ドキュメンタリー映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」が12月9日(土)からポレポレ東中野(東京)やシアターキノ(札幌)を皮切りに全国で公開される。
【写真を見る】「人生変わった(笑)」安倍首相にヤジ飛ばした女子大学生 今は労働運動で活躍 スト決行で4年ぶりボーナス獲得 技能実習生に解決金「生きづらい世の中は変えられる」本作は2019年7月に札幌で参議院選挙の応援演説にきた安倍晋三首相(当時・以下略)にヤジを飛ばすなどした男女が警察に排除され、表現の自由を奪われたとして裁判で争う過程を約4年にわたって取材したものだ。映画の主な登場人物のひとりに桃井希生さん(28)がいる。桃井さんは安倍首相に向かって「増税反対」と声を上げた瞬間に警察官によって排除されただけでなく、その後1時間も執拗に付きまとわれた。映画は桃井さんの闘いに密着するだけでなく、小さいころから吃音に悩みながらも「生きづらい世の中は変えられる」と気が付き、成長する姿も描く。桃井さんの飾らない人柄と葛藤する生き方に、映画を試写した若者や女性に共感が広がっている。

“生きづらいけど変えられる” 吃音や人間関係で生きづらさを抱える桃井さんを変えた出会い東京都多摩市で生まれ育った桃井希生さん。吃音を発症したのは、小学校高学年のころだった。「小学校5年か6年のとき吃音が出ました。ある日、友達のお母さんと電話していたとき、“あれ?”みたいな感じで突然しゃべれなくなった。国語の時間の音読とか結構つらかったです。傷つくこともあって、私がこういうふうに生まれてしまったのが悪いのかって思うこともありました」中学は進学校だったが、電車に乗ろうとすると身体に拒否反応が出て、途中下車して駅で時間をつぶしていたという。「中学校では、悪意は全然ないんですけど、友達が『あいうえおと言ってみてよ』と言ってきて、“か行”と“た行”が苦手だったんで『あいうえお』と言うと『言えるじゃん』みたいな」必死に勉強し、北海道大学に合格した。だが、「自分が何をしたいかわからない」と目標を失う。吃音や人間関係に悩み、生きづらさを抱えていた。「それまでずっといろいろ無理していたのがはじけた。コミュニケーションとかで結構失敗することが多くて、もうなんか、全然人とうまく関われないし、泣いて暮らすみたいな感じで」休学して戻った東京で出会ったのが、ドキュメンタリー映画だった。映画を観た感想を書き留めたノートには、熱い思いがびっしりと書き連ねられている。「映画を観て衝撃を受けました。自分が社会のことを全然知らないなっていうのが映画で分かりました。(米軍のヘリパッド建設をめぐって)沖縄の高江で闘っている人を暴力的なやりかたで排除しているんだと。すごいガーンっていう感じですね。私はのんきに映画を観ていていいんだろうかと思いました」ドキュメンタリー映画で社会問題に関心をもった桃井さんは、20歳のとき、脳性まひ者の団体「青い芝の会」のリーダー横塚晃一氏が記した本『母よ!殺すな』(1975年)を手にする。バリアフリーという言葉すら知られていなかった1970年代、車いす利用者を乗車拒否した路線バスに乗り込み抗議するなど社会運動を展開したことを知る。「こんなに重い障害がある人たちが、生きる権利を主張しているというのに衝撃を受けました。社会を変えてきた人たちがいるんだということを知ってすごい元気になりました。“この社会生きづらいな”で終わらなかった。“生きづらいけど変えられるね”ということを、今もそうだし過去にやってきた人がいるということに感動した」北海道大学に復学した桃井さん。4年生のとき、人生を大きく変える出来事にあう。「増税反対」声を上げた桃井さんを4,5人の警察官が排除 「落ち着こう、落ち着こう」って法的根拠は?2019年7月15日。JR札幌駅前。第25回参議院選挙で安倍首相が自民党候補の応援演説に来ていた。安倍首相が選挙カーの上で演説をはじめてから数分後、大杉雅栄さんが「安倍やめろ」とヤジを飛ばした。すると十数秒ほどで4,5人の警察官が大杉さんの身体を取り押さえながら強制的に連れて行った。桃井さんはその様子を20メートル後方で目撃した。桃井さんと大杉さんは知り合いだった。「大杉さんがヤジ飛ばしてすごい勢いで連れて行かれるのを見て、何かやばいことが起きてると思ったんです。私も声を出した方がいいってわかってるけど、出せないっていう状態でした。今後この日を思い出したときに、ここで声を上げなかったこと絶対自分が後悔するなっていうふうに思いました」桃井さんは声を上げた。「増税反対」周囲にいた4,5人の警察官がすぐさま桃井さんの身体を掴み、強引に後方へ連れ去っていく。それが警察だとわかった桃井さんは「私なんか悪いことしたの?」と聞くが、警察官は「落ち着こう、落ち着こう」と言うばかりで、法的根拠を説明しない。その後も、桃井さんは2人の女性警察官に1時間近くも付きまとわれることになる。桃井さんらは、表現の自由を奪われたとして、北海道警察を所管する北海道に対して損害賠償を求めて提訴した。「人生が変わりましたね(笑)。声を上げたときは、世界で私だけおかしい人なのかなと不安があったんですけれど、おかしいよねと言ってくれる人も結構いるので心強い」「会社や政治に不満があったら、どうやって声を上げればいいの」“駆け込み寺”札幌地域労組で活動 札幌地域労組は労働運動で次々と結果も2020年、桃井さんは北海道大学を卒業し、札幌地域労組に就職した。現在は書記次長として活動する。札幌地域労組は非正規雇用やパートなど一人でも加盟することが可能で、職場に労働組合がない人たちの「駆け込み寺」とも言われる。年配の男性が多い労働組合の職員のなかで、20代女性の桃井さんはひときわ異彩を放つ。「あしたの予定を確認させていただきます!」4月24日深夜、桃井さんは立ち上がり、自分の親ほど年齢の離れた組合員にむけて説明をはじめた。北海道千歳市で路線バスを運行する会社の会議室。会社側との数時間におよぶ団体交渉は決裂し、札幌地域労組千歳相互バス支部は翌日のストを決めたばかりだった。桃井さんたちは午前3時近くになって、ようやく会社から出てきた。「運転手さんたちの闘いが全国に届いて、私たちには声を上げるチカラがあるんだよということが、この闘いから伝わっていけばいいと思います」ストは決行された。ほどなくして組合は4年ぶりの夏ボーナスを勝ち取った。札幌地域労組は、労働運動で次々と結果を出している。例えば2020年、北海道栗山町のキノコ工場で働くベトナム人技能実習生17人が突然一斉解雇された。新型コロナウイルスの感染拡大で実習生たちは帰国することができず途方にくれていた。札幌地域労組が支援に動き、団体交渉。会社側が解決金を支払うことで和解が成立し、キノコ工場で働くこともできるようになった。2022年、有名タレントが社長を務め、生キャラメルで有名な会社が、ベトナム人従業員約40人に対し「契約期間満了」だとして、雇い止めを通知した。きっかけは寮の水道光熱費の値上げに抗議するため、ベトナム人従業員がストライキを行ったことへの報復だった。会社は謝罪し、すでに退職していた従業人に解決金を支払った。桃井さんは会社の対応に憤る。「ストライキ自体は正当な権利なのに、(会社が従業員に損害賠償を求めて)『50万円払え』とか報復されてしまうと、会社に不満があったり、政治に不満があったら、どうやって声を上げればいいのかという話ですよね」吃音に悩み続けた10代。声を上げれば社会が変わることに気がついた学生時代。その声を権力によって奪われたヤジ排除。桃井さんの裁判の闘いは、元首相銃撃事件という大きな渦に巻き込まれながら、予想外の展開を迎える。
本作は2019年7月に札幌で参議院選挙の応援演説にきた安倍晋三首相(当時・以下略)にヤジを飛ばすなどした男女が警察に排除され、表現の自由を奪われたとして裁判で争う過程を約4年にわたって取材したものだ。
映画の主な登場人物のひとりに桃井希生さん(28)がいる。桃井さんは安倍首相に向かって「増税反対」と声を上げた瞬間に警察官によって排除されただけでなく、その後1時間も執拗に付きまとわれた。映画は桃井さんの闘いに密着するだけでなく、小さいころから吃音に悩みながらも「生きづらい世の中は変えられる」と気が付き、成長する姿も描く。桃井さんの飾らない人柄と葛藤する生き方に、映画を試写した若者や女性に共感が広がっている。
東京都多摩市で生まれ育った桃井希生さん。吃音を発症したのは、小学校高学年のころだった。
「小学校5年か6年のとき吃音が出ました。ある日、友達のお母さんと電話していたとき、“あれ?”みたいな感じで突然しゃべれなくなった。国語の時間の音読とか結構つらかったです。傷つくこともあって、私がこういうふうに生まれてしまったのが悪いのかって思うこともありました」
中学は進学校だったが、電車に乗ろうとすると身体に拒否反応が出て、途中下車して駅で時間をつぶしていたという。
「中学校では、悪意は全然ないんですけど、友達が『あいうえおと言ってみてよ』と言ってきて、“か行”と“た行”が苦手だったんで『あいうえお』と言うと『言えるじゃん』みたいな」
必死に勉強し、北海道大学に合格した。だが、「自分が何をしたいかわからない」と目標を失う。吃音や人間関係に悩み、生きづらさを抱えていた。
「それまでずっといろいろ無理していたのがはじけた。コミュニケーションとかで結構失敗することが多くて、もうなんか、全然人とうまく関われないし、泣いて暮らすみたいな感じで」
休学して戻った東京で出会ったのが、ドキュメンタリー映画だった。映画を観た感想を書き留めたノートには、熱い思いがびっしりと書き連ねられている。
「映画を観て衝撃を受けました。自分が社会のことを全然知らないなっていうのが映画で分かりました。(米軍のヘリパッド建設をめぐって)沖縄の高江で闘っている人を暴力的なやりかたで排除しているんだと。すごいガーンっていう感じですね。私はのんきに映画を観ていていいんだろうかと思いました」
ドキュメンタリー映画で社会問題に関心をもった桃井さんは、20歳のとき、脳性まひ者の団体「青い芝の会」のリーダー横塚晃一氏が記した本『母よ!殺すな』(1975年)を手にする。バリアフリーという言葉すら知られていなかった1970年代、車いす利用者を乗車拒否した路線バスに乗り込み抗議するなど社会運動を展開したことを知る。
「こんなに重い障害がある人たちが、生きる権利を主張しているというのに衝撃を受けました。社会を変えてきた人たちがいるんだということを知ってすごい元気になりました。“この社会生きづらいな”で終わらなかった。“生きづらいけど変えられるね”ということを、今もそうだし過去にやってきた人がいるということに感動した」
北海道大学に復学した桃井さん。4年生のとき、人生を大きく変える出来事にあう。
2019年7月15日。JR札幌駅前。第25回参議院選挙で安倍首相が自民党候補の応援演説に来ていた。安倍首相が選挙カーの上で演説をはじめてから数分後、大杉雅栄さんが「安倍やめろ」とヤジを飛ばした。すると十数秒ほどで4,5人の警察官が大杉さんの身体を取り押さえながら強制的に連れて行った。
桃井さんはその様子を20メートル後方で目撃した。桃井さんと大杉さんは知り合いだった。
「大杉さんがヤジ飛ばしてすごい勢いで連れて行かれるのを見て、何かやばいことが起きてると思ったんです。私も声を出した方がいいってわかってるけど、出せないっていう状態でした。今後この日を思い出したときに、ここで声を上げなかったこと絶対自分が後悔するなっていうふうに思いました」
桃井さんは声を上げた。
「増税反対」
周囲にいた4,5人の警察官がすぐさま桃井さんの身体を掴み、強引に後方へ連れ去っていく。それが警察だとわかった桃井さんは「私なんか悪いことしたの?」と聞くが、警察官は「落ち着こう、落ち着こう」と言うばかりで、法的根拠を説明しない。その後も、桃井さんは2人の女性警察官に1時間近くも付きまとわれることになる。桃井さんらは、表現の自由を奪われたとして、北海道警察を所管する北海道に対して損害賠償を求めて提訴した。
「人生が変わりましたね(笑)。声を上げたときは、世界で私だけおかしい人なのかなと不安があったんですけれど、おかしいよねと言ってくれる人も結構いるので心強い」
2020年、桃井さんは北海道大学を卒業し、札幌地域労組に就職した。現在は書記次長として活動する。札幌地域労組は非正規雇用やパートなど一人でも加盟することが可能で、職場に労働組合がない人たちの「駆け込み寺」とも言われる。年配の男性が多い労働組合の職員のなかで、20代女性の桃井さんはひときわ異彩を放つ。
「あしたの予定を確認させていただきます!」
4月24日深夜、桃井さんは立ち上がり、自分の親ほど年齢の離れた組合員にむけて説明をはじめた。北海道千歳市で路線バスを運行する会社の会議室。会社側との数時間におよぶ団体交渉は決裂し、札幌地域労組千歳相互バス支部は翌日のストを決めたばかりだった。
桃井さんたちは午前3時近くになって、ようやく会社から出てきた。
「運転手さんたちの闘いが全国に届いて、私たちには声を上げるチカラがあるんだよということが、この闘いから伝わっていけばいいと思います」
ストは決行された。ほどなくして組合は4年ぶりの夏ボーナスを勝ち取った。
札幌地域労組は、労働運動で次々と結果を出している。
例えば2020年、北海道栗山町のキノコ工場で働くベトナム人技能実習生17人が突然一斉解雇された。新型コロナウイルスの感染拡大で実習生たちは帰国することができず途方にくれていた。札幌地域労組が支援に動き、団体交渉。会社側が解決金を支払うことで和解が成立し、キノコ工場で働くこともできるようになった。
2022年、有名タレントが社長を務め、生キャラメルで有名な会社が、ベトナム人従業員約40人に対し「契約期間満了」だとして、雇い止めを通知した。きっかけは寮の水道光熱費の値上げに抗議するため、ベトナム人従業員がストライキを行ったことへの報復だった。会社は謝罪し、すでに退職していた従業人に解決金を支払った。
桃井さんは会社の対応に憤る。
「ストライキ自体は正当な権利なのに、(会社が従業員に損害賠償を求めて)『50万円払え』とか報復されてしまうと、会社に不満があったり、政治に不満があったら、どうやって声を上げればいいのかという話ですよね」
吃音に悩み続けた10代。声を上げれば社会が変わることに気がついた学生時代。その声を権力によって奪われたヤジ排除。桃井さんの裁判の闘いは、元首相銃撃事件という大きな渦に巻き込まれながら、予想外の展開を迎える。