2019年参院選を巡る大規模買収事件で、公職選挙法違反(被買収)で起訴された元広島市議・木戸経康被告(68)が30日、東京地検特捜部検事による「供述誘導」の実態を公判で明らかにした。
広島地裁で行われた被告人質問で、録音データに残されていた検事2人とのやりとりを自身で初めて説明した木戸被告。「検事に従えば起訴されないと安易な気持ちで認めてしまった」と振り返った。(落合宏美、岡大賀)
■証人テスト通じ「洗脳」
広島地裁で最も大きい302号法廷。午後1時半から始まった公判で、木戸被告はスーツ姿で被告人質問に臨んだ。質問は弁護側からスタートし、木戸被告は20年3月に始まった任意の取り調べについて、「最初に『検察側につくのか河井側につくのか、しっかり考えた上でしゃべってください』と言われ、びっくりした」と振り返った。
録音データには、河井克行・元法相(60)(実刑確定)から買収資金を受け取ったとする検事の主張を否定していた木戸被告が、検事から「議員を続けてもらいたい」などと不起訴を示唆され、被買収容疑を認めた様子が記録されている。法廷で木戸被告は、「検事の言葉を信用して自白調書に署名した」と述べた。
また、元法相の公判で証言するために同年9月から複数回行われた証人テストでは、「検事から教えられたことをメモし、50枚ぐらいになった」と説明。メモには自身の認識とは違う内容も含まれていたが、検事から「ノンペーパーでやりましょう」と、言われるままメモの内容を暗記させられ、元法相の公判でも証言したと明らかにした。
弁護側から「なぜそこまで検察に協力したのか」と問われた木戸被告は、「不起訴を示唆され、検事に従えば起訴されないと安易な気持ちを植え付けられた」と語った。また、「元法相から受け取ったのが封筒だとも、中身がお金だったとも、買収だとの認識もなかった」と無罪を訴えた。
検察側から「元法相にとって不利になるとわかっていながら証言したのはなぜか」と追及されると、木戸被告は「検事に洗脳されていたからだ」と反論。検察側が「(検事から)『不起訴を確約できない』と言われ、どういう気持ちになったか」と問うと、「その前に『大丈夫ですから』と言われていた」などと説明した。検察側の「裏切られたと思ったのではないか」との質問には、「こういう人(検事)もいるんだと思った」と話すにとどめた。
後藤有己裁判長からは、「法廷でウソをついたことになるが、偽証罪と思わなかったのか」などと問われ、木戸被告は「本当の話のようにすり込まれ、どれが本当かウソかわからない」と述べた。
閉廷後、広島市内で記者会見した木戸被告は、「証人テストを通じて検事の言うことが事実だと洗脳され、(元法相の)法廷でも自分が思ってもいないことを証言した」と語った。
同席した弁護人の田上剛弁護士は、「元法相の裁判では、検事に思い込まされた記憶通りに証言しており、偽証罪にはあたらない」と話した。検事2人の証人尋問が却下された点については、「検事の誘導で自白調書が作られた。取り調べの違法性を立証するために尋問は不可欠で、納得できない」と批判した。
■全面可視化 一日も早く 村木厚子さんら声明
郵便不正事件で大阪地検特捜部に逮捕・起訴された後に無罪が確定した元厚生労働次官の村木厚子さん(67)が30日、東京・霞が関で記者会見し、今回の供述誘導疑惑を踏まえ、「取り調べの録音・録画の全面的な義務化を一日も早く実現すべきだ」と訴えた。
同事件では、証拠品を改ざんした検事や上司らが証拠隠滅や犯人隠避で有罪となった。関係者に虚偽の供述を強要していた点も問題視され、取り調べの録音・録画(可視化)の実施につながった。
可視化は現在、検察の独自捜査と裁判員裁判対象事件で逮捕された容疑者の取り調べでは義務づけられているが、任意の事情聴取は対象外とされている。村木さんは「検察官がまたも不正な取り調べを行ったことを知り、可視化の拡大を急がないと、市民の人権が危うくなるという危機感を持っている」と述べた。
村木さんや映画監督の周防正行さん(66)らは連名で、全面可視化に向けた抜本的な刑事司法制度改革を求める声明を発表した。