プロ野球を現地で観戦すると、若い女性の売り子からビールを買うサラリーマンをよく目にする。特に夏の暑い日は、売り子から買うビールを楽しみに球場に行く人も多いのではないだろうか。 現在、東京ドームで販売されているビールの価格は税込900円。飲食店で飲むビールと比べて破格の価格設定にもかかわらず、飛ぶように売れている理由は「売り子の魅力」にあると言っても過言ではない。人気の売り子はアイドル的な扱いをされ、購入する客は“推し活”とばかりにビールを飲み続ける人もいるという。
客は若い女性からお酒を買って楽しいひとときを過ごしている一方で、売り子たちは少しでも多く売るために客を奪い合い、現場では静かなる戦いが繰り広げられているようだ。
◆ビールの売り子たちの舞台裏
過去に東京ドームを中心に約3年ほど売り子の経験があるという佐々木春香さん(仮名)は、1日で最高300杯を売ったことがある“売れっ子の売り子”だったという。そんな彼女に、売り子の舞台裏についての話を聞いた。
佐々木さんによると、東京ドームではビール大手4社(サントリー・アサヒ・キリン・サッポロ)が参入していて、各社に雇われた売り子たちが働いているとのこと。
「東京ドームでは大手4社のビールが売られていますが、どこの球場でもこの4社が出ているわけではなく、球場によっては2社しかないところもありました。各社、ビール以外の売り子もいますが、もちろんビールが花形。序列的には、ビール→酎ハイ・ハイボール→ソフトドリンクといった順で、どの会社も売る力がある人がビールを担当しています」
◆バックネット裏は“メイク薄めの売り子”が活躍できる理由
また、東京ドームで開催される巨人戦のナイトゲームの場合、各社30~40人ほどの売り子が働いていたという。それだけの人数の売り子たちがエリア別に分けられていたようだが、どのエリアが一番売れやすいのだろうか。
「一番売れやすいのは基本的に外野席ですね。ライトとレフトの外野席に各社の主力である売り子たちが投入されます。攻撃中は総立ちで売れにくい球団もありますが、お客さんの人数が多いので数を売ることができるわけです。その次が富裕層が多いバックネット裏。ビールの売り子として、おのののかさんが有名になりましたが、おのさんはバックネット裏で売っていたそうです。バックネット裏は年間シートで売られているので、同じ人が来る確率が高く、一度顧客を掴んだら売り続けることができます。お金を持っているだけでなく、年齢層が高いお客さんが多いので、メイクが薄めの“おじさんウケする売り子”が配置されることが多かったですね」
◆売れっ子の売り子になるためのコツ
大手4社のなかで、「当時は一番シェア率が低いメーカーの売り子をしていました」という佐々木さん。もちろん、シェア率が低いことによるハンデはあったようだが、それでも“ビールを売るための秘訣”があったようだ。
「売るためのコツはいくつもあるのですが……。普通に考えると『ルックスが良い人が売れる』と思うかもしれませんが、重要なのは人の流れを見るセンスだと思います。全体をバーっと見渡したときに、買ってくれそうな人を見つけ、その人の近くに行くことが売るための第一歩です。でも、家族連れは売れにくいですし、売れたとしてもお父さんが飲む最初の一杯だけ。リピートしないお客さんに売っても売り上げは伸びません」
◆必要なのは“売り子としての視力の良さ”
佐々木さんは続けて、「どの商売にも通じることだと思うのですが、リピートしてくれる人に売ることが大切です」と話した。

◆市場のシェア率と比較すると“売り子の実力”がわかる
ビールの売り上げは売り子の実力によって左右する。ただ、もちろんビールのブランド力による差もあり、アサヒやキリンなどのブランド力が強いメーカーの方が売れやすいのは間違いない。売れやすい会社の売り子をやっていた方が得をする気もするが、佐々木さんによると、明確な売り子の評価基準があるという。
「私が働いていたときは、1日の売り上げの“シェア率”が発表されていました。ビール4社の売り上げに応じて、アサヒさんが何%売れて、キリンさんが何%売れて……みたいな感じで発表されます。その割合を市場でのシェア率と比較するんです。市場で売れているシェア率に対して、東京ドームでは何%だったという割合が、日によっては8倍とかになったりするわけですよ。そうなると、その日の『売り子のブランド力』が評価されます。シェア率が高いと報奨金が出たり、東京ドームシティで使える商品券がもらえたこともありました」
◆1日でもらえるインセンティブは
また、ビールの売り子がもらえるインセンティブにも、闘争心を掻き立てられる仕組みがあったようだ。
「私が働いていたときは1杯800円の時代なので、今はまた変わっているかもしれませんし、メーカーによっても違うと思いますが……。時給とは別にもらえるインセンティブは、一杯あたり34円でした。ただ『達成金』という制度があって、例えば『100杯売ったらいくらアップ』というように、インセンティブの単価が上がっていく制度があったんです。具体的にいくらだったかは覚えていませんが、今も球場に観戦に行って終盤に焦っている売り子を見たら『達成金に到達するギリギリのラインなのかな』と思ってしまいますね(笑)」
野球観戦に花を添えているビールの売り子は、各社の売り子同士でライバル心を燃やし、さまざまなバトルを繰り広げている。佐々木さんは最後に「推しの売り子を見つけたら、その子のためにビールを飲み続けてあげてください。私は自分が売り子をやっていたメーカーの売り子からしか買わないですけどね(笑)」と話した。
取材・文/セールス森田