日本における「タンス預金」の総額が、年々増加していることをご存じでしょうか。日本銀行が毎年行っている統計によると、2021年3月には遂に100兆円を超えたことが判明しました。銀行に預けても利息が付かないに等しいことを考えると、自宅に保管しても同じと考える人も多いのかも知れません。
しかし、タンス預金には思わぬトラブルを起こすリスクがあります。今回はタンス預金が原因で、思わぬ不幸に見舞われたある家族のストーリーを紹介します(登場人物はすべて仮名)。
青山学・恵子さん御夫婦(夫75歳 妻75歳)は、静岡県静岡市に住んでいます。
夫の学さんは中学の社会科教師を定年まで勤めあげ、妻の恵子さんもパート看護師として働いていました。息子、ふたりにも恵まれて平穏な生活を送っています。
現在の自宅を新築したのは、学さんが60歳のときでした。静岡に自宅を構えた理由をこう言います。
「私は人混みが苦手で、その点静岡は緑が多いし、温泉地に近いところが気に入ったのです。少し車を走らせれば、病院や年金受取口座としている郵便局などもある。
日常の食料も近くに農家の無人販売もあるし、1週間に1回ほどスーパーでまとめ買いをすれば、老人2人の食い分なんて余るほどですよ。若い人は不便に感じるかもしれないようですけどね」
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学さんの長男の聡さんも、同じく静岡市在住ですが、こちらは妻と娘と家族で、静岡駅に近い賃貸マンションに住んでいます。
聡さんは「家を新築するのであれば、本当はあんな山奥ではなくて、もっと駅に近いところにしてほしかったですよ。15年前であればまだ駅近の価格も安かったですからね。あんな山奥じゃ、いずれ負動産になるのは目に見えていますから」と言います。
実際、静岡市の中心部ではコロナ禍で一時落ち込んだ不動産取り引が再び活発化、駅近の中古マンションは、新築時より高値が付くこともあります。一方の山間部や沿岸部では下落に歯止めがかからず、二極化が一層進んでいるとのことです。
聡さんの心配は自宅だけではありませんでした。聡さんが重い口を開きます。
「実家の土地価格の下落も痛手ですが、父がタンス預金をしていることがわかったのです。それが結構な金額でして」
学さんの手元には2000万円のタンス預金がありました。
聡さんの妻の父親が亡くなり、母親である恵子さんに喪服を借りに来た時、タンスの中にある複数の古い封筒を発見。何が入っているのだろう、と確認したところ、それぞれに1万円札の束が入っており、合計すると約2000万円にもなっていたというのです。
2000万円の現金は、古い封筒4つに分けられ、桐のタンスの引き出しに保管されていました。それぞれの封筒には、「○年○月×15」などと殴り書きのメモがあり、およそ500万円が入っていました。これが4袋で、計2000万円強。これらがひとまとめにされ、風呂敷で包まれていたといいます。
「もちろん、驚きましたよ。両親がそんな大金を持っているなんて知りませんし、なにより無造作にタンスに入っていたのですから」(聡さん)
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タンス預金など危ないから銀行に預けるように忠告すると、父である学さんは「銀行も遠いし、今更急にこんな大金を預けたら怪しまれる。それに今はマイナンバーとの紐づけで資産が把握されるみたいだから、それが嫌なんだ」と怒り出す始末です。
聡さんはなぜ、2000万円もの現金があるのかについて学さんに問いただしました。当初、学さんは「やましいことは何もしていない」とだけ言って、理由を話したがりませんでしたが、しつこく食い下がった結果、ようやく背景がわかってきました。
学さんによると、2000万円もの現金が自宅にある理由はこうです。
今の実家を購入した際、手付金として150万ほど業者に支払いました。その際、500万ほど銀行から引き出し、残りの350万ほどの現金がこの時、自宅に残りました。
ちょうどその年の秋にリーマン・ショックが起き、定期預金の金利が低下していきました。預入金額が300万円未満の平均金利(預入期間1年)は2008年8月末の0.348%だったのが2010年12月末には0.035%に低下しています。
学さんは、地元のS銀行に定期預金1200万円と普通預金800万円がありましたが、2010年を境に「こんな利息では定期預金にする意味がない」と、定期が満期を迎える度に、いつでも出し入れできる普通預金に預け替えていきました。
さらにその数年後、ペイオフ対策も頭をよぎり、月々15万円を引き出し、自宅に保管するようになりました。これが6年で1080万。こうして2020年前には何だかんだと1500万近くの現金を自宅に保管していたことになります。残りの500万強は、母の恵子さん名義の貯蓄からも同じように引き出していたようです。
「父の言い分としての、利子がつかないのなら定期にしても魅力がない。むしろ、自分たちが入院したり、介護が必要になったりしたときも、現金が手元にあれば、すぐに使うことができて子どもに迷惑をかけることはない、という理由は理解できますし、子供としてはありがたく思いました。
実際、急な現金が必要になったとしても、まとまったお金を引き出すのは身内でも最近は手続きが面倒ですし、自分も立て替えることはできませんから」
聡さんも学さんがタンス預金をする理由には一定の理解はできるものの、とは言え、タンス預金のデメリットも頭をよぎっています。
「最近、高齢者を狙った振り込み詐欺や強盗が多いじゃないですか。両親は後期高齢者ですし、父はまだ受け答えもしっかり出来るほうですが、最近は母の方がちょっと物忘れも多い。
この前も散歩に行って逆方向に歩いて行ったようで8時間も行方がわからなくなってしまいました。温泉旅館の方が、様子がおかしいことに気づいて交番に連絡してくれたようなんです。
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今度、認知症の検査もする予定で、ちょっと心配ですね。万が一、自宅にお金がなければ、泥棒が入っても被害は少ないですが、2000万円も自宅にあれば、それが盗まれたら被害は2000万円ですよ。振り込み詐欺も同じです。これ大変なことですよね」
この2000万円をめぐって、青山さん一家は思わぬトラブルに見舞われます。<金庫を買うべきか…父親の「2000万円のタンス預金」で一家は大揉め、そして起こった事件>で続きをご覧ください。