中学時代に「二宮金次郎みたい」と担任から褒めそやされた元男子高校生は、いつの間にか父親に対し「そういう大学を出ている人の言うことは聞かない」と見下す言葉を投げつけ、周囲に「東大理三志望だ」と公言するようになっていた。
【写真を見る】「フラれて小一時間泣いた」成績低下と失恋に悩み、東大前で受験生ら刺す 元高校生を追い詰めた自らの“傲慢さと驕り”2022年1月、大学入学共通テスト当日に東大前で受験生ら3人を包丁で刺した元高校生が法廷で何度も口にしたのは、自らの「傲慢さと驕り」だった。それは受験でも、恋愛でも、彼を追い込んでいった。

「肩書きで認めさせれば」受験失敗や失恋で膨らんだ“驕り”被告:中学3年くらいから自分は勉強ができると思い、勉強に対して傲慢になり始めた事件当時17歳、愛知県に住む高校2年生だった。裁判所が「刑事処分が相当だ」として検察官に送り返す「逆送」を行い、起訴された。2023年10月に東京地裁で始まった裁判で、なぜ「東京大学理科三類」を目指したのかが語られた。公立中学に入り「スパルタ指導(父親の証言)」の塾に通う。中学3年時、成績は学年で一桁。しかし、第一志望の県外の高校は不合格だった。塾の同級生が合格する中「自分だけが落ちた」。被告:醜態、失態が許せなくて、汚名返上というか。(東大理三に行って)帳消し、挽回してやるという気持ちでした高校受験の失敗に加えて、同級生の女の子に告白し振られたことも、東大を目指すきっかけとなった。被告:自分には勉強しかない。1人の女性に好かれるより、肩書きで上にいって、みんなを認めさせればいいという驕りがあった第二志望とはいえ、進んだのは県内有数の進学校。入学直後の自己紹介で、東大理三志望だと宣言した。「勉強、理三という目標から一切逃げられなくするため」だった。「二宮金次郎みたい」が一転、父親を見下す発言も4人きょうだいの長男。小さな頃からマンガを描くことが好きで、おとなしい子だった。両親は“教育ママ・パパ”ではなかった。父親:自分も学歴が高いわけではなく「勉強しろ」と言うことはなかった。友達と遊んで健康でいてくれればいいなと2歳下の弟は不登校、末っ子の妹には障害があった。家事を手伝い、弟や妹の面倒をよく見る被告は、両親にとって「最も手がかからなかった」という。家族や親戚に医師はいない。テレビ番組で海外で医療支援を行う医師の姿を見て、憧れを抱くようになった。被告:貧しい、困っている人に対し、うしろを顧みずに人を助けている姿、それを好きでやっている姿に敬意を表した父親は中学の担任から「二宮金次郎みたいだ」と言われたのが印象に残っている。リュックを背負い、本を片手に読みながら登下校していた。中学の部活は吹奏楽部。しかし高校では部活に入らず、わずかな休み時間も机に向かい、友達と遊ぶことはなかった。好きだったマンガも絶ち、SNSもやらず、深夜まで猛勉強する生活。次第に考え方は凝り固まっていった。 父親:偏差値や職種で人を見たり、自分のことも下にみている風があったりした。検察官:お父さんを下にみている風とは?父親:息子にものを言うと「そういう大学を卒業しているくせに」「そういう大学を出ている人の言うことは聞かない」と「東大諦めたら負け犬」成績下がり自暴自棄高校1年で同級生約400人中、10番台だった成績。2年になると右肩下がりで落ちていった。9月のテストは100番前後で「愕然とした」という。三者面談で担任から、文系への転向も含めて進路の変更を勧められた。被告:妥当だと思ったけど、周りに理三を公言していたので、ここでやめると周りから馬鹿にされる心配があった追い打ちをかけたのは、失恋だった。高2の11月に「勉強から離れたいという気持ちも出てきて」同級生に交際を申し込んだ。被告:テストの勉強をちゃんとしなさい、とフラれた弁護士:その人と別れた後は?被告:小一時間、泣いていました自殺を試みたが踏ん切りがつかなかった。「社会で必要とされない悪人になれば、罪悪感があれば、自責の念にとらわれて、死に切れるんじゃないか」。通り魔的に人を殺害し、東大の象徴である安田講堂前で割腹自殺をしよう、と犯行に及んだ。失恋から約2か月後のことだ。検察官:死ぬくらいなら「理三」を諦めようと思わなかった?被告:ならなかったです検察官:なぜ?被告:ここで負けたら、負け犬というか。プライドというか。バカにされるという臆病さ、不安があった。検察官:仮定の話だが、告白を受け入れられていたら自殺願望は?被告:うまくいった場合は、なかったと思います「大学受験がすべてじゃない」同級生の言葉に涙背中を刺された受験生2人は、その年の受験を諦めざるを得なかった。70代の男性は、被害にあうまで健康で仕事もしていたが、長期間の入院を強いられた。被告は、涙を流しながら謝罪の言葉を口にした。逮捕後も1年以上、拘置所で受験勉強を続けた。「現実逃避のため」だったが、裁判を前に勉強道具を手放した。検察側が懲役7年以上12年以下の不定期刑を求刑する一方、弁護側は「少年院で矯正教育を受けるべきだ」と保護処分を求めている。母親:友達、趣味、恋愛とかを削ぎ落してまで勉強に注ぎ込んでいたのに、成績が伸びず、人生を悲観してしまった。息子の悩みにもっと気づいてあげていればと思う両親は「次男の受験や末っ子の世話に目がいっていた」と悔やんだ。また、高校で同じクラスだった元同級生も、こう述べた。元同級生:事件前、明らかに様子がおかしくて危険なのは目に見えていたひげを剃っていない。コーヒーや栄養ドリンクを大量に飲む。授業中に寝ている。話しかけても拒否される。いくつもの“異変”に気付いていたものの「何もできなかったことを後悔している」という。元同級生:大学受験がすべてじゃないと気づかせてあげていれば、と思っている。相応の刑罰を受け止めた後は、何もかも諦めるのではなく、高い志をもって更生していってほしい顔にあどけなさが残る被告は、白いハンカチで何度も涙をぬぐっていた。判決は11月17日に言い渡される。(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)
2022年1月、大学入学共通テスト当日に東大前で受験生ら3人を包丁で刺した元高校生が法廷で何度も口にしたのは、自らの「傲慢さと驕り」だった。それは受験でも、恋愛でも、彼を追い込んでいった。
被告:中学3年くらいから自分は勉強ができると思い、勉強に対して傲慢になり始めた
事件当時17歳、愛知県に住む高校2年生だった。裁判所が「刑事処分が相当だ」として検察官に送り返す「逆送」を行い、起訴された。2023年10月に東京地裁で始まった裁判で、なぜ「東京大学理科三類」を目指したのかが語られた。公立中学に入り「スパルタ指導(父親の証言)」の塾に通う。中学3年時、成績は学年で一桁。しかし、第一志望の県外の高校は不合格だった。塾の同級生が合格する中「自分だけが落ちた」。
被告:醜態、失態が許せなくて、汚名返上というか。(東大理三に行って)帳消し、挽回してやるという気持ちでした
高校受験の失敗に加えて、同級生の女の子に告白し振られたことも、東大を目指すきっかけとなった。
被告:自分には勉強しかない。1人の女性に好かれるより、肩書きで上にいって、みんなを認めさせればいいという驕りがあった
第二志望とはいえ、進んだのは県内有数の進学校。入学直後の自己紹介で、東大理三志望だと宣言した。「勉強、理三という目標から一切逃げられなくするため」だった。
4人きょうだいの長男。小さな頃からマンガを描くことが好きで、おとなしい子だった。両親は“教育ママ・パパ”ではなかった。
父親:自分も学歴が高いわけではなく「勉強しろ」と言うことはなかった。友達と遊んで健康でいてくれればいいなと
2歳下の弟は不登校、末っ子の妹には障害があった。家事を手伝い、弟や妹の面倒をよく見る被告は、両親にとって「最も手がかからなかった」という。家族や親戚に医師はいない。テレビ番組で海外で医療支援を行う医師の姿を見て、憧れを抱くようになった。
被告:貧しい、困っている人に対し、うしろを顧みずに人を助けている姿、それを好きでやっている姿に敬意を表した
父親は中学の担任から「二宮金次郎みたいだ」と言われたのが印象に残っている。リュックを背負い、本を片手に読みながら登下校していた。中学の部活は吹奏楽部。しかし高校では部活に入らず、わずかな休み時間も机に向かい、友達と遊ぶことはなかった。好きだったマンガも絶ち、SNSもやらず、深夜まで猛勉強する生活。次第に考え方は凝り固まっていった。
父親:偏差値や職種で人を見たり、自分のことも下にみている風があったりした。検察官:お父さんを下にみている風とは?父親:息子にものを言うと「そういう大学を卒業しているくせに」「そういう大学を出ている人の言うことは聞かない」と
高校1年で同級生約400人中、10番台だった成績。2年になると右肩下がりで落ちていった。9月のテストは100番前後で「愕然とした」という。三者面談で担任から、文系への転向も含めて進路の変更を勧められた。
被告:妥当だと思ったけど、周りに理三を公言していたので、ここでやめると周りから馬鹿にされる心配があった
追い打ちをかけたのは、失恋だった。高2の11月に「勉強から離れたいという気持ちも出てきて」同級生に交際を申し込んだ。
被告:テストの勉強をちゃんとしなさい、とフラれた弁護士:その人と別れた後は?被告:小一時間、泣いていました
自殺を試みたが踏ん切りがつかなかった。「社会で必要とされない悪人になれば、罪悪感があれば、自責の念にとらわれて、死に切れるんじゃないか」。通り魔的に人を殺害し、東大の象徴である安田講堂前で割腹自殺をしよう、と犯行に及んだ。失恋から約2か月後のことだ。
検察官:死ぬくらいなら「理三」を諦めようと思わなかった?被告:ならなかったです検察官:なぜ?被告:ここで負けたら、負け犬というか。プライドというか。バカにされるという臆病さ、不安があった。検察官:仮定の話だが、告白を受け入れられていたら自殺願望は?被告:うまくいった場合は、なかったと思います
背中を刺された受験生2人は、その年の受験を諦めざるを得なかった。70代の男性は、被害にあうまで健康で仕事もしていたが、長期間の入院を強いられた。被告は、涙を流しながら謝罪の言葉を口にした。
逮捕後も1年以上、拘置所で受験勉強を続けた。「現実逃避のため」だったが、裁判を前に勉強道具を手放した。検察側が懲役7年以上12年以下の不定期刑を求刑する一方、弁護側は「少年院で矯正教育を受けるべきだ」と保護処分を求めている。
母親:友達、趣味、恋愛とかを削ぎ落してまで勉強に注ぎ込んでいたのに、成績が伸びず、人生を悲観してしまった。息子の悩みにもっと気づいてあげていればと思う
両親は「次男の受験や末っ子の世話に目がいっていた」と悔やんだ。また、高校で同じクラスだった元同級生も、こう述べた。
元同級生:事件前、明らかに様子がおかしくて危険なのは目に見えていた
ひげを剃っていない。コーヒーや栄養ドリンクを大量に飲む。授業中に寝ている。話しかけても拒否される。いくつもの“異変”に気付いていたものの「何もできなかったことを後悔している」という。
元同級生:大学受験がすべてじゃないと気づかせてあげていれば、と思っている。相応の刑罰を受け止めた後は、何もかも諦めるのではなく、高い志をもって更生していってほしい
顔にあどけなさが残る被告は、白いハンカチで何度も涙をぬぐっていた。判決は11月17日に言い渡される。
(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)