36人が死亡し32人が重軽傷を負った令和元年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などに問われた青葉真司被告(45)の裁判員裁判の第11回公判が、2日午前10時半から京都地裁で開かれる。
京アニの八田英明社長らが証人として出廷し、当時の会社の組織体制や事件の影響などについて証言するとみられる。9月27日の前回公判では現場にいた社員2人の証人尋問が行われた。テレビ局の取材予定があったというあの日。目のすわった男が侵入すると、第1スタジオは瞬く間に猛煙に飲み込まれた。
■「ここにいたら死ぬ」
1人目の証人は、精神的負担の軽減などのため、証言席の周りや被告の前に衝立を置く遮蔽措置がとられた。
作品制作のスケジュール調整などを担当するマネジャー職で、事件前年に入社したばかりだったという若手社員の証人。事件当日、第1スタジオ1階のらせん階段そばにある自席で作業中、玄関の自動ドアの開く音と「ドンドンドン」という足音で最初の異変に気付き、視線をそちらのほうに向けた。
2~3メートルほど先にいた赤いTシャツにジーパン姿の知らない男は、手にしていたバケツを振り回すようにして液体を振りまき、証人も頭や上半身にかかった。
「燃料のにおいだ」。証人を含め、危険を察知した周囲にいた10人ほどは席を立って逃げようとしたが、男は近くにいた男性社員に向かって何かを持った右手を伸ばし、無表情で「死ね」と怒声を上げた。男性社員は「おい」と言って制止しようとしたがその瞬間、床から天井まで一気に炎が燃え上がり、同僚3人がオレンジ色の火に包まれた。
証人は「ここにいたら死んでしまう」と思い、トイレに逃げ込んだが、扉の隙間から嗅いだことのない臭いの煙がどんどん流れ込んできた。窓越しに近くにいた人に助けを求め、格子を外してもらって同僚2人とともに救出されたという。
■「逃げろ!」決死の避難誘導
2人目の証人として出廷したのは、スーツ姿の男性だった。最初の証人と同じくマネジャー職として京アニに勤務し、10年目を迎えるところだったという。事件当時は1階らせん階段近くの自席で作業をした後、近くの別の階段で2階に上がろうと、階段へ続く扉を開けようとしたところ、自動ドアの音で来客に気付いた。
この日はテレビ局の取材予定があり、そのスタッフが訪れたのかと目線を向けたが、無表情で目のすわった様子の男が真っすぐにらせん階段の近くまで来るのが見えた。男の左手あたりから液体が漏れるのが見え、近くにいた男性社員に差し出した右手の先から小さな火が「パチン」と出た直後、室内が白くなるくらいまぶしく光った。「ドスン」という鈍い音とともにガソリンの臭いと熱風が証人のところへ届いた。
「うわ、うわ、うわ」と叫んだ男性社員は足元から全身火に包まれ、横に座っていた別の社員にも引火。あたりには悲鳴が響いた。「大変なことが起こった」。証人はとっさに、2階と3階の社員にも避難を促さねばと階段を駆け上がった。当時の思いを問われると、「1階のスタッフへの申し訳なさと、うまく逃げてほしいという思いがあった」。
2階に着くと、らせん階段から少し煙が出ているのが見え「火事だ、逃げろ」と叫んだ。消防へ通報しようと電話の受話器を上げたが、つながらない。猛烈な煙で意識はもうろうとし、視界がゆがんだ。それ以上の避難の呼びかけは断念し、脱出を決意した。
床をはって開けていた窓の枠によじ登り、両手でぶら下がりながら地上へ落下。エアコンの室外機で腰を強打したが、足が動くことを確認してほかに脱出しようとする社員に「飛べ!」と声をかけた。
スタジオからは猛烈な煙と炎が吹き出し、ガラスの割れる音と破裂音も聞こえた。「壊滅的な状況だ」。一瞬のうちに姿を変えた職場を見ながら、そう思ったという。