10月からふるさと納税のルールが厳しくなった。自治体は返礼品を見直すなどの対応に追われ、利用者の中には例年より3ヵ月早く「駆け込み寄付」をした人がいたかもしれない。
’08年にスタートしたふるさと納税は、国の正式な制度だ。だが、桃山学院大学経済学部の吉弘憲介教授は「日本を滅ぼす」ほどの問題をはらんでいると警鐘を鳴らす。
一体、ふるさと納税の何が問題なのか。財政学が専門の吉弘教授に聞いた。
ワンストップ特例が適用されて税金の控除申請手続きが簡単になった’15年以降、ふるさと納税の利用者は年々増えている。総務省によると、’22年度の寄付総額は9654億円と過去最高を更新。去年1年間にふるさと納税を利用し、今年度の住民税控除を受ける人は891万人に上る。
「ふるさと納税を利用すると、寄付額から2000円を差し引いた額が、住民税と所得税から控除されます。それも、ワンストップ特例制度によって、確定申告をしなくても自動的に寄付金控除を住民税と所得税に適用してくれる。利用者にとっては、ユーザビリティの高い便利な仕組みと言えるでしょうね」
ふるさと納税は以前から「高所得者を優遇する制度」と指摘されてきた。
「日本では所得税に累進課税制度が採用されていて、所得の多い人ほど所得税率が上がり、税負担が大きくなります。ふるさと納税の場合は税額控除が定率なので、税額の大きさによって適用される控除の額も大きくなる。しかも、ふるさと納税に利用できる額は高所得者ほど大きいため、より高価な、あるいは多くの返礼品を受け取ることができます。
所得税は本来、所得の格差を解消する手段でもあるんです。税制を通じて所得の低い人は負担を少なくし、経済的に豊かな人は多めに負担してもらう。人は生きていればラッキーなこともあれば、アンラッキーなこともある。累進所得税は、そうした人々の運不運を調整する仕組みでもあるわけです。
ところがふるさと納税は、ラッキーな人をより優遇し、アンラッキーな人を冷遇する仕組みになってしまっている。所得の多い高額納税者ほど得をする。つまり、税の逆進性が生じる制度なんです」
そもそもふるさと納税は、「税の原則に反している」と吉弘教授は指摘する。考えてみれば、「納税」の名が付いているが、実態は寄付金制度だ。
「ふるさと納税では、自ら寄付先と寄付額を選んで、自分のほしい返礼品を手に入れることができます。しかし税は、個人が支払いに応じで個別の何かと交換できる類のものではありません。
税金とは、公的サービスに必要な費用を賄うために集めたお金を入れる“共同の貯金”のようなものです。誰もがその貯金を自由に引き出せるとなれば、公共サービスが社会的に望ましい水準まで供給されなくなります。個人が共同の貯金からお金を引き出して商品と交換できるふるさと納税は、税金という制度の約束事に反しているんです」
ふるさと納税は、都市部と地方の税収格差を是正することを目的につくられた制度だ。その目的は果たされているのか。
「ふるさと納税にはもともと、都市と地方の財政力格差を是正するような機能はない。制度設計自体が間違っているんです」
寄付を受け取る地方にとって、ふるさと納税は他の財源と比較してデメリットのある制度になっている、と吉弘教授は問題視する。
「自治体がふるさと納税によって真の納税と同じ額の歳入を手に入れようとすると、高いコストが必要になります」
総務省のデータによると、自治体のふるさと納税コストは’22年度の場合、寄付額の46.8%。なお10月の制度改正によって、寄付額の3割以下とする返礼品コストと事務費用などを含めた経費の総額を、寄付額の5割以下に抑えるようルールが厳格化された。
「普通の税収であれば10割入っていたところを、5割が経費で消えてしまうので、自治体は半分に目減りさせて歳入に組み入れることなります。
その財源も、必ずしも地方財政に有効に活用されているとは言えません。自治体はふるさと納税で集めた寄付金のかなりの額を、短期的な使い道がないため基金に積み立てています。都市部の自治体が公共サービスの費用に充てるはずの税収が、ふるさと納税によって地方の自治体に移転し、基金の形で死蔵されているんです」
しかも、地方の自治体がふるさと納税に使う経費の一部は、都市部に還流する。ほとんどの自治体はいくつかのふるさと納税ポータルサイトと契約し、返礼品を掲載するための手数料を支払っている。ポータルサイトの運営会社はほぼ東京に集中しており、地方自治体が手数料として払ったお金は東京に流れることになる。
「ふるさと納税も地方にお金を振り分ける制度のようでありながら、ポータルサイトを運営する企業を通じて、結局は東京にお金が集まるようになっている。国の他の補助金と同じです」
一方、ふるさと納税による財源の流出は、人口の多い都市部の自治体ほど顕著だ。寄付に伴う’23年度の住民税の流出額は、東京都が23区合わせて826億円と過去最多を更新。市町村別では横浜市(272億円)、名古屋市(159億円)、大阪市(148億)、川崎市(121億円)の順に大きい。
「ふるさと納税によって各自治体から流出する税収のうち、75%は地方交付税を通じて国から補填されます。地方交付税を受け取れない不交付団体は、どんなに税収が流出しても国から一切、補填がない。出ていった分だけ減収になるんです」
横浜、名古屋、大阪の上位3市は地方交付税の交付団体だが、東京都と川崎市は独自の税収で財政運営できると国から判断された不交付団体で、23区は東京都の独自の調整制度で財源を調整していて交付税の制度外にあるため、そのまま減収となる。
「たとえば、川崎市の’19年度の保育所拡充予算は15億円でした。同年度のふるさと納税による純粋減収額は53億円。保育所拡充予算の3~4倍の税収が消えたことになります。
ふるさと納税の利用者には、自分の故郷や旅などで訪れた地方を支援したいという思いがあるかもしれません。でも結果的に、自分が住む自治体の財源を減らしていることになるんです。これから育っていく子どもたちや生活を支えるインフラの整備に回すべき投資を、自分が食べたい特産品に変えてしまっている。これは未来を食べているのと一緒ではないかと私は考えます」
開始から15年が経ち、利用が浸透したふるさと納税、問題点を解消することはできるのか。それとも、廃止したほうがいいのか。
「問題のある制度はやめるべきだと思いますが、唐突に廃止するのは難しいでしょう。
問題点を少しでも低減させるために、まず、自治体間で財源を奪い合うような状態を解消していく必要があります。たとえば、ふるさと納税で集めていい寄付額の上限を決める。上限があれば、各自治体への寄付の競争は平準化されるはずですから。
ふるさと納税の特例税額控除については段階的に廃止していき、一般の寄付と同じ控除にするべきです。返礼品の水準もぐっと小さくして赤い羽根レベルにする。
こうした方法で、1兆円近いふるさと納税の寄付額を徐々に縮小していくことが望ましいのではないでしょうか」
ふるさと納税の利用者は果たして、制度改正後も増え続けるだろうか……。
「ふるさと納税は問題があるとしても国が認めた制度ですから、利用している人を、私は非難するつもりはありません。ただ、この制度によって何が失われているのか、財政を専門とする研究者として、きちんと世に伝えるべきだと考えています」
吉弘憲介(よしひろ・けんすけ)桃山学院大学経済学部教授。1980年、長野県生まれ。’02年、法政大学経済学部卒業、’07年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専門は財政学、租税政策。下関市立大学准教授、桃山学院大学准教授を経て、’21年より現職。共著書に『収縮経済下の公共政策』(慶應義塾大学出版会)、『国税・森林環境税 問題だらけの増税』(自治総研ブック)など。
取材・文:斉藤さゆり