直前に首相官邸前で行われた反対集会には1000人が参加するなど、大波乱のなかで10月1日にスタートしたインボイス制度。 当初、「会社員には関係ない」と思われた同制度だが、蓋を開けてみれば大違い。業務の増加や収入減など大きな影響を受けている。現場ではいったい、何が起きているのか!?
◆経理や残業でパンク状態!副業リーマンも続々廃業へ
インボイス制度が10月1日からとうとう始まった。反対署名は53万人(9月27日現在)に達し、各地で反対集会が開かれた。フリーランスや自営業者から猛反対を受けていたことは周知の通り。
読者のなかには「サラリーマンには関係ないでしょ」と対岸の火事と受け止めている人は多いだろう。だが、涼しい顔もしていられない。
「経理担当者の場合、請求書処理の際、適格請求書発行事業者登録番号の有無の確認作業が増えるため、時間管理が尚、必要になるでしょう」
こう話すのは、経理に詳しいビジネス書作家の田村夕美子氏だ。では、いったい現場では何が起きているのか。
◆会社員たちからは不満の声が絶えない
「ウチは社員10人の零細なんですが、9月に勤続20年以上のベテランの経理の女性が辞めちゃいました。物価高なのに給与は据え置き。にもかかわらずインボイスのせいで夏以降、ほぼ毎日残業していましたからね。とうとうブチキレたようです」(都内の建設業の社員)
「インボイス対応に伴う経理システム入れ替えで、もう地獄ですよ。客もパニックになってて、経理部門はその対応で残業続き。社内SEも9月の土日はすべて休日出勤です。直前の土日は朝8時から深夜0時まで働いていました」(大手製造業の社員)
経理やSEだけではない。営業マンにも影響は甚大だ。
「社内講習会が何度もあったけど、すごく手間が増えそうで腹が立ちます。新幹線代も立て替えNGになって事前申請が必須に。タクシーも飲食店もインボイス登録していないところは使用不可になったんですが、どうやって見分けろというのか。毎月の経費精算も確実に3倍以上の時間がかかりそうです。著しく生産性が低下しますよ」(大手デベロッパーの社員)
◆経費を使う際にも配慮が必要に……
税理士の脇田弥輝氏も次のように話す。
「打ち合わせや接待の飲食費、取引先の手土産など会社の経費を使う際には、『今後、インボイスを発行してくれる店舗を利用してください』と言われるようになるでしょう」
実務増加を懸念する声は、数字にも表れている。「インボイス制度を考えるフリーランスの会」が経理実務に携わっている人を対象に行った調査によると、煩雑な業務が増えることによって「異動」もしくは「退職/転職」をしたいと考える経理担当者は33%に上る。
会社の規模別に見ると、「従業員1000人以上の規模」が47.4%と最も高い。大企業であればあるほど、取引先の数や商取引回数が多くなり、インボイス関連業務の激増が予想されるからだ。
一方、支出管理サービスのLayerXの試算によると、インボイス制度施行により、全国で毎月約3413億円の人件費が追加コストとして発生する可能性があるという。
同制度による税収増は年間約2480億円(’19年、政府の国会答弁)と予測されているが、このままでは経済損失のほうが多くなりそうだ。
会社員への影響はまだある。
現在、頭を悩ませているのは、副業をしている会社員だろう。

◆廃業を検討する副業会社員が続出
’19年からスタートした働き方改革に伴う法整備で、副業やパラレルキャリアなど柔軟なワークスタイルが浸透しつつある。特にコロナ禍では、本業でリモートワークが導入され、自宅で働く環境が整備され、副業しやすい環境ができたケースも多く、副業をスタートする人も増えた。
キャリアや就転職に関する各種調査を行うJob総研が昨年行った調査によると、会社員のうち21.6%が「副業・兼業をしている」と回答し、60.5%が「したいと思う」と回答。このように副業に関心が高まっている現状があるにもかかわらず、インボイス制度が水を差す格好となった。
「インボイスを欲しいと言ってくるのは、基本的に売り上げが大きい企業です。例えば、個人客を対象に自宅でネイルサロンやお料理教室を開いているような場合は言われることはないでしょう。
しかし、例えば結婚式場と契約してカメラマンをしているような場合だと、インボイスを求められます。どこから発注されているかでインボイスが関係してくるかどうかが変わるのです」(前出の脇田氏)
◆ウーバーイーツでできた手軽な副業さえ難しくなりうる
つまり、隙間時間を有効に使える副業として注目を浴びた配達員やウェブライターなどは大きな影響を受けそうだ。ウーバーイーツで副業をする30代の男性は言う。
「当面は未登録でも良いとウーバー側からアナウンスされましたが、ゆくゆくは未登録者にはオファーが来なくなっていくでしょう。あと配達員の間で『全体的に報酬が下がる』と噂されています。ウーバー側は納税コストが増えた分、何かで穴埋めしないといけないから。制度自体、複雑すぎてよくわからないので、もう潮時かもしれません」
廃業を決意した人もいる。
「副業でウェブデザイナーをしていたのですが、取引先からインボイス登録を求められました。会社にバレるリスクを考え、新規受注はやめました。本業だけだと生活が厳しいので、夜の仕事でもしようか迷ってます」(30代・女性)
前出のJob総研の調査によると、副業を始めた理由は「収入を上げるため」が83.2%。うち「本業だけでは生活が苦しくなった」と答えた人が44.1%にも上っている。
◆用語解説
適格請求書発行事業者
売り手が買い手に対して、正確な適用税率や消費税額等を伝える「適格請求書(インボイス)」を発行できる事業者のこと。インボイス発行事業者になるには登録申請が必要だが、9月末で締め切られた。登録したら免税事業者も課税事業者になるため、所得税とは別に確定申告が必要になる。
免税事業者
前々年度の課税売上高が1000万円以下で、消費税の申告・納税義務がない事業者のこと。主に個人事業主や小規模事業者が該当し、その数は1000万に達する。
仕入税額控除
売った際に受け取った消費税から、仕入れや経費などで支払っていた消費税を差し引くこと。消費税の二重課税を解消するが、10月からは、支払先からインボイスを受け取らなければ仕入税額控除ができなくなる。
【ビジネス書作家 田村夕美子氏】ビジネス書作家。NFP「風を贈る」代表。セミナー講師、財務などのコンサルティングも手がける。著書に『できる経理の仕事のコツ』他
【税理士 脇田弥輝氏】税理士。税理士をつけていない人向けの「経費精算カフェ」(高円寺)で一日店長を行うほか、インボイス相談カフェも不定期で実施
取材・文/週刊SPA!編集部 図版/佐藤遥子