ネット上で出会った相手に“愛の言葉”を囁き、大金を騙し取る「国際ロマンス詐欺」──。約3.9億円を騙し取った犯行グループの“主犯格”としてガーナの首都アクラで拘束され、昨年8月、日本へ強制送還されたのが、森川光被告(60)だ。詐欺罪などで起訴され、現在、大阪地裁で審理が続いている。現地にいるガーナ人も8人加担しており、ガーナ側の主犯格で“ブルー・コフィ”の異名を持つナナ・コフィ・ボアテイン(34)は米国へ逃亡中だ。森川被告が獄中で語った半生とは……。ノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
【写真】2022年8月、日本に強制送還された森川光被告。ガーナ側の主犯格ブルー・コフィ”の異名を持つナナ・コフィ・ボアテインも
森川はかつて不動産業界で働き、東京都内の一等地に会社を構えていた。しかし、リーマンショックで会社を潰してしまう。路頭に迷っていた頃、知人に「ガーナで“金融ビジネス”をしないか」と持ち掛けられた。日本人の出資者を募り、2015年5月、ガーナの首都アクラへ飛んだ。51歳だった。森川が振り返る。
「最初は安ホテルに泊まりながら、出資者の支援金で暮らしていました。ビジネスは結局、詐欺みたいなもので、1700万円ぐらい注ぎ込み、すべて騙し取られました」
何度聞いても胡散臭く感じられる“金融ビジネス”に飛びついた時点で、森川は詐欺師の世界に片足を突っ込んでいたのかもしれない。そんな時、もう一人の主犯格、コフィと出会う。
「泊まっていたホテルで受付をしていました。日本語で話しかけられ、仲良くなった。(26歳年下の)彼を息子のように可愛がっていましたね」
そのコフィから、やがて「送金ビジネス」を持ちかけられる。日本からの送金を森川が用意した口座経由でコフィたちに流すと、10%の「手数料」が受け取れるのだという。
これこそがロマンス詐欺との最初の接点だったのだろう。森川も最初こそ断わったが、ガーナの入国管理局とのトラブルをコフィに解決してもらった見返りとして引き受けることにした。森川は日本人の知人に声をかけ、コフィらに複数の銀行口座を提供した。
「私が提供した口座に、日本人から入金されるんです。コフィと一緒にショッピングモールの銀行へ行き、窓口で現金を引き出してそのままコフィに手渡す。銀行には何十回と通いました」
検察などの調べでは、アクラにある森川の銀行口座2つや暗号資産を通じて振り込まれた金額は総額約1.1億円。「4億」と報じられたのは、証拠不十分などを理由に立件されなかった分とみられる。森川は「4億もいってない」と主張するが、現に被害者がいる以上、金額の問題ではない。
森川は、ロマンス詐欺の被害者の送金と把握していたのか。それが裁判の争点の一つだった。7月半ばの被告人質問では、森川のスマホの記録から、コフィとLINEでやり取りした英文メッセージが示された。
「日本人女性を騙したのか?」(森川)
「イエス。ガーナ人との偽りの関係さ」(コフィ)
この証拠に基づけば、ロマンス詐欺で日本人女性を騙していた事実を知っていたことになるが、森川は認めない。面会での発言も曖昧だった。
「ガーナ人グループのうち、何人かはそう(ロマンス詐欺犯)なんだろうなと思った。1人は白状した。ロマンス詐欺だと匂わせていましたね」「不特定多数の人が振り込んできたから、おかしいとは思いました」
不審な送金だと察している様子だが、最後はお茶を濁す。
もう一つの争点は、森川が報酬を得ていたか否かだ。公判では「受け取っていない」と主張したが、10%の手数料が入るはずではなかったか。森川は手紙にこう記した。
〈そんなのは絵に描いた餅で、都合よく手数料は貰えなかった〉
その上で面会では、受け取ったのは「交通費」や「食費」の少額だけだと言い張り、ガーナでの困窮ぶりを訴えた。
「逮捕される直前はアパートに住んでいましたが、お金がなくて家賃を1年間滞納した。所持金も25ドルだけ。もし報酬を得ていたら、そんな貧乏になっていませんよ」
森川は「送金ビジネス」に不信感を抱きながら、リスクを負ってまで無報酬で協力していたというのか。仮に無報酬なら何のためにやっていたのか。真相を知るコフィたちガーナ側の人間の所在は現在も不明のまま。検察から懲役15年を求刑された大阪地裁は12月7日、森川に判決を言い渡す。
(了。前編から読む)
【プロフィール】水谷竹秀(みずたに・たけひで)/1975年、三重県生まれ。ノンフィクションライター。上智大学外国語学部卒。新聞記者、カメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを中心に活動し、現在は拠点を日本に移す。2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。2022年3月下旬から5月上旬にはウクライナで戦地を取材した。
※週刊ポスト2023年12月15日号