7月5日ビッグモーターは保険金不正請求について認め、同18日には第三者委員会による調査報告書の全文が公開された。そして25日には突如として兼重社長らの会見が行われ、兼重宏行社長、兼重宏一副社長の辞任が発表された。新社長には和泉伸二氏(専務取締役)、新副社長には石橋国光氏(取締役営業本部 部長店舗開発本部長)が就任することになった。
2021年秋、ビッグモーター社員の内部通報により「上長の指示で本来、自動車の修理代を実費より高くして、その費用を保険会社に水増し請求している」ことが判明した。14万円前後の利益を乗せることがノルマとして課されていた保険金不正請求では、水増し請求された側の損保各社がビッグモーターに対して怒り、水増し請求分の返還を要求している。すでに、ビッグモーターでは損保各社への返還をはじめている。
表面上は損保が「被害者」になっているように見えるが、現場ではうすうす不正請求であることに気づいていたのではないか?という声が確実に増え、それでも厳しく取り締まらなかった実態が判明した。
関係者への取材で分かったことは、過去5年間だけでも水増し請求を含めた各種の不正請求分は複数社の合計で100億近くになると言われており、5年で100億もの巨額不正請求分を損保が気づかないはずはない。当然、分かっていて“黙認”してきたのである。
では、なぜ不正請求だと分かっていて“黙認”してきたのか?それは、損保は不正請求を“黙認”する代わりに、ビッグモーターからビッグなご褒美がもらえるからである。そのご褒美のひとつが「自賠責保険の獲得」だったのだ。ビッグモーターの関係者は以下のように明かした。
「損保からビッグモーターの板金工場に入庫誘導した件数に応じて自賠責保険を使ってもらえる密約がありました。入庫1件につき自賠責5件です。損保によっては7件の場合もありました」
つまり、事故車1件の入庫をビッグモーターに誘導してくれた保険会社には、見返りとして5台分、損保会社によっては7台分の自賠責保険をその保険会社と契約する、ということだ。
ビッグモーターの関係者の証言にある「入庫誘導」とは何か。
事故を起こすと、まずケガをした人がいれば救護を行い警察に通報。警察の到着を待つ間など、多くの人は損保会社の「事故受付センター」に電話をする。保険を使う、使わないに関わらず事故報告と自走できなくなった車を運ぶレッカー車の手配などを行うことが目的だ。
そして、事故報告の際に必ず聞かれるのが、「入庫する工場はお決まりですか?」のひとこと。たいていの人はそこで、「特に決まっていません」と答える。そうすると、保険会社の受付は「では、ビッグモーター〇〇店はいかがでしょうか?」などと提案してくる。了承するとレッカーが来て事故車両をビッグモーターに運びこむことになる。これが「入庫誘導」だ。

修理費50万円以上でもアジャスターの立ち合いなしで修理した会社
「入庫誘導」によって、無事ビッグモーター板金工場へ入庫されたあとは事故車の損傷個所の確認が行われる。通常、20~30万円以上の大きな事故の場合は、損保側の「アジャスター」が登場する。保険修理の際、重要な役割となる担当者で、保険金の額を公正に算定するのが本来の仕事だ。損傷の状況と見積もり状況を照合し、修理工場との間で修理金額の「協定」を行う。
昨今、損保会社の払い渋りの傾向が強く、たとえば修理代の見積もりが30万円と出ても、アジャスターの力で15万円程度まで下げられるような状態が続いており、最近では「アジャスター」はできるだけ修理代を低く見積もるのが仕事になっている。しかし、ビッグモーターに対してはこれが当てはまらなかった。
ビッグモーターで数年前まで板金部門の責任者だったAさんは以下のように教えてくれた。
「契約者が損保ジャパンをはじめ特定の保険会社の場合、アジャスターの立ち合いはもちろん、協定すらなくビッグモーターの言うままに修理金額が決まっていました。損保ジャパン、共栄火災の損保2社については一番甘く、案件によっては50万円を超えても立ち合いがありませんでした。
三井住友と東京海上は見積もり金額によって対応が必ずしも決まっているわけではなく、ケースバイケースでした。たとえば、修理代50万円の見積もりの場合でも画像のみで終わるときもあれば、30万円でもアジャスターの立ち合いが来るときもありました。損傷が分かりにくい、前回りの見えない部分が多い案件は立ち合いをしていた印象です。
あいおいは修理代15万円以上になれば、全件立ち合いでした。損保の会社によって基準はまちまちでしたが、お客様が車を確認してくれという案件に対しては、金額や損傷関係なく、損保ジャパンと共栄火災の2社も含めて全件立ち合いをしていました」
損保ジャパンや共栄火災のように、ビッグモーターの言うままに水増しした見積もりを認めてくれる保険会社には特別なご褒美が用意されていた。それが、先ほどの繰り返しになるが、入庫をビッグモーターに誘導してくれた保険会社と、1件につき5台分の自賠責保険をその保険会社と契約することだった。
車の所有者は、定期的に行う車検のときに自賠責保険の契約を義務付けられている。24ヵ月で17000円程度と安価ではあるが、車の所有者全員必須の契約だ。車検台数が年間26万台のビッグモーターでは車検時に発行する自賠責保険だけでも年間約45億円になる。
前出のビッグモーターの関係者の話で、少なくとも自賠責保険を取り扱う損保5社と関係していたことが分かるが、その風向きが変わったのは、今からちょうど1年ほど前の7月中旬。ビッグモーターの全国の店舗や直営板金工場にこのような通達が行われた。
7月14日付で出されたこのメールには以下のような記述がある。<7月の自賠責発行依頼になります。今月につきましては今日以降、・東京海上・三井住友上記2社に関しては発行をストップして…>
つまりビッグモーターとメインでやり取りしていた3社のうち、東京海上と三井住友の2社に対しては2022年7月14日以降、自賠責保険の契約をストップするよう、指示したものと考えて間違いなさそうだ。なぜそうなったのか。
2021年秋に発覚した保険金の不正請求について、ビッグモーターと関わりのあった損保はそれぞれ独自で社内調査をすすめ、東京海上と三井住友の2社は不正のあったビッグモーターの店舗を特定し、公表した。
だが損保ジャパンはビッグモーターとの関係もあって、自賠責などで年間数十億円以上の収益を得ていたため、前出の2社のような厳しい社内調査は行われず、早々にビッグモーターとの取引を再開した。
このメールは、それまで付き合いのあった東京海上と三井住友に対しては自賠責の発行を7月14日以降ストップし、そのかわりに損保ジャパンとの契約は今後も続けるよう、暗に社員に指示したものだ。不正を公表しなかった損保ジャパンへの莫大な「ご褒美」とも受け取れる(しかしその後、損保ジャパンは業界の大バッシングを受けて再び、ビッグモーターを提携工場のリストから除外し、入庫誘導などを停止している)。
ビッグモーターが会見を開いた翌26日、損害保険ジャパン株式会社は「ビッグモーター社への対応に関する社外調査委員会の設置」についてというリリースを出した。お客様、代理店、関係者に対するお詫びとともに社外調査委員会の調査結果を公表する方針を出したが、どこまで真相を公表できるかは未知数だ。
多額の水増し請求に関して損保側が気づいていないはずはない、ということがお分かりいただけただろうか?保険会社も「修理代が必要以上に高い」と分かっていながら、自賠責保険の契約欲しさに、厳しく取り締まることなく、見て見ぬふりをしてきた。ビッグモーターの悪事を知りながら、それを黙認することで保険契約を増して甘い汁を吸っていた、という意味では“共犯”なのである。
取材・文・写真:加藤久美子