毎年、11月から3月にかけて流行するのが、ノロウイルスによる食中毒だ。カキやアサリなどの二枚貝にノロウイルスが蓄積し、それを食べて感染することが多い。
【写真】年末にかけて流行する「ノロウイルス対策用消毒液」の作り方 特に冬が旬のカキは鍋の具になったり、口にする機会が増える。一人の感染から拡散!空気感染の怖さ「二枚貝による食中毒の原因は生食や加熱不足。ノロウイルスは熱に弱いので、貝が汚染されていてもその中心部が85~90℃になるよう、90秒以上加熱すれば問題ありません。スーパーなどで『加熱調理用』のカキを生で食べて発症するケースも多いですね」

そう話すのは、感染症専門医の佐藤昭裕先生。調理時は生の二枚貝を触った手で他の食材や調理器具を触らないようにしたほうがいい。 しかし、近年は感染者から他の人に広がる二次感染の報告も増えている。「ノロウイルス食中毒は接触感染、飛沫(ひまつ)感染だけでなく、空気感染でも発症します。以前、東京都内のホテルで300人以上の大規模な集団感染がありました。利用客の一人がホテルの絨毯(じゅうたん)の上で嘔吐。 従業員が掃除をしたものの、取り除き切れなかったウイルスが乾燥して空気中に浮遊し、空調ダクトを通じて、別フロアにも感染が広がったのです」(佐藤先生、以下同) たった一人の嘔吐から接触していない人まで無限に広がってしまう理由はノロウイルスの“感染力の強さ”。「感染者の便が1g、すなわちティースプーン1/4杯程度あれば、50億人を感染させることができるといわれるほど。 生存期間が長く、感染者が触ったテーブルなどの表面では、1週間ほど生存できます。冷蔵庫で管理するような食品だと10日間ほどは食品中に残ったままです」 これほど手ごわいウイルスだからこそ、“子どもから始まり家族全員がノロでダウン”といった家庭内感染が起こりうる。さらに厄介なのが、ウイルスの“増殖のしやすさ”。「ノロウイルスが爆発的に増殖するのは、人の小腸の中。感染した人が“ウイルス増殖器”となり、大量のノロウイルスが含まれた便を排出する。そして一人の感染から爆発的に流行してしまいます」 しかも、インフルエンザなどは一度感染すれば原因ウイルスに対しての免疫ができるが、ノロウイルスは何度も感染してしまうことがある。「変異の激しいノロウイルスは複数の遺伝子型があり、それをカバーできるワクチンがありません。しっかりした感染予防と、日頃の体調管理などが重要になります」激しい嘔吐と下痢で「便器が足りない」 家庭内に感染者がいなくても、職場や駅など、他者と共同で使うトイレの利用で、知らない間に感染してしまう可能性もある。症状は、前触れなく突然現れるのが特徴だ。「ウイルスに感染してから早いと18時間、だいたい24~48時間の間で症状が現れます。初めは腹痛や嘔吐が突然起こり、そのあとに下痢、発熱やだるさが出始めます。 特に嘔吐と下痢は激しく、下から便が出ている間に上から吐き気が襲うため、患者さんの中には『便器が足りない』という人もいます」 しんどいので感染が疑われる多くの人が医療機関を受診するが、実はノロウイルスの感染症検査には制限がある。「健康保険で検査ができるのは、重症化リスクの高い3歳未満か65歳以上、その他はがんなどの重症化リスクがある人のみ。健康な成人の場合は検査による確定診断は行われず、『おそらくノロウイルスでしょう』と診断が出ます。 治療としては吐き気止めや整腸剤が処方され、経口補水液など十分な水分を取って休養していただきます」 症状は3日程度で治まるのが一般的だが、水様便があるとウイルスの排出は続く。「人にうつさないためにも、外出するのは便の状態が良くなってからが望ましいです。罹(かか)ると下痢や嘔吐が激しく、水分を取れない、取っても出てしまうのがノロウイルスの特徴。 そのため脱水になりやすく、腎不全になって入院という重症化パターンもあり得ます。特に高齢者や子どもは感染しないように十分気をつけたほうがいい」 また、ノロウイルスに限らずこうした感染症には“罹りやすい人”がいるのも事実だ。「ノロウイルスに何回も罹る人たちは、細胞にある受容体の関係でウイルスが身体に入ってきやすいタイプと考えられています。反対に、なぜか全然罹らない人もいますが、そのときの個人の免疫や体調によるところも大きいです」 農林水産省も体調が悪いときは特に、二枚貝を生で食べるのは避けるよう警鐘を鳴らしている。市販の下痢止めはのまないほうがいい インフルエンザや新型コロナウイルスのようなワクチンがないノロウイルス。だからこそ、自分の身は自分で守るしかない。「まず知っておいてほしいのは、アルコール消毒が効きにくいということ。新型コロナの流行でアルコール消毒を習慣にする人が増えましたが、ノロウイルスにはほとんど効果がありません。手についたウイルスの除去は、石けんと流水での手洗いが有効です」 トイレや帰宅のあと、調理や食事の前には必ず行おう。洗ったあとに使うタオルもこまめに替えて清潔なものを。 もし、家族が感染した場合は、感染を広げないため、トイレや触った部分の消毒と嘔吐物の処理に細心の注意を払うことが大切だ。「感染者が触った物を消毒するときは、ノロウイルスの不活性化に有効な次亜塩素酸ナトリウムを使用します。家庭用の塩素系漂白剤を薄めた消毒液で、代用ができます」 家庭用の塩素系漂白剤には次亜塩素酸ナトリウムが少量含まれている。また、可能であれば感染者とトイレや部屋を共有しないほうが、他の人への感染リスクを下げられる。「感染者がやってはいけないことは、市販の下痢止めを服用することです。便に含まれたノロウイルスが腸内にとどまってしまい、症状が悪化します。ウイルスが腸内から排出されることで症状が良くなるので、トイレは我慢しないこと。 脱水症予防のためにも水分を多くとるようにしてください。感染がわかった時点で、市販の経口補水液を用意しておくと安心です」 症状が軽ければ病院に行く必要はないが、嘔吐や下痢が激しい場合は早めに受診を。 そして、何よりも日頃からウイルスを寄せつけない健康体を保つことも欠かせない。「疲労の蓄積、睡眠不足やストレスの多い生活は、免疫を下げて感染症に罹るリスクを高めます。自己防衛のためにも忙しいからと睡眠時間を削ったりせず、体調優先で過ごすことをおすすめします」ノロウイルス対策用消毒液の作り方 アルコール消毒は効かない! ノロウイルスはウイルスの特性からアルコール消毒液を使っても効果がない。家族が感染した場合、物品の消毒や嘔吐物の処理は、「次亜塩素酸ナトリウム」を含む家庭用塩素系漂白剤を使うのが有効だ。食器・リネン類などの消毒の仕方 感染者が使った食器は、食後すぐに消毒液に浸して消毒。トイレ周りや衣類、ドアノブなども同様に消毒する。感染者が使用した物、嘔吐物がついた物は、分けて洗浄・消毒する。嘔吐物などの処理の仕方 二次感染を防止するため、ウイルスが含まれた感染者の嘔吐物は十分に注意が必要。 使い捨てマスクやガウン、手袋を着用し、ペーパータオルなどで静かに嘔吐物を拭き取り消毒後、水拭き。嘔吐物や手袋などはビニール袋に密閉して廃棄。丁寧に手洗いすることを忘れずに。●ノロウイルスの正しい対策は厚生労働省のサイトをチェック https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/norovirus/教えてくれたのは……佐藤昭裕先生●KARADA内科クリニック院長。日本感染症学会専門医。総合診療医としての幅広い診療に加え、感染症専門医としてHIV感染症や結核などの診療、院内感染対策、ワクチン診療などを行う。『東京都感染症マニュアル2018』などの作成にも携わる。取材・文/釼持陽子
特に冬が旬のカキは鍋の具になったり、口にする機会が増える。
「二枚貝による食中毒の原因は生食や加熱不足。ノロウイルスは熱に弱いので、貝が汚染されていてもその中心部が85~90℃になるよう、90秒以上加熱すれば問題ありません。スーパーなどで『加熱調理用』のカキを生で食べて発症するケースも多いですね」
そう話すのは、感染症専門医の佐藤昭裕先生。調理時は生の二枚貝を触った手で他の食材や調理器具を触らないようにしたほうがいい。
しかし、近年は感染者から他の人に広がる二次感染の報告も増えている。
「ノロウイルス食中毒は接触感染、飛沫(ひまつ)感染だけでなく、空気感染でも発症します。以前、東京都内のホテルで300人以上の大規模な集団感染がありました。利用客の一人がホテルの絨毯(じゅうたん)の上で嘔吐。
従業員が掃除をしたものの、取り除き切れなかったウイルスが乾燥して空気中に浮遊し、空調ダクトを通じて、別フロアにも感染が広がったのです」(佐藤先生、以下同)
たった一人の嘔吐から接触していない人まで無限に広がってしまう理由はノロウイルスの“感染力の強さ”。
「感染者の便が1g、すなわちティースプーン1/4杯程度あれば、50億人を感染させることができるといわれるほど。
生存期間が長く、感染者が触ったテーブルなどの表面では、1週間ほど生存できます。冷蔵庫で管理するような食品だと10日間ほどは食品中に残ったままです」
これほど手ごわいウイルスだからこそ、“子どもから始まり家族全員がノロでダウン”といった家庭内感染が起こりうる。さらに厄介なのが、ウイルスの“増殖のしやすさ”。
「ノロウイルスが爆発的に増殖するのは、人の小腸の中。感染した人が“ウイルス増殖器”となり、大量のノロウイルスが含まれた便を排出する。そして一人の感染から爆発的に流行してしまいます」
しかも、インフルエンザなどは一度感染すれば原因ウイルスに対しての免疫ができるが、ノロウイルスは何度も感染してしまうことがある。
「変異の激しいノロウイルスは複数の遺伝子型があり、それをカバーできるワクチンがありません。しっかりした感染予防と、日頃の体調管理などが重要になります」
家庭内に感染者がいなくても、職場や駅など、他者と共同で使うトイレの利用で、知らない間に感染してしまう可能性もある。症状は、前触れなく突然現れるのが特徴だ。
「ウイルスに感染してから早いと18時間、だいたい24~48時間の間で症状が現れます。初めは腹痛や嘔吐が突然起こり、そのあとに下痢、発熱やだるさが出始めます。
特に嘔吐と下痢は激しく、下から便が出ている間に上から吐き気が襲うため、患者さんの中には『便器が足りない』という人もいます」
しんどいので感染が疑われる多くの人が医療機関を受診するが、実はノロウイルスの感染症検査には制限がある。
「健康保険で検査ができるのは、重症化リスクの高い3歳未満か65歳以上、その他はがんなどの重症化リスクがある人のみ。健康な成人の場合は検査による確定診断は行われず、『おそらくノロウイルスでしょう』と診断が出ます。
治療としては吐き気止めや整腸剤が処方され、経口補水液など十分な水分を取って休養していただきます」
症状は3日程度で治まるのが一般的だが、水様便があるとウイルスの排出は続く。
「人にうつさないためにも、外出するのは便の状態が良くなってからが望ましいです。罹(かか)ると下痢や嘔吐が激しく、水分を取れない、取っても出てしまうのがノロウイルスの特徴。
そのため脱水になりやすく、腎不全になって入院という重症化パターンもあり得ます。特に高齢者や子どもは感染しないように十分気をつけたほうがいい」
また、ノロウイルスに限らずこうした感染症には“罹りやすい人”がいるのも事実だ。
「ノロウイルスに何回も罹る人たちは、細胞にある受容体の関係でウイルスが身体に入ってきやすいタイプと考えられています。反対に、なぜか全然罹らない人もいますが、そのときの個人の免疫や体調によるところも大きいです」
農林水産省も体調が悪いときは特に、二枚貝を生で食べるのは避けるよう警鐘を鳴らしている。
インフルエンザや新型コロナウイルスのようなワクチンがないノロウイルス。だからこそ、自分の身は自分で守るしかない。
「まず知っておいてほしいのは、アルコール消毒が効きにくいということ。新型コロナの流行でアルコール消毒を習慣にする人が増えましたが、ノロウイルスにはほとんど効果がありません。手についたウイルスの除去は、石けんと流水での手洗いが有効です」
トイレや帰宅のあと、調理や食事の前には必ず行おう。洗ったあとに使うタオルもこまめに替えて清潔なものを。
もし、家族が感染した場合は、感染を広げないため、トイレや触った部分の消毒と嘔吐物の処理に細心の注意を払うことが大切だ。
「感染者が触った物を消毒するときは、ノロウイルスの不活性化に有効な次亜塩素酸ナトリウムを使用します。家庭用の塩素系漂白剤を薄めた消毒液で、代用ができます」
家庭用の塩素系漂白剤には次亜塩素酸ナトリウムが少量含まれている。また、可能であれば感染者とトイレや部屋を共有しないほうが、他の人への感染リスクを下げられる。
「感染者がやってはいけないことは、市販の下痢止めを服用することです。便に含まれたノロウイルスが腸内にとどまってしまい、症状が悪化します。ウイルスが腸内から排出されることで症状が良くなるので、トイレは我慢しないこと。
脱水症予防のためにも水分を多くとるようにしてください。感染がわかった時点で、市販の経口補水液を用意しておくと安心です」
症状が軽ければ病院に行く必要はないが、嘔吐や下痢が激しい場合は早めに受診を。
そして、何よりも日頃からウイルスを寄せつけない健康体を保つことも欠かせない。
「疲労の蓄積、睡眠不足やストレスの多い生活は、免疫を下げて感染症に罹るリスクを高めます。自己防衛のためにも忙しいからと睡眠時間を削ったりせず、体調優先で過ごすことをおすすめします」
アルコール消毒は効かない!
ノロウイルスはウイルスの特性からアルコール消毒液を使っても効果がない。家族が感染した場合、物品の消毒や嘔吐物の処理は、「次亜塩素酸ナトリウム」を含む家庭用塩素系漂白剤を使うのが有効だ。
食器・リネン類などの消毒の仕方
感染者が使った食器は、食後すぐに消毒液に浸して消毒。トイレ周りや衣類、ドアノブなども同様に消毒する。感染者が使用した物、嘔吐物がついた物は、分けて洗浄・消毒する。
嘔吐物などの処理の仕方
二次感染を防止するため、ウイルスが含まれた感染者の嘔吐物は十分に注意が必要。
使い捨てマスクやガウン、手袋を着用し、ペーパータオルなどで静かに嘔吐物を拭き取り消毒後、水拭き。嘔吐物や手袋などはビニール袋に密閉して廃棄。丁寧に手洗いすることを忘れずに。
取材・文/釼持陽子