コロナ禍の落ち着きに伴って人の往来が戻りつつある影響からか、兵庫県内でスリ被害が急増している。
今年上半期の認知件数は昨年同期の約3倍で、コロナ禍前と同水準に。ただ、県警のベテラン捜査員は「実際の被害はもっと多い」とみる。その要因に挙げられる「被害に遭ったことすら気付かせない手口」について、県警捜査3課「すり犯係」に聞いた。なくした財布が見つかってホッとしているあなた、実はそれスリ被害かも――。(高田果歩)
■氷山の一角
コロナ禍の3年間はスリたちにとって“冬の時代”だった。感染対策で街に繰り出す人は激減し、被害の認知件数も全国で大幅に減少した。県内でも、コロナ禍前の2019年に80件だったのが、20年に63件、21年に45件、22年に39件と改善していたが、感染症法上の位置付けが「5類」に引き下げられるなど段階的に日常生活が戻っていく中で、今年1~6月は36件(前年同期13件)と急増している。
しかし、統計に上がるのは「氷山の一角」だという。落とし物と思い込ませるなどして被害届を“出させない”手口が広がっているからだ。
■「紛失」演出
県警は今年1月、神戸、大阪などの地下鉄駅を移動しながらスリを続けたとして、ルーマニア国籍の男3人を逮捕した。周囲の視線を遮りやすく近くに立っても違和感がないエスカレーターで「実行役」「見張り役」「目隠し役」に分かれて財布を抜き取るのが主な手口。「日本人は防犯意識が低く、盗みやすかった」と話し、裁判では「1000万円以上盗んだ」と認めている。
これだけのスリを繰り返せたのは、盗んだ財布を巧妙に始末していたからだ。
3人は現金を抜き取った後、財布を被害者が通った路上や駅の券売機など発見されやすい場所に捨てていた。「財布が手元に戻るので、落としたりなくしたりした後に『お金だけを抜かれた』と思い込み、『スリに遭った』とは気付かない。ずる賢い手口だ」(県警捜査員)と解説する。
一般的にスリは、カード類や運転免許証には手を付けず現金のみを盗む傾向があり、被害額は多くても数万円程度にとどまるため、「手持ちの現金だけならいいか」と被害届を出さないケースが多いという。しかし、同じような場所・手口で連続発生しがちなスリ被害を食い止めるには、被害情報が欠かせない。「次の被害者を生まないため、面倒であっても警察に相談して情報を寄せてほしい」(同)とする。
捜査関係者によると、ルーマニア人グループは、抜き取った財布に少額しか入っていなかった時には被害者に声をかけ、「落としましたよ」とそのまま返すこともあったという。県警捜査3課の渡辺武調査官は「数字以上の被害が起きているのは間違いない。様々な場所でスリは常に目を光らせているので、注意してほしい」と呼び掛ける。
■「警戒」アピール 重要
コロナ禍の収束に歩調を合わせるように県内で急増しているスリ被害。お金や貴重品を盗まれないためのポイントは、スリたちに対して「警戒している」と伝えることだという。
捜査歴18年のベテラン女性捜査員によると、▽人混みではリュックやショルダーバッグを胸元に抱える▽ファスナーに鈴をつけ、開けられたら音が鳴るようにする――などの対策で、普段から狙われにくくしておくことが重要とする。
また、財布を後ろポケットなど取り出しやすい場所に入れておかないことも大切だ。「階段の上り下りの際は、特に盗まれたことに気付きにくいので警戒してほしい」と注意を促す。