日本の公安警察は、アメリカのCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)のように華々しく映画に出演することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を十数年歩み、数年前に退職。一昨年『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、麻薬取引に関わった疑いのある中東の外交官について聞いた。
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【写真を見る】ドラマ「VIVANT」の監修も務めた、元公安警察の勝丸円覚氏 今回ご紹介するのは10年ほど前、勝丸氏が公安部外事課で各国の駐日大使館との調整・連絡係を担当していた時のエピソードである。

「中東の某駐日大使館に勤務していた外交官の疑惑です」 と、語るのは勝丸氏。大使館周辺を覆面パトカーが巡回?(※写真はイメージ)「その大使館は外交官が4、5人しかいない小所帯で、都内で一軒家を借りていました。日本の警備会社と契約し、24時間でガードマンが常駐していました」 その外交官の1人に問題があった。「関東地方のある県警が麻薬捜査をしていたのですが、捜査の過程で容疑者が使用している携帯電話の通話記録を調べたところ、その外交官の名前が浮上しました。警察は捜査の際、通信会社に捜査関係事項照会書を提出すれば携帯の契約者情報や通話記録を入手することができます」 そして、今度は外交官の通話記録を調べると、意外な人物の名前が……。怪しげな日本人「私の名前でした。県警はすぐに警視庁に問い合わせ、『一体、どうなってんだ!』と騒ぎになりました。私も“被疑者”になったのです」『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社) 件の外交官は、勝丸氏の知人だった。「彼は私と大使館の連絡窓口(コンタクト・ポイント)で、年に何回か食事をする仲でした。大使館で何かあったときのために24時間、いつでも連絡ができる外交官を各駐日大使館に1人ずつ設けていたのです」 勝丸氏は上司に外交官とは仕事で付き合いがあり、携帯で連絡していたことを説明した。「とはいえ、外交官の容疑が晴れたわけではありません。麻薬組織の関係者と連絡を取っていたのは間違いありませんからね。しかし、外交特権があるので強制捜査はできません。捜査は難航しました」 そうこうするうち、その駐日大使館の周辺を怪しげな日本人がうろつくようになったという。『警視庁公安部外事課』(光文社)「電柱の陰から様子をうかがったり、近くに停めた車から大使館をずっと見ていたそうです。大使館の警備員は不審者情報を件の外交官に報告していましたが、彼は大使に報告しなかったといいます」「外交行嚢」 ところが、外交官が出張で不在だった際、また不審な日本人がやって来た。「警備員が別の大使館員に不審情報を報告したため、大使の知るところとなりました」 勝丸氏は、大使から呼び出された。「『大使館の近くに怪しい男がうろついている。パトロールしてくれないか』と依頼されました。それを受け、所轄署が不審者を調べたところ、暴力団関係者だとわかりました」 勝丸氏は麻薬組織との関係を聞き出そうと、外交官を食事に誘った。「彼にそれとなく、『怪しい人間と関係を持つと面倒なことになる。日本のメディアに報道され本国の外務省に知られて身分を失うことになりかねない』と言いました。彼は深刻な顔をしていましたが、何も話してはくれませんでした」 勝丸氏が外交官と別れると、不審な男から尾行された。「すぐに、2人の男が私を尾行しているのがわかりました。チンピラ風の男で、ただ後ろからついてくるだけでしたから完全に素人の尾行でした。大使館周辺をうろついていた男たちでしょう」 勝丸氏は電車に乗ると、発車間際にホームに降りて尾行をまいた。 その後、件の外交官が警備会社の不審情報を大使に報告しなかったことが問題視された。「大使が警備会社の月報を見たとき、以前から不審情報が報告されていたことがわかったのです。大使は件の外交官を暴力団関係者とどういう関係なのか問い詰めたようです。しばらくすると、突然外交官は帰国してしまいました」 勝丸氏は大使に外交官の帰国理由について聞いたが、何も答えてくれなかった。 日本の暴力団は、外交特権を利用するために海外の外交官に接近することがあるという。「外交官には外交行嚢(外交パウチ)という特権があります。これは外交上の機密文書や物品を入れる物で、空港の保安検査や税関検査で開封が禁じられています。これを悪用して麻薬などの禁制品を密輸する外交官もいるのです。帰国した外交官は、麻薬取引に関わってお金を稼いでいたのでしょう。暴力団が大使館の近くをうろついたのは、外交官が麻薬捜査に気づいて暴力団に協力しなくなったので、脅かしていたのではないでしょうか」勝丸円覚1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/デイリー新潮編集部
今回ご紹介するのは10年ほど前、勝丸氏が公安部外事課で各国の駐日大使館との調整・連絡係を担当していた時のエピソードである。
「中東の某駐日大使館に勤務していた外交官の疑惑です」
と、語るのは勝丸氏。
「その大使館は外交官が4、5人しかいない小所帯で、都内で一軒家を借りていました。日本の警備会社と契約し、24時間でガードマンが常駐していました」
その外交官の1人に問題があった。
「関東地方のある県警が麻薬捜査をしていたのですが、捜査の過程で容疑者が使用している携帯電話の通話記録を調べたところ、その外交官の名前が浮上しました。警察は捜査の際、通信会社に捜査関係事項照会書を提出すれば携帯の契約者情報や通話記録を入手することができます」
そして、今度は外交官の通話記録を調べると、意外な人物の名前が……。
「私の名前でした。県警はすぐに警視庁に問い合わせ、『一体、どうなってんだ!』と騒ぎになりました。私も“被疑者”になったのです」
件の外交官は、勝丸氏の知人だった。
「彼は私と大使館の連絡窓口(コンタクト・ポイント)で、年に何回か食事をする仲でした。大使館で何かあったときのために24時間、いつでも連絡ができる外交官を各駐日大使館に1人ずつ設けていたのです」
勝丸氏は上司に外交官とは仕事で付き合いがあり、携帯で連絡していたことを説明した。
「とはいえ、外交官の容疑が晴れたわけではありません。麻薬組織の関係者と連絡を取っていたのは間違いありませんからね。しかし、外交特権があるので強制捜査はできません。捜査は難航しました」
そうこうするうち、その駐日大使館の周辺を怪しげな日本人がうろつくようになったという。
「電柱の陰から様子をうかがったり、近くに停めた車から大使館をずっと見ていたそうです。大使館の警備員は不審者情報を件の外交官に報告していましたが、彼は大使に報告しなかったといいます」
ところが、外交官が出張で不在だった際、また不審な日本人がやって来た。
「警備員が別の大使館員に不審情報を報告したため、大使の知るところとなりました」
勝丸氏は、大使から呼び出された。
「『大使館の近くに怪しい男がうろついている。パトロールしてくれないか』と依頼されました。それを受け、所轄署が不審者を調べたところ、暴力団関係者だとわかりました」
勝丸氏は麻薬組織との関係を聞き出そうと、外交官を食事に誘った。
「彼にそれとなく、『怪しい人間と関係を持つと面倒なことになる。日本のメディアに報道され本国の外務省に知られて身分を失うことになりかねない』と言いました。彼は深刻な顔をしていましたが、何も話してはくれませんでした」
勝丸氏が外交官と別れると、不審な男から尾行された。
「すぐに、2人の男が私を尾行しているのがわかりました。チンピラ風の男で、ただ後ろからついてくるだけでしたから完全に素人の尾行でした。大使館周辺をうろついていた男たちでしょう」
勝丸氏は電車に乗ると、発車間際にホームに降りて尾行をまいた。
その後、件の外交官が警備会社の不審情報を大使に報告しなかったことが問題視された。
「大使が警備会社の月報を見たとき、以前から不審情報が報告されていたことがわかったのです。大使は件の外交官を暴力団関係者とどういう関係なのか問い詰めたようです。しばらくすると、突然外交官は帰国してしまいました」
勝丸氏は大使に外交官の帰国理由について聞いたが、何も答えてくれなかった。
日本の暴力団は、外交特権を利用するために海外の外交官に接近することがあるという。
「外交官には外交行嚢(外交パウチ)という特権があります。これは外交上の機密文書や物品を入れる物で、空港の保安検査や税関検査で開封が禁じられています。これを悪用して麻薬などの禁制品を密輸する外交官もいるのです。帰国した外交官は、麻薬取引に関わってお金を稼いでいたのでしょう。暴力団が大使館の近くをうろついたのは、外交官が麻薬捜査に気づいて暴力団に協力しなくなったので、脅かしていたのではないでしょうか」
勝丸円覚1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/
デイリー新潮編集部