あしを「あし」とはみなさなかった。むしろ2列あるトゲこそが「あし」のようにみえた。「トゲのようなあし」と判断されたのだ。そして、本来のあしは背中に並ぶ「煙突のような構造」と解釈された。つまり1977年の時点では、上下逆転で復元されていたのである。そして、チューブ状のからだの一端にみえた膨らんだ構造は、頭部であると考えられた。100年を経て正しい姿へ1990年代になって、ハルキゲニア・フォルティスの研究が進むと、フォルティスには、2列のトゲと2列のあしがあることが明らかになった。そこで、ハルキゲニア・スパルサの標本も再び分析され、フォルティスと同じように2列のあしが確認された。つまり、「トゲのようなあし」はやはり「トゲ」で、「煙突のような構造」こそが「あし」だったことも確認された。また、フォルティスとはちがって、スパルサの”頭部のようにみえた膨らみ”は、化石化の直前に「からだから滲み出た体液」ということも明らかにされた。口ではなく、肛門から出たものだった可能性があるのだ。その場合、前後が逆である。その後、2015年になって、ケンブリッジ大学のマーティン・R・スミスと、トロント大学(カナダ)のジーン・バーナード・カロンによって、ハルキゲニア・スパルサの標本が再び分析され、チューブ状のからだの一端に、2つの眼と1つの口、口の中に多数の歯があることが確認された。ハルキゲニア・スパルサの復元史。1977年に発表されたとき(上)は、上下と前後が逆だった。その後、1990年代に上下が確定し(中)、2015年に前後もわかった(下) illustrations by satoshi kawasaki ウォルコットの発見から100年以上の歳月が経過して、ようやくこの動物の前後が確定するに至った。上下が逆転し、前後も修正されて、正しい姿となったのだ。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!
両地域とも、大学や博物館によって組織的な発掘がおこなわれており、数百種の動物化石が報告されている。
こうした化石に基づいて、短期間に多様な動物が増えた──つまり、爆発的な”多様化”が発生したように見える現象を「カンブリア爆発」と呼んでいた。
澄江とバージェス頁岩で、ともに化石が発見されている動物の1つが、「ハルキゲニア(Hallucigenia)」である。全長2~3センチメートルほどの、全身が軟組織でできた動物だ。基本的な姿は、”肩当て”のないミクロディクティオンのようなもので、”肩当て”の代わりに背中に鋭いトゲが2列になって並んでいた。
もっとも、澄江とバージェス頁岩のハルキゲニアが完全に同一種というわけではない。澄江のハルキゲニアには「ハルキゲニア・フォルティス(Hallucigenia fortis)」と、より大型の「ハルキゲニア・ホンメイア(Hallucigenia hongmeia)」が報告されており、バージェス頁岩のハルキゲニアには「ハルキゲニア・スパルサ(Hallucigenia sparsa)」という種名があたえられている。
ハルキゲニア・フォルティス(左上)とハルキゲニア・スパルサ(右下)の復元画。ハルキゲニア・フォルティスの頭部は大きく、トゲは太くて短い。ハルキゲニア・スパルサの復元画。頭部は小さく、トゲは細長い illustrations by aiichi kato
フォルティスの背中のトゲは高さがなく、根元が太いことに対し、スパルサのトゲは高さがあり、全体的に細長い。また、フォルティスやホンメイアはチューブ状のからだの一端が膨らんでいて頭部になっていることに対し、スパルサにはその膨らみがない。ハルキゲニア、その紆余曲折の復元史ハルキゲニアは、その復元史に紆余曲折があったことでも知られる。先に発見・報告されたのは、ハルキゲニア・スパルサのほうだ。1911年にチャールズ・ウォルコットというアメリカ人古生物学者によって、他の多くのバージェス頁岩の動物たちとともに記載された。ただし、この段階ではあまり大きな注目を集めなかった。ハルキゲニア・スパルサを発見したチャールズ・D・ウォルコット photo by gettyimages その後、1977年にケンブリッジ大学(イギリス)のサイモン・コンウェイ・モリスによって詳細な研究がなされ、最初の復元画が発表された。このとき、コンウェイ・モリスが分析した標本には、あしが1列しかなく、トゲは2列確認されていた。また、チューブ状のからだの一端が膨らんでみえた。1列しかなかったため、コンウェイ・モリスは、あしを「あし」とはみなさなかった。むしろ2列あるトゲこそが「あし」のようにみえた。「トゲのようなあし」と判断されたのだ。そして、本来のあしは背中に並ぶ「煙突のような構造」と解釈された。つまり1977年の時点では、上下逆転で復元されていたのである。そして、チューブ状のからだの一端にみえた膨らんだ構造は、頭部であると考えられた。100年を経て正しい姿へ1990年代になって、ハルキゲニア・フォルティスの研究が進むと、フォルティスには、2列のトゲと2列のあしがあることが明らかになった。そこで、ハルキゲニア・スパルサの標本も再び分析され、フォルティスと同じように2列のあしが確認された。つまり、「トゲのようなあし」はやはり「トゲ」で、「煙突のような構造」こそが「あし」だったことも確認された。また、フォルティスとはちがって、スパルサの”頭部のようにみえた膨らみ”は、化石化の直前に「からだから滲み出た体液」ということも明らかにされた。口ではなく、肛門から出たものだった可能性があるのだ。その場合、前後が逆である。その後、2015年になって、ケンブリッジ大学のマーティン・R・スミスと、トロント大学(カナダ)のジーン・バーナード・カロンによって、ハルキゲニア・スパルサの標本が再び分析され、チューブ状のからだの一端に、2つの眼と1つの口、口の中に多数の歯があることが確認された。ハルキゲニア・スパルサの復元史。1977年に発表されたとき(上)は、上下と前後が逆だった。その後、1990年代に上下が確定し(中)、2015年に前後もわかった(下) illustrations by satoshi kawasaki ウォルコットの発見から100年以上の歳月が経過して、ようやくこの動物の前後が確定するに至った。上下が逆転し、前後も修正されて、正しい姿となったのだ。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!
フォルティスの背中のトゲは高さがなく、根元が太いことに対し、スパルサのトゲは高さがあり、全体的に細長い。また、フォルティスやホンメイアはチューブ状のからだの一端が膨らんでいて頭部になっていることに対し、スパルサにはその膨らみがない。
ハルキゲニアは、その復元史に紆余曲折があったことでも知られる。
先に発見・報告されたのは、ハルキゲニア・スパルサのほうだ。1911年にチャールズ・ウォルコットというアメリカ人古生物学者によって、他の多くのバージェス頁岩の動物たちとともに記載された。ただし、この段階ではあまり大きな注目を集めなかった。
ハルキゲニア・スパルサを発見したチャールズ・D・ウォルコット photo by gettyimages
その後、1977年にケンブリッジ大学(イギリス)のサイモン・コンウェイ・モリスによって詳細な研究がなされ、最初の復元画が発表された。このとき、コンウェイ・モリスが分析した標本には、あしが1列しかなく、トゲは2列確認されていた。また、チューブ状のからだの一端が膨らんでみえた。1列しかなかったため、コンウェイ・モリスは、あしを「あし」とはみなさなかった。むしろ2列あるトゲこそが「あし」のようにみえた。「トゲのようなあし」と判断されたのだ。そして、本来のあしは背中に並ぶ「煙突のような構造」と解釈された。つまり1977年の時点では、上下逆転で復元されていたのである。そして、チューブ状のからだの一端にみえた膨らんだ構造は、頭部であると考えられた。100年を経て正しい姿へ1990年代になって、ハルキゲニア・フォルティスの研究が進むと、フォルティスには、2列のトゲと2列のあしがあることが明らかになった。そこで、ハルキゲニア・スパルサの標本も再び分析され、フォルティスと同じように2列のあしが確認された。つまり、「トゲのようなあし」はやはり「トゲ」で、「煙突のような構造」こそが「あし」だったことも確認された。また、フォルティスとはちがって、スパルサの”頭部のようにみえた膨らみ”は、化石化の直前に「からだから滲み出た体液」ということも明らかにされた。口ではなく、肛門から出たものだった可能性があるのだ。その場合、前後が逆である。その後、2015年になって、ケンブリッジ大学のマーティン・R・スミスと、トロント大学(カナダ)のジーン・バーナード・カロンによって、ハルキゲニア・スパルサの標本が再び分析され、チューブ状のからだの一端に、2つの眼と1つの口、口の中に多数の歯があることが確認された。ハルキゲニア・スパルサの復元史。1977年に発表されたとき(上)は、上下と前後が逆だった。その後、1990年代に上下が確定し(中)、2015年に前後もわかった(下) illustrations by satoshi kawasaki ウォルコットの発見から100年以上の歳月が経過して、ようやくこの動物の前後が確定するに至った。上下が逆転し、前後も修正されて、正しい姿となったのだ。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!
その後、1977年にケンブリッジ大学(イギリス)のサイモン・コンウェイ・モリスによって詳細な研究がなされ、最初の復元画が発表された。このとき、コンウェイ・モリスが分析した標本には、あしが1列しかなく、トゲは2列確認されていた。また、チューブ状のからだの一端が膨らんでみえた。
1列しかなかったため、コンウェイ・モリスは、あしを「あし」とはみなさなかった。むしろ2列あるトゲこそが「あし」のようにみえた。「トゲのようなあし」と判断されたのだ。そして、本来のあしは背中に並ぶ「煙突のような構造」と解釈された。
つまり1977年の時点では、上下逆転で復元されていたのである。そして、チューブ状のからだの一端にみえた膨らんだ構造は、頭部であると考えられた。
1990年代になって、ハルキゲニア・フォルティスの研究が進むと、フォルティスには、2列のトゲと2列のあしがあることが明らかになった。そこで、ハルキゲニア・スパルサの標本も再び分析され、フォルティスと同じように2列のあしが確認された。つまり、「トゲのようなあし」はやはり「トゲ」で、「煙突のような構造」こそが「あし」だったことも確認された。
また、フォルティスとはちがって、スパルサの”頭部のようにみえた膨らみ”は、化石化の直前に「からだから滲み出た体液」ということも明らかにされた。口ではなく、肛門から出たものだった可能性があるのだ。その場合、前後が逆である。
その後、2015年になって、ケンブリッジ大学のマーティン・R・スミスと、トロント大学(カナダ)のジーン・バーナード・カロンによって、ハルキゲニア・スパルサの標本が再び分析され、チューブ状のからだの一端に、2つの眼と1つの口、口の中に多数の歯があることが確認された。
ハルキゲニア・スパルサの復元史。1977年に発表されたとき(上)は、上下と前後が逆だった。その後、1990年代に上下が確定し(中)、2015年に前後もわかった(下) illustrations by satoshi kawasaki
ウォルコットの発見から100年以上の歳月が経過して、ようやくこの動物の前後が確定するに至った。上下が逆転し、前後も修正されて、正しい姿となったのだ。 カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!
ウォルコットの発見から100年以上の歳月が経過して、ようやくこの動物の前後が確定するに至った。上下が逆転し、前後も修正されて、正しい姿となったのだ。
カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!
カラー図説 生命の大進化40億年史 シリーズ
豊富な化石写真と美しいカラー復元画とともに解説します。本書に登場する生物を追っていくだけで、生命の進化の流れが理解できます!