月約200時間の時間外労働、終業わずか30分後に始まる翌日の勤務…。
過労死したトラック運転手の遺族が5月、勤務先に対して起こした訴訟で、運送業界の過酷な労働環境の一端が明らかになった。運転手の過労は重大な交通事故を招く危険性もあるが、労災認定(脳・心臓疾患)が最も多いのは運送業だ。来年4月には残業規制強化がトラック運転手に新たに適用されるが、物流の停滞や人手不足が加速する「2024年問題」の発生も予想される。専門家は荷物の受け取り側も含めた社会全体の意識改革が必要だと訴える。
労働記録が問うもの
「こんな異常な労働時間はありえない。使い捨てにしているのではないか」。トラックのドライバーとして運転中に心筋梗塞を発症して死亡した京都府内の男性=当時(52)=の遺族は、労働時間の記録を目にして驚愕(きょうがく)した。
大阪府交野市の運送会社で中古車の搬送を担っていた男性。令和元年8月、広島県の国道を走行中に容体が急変したとみられ、トラックは縁石にぶつかりながら停車、搬送先で死亡が確認された。
昨年9月、労働基準監督署は労災と認定。労基署の資料によると、直近1カ月間の時間外労働は124時間。5カ月前には199時間にまで達し、半年平均で月160時間もの残業をしていた。
終業から翌日の始業までの間隔「勤務間インターバル」も8時間を下回ることが多かった。元年7月には朝から日付が変わった午前0時24分まで働き、「翌日」の勤務が32分後に始まった日すらあった。死亡前日も午前8時25分から午後10時35分まで働いた上、わずか約1時間半後に当日の勤務が始まったと記録されている。
男性の弟(55)は異変を感じていた。亡くなる約1週間前、実家に帰省した男性は「しんどい。寝る暇がない」とこぼし、体を横たえていた。
以前は運搬先の特産品を送ってくれたが、5年前にこの運送会社に移ってからは、ぱたりと途絶えた。「余裕がなくなったんだろう」(弟)。死亡前日にも電話で「無理したらいかん」と声を掛けていた。
男性の母親は5月、運送会社が注意義務を怠ったとして、約5500万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴。男性は毎月、実家に仕送りをしていたといい、母親は「息子に先立たれるとは夢にも思っていなかった」と吐露する。
一方、運送会社側は、基本給に加えて売り上げに応じた歩合給が支払われる給与体系だったため、「運転手は多くの距離を走行しようとする傾向にあった」と説明。長距離輸送を担っていた男性は社外にいることが多く、「体調を確認できる機会が少なかった」などとして安全配慮義務違反を否定し、請求棄却を求めている。
迫る負のスパイラル
わずかな判断ミスが自他の命に直結するプロドライバー。健康への十分な配慮が求められるにもかかわらず、厚生労働省によると、令和3年度の労災認定(脳・心臓疾患)の請求件数は「道路貨物運送業」が最多の124件。次に多い「その他の事業サービス業」(63件)の2倍近くだ。
労災が認められた件数も運送業の56件が最多で、全体の3割を占める。一因は労働時間の長さにほかならず、同年中の大型トラック運転手の平均労働時間は2544時間で、全産業の平均(2112時間)を2割程度上回っている。
こうした状況を改善するため、改正労働基準法が来年4月に適用され、トラック運転手の時間外労働は年間960時間までとの上限が新たに設けられる。
働き方改革が期待される半面、懸念もある。運搬時間が制限されることで、運送業者の1日の取扱量が減ってしまうため、送料を上乗せしなければ収入が低下する。
今でも年収が平均以下なのに、さらに収入が減れば離職者が増え、人手不足に拍車がかかる-。負のスパイラルを生みかねないこの「2024年問題」は、ネット通販が主流化する日常生活を大きく変える可能性がある。
「あらゆる業界が、トラック運転手の過剰な労働時間の上に成り立ってきたことを自覚しなければならない」と指摘するのは、物流問題に詳しい流通経済大の矢野裕児教授。「待遇改善には、手作業での積み下ろしや荷待ち時間といった無駄の削減に加え、運賃と賃金を上げる必要がある。荷主や消費者も新たなコスト負担への理解が求められている」と話している。(地主明世)