生きづらさを抱える男たちを指す「弱者男性」という言葉がトレンド化している。近年では”非モテ”の文脈で使われることも多々あるが、本来は、経済的に困窮し、健康問題を抱えるなどして、社会の網からこぼれ落ちた人々を指す言葉だった。 真の弱者男性は何に苦しみ、何を考えているのか。ライター・トイアンナが迫る。
◆メンタルを病んだ母と不在の父。ゴミ屋敷で育ち双極性障害を発症
「弱者男性を探しています」とオブラートに包まぬ取材依頼をしたにもかかわらず、一も二もなく承諾してくれたのは、神奈川県在住の30歳、みさこさん(ハンドルネーム)だった。
「モテないだけの人を、弱者男性と呼ぶのには抵抗がありますね」と語るみさこさんは、2年前から生活保護で暮らしている。気分のアップダウンを繰り返す病気である双極性障害を理由に働けなくなり、生活保護に頼った。彼は、もともとお金のない家庭で育ったという。
「母親がメンタルを病んでいる人で、実家はゴミ屋敷でした。父は単身赴任でずっと不在。その後、離婚しました」
それから、さらに情緒が不安定となった母親に怒鳴られる日々が続いた。みさこさんは家庭のストレスを理由に、不登校となっている。初等教育をツギハギにしか受けられなかったために、足し算、引き算が今も苦手だ。その後、立派に大学を出るも、双極性障害を発症してしまう。
「発症のきっかけは、母が家に押しかけてきたことでした。当時、実家にはエアコンがなくて。猛暑で死んでしまうといって、頼ってきたんです。母から散々嫌な目に遭わされてきたのに“男なんだから母親を助けるのは当然だ”と思ってしまった。結果、ワンルームでヒステリックな母と二人きり。自室はゴミ屋敷に変えられ、男としてのプライバシーも何もない状態でした」
◆母との生活がストレスに。クレカで散財、借金もかさみ生活保護へ
幼少期から母親に当たり散らされていたみさこさんは、“家から母親を叩き出す”ことを想像できなかった。虐待の経験者は、幼少期から親に反抗しても無駄だと思わされているため、大人になっても逃げ出せないケースが多い。みさこさんは、ストレスからクレジットカードを無意識に使ってしまう日が続いた。しまいには消費者金融から借金を重ねるほど浪費してしまい、自殺を考えるようになる。
「今思えば、母は発達障害だったのでしょう。収入があるのに、自宅のエアコンを買うことができない。明らかに人生の優先順位を間違えてしまうところは、僕にもあります」
追い詰められたみさこさんは、生活保護に駆け込んだ。そのときの所持金は、2000円を切っていた。
もともと、みさこさんは精神医学の本を読むのが趣味だった。そのため、双極性障害になったとき「もしかして」と気づき、病院へアクセスできた。さらに、生活保護についても知識があり、頼ることができた。これらはすべて、偶然によるものである。もし、みさこさんが関連知識を持っていなかったら、借金苦で自殺してしまっていたかもしれない。
◆“稼ぎ頭は男性”自らを弱者と認められない日本ならではの事情
「僕自身は、男性と女性でそんなに差があると思いたくないんですけど、それでも『男たるもの稼ぐべきだ』って思うこともあるんです」
人によって強弱はあれど、日本にはまだ「男性は女性よりも稼ぐべきだ」「男たるもの、弱みを見せてはならない」といった風潮がある。生活保護の申請は、この2つと矛盾する。自分は弱者であり、福祉の支援が必要だと認めなければならないからだ。

◆無職の男性が自殺へと追い詰められる
日本では、自殺者のうち約半数が無職だ。また、同程度の割合で身体や精神の健康に問題を抱えていることがわかっている。つまり、心身に不調を抱えた人は、生活保護や福祉に頼る前に、死を選んでしまいやすい現状がある。自殺者のうち、67%は男性である。つまり、男性は追い詰められたときに、より自死を選びやすいのだ。
9月に実施したSPA!のアンケート調査でも、弱者男性の75%が弱者になった理由を「自分が悪い」と挙げている。しかし、育った家庭環境が荒れていたり、病気で働けなくなったりすることは、全く本人に原因のない要素だ。それでもなお、弱者男性が自責を選んでしまうのはなぜか。そこには、男性ならではの“頼りづらさ”がある。
◆弱みを見せた女性は助けられるが、男はナメられる
この連載に先駆けて、筆者はみさこさん以外の男性からも話を聞いている。別途、お話を伺ったサライさん(仮名)も男らしさについてこう語る。
「男性は、つらいことがあっても友達にすら相談しづらいですね。相当関係が進んでいないと、弱みを話しても“何なの、この人”ってなってしまう。その点、女性ならデート相手や男性の友人に弱みを話したら、助けてあげたいと思ってもらえるのでは。でも、男性同士でそれはない。逆に、弱みを見せるとナメられるかもしれないと思ってしまう」
女性が精神疾患などの弱みを見せた場合、その女性を守りたいと考える、いわゆる「理解ある彼くん」を得られる可能性がある。だが、男性が最初から障害を告白した場合、女性が「あなたを守りたい」といって、男性を保護することはあまり期待できない。
ただ、がんになった場合、女性は男性の6倍離婚されやすいといったデータもあり「理解ある彼くん」の存在が女性にとって永久不滅ではないことも判明している。それでも、弱みを見せると最初から恋愛対象として相手にされない男性が、はなからパートナーに頼りづらい事実は残る。
◆女性支援団体4829、男性支援団体ゼロの衝撃
福祉に頼ることができたみさこさんですら、支援団体のような「助けてくれるグループ」からの支援は言及しなかった。日本にある認定NPOの内訳を見ると、女性を専門に支援する団体が4829あるが、男性支援団体はゼロ。内閣府が定めるNPOのカテゴリーにすらないので、存在そのものが想定されていないのである。みさこさんは心身に限界を感じ、自己破産の手続きを申請した。そして幸いにも、人生を借金ゼロでやり直せる見通しだ。
しかし、それはみさこさんがある種の「強さ」を持っていたからだと言える。男性としてのプライドを維持しながらも、自分が弱い立場にあることを認め、福祉に頼るには勇気が必要だからだ。
そういった意味で、自分が弱者男性であると認めることができ、生き残ろうと考えられる人は逆説的だが“強い”と言えるかもしれない。より多くの男性が、自分が弱者側に追いやられていると認められず、歯を食いしばって耐えている。そして、耐えきれなくなると福祉に頼ることなく、死を選んでしまうからだ。
もっとも弱い立場に置かれた男性は、今も静かに死んでいく。
―[弱者男性パンデミック]―