「正直、かなり緊張していました。殺人事件を起こすという行為に対しての緊張です」
被告は、殺人を実行するにあたり『ジョーカー』を模倣した理由を法廷でこう述べた。
‘21年10月、走行中の京王線特急電車で乗客をナイフで刺し、車両に火を付けたとして、殺人未遂や現住建造物等放火などの罪に問われた無職服部恭太被告(26)。今月18日、黒髪スーツ姿の服部被告は東京地裁立川支部の証言台に立つと、犯行に至った経緯を語った。
「殺人を犯さないといけないという中で、イメージや目標になるキャラクターがいればいいと思った。『ジョーカー』は人の命を軽く見て、傷つけることを何とも思っていないように見えた。それぐらいの感覚を持たないと事件(人を殺して死刑になれない)を起こせないと考え、なりきろうと思った」
事件当時、特定のキャラクターになりきることで、被害者に対する思いからあえて目をそらし、犯行に対する躊躇(ちゅうちょ)を無くしたという。しかし、検察側が追及したのは服部被告が犯行前日に自信の気持ちを綴ったとされる日記の内容だった。
「日記には、〈事件当日を楽しみにしている〉〈人が死ぬ瞬間をみたい〉などと書かれていたようです。服部被告は法廷で、日記に対して『自己暗示のためにあえて日記に残した』と話しています」(全国紙司法担当記者)
犯行のために、地元福岡から上京。地元の近隣住民や同級生らは服部被告のことを「大人しく控えめ」な青年だった語る。服部被告は、犯行前に9年間交際していた恋人と婚約破棄、また職場でもトラブルを抱え自暴自棄になり、自殺未遂をはかったこともあったと明かした。
「会社でのこと(トラブル)や、彼女とのこと(別れ)が頭にあり、『自殺できないのであれば、他の方法を』と考え、(誰かに)殺してもらうしかないと思いました。でも(誰かに)『殺してください』ということもできない。躊躇(ちゅうちょ)はありました。できれば、やりたくありませんでしたが、死刑になるには事件を起こすしかないと思いました。葛藤はありました」
逮捕当初、服部被告は犯行を起こす場所を求めて、神戸や大阪などにも立ち寄っていたと供述。最終的に、東京へ流れつき、京王八王子駅付近のホテルに潜伏し、犯行の準備を進めていたことから衝動的な犯行ではないことが窺える。また事件前に宿泊していたホテルでは、ある実験を行っていたのだ。
「事件前に宿泊していたホテルのバスルームで2リットル入りのペットボトルに水を入れた状態で、どうしたら勢いよく飛び散らせることができるか試していたといいます。ライターオイルもホテルの洗面台でごく少量に火を付けて燃えるかの確認をして、また、事件を起こす日に、ナイフでスーツケースを刺して貫通するか試したとのことです」(同前)
事件当日も犯行に使用したとみられる、サバイバルナイフ、ライターオイルの入ったペットボトル、殺虫スプレー、ジッポライターを取り出しやすいように自前のリュックに整理。冒頭で犯行時は緊張していたと述べた服部被告だが、異常なまでに冷静に当時の様子を鮮明に記憶していた。
「オイルで人を焼き殺すことがメインでした。殺虫スプレーをかければ乗客は先頭車両の方に逃げていくと思いました。人が向かってきたら刺そうと思い、右手にナイフ、左手にスプレーを握りました。犯行を妨害されないように、被害者男性Aさんの顔を目掛けてスプレーを噴射しました。手がぶつかったので、力いっぱい刺しました」
当時の生々しい状況を淡々と明かしていく被告。ジョーカーの仮装が、服部被告にどれほど意味があったものなのかが垣間見えた。
「他の乗客は、僕のほうをチラチラと見ながら先頭(車両)に逃げていました。おびえていると思って、計画通りだと思いました」
その後、被告は車両の連結部分に立ち止まっていた乗客に、オイルを撒き散らし、ライターを投げ入れて火を付けたとされているが、乗客に燃え移ることはなく、乗客は逃げ延びることができた。
検察側は、一連の行為が乗客に対する殺人未遂にあたると主張する一方、弁護側は『殺意がなかった』として争う姿勢を示しているが、21日の公判で検察は被告に懲役25年の求刑をした。
一方、弁護側は大けがをした男性以外の乗客12人について、「間違いなく死の危険性があった場所にいたとは言えない」と主張。乗客12人に対する殺人未遂は成立しないとして「懲役12年が相当」としている。
被害男性Aさんの代理人は服部被告に対して、強く主張した。
「決して許せないという気持ちは変わりません。更生は困難であると思いますし、被害弁償についても具体的な計画はありません。無期懲役が相当であります」
不特定多数を狙った無差別事件で、多数に死者が出る可能性があった。乗客が逃げることができたのは、偶然の事情に過ぎない。判決は31日に下される。