近年、教職員の不祥事、とくに性犯罪が報じられることが増えている。文部科学省の調査によれば、2021年度に性犯罪・性暴力等による懲戒処分を受けた公立学校の教育職員数は全国で216人(うち児童生徒等に対する者は94人)だった。2019年度の273人(126人)と比べると減少しているように錯覚してしまうが、新型コロナウイルスの感染拡大で人と人が接触することが減っていたことを思うと、むしろ減少ととらえないほうがよいのではないかと思えてくる。ライターの宮添優氏が、この統計には含まれていない被害者の関係者から、不祥事の小さく見せたい学校の雰囲気と回復されない被害についてレポートする。
【写真】東京都は2022年に第三者相談窓口設置 * * *「東京の校長先生がわいせつな行為をして逮捕されたとニュースで見たらしく、なぜうちの学校の先生はニュースになってないの? 逮捕されないの? と聞かれ、確かにそうだと思いました。しかも、娘の学校では何度も事件が起きているのです」 冷静だが、憤りを隠せないといった口調で話すのは、関東地方の公立高校に通う女子生徒の父親・Eさん(50代)。Eさんが見たニュースというのは、都内の公立中学校長が、女子生徒のわいせつな動画を撮影し逮捕された、というものだった(その後別の生徒への準強姦致傷容疑で再逮捕)。事前に「校長からわいせつな行為をされた」という被害の声もあがっていたといい、現役校長によるあまりに卑劣な犯行は、テレビニュースでも連日報じられ、視聴者を唖然とさせている。 一方、Eさんの娘が通う高校では、教員が女子生徒を盗撮するという事件が、2022年と2023年、2件が立て続けに起きていた。前出の“わいせつ校長”が逮捕されたのは、2件目の事件が発覚する直前。校長逮捕のニュースを見て「去年の盗撮事件はなぜ、報じられないのか」とEさん自身が思っていたところに、まさか娘が通う高校で2度目の事件が起きてしまった。さすがに、これはいよいよニュースになる、問題教師も逮捕される──。そう確信したという。しかし、2度目の事件をめぐる学校側の動きは、Eさんを含め、生徒も保護者も到底納得できないものだった。「保護者向けの説明会の半月後、教育委員会の謝罪会見があったんです。直後に一部メディアが報じたものの、それほど大きな騒ぎにもなりませんでした。しかも、今回も先生は逮捕されていないんです。正直、先生からの直接説明を求めても、被害者が生徒だから、を理由にコトを荒げないでくれとお願いされるばかり。被害者が生徒なのは十分わかる。でも、その理由を盾に、結果的にはわいせつ教員を守っていることになっていないかと思うのです」(Eさん) Eさんや複数の学校関係者によれば、同校で発生した2件の盗撮事件概要はこうだ。女子生徒用の更衣室にカメラを設置するなどして女子生徒を盗撮していた事実が発覚し、教員本人は犯行を認めていた。にもかかわらず、盗撮した教員は逮捕されていない。関係者の一人は、いずれも「発覚」時点では学校関係者だけで事案の発生が共有され、その後、緊急的な教員・生徒への内部調査を経て、警察当局や上部機関への報告がなされている可能性が高いという。学校側、つまり教員側の関係者だけで調査などがすすめられたため、その間に被害者側が「被害届」を提出するタイミングを失ったのではないか、と子供が在籍している保護者達は危惧する。 この事案について、実際はどのような結末となったのか。筆者が調べたところ、2件のうち一人の教員の実名が記された処分が出されて実名の記録が残っていた。だが、被害届が出されて刑事事件になった様子はない。盗撮は被害者が被害届を出して刑事事件となることがほとんどなので、被害者から警察に届けを出されるように求められる。そのため、Eさんは「被害届を出しにくい雰囲気もあるはず」と、問題の教員が逮捕されていない今の状態に納得がいかないと語気を強める。 もし、盗撮事件の現場が学校内ではなく、加害者が教師で被害者が生徒という関係でなければ、周囲がこれほどモヤモヤさせられることはなかったかもしれない。実際、電車内など公共の場で盗撮が発覚すれば、即逮捕は免れない。最近では「撮影罪」も創設され、被害者の訴えがなくとも罪を問うことだってできる。Eさんが言いたいのは、「被害届を出せば先生が逮捕される」ということを強調されて、被害者なのに被害を訴えることは悪いこと、もしくは「先生を追い込むこと」であるかのような、歪んだ認知を持たされ身動きがとれなくなり、その結果、逮捕されない教員が相次ぎ、被害の回復が置き去りになっているのではないかという懸念だ。「訴えれば先生の人生は終わってしまう」と念押しされた 事件から5年以上経過しているが、当時のことを思い出すと眠れなくなるというのは、東海地方在住の主婦・近藤圭子さん(仮名・60代)。近藤さんの娘は中学生時代に、部員複数人が部活動の顧問から体罰を受けた。「実際にニュースになったら大騒ぎになるし、どうするかと警察にも教員にも聞かれる。被害者だから気持ちが弱っているのに、傷ついた心をどうするかということより無神経なことばかり確認されて、学校からは脅されているようにも感じる。もっと騒ぎになったら大変だと警察からも嫌味を言われる、マスコミだってきました」 この事件は地元紙で報じられ、その教員は部活顧問を解任され停職となった。しかしその後、娘を含む2名の女子生徒が、個別にわいせつな行為を受けていたことも、教員本人の供述により発覚した。目の前が真っ暗になり、毎晩娘を抱いて泣いたと振り返るが、その後、母子を追い詰めたのは、わいせつ行為に関してだけは「事前確認」の名目で、警察へ相談する前に何度か学校に呼ばれ「生徒にも先生にも将来がある」とか「訴えれば先生の人生は終わってしまう」と、教頭や教育委員会の担当者から複数回「念押し」されたことだった。「先生は人気者で、強豪スポーツ部の顧問でもあるから早く復帰させたいと教頭先生がおっしゃった時は、何をお話しされているかわからず、呆然としました。その後、結局、教育委員会の方からも同様のお話を受けましたし、ある先生は、逮捕されればもっと大騒ぎになり、被害者である娘も名前もネットで出回るかもしれないと言われました。こちらのことを心配して親身になって言ってくれたとは思えず、脅迫のようだと感じました」(近藤さん) 実際、どれだけ伏せても学校の周りにいたマスコミには、近藤さんの娘が被害者であることが知られ始めていた。そうなると、学校側は被害届を出さないよう求めてきた。「仕方ないけどそうするしかないと、夫と娘、きょうだいで話し合って決めました。それが正しかったとは、今も思っていません。加害者はもう教員はしていないと言われましたが、時間が経ったからと、どこかで教育に携わる仕事をしているかもしれず、新たな被害者が出るかもしれない。逮捕されていれば、名前が知れ渡り、簡単に教育の仕事はできないはずですから」(近藤さん) 性犯罪者のデータベースを使い、教育現場など子どもと接する職場での従事について、登録者を制限するという「日本版DBS」創設に向けた議論が熱を帯びていたが、結局、国会への提出は見送られたと報じられている。教職者によるわいせつ行為が相次ぐ昨今の状況を鑑みると、特にこの分野において、我が国の取り組みはあまりに後手後手に回りすぎている感が否めない。「被害に遭った後、カウンセラーの紹介で被害者同士の会合に参加したこともありました。教員に被害を受けたが、周囲の目もあって被害届を出せなかったという母親二人とお話をしました。共通するのは、被害者なのに教員の将来を盾に圧力をかけられることと、脅されたり、周囲の目に更に怯えなければならないようになることでした。訴えて教員が逮捕されても、わたしたちのせいで先生が逮捕されたとも言われかねない。また、周囲の事件に関係のない生徒にも”迷惑”がかかる、とも言われます。受験や就職に影響する、と。被害者にしかわからない苦悩だと思います」(近藤さん) 近年は、世界中で子供に対する虐待、性被害の告発が相次いでいる。なかにはカトリック教会やアメリカボーイスカウト連盟など、子供が安全に過ごせるはずの場所での被害も多い。大人になってから何十年も前の被害をようやく訴えた人たちは、被害者なのに自分が悪かったかのように考えていたとも告白する人が多い。傷をいやすのではなく、被害者が悪いと認知の歪みを押しつける風潮は、学校で起きている不祥事への対処をみると、いまも続いているのだろうと思わずにはいられない。
* * *「東京の校長先生がわいせつな行為をして逮捕されたとニュースで見たらしく、なぜうちの学校の先生はニュースになってないの? 逮捕されないの? と聞かれ、確かにそうだと思いました。しかも、娘の学校では何度も事件が起きているのです」
冷静だが、憤りを隠せないといった口調で話すのは、関東地方の公立高校に通う女子生徒の父親・Eさん(50代)。Eさんが見たニュースというのは、都内の公立中学校長が、女子生徒のわいせつな動画を撮影し逮捕された、というものだった(その後別の生徒への準強姦致傷容疑で再逮捕)。事前に「校長からわいせつな行為をされた」という被害の声もあがっていたといい、現役校長によるあまりに卑劣な犯行は、テレビニュースでも連日報じられ、視聴者を唖然とさせている。
一方、Eさんの娘が通う高校では、教員が女子生徒を盗撮するという事件が、2022年と2023年、2件が立て続けに起きていた。前出の“わいせつ校長”が逮捕されたのは、2件目の事件が発覚する直前。校長逮捕のニュースを見て「去年の盗撮事件はなぜ、報じられないのか」とEさん自身が思っていたところに、まさか娘が通う高校で2度目の事件が起きてしまった。さすがに、これはいよいよニュースになる、問題教師も逮捕される──。そう確信したという。しかし、2度目の事件をめぐる学校側の動きは、Eさんを含め、生徒も保護者も到底納得できないものだった。
「保護者向けの説明会の半月後、教育委員会の謝罪会見があったんです。直後に一部メディアが報じたものの、それほど大きな騒ぎにもなりませんでした。しかも、今回も先生は逮捕されていないんです。正直、先生からの直接説明を求めても、被害者が生徒だから、を理由にコトを荒げないでくれとお願いされるばかり。被害者が生徒なのは十分わかる。でも、その理由を盾に、結果的にはわいせつ教員を守っていることになっていないかと思うのです」(Eさん)
Eさんや複数の学校関係者によれば、同校で発生した2件の盗撮事件概要はこうだ。女子生徒用の更衣室にカメラを設置するなどして女子生徒を盗撮していた事実が発覚し、教員本人は犯行を認めていた。にもかかわらず、盗撮した教員は逮捕されていない。関係者の一人は、いずれも「発覚」時点では学校関係者だけで事案の発生が共有され、その後、緊急的な教員・生徒への内部調査を経て、警察当局や上部機関への報告がなされている可能性が高いという。学校側、つまり教員側の関係者だけで調査などがすすめられたため、その間に被害者側が「被害届」を提出するタイミングを失ったのではないか、と子供が在籍している保護者達は危惧する。
この事案について、実際はどのような結末となったのか。筆者が調べたところ、2件のうち一人の教員の実名が記された処分が出されて実名の記録が残っていた。だが、被害届が出されて刑事事件になった様子はない。盗撮は被害者が被害届を出して刑事事件となることがほとんどなので、被害者から警察に届けを出されるように求められる。そのため、Eさんは「被害届を出しにくい雰囲気もあるはず」と、問題の教員が逮捕されていない今の状態に納得がいかないと語気を強める。
もし、盗撮事件の現場が学校内ではなく、加害者が教師で被害者が生徒という関係でなければ、周囲がこれほどモヤモヤさせられることはなかったかもしれない。実際、電車内など公共の場で盗撮が発覚すれば、即逮捕は免れない。最近では「撮影罪」も創設され、被害者の訴えがなくとも罪を問うことだってできる。Eさんが言いたいのは、「被害届を出せば先生が逮捕される」ということを強調されて、被害者なのに被害を訴えることは悪いこと、もしくは「先生を追い込むこと」であるかのような、歪んだ認知を持たされ身動きがとれなくなり、その結果、逮捕されない教員が相次ぎ、被害の回復が置き去りになっているのではないかという懸念だ。
事件から5年以上経過しているが、当時のことを思い出すと眠れなくなるというのは、東海地方在住の主婦・近藤圭子さん(仮名・60代)。近藤さんの娘は中学生時代に、部員複数人が部活動の顧問から体罰を受けた。
「実際にニュースになったら大騒ぎになるし、どうするかと警察にも教員にも聞かれる。被害者だから気持ちが弱っているのに、傷ついた心をどうするかということより無神経なことばかり確認されて、学校からは脅されているようにも感じる。もっと騒ぎになったら大変だと警察からも嫌味を言われる、マスコミだってきました」
この事件は地元紙で報じられ、その教員は部活顧問を解任され停職となった。しかしその後、娘を含む2名の女子生徒が、個別にわいせつな行為を受けていたことも、教員本人の供述により発覚した。目の前が真っ暗になり、毎晩娘を抱いて泣いたと振り返るが、その後、母子を追い詰めたのは、わいせつ行為に関してだけは「事前確認」の名目で、警察へ相談する前に何度か学校に呼ばれ「生徒にも先生にも将来がある」とか「訴えれば先生の人生は終わってしまう」と、教頭や教育委員会の担当者から複数回「念押し」されたことだった。
「先生は人気者で、強豪スポーツ部の顧問でもあるから早く復帰させたいと教頭先生がおっしゃった時は、何をお話しされているかわからず、呆然としました。その後、結局、教育委員会の方からも同様のお話を受けましたし、ある先生は、逮捕されればもっと大騒ぎになり、被害者である娘も名前もネットで出回るかもしれないと言われました。こちらのことを心配して親身になって言ってくれたとは思えず、脅迫のようだと感じました」(近藤さん)
実際、どれだけ伏せても学校の周りにいたマスコミには、近藤さんの娘が被害者であることが知られ始めていた。そうなると、学校側は被害届を出さないよう求めてきた。
「仕方ないけどそうするしかないと、夫と娘、きょうだいで話し合って決めました。それが正しかったとは、今も思っていません。加害者はもう教員はしていないと言われましたが、時間が経ったからと、どこかで教育に携わる仕事をしているかもしれず、新たな被害者が出るかもしれない。逮捕されていれば、名前が知れ渡り、簡単に教育の仕事はできないはずですから」(近藤さん)
性犯罪者のデータベースを使い、教育現場など子どもと接する職場での従事について、登録者を制限するという「日本版DBS」創設に向けた議論が熱を帯びていたが、結局、国会への提出は見送られたと報じられている。教職者によるわいせつ行為が相次ぐ昨今の状況を鑑みると、特にこの分野において、我が国の取り組みはあまりに後手後手に回りすぎている感が否めない。
「被害に遭った後、カウンセラーの紹介で被害者同士の会合に参加したこともありました。教員に被害を受けたが、周囲の目もあって被害届を出せなかったという母親二人とお話をしました。共通するのは、被害者なのに教員の将来を盾に圧力をかけられることと、脅されたり、周囲の目に更に怯えなければならないようになることでした。訴えて教員が逮捕されても、わたしたちのせいで先生が逮捕されたとも言われかねない。また、周囲の事件に関係のない生徒にも”迷惑”がかかる、とも言われます。受験や就職に影響する、と。被害者にしかわからない苦悩だと思います」(近藤さん)
近年は、世界中で子供に対する虐待、性被害の告発が相次いでいる。なかにはカトリック教会やアメリカボーイスカウト連盟など、子供が安全に過ごせるはずの場所での被害も多い。大人になってから何十年も前の被害をようやく訴えた人たちは、被害者なのに自分が悪かったかのように考えていたとも告白する人が多い。傷をいやすのではなく、被害者が悪いと認知の歪みを押しつける風潮は、学校で起きている不祥事への対処をみると、いまも続いているのだろうと思わずにはいられない。