神奈川県の鎌倉・江ノ島は全国有数の観光地である。有名な鎌倉大仏、風光明媚な江ノ島など数々の名所めぐりに活躍するのが江ノ島電鉄の江ノ島電鉄線、通称江ノ電だ。江ノ島電鉄線は藤沢駅と鎌倉駅との間を結ぶ10.0kmの鉄道で、途中に13駅が設けられ、『スラムダンク』の聖地と呼ばれる「鎌倉高校前1号踏切」も沿線に含まれる。休日には慢性的な大混雑が続いてきたが、今年3月のダイヤ改正では12分間隔から14分間隔へと減便となった。なぜ混雑しているにもかかわらず「減便」なのか? 会社は表向きの理由を示しているが、隠れたホンネがあるようだ。鉄道ジャーナリストの梅原淳氏が読み解く。
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【写真】江ノ島電鉄「屈指の難所」や「悩みの種」のスポット ダイヤ改正の話に入る前に、江ノ島電鉄の現状についてお伝えしておこう。 江ノ島電鉄の電車はJRや大手私鉄の電車と比べると小さい。同社の電車はすべて2車体を走行装置の台車で接続した連接車で、この2両1組で定員が143人~150人と、やっとJRや大手私鉄の電車1両分の輸送力をもつ。しかも、1本の列車に連結される車両の数は2両1組を2つ連ねた4両が限界なので、列車1本当たりの輸送力は最大で300人ほどしかない。乗車まで1時間待ち 首都圏有数の通勤路線であるJR東日本山手線では11両の車両が連結されていて、列車1本の定員は1724人に達する。江ノ島電鉄の列車1本当たりの輸送力は山手線の列車1本の6分の1に過ぎない。 いま江ノ島電鉄線で起きている問題として挙げられるのは、大勢の観光客が訪れる週末の大混雑だ。ここ何年かはコロナ禍で人出は少なかったものの、今年2023年5月の大型連休中は多数の観光客が鎌倉・江ノ島を訪れた。江ノ島電鉄の鎌倉駅では列車に乗車しようと待つ人たちの列が駅前のロータリーにまであふれ、乗車までおよそ1時間待ちとなったという。 とはいえ、普段は江ノ島電鉄線の輸送力でまかなえてしまえるのだから問題の根は深い。同線で最も利用者の多い区間は和田塚駅と鎌倉駅との間で、『2019(平成31・令和元)年版 都市・地域交通年報』に掲載された最新の2015(平成27)年度の調査で鎌倉駅方面、和田塚駅方面合わせて1日平均2万8523人であった。 対する輸送力は、当時、1日に運転されている列車の本数が鎌倉駅方面は85本、和田塚駅方面は86本の計171本で、列車1本当たりの定員を最大値の300人として1日当たりの輸送力は5万1300人となる。列車の増発も車両の増結も難しい つまり1日平均の混雑率は56パーセントなのでそう問題はない。輸送需要が急激に増加する時間帯だけ列車を増発したり、1本の列車に連結する車両を増やす「増結」を行ったりすれば事足りる。 ところが江ノ島電鉄線の場合、列車の増発も車両の増結も難しい。 全線が単線の江ノ島電鉄線では行き違い可能な駅または施設が鵠沼駅、江ノ島駅、峰ケ原信号場(鎌倉高校前-七里ケ浜間に設置)、稲村ケ崎駅、長谷駅の5カ所にしかなく、運転間隔を現在の14分間隔よりも短くすることは困難なのだ。 かといって全線を複線にしたり、行き違い可能な駅や施設を増やしたりすることも敷地が狭いので実現は無理であろう。似たような理由で車両の増結も駅のホームの長さを延ばすことができず実現しそうにない。 実を言うと、今年2023年の3月17日まで、江ノ島電鉄線の列車は早朝、深夜を除いて12分間隔で運転されていた。しかし、3月18日にダイヤ改正を実施して14分間隔に改められている。同線で最も利用者数の多い和田塚-鎌倉間の列車の本数は2015年度と比べて変化し、鎌倉駅方面、和田塚駅方面ともに74本ずつの計148本と、従来と比較すると鎌倉駅方面は11本、和田塚駅方面は12本の計23本もの列車が減少した。一体なぜ? 週末や行楽シーズンの混雑は続いているのに一体なぜと思うであろう。江ノ島電鉄のニュースリリース(https://www.enoden.co.jp/train-news/17695/)によると、ダイヤ改正の目的として定時運行を確保するため、そして旅客の利用動向を踏まえたものだそうだ。 定時運行を確保する目的での変更点は2点つある。一つは藤沢-鎌倉間での運転時間を増やした点、もう一つは藤沢、鎌倉両駅での折り返しに要する時間の延長だ。 江ノ島電鉄線の列車はこれまで藤沢-鎌倉間を34分で走破していた。しかし、江ノ島駅と腰越(こしごえ)駅との間では一般道路に線路が敷かれた区間があり、週末などは道路渋滞などで遅れがちであったそうだ。また、一部の駅では乗り降りに時間を要して定刻通りの運転が難しかったという。以上に鑑みて江ノ島電鉄はダイヤ改正を機に藤沢-鎌倉間の運転時間を3分延ばして37分としたのである。 ダイヤ改正前後とも存在する藤沢・鎌倉両駅午前11時12分発の列車で、区間ごとの運転時間がどのように変わったか比べてみよう。週末や行楽シーズンくらいは… 鎌倉駅行きの場合、ダイヤ改正後の列車は従来3分の湘南海岸公園-江ノ島間と従来5分の七里ケ浜-稲村ケ崎間とで2分ずつ、従来2分の稲村ケ崎-極楽時間で1分それぞれ延びた。以上を合わせると5分と増えすぎで、代わりに従来4分の鎌倉高校前-七里ケ浜間と従来2分の和田塚-鎌倉間とで1分ずつ短くなっている。 藤沢駅行きの場合、従来1分の和田塚-由比ケ浜間で1分、ともに従来4分の極楽寺-稲村ケ崎間と腰越-江ノ島間とで2分ずつの計5分延びた。こちらもそのままでは延びすぎなのでともに従来2分の鎌倉-和田塚間と石上-藤沢間とで1分ずつ短くなって3分の増加に収められている。 ダイヤ改正前、藤沢・鎌倉両駅とも到着した列車が折り返しに要する時間は最短2分であった。特に12分間隔で運転されていた時間帯はすべての列車がわずか2分で忙しく出発していたという。これではいくら何でも余裕がない。という次第で最短の折り返し時間は3分延びて5分となった。 定時運行を確保したうえで週末や行楽シーズンくらいは12分間隔で列車を走らせればいいではないか――。鎌倉駅での大混雑を前に誰もが思うことであろう。江ノ島電鉄はニュースリリースで、運転時間の増加や折り返し時間の延長と12分間隔での運行とは両立できないかのような記し方をしている。となると、安全運転につながる定時運行確保のために大混雑は致し方ないと納得すべきかもしれない。12分間隔での運行は可能だが 江ノ島電鉄の言い分を否定するようで申し訳ないのだが、実を言うと藤沢-鎌倉間の運転時間を37分に増やし、藤沢・鎌倉両駅での折り返し時間を5分に延ばしたうえで12分間隔での運行を続けることは理論上可能だ。というよりも、12分間隔は単に単線区間での行き違い場所の位置と数とによってもたらされる制限であり、運転時間の増加には多少は影響されるものの、終着駅での折り返し時間の延長とは関係ない。 そうは言っても、定時運行の確保と12分間隔とを両立できない理由は別に存在する。もしもどちらも成り立たせようとすると車両や乗務員が足りなくなるのだ。 具体的にどのくらい足りないのか。車両を例に算出してみよう。計算式が登場するので、結論だけ読んでいただいて構わない。 列車のダイヤを作成するうえで重要なのは、運用本数と言って車両や乗務員の数を決める基本的な数値だ。簡易な求め方を挙げると、片方向分の運用本数は運転時間に折り返し時間を含めた数値(分)を運転間隔(分)で割るとよい。 江ノ島電鉄線ではダイヤ改正前、藤沢駅から鎌倉駅に向かう列車は34分で運転され、折り返し時間は2分であり、運転間隔は12分であった。したがって36÷12から3で、運用本数は3となる。同様に鎌倉駅から藤沢駅に向かう列車も同様の条件であったのでやはり運用本数は3で、合わせて6だ。30両の電車が在籍 一方で江ノ島電鉄には30両の電車が在籍している。冒頭に記したようにすべての車両が2両1組となっていて、大多数は2両1組を2つ連ねた4両で運転されているから、4両が7編成に2両が1編成という構成だ。運用本数は6なので、4両6編成を営業に用いたうえで、4両1編成と2両1編成とは営業に使用しない。営業に用いられない車両は車両が故障したときの予備を務めたり、法規で定められた定期検査を受けたりしている。 ダイヤ改正後、藤沢駅から鎌倉駅までの時間は37分、折り返し時間は5分で折り返し時間を含めた運転時間は42分、運転間隔は14分となった。運用本数を求めると、42÷14でやはり3、鎌倉駅から藤沢駅までの列車も同様に3となり、ダイヤ改正前と同じく6である。 もしもダイヤ改正後の条件で運転間隔だけ12分のままとしたら、運用本数はどうなるであろうか。藤沢駅から鎌倉駅までの場合は42÷12から3.5で、これは切り上げて4と考えるべきだ。鎌倉駅から藤沢駅まででも条件は同じで4となり、結局必要な運用本数は8となる。江ノ島電鉄の立場から言うと 繰り返すが、江ノ島電鉄には4両7編成、2両1編成の電車が在籍しているので、合計8編成分の電車があることになる。すべてを稼働させれば何とか12分間隔での運行は可能だ。しかし、車両の故障が発生したら大混乱となってしまうであろう。それに定期検査を受けることができないので、監督官庁の国土交通省からお目玉を食らうのは間違いない。 それならば車両を増やせばよいとはこれまた誰もが考える。けれども、コロナ禍で経営が悪化しており、1両1億円とも言われる電車を導入する余裕は江ノ島電鉄にはないであろう。それに車両を増やすためには車庫を拡張しなくてはならない。 同社の車庫は極楽寺検車区といって稲村ケ崎駅と極楽寺駅との間に設けられている。筆者がかつて取材で訪れた際の見立てを述べると、現在の30両でも手一杯で、新たに車両を置く余裕はないように見受けられた。となると車庫を広げればとなるが、車庫周辺をはじめ、江ノ島電鉄線沿線は家屋が建て込んでいて車庫分のスペースを確保するのは大変だ。 江ノ島電鉄の立場から言うと、定時運行の確保と12分間隔での運行とが両立できない理由として、資金面であるとか敷地の問題とは言いたくなかったのであろう。だから「定時運行を確保するため、そして旅客の利用動向を踏まえたもの」といういささか抽象的な説明になったのではないか。 かくして行楽シーズンの大混雑は残念ながら今後も続く。混雑が嫌ならば、どうしても江ノ電に乗りたいという人を除いて、他の交通機関を利用するほかない。梅原淳(うめはら・じゅん)1965(昭和40)年生まれ。三井銀行(現・三井住友銀行)、月刊「鉄道ファン」編集部などを経て、2000(平成12)年に鉄道ジャーナリストとしての活動を開始する。著書に『JR貨物の魅力を探る本』(河出書房新社)ほか多数。新聞、テレビ、ラジオなどで鉄道に関する解説、コメントも行い、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談室」では鉄道部門の回答者を務める。デイリー新潮編集部
ダイヤ改正の話に入る前に、江ノ島電鉄の現状についてお伝えしておこう。
江ノ島電鉄の電車はJRや大手私鉄の電車と比べると小さい。同社の電車はすべて2車体を走行装置の台車で接続した連接車で、この2両1組で定員が143人~150人と、やっとJRや大手私鉄の電車1両分の輸送力をもつ。しかも、1本の列車に連結される車両の数は2両1組を2つ連ねた4両が限界なので、列車1本当たりの輸送力は最大で300人ほどしかない。
首都圏有数の通勤路線であるJR東日本山手線では11両の車両が連結されていて、列車1本の定員は1724人に達する。江ノ島電鉄の列車1本当たりの輸送力は山手線の列車1本の6分の1に過ぎない。
いま江ノ島電鉄線で起きている問題として挙げられるのは、大勢の観光客が訪れる週末の大混雑だ。ここ何年かはコロナ禍で人出は少なかったものの、今年2023年5月の大型連休中は多数の観光客が鎌倉・江ノ島を訪れた。江ノ島電鉄の鎌倉駅では列車に乗車しようと待つ人たちの列が駅前のロータリーにまであふれ、乗車までおよそ1時間待ちとなったという。
とはいえ、普段は江ノ島電鉄線の輸送力でまかなえてしまえるのだから問題の根は深い。同線で最も利用者の多い区間は和田塚駅と鎌倉駅との間で、『2019(平成31・令和元)年版 都市・地域交通年報』に掲載された最新の2015(平成27)年度の調査で鎌倉駅方面、和田塚駅方面合わせて1日平均2万8523人であった。
対する輸送力は、当時、1日に運転されている列車の本数が鎌倉駅方面は85本、和田塚駅方面は86本の計171本で、列車1本当たりの定員を最大値の300人として1日当たりの輸送力は5万1300人となる。
つまり1日平均の混雑率は56パーセントなのでそう問題はない。輸送需要が急激に増加する時間帯だけ列車を増発したり、1本の列車に連結する車両を増やす「増結」を行ったりすれば事足りる。
ところが江ノ島電鉄線の場合、列車の増発も車両の増結も難しい。
全線が単線の江ノ島電鉄線では行き違い可能な駅または施設が鵠沼駅、江ノ島駅、峰ケ原信号場(鎌倉高校前-七里ケ浜間に設置)、稲村ケ崎駅、長谷駅の5カ所にしかなく、運転間隔を現在の14分間隔よりも短くすることは困難なのだ。
かといって全線を複線にしたり、行き違い可能な駅や施設を増やしたりすることも敷地が狭いので実現は無理であろう。似たような理由で車両の増結も駅のホームの長さを延ばすことができず実現しそうにない。
実を言うと、今年2023年の3月17日まで、江ノ島電鉄線の列車は早朝、深夜を除いて12分間隔で運転されていた。しかし、3月18日にダイヤ改正を実施して14分間隔に改められている。同線で最も利用者数の多い和田塚-鎌倉間の列車の本数は2015年度と比べて変化し、鎌倉駅方面、和田塚駅方面ともに74本ずつの計148本と、従来と比較すると鎌倉駅方面は11本、和田塚駅方面は12本の計23本もの列車が減少した。
週末や行楽シーズンの混雑は続いているのに一体なぜと思うであろう。江ノ島電鉄のニュースリリース(https://www.enoden.co.jp/train-news/17695/)によると、ダイヤ改正の目的として定時運行を確保するため、そして旅客の利用動向を踏まえたものだそうだ。
定時運行を確保する目的での変更点は2点つある。一つは藤沢-鎌倉間での運転時間を増やした点、もう一つは藤沢、鎌倉両駅での折り返しに要する時間の延長だ。
江ノ島電鉄線の列車はこれまで藤沢-鎌倉間を34分で走破していた。しかし、江ノ島駅と腰越(こしごえ)駅との間では一般道路に線路が敷かれた区間があり、週末などは道路渋滞などで遅れがちであったそうだ。また、一部の駅では乗り降りに時間を要して定刻通りの運転が難しかったという。以上に鑑みて江ノ島電鉄はダイヤ改正を機に藤沢-鎌倉間の運転時間を3分延ばして37分としたのである。
ダイヤ改正前後とも存在する藤沢・鎌倉両駅午前11時12分発の列車で、区間ごとの運転時間がどのように変わったか比べてみよう。
鎌倉駅行きの場合、ダイヤ改正後の列車は従来3分の湘南海岸公園-江ノ島間と従来5分の七里ケ浜-稲村ケ崎間とで2分ずつ、従来2分の稲村ケ崎-極楽時間で1分それぞれ延びた。以上を合わせると5分と増えすぎで、代わりに従来4分の鎌倉高校前-七里ケ浜間と従来2分の和田塚-鎌倉間とで1分ずつ短くなっている。
藤沢駅行きの場合、従来1分の和田塚-由比ケ浜間で1分、ともに従来4分の極楽寺-稲村ケ崎間と腰越-江ノ島間とで2分ずつの計5分延びた。こちらもそのままでは延びすぎなのでともに従来2分の鎌倉-和田塚間と石上-藤沢間とで1分ずつ短くなって3分の増加に収められている。
ダイヤ改正前、藤沢・鎌倉両駅とも到着した列車が折り返しに要する時間は最短2分であった。特に12分間隔で運転されていた時間帯はすべての列車がわずか2分で忙しく出発していたという。これではいくら何でも余裕がない。という次第で最短の折り返し時間は3分延びて5分となった。
定時運行を確保したうえで週末や行楽シーズンくらいは12分間隔で列車を走らせればいいではないか――。鎌倉駅での大混雑を前に誰もが思うことであろう。江ノ島電鉄はニュースリリースで、運転時間の増加や折り返し時間の延長と12分間隔での運行とは両立できないかのような記し方をしている。となると、安全運転につながる定時運行確保のために大混雑は致し方ないと納得すべきかもしれない。
江ノ島電鉄の言い分を否定するようで申し訳ないのだが、実を言うと藤沢-鎌倉間の運転時間を37分に増やし、藤沢・鎌倉両駅での折り返し時間を5分に延ばしたうえで12分間隔での運行を続けることは理論上可能だ。というよりも、12分間隔は単に単線区間での行き違い場所の位置と数とによってもたらされる制限であり、運転時間の増加には多少は影響されるものの、終着駅での折り返し時間の延長とは関係ない。
そうは言っても、定時運行の確保と12分間隔とを両立できない理由は別に存在する。もしもどちらも成り立たせようとすると車両や乗務員が足りなくなるのだ。
具体的にどのくらい足りないのか。車両を例に算出してみよう。計算式が登場するので、結論だけ読んでいただいて構わない。
列車のダイヤを作成するうえで重要なのは、運用本数と言って車両や乗務員の数を決める基本的な数値だ。簡易な求め方を挙げると、片方向分の運用本数は運転時間に折り返し時間を含めた数値(分)を運転間隔(分)で割るとよい。
江ノ島電鉄線ではダイヤ改正前、藤沢駅から鎌倉駅に向かう列車は34分で運転され、折り返し時間は2分であり、運転間隔は12分であった。したがって36÷12から3で、運用本数は3となる。同様に鎌倉駅から藤沢駅に向かう列車も同様の条件であったのでやはり運用本数は3で、合わせて6だ。
一方で江ノ島電鉄には30両の電車が在籍している。冒頭に記したようにすべての車両が2両1組となっていて、大多数は2両1組を2つ連ねた4両で運転されているから、4両が7編成に2両が1編成という構成だ。運用本数は6なので、4両6編成を営業に用いたうえで、4両1編成と2両1編成とは営業に使用しない。営業に用いられない車両は車両が故障したときの予備を務めたり、法規で定められた定期検査を受けたりしている。
ダイヤ改正後、藤沢駅から鎌倉駅までの時間は37分、折り返し時間は5分で折り返し時間を含めた運転時間は42分、運転間隔は14分となった。運用本数を求めると、42÷14でやはり3、鎌倉駅から藤沢駅までの列車も同様に3となり、ダイヤ改正前と同じく6である。
もしもダイヤ改正後の条件で運転間隔だけ12分のままとしたら、運用本数はどうなるであろうか。藤沢駅から鎌倉駅までの場合は42÷12から3.5で、これは切り上げて4と考えるべきだ。鎌倉駅から藤沢駅まででも条件は同じで4となり、結局必要な運用本数は8となる。
繰り返すが、江ノ島電鉄には4両7編成、2両1編成の電車が在籍しているので、合計8編成分の電車があることになる。すべてを稼働させれば何とか12分間隔での運行は可能だ。しかし、車両の故障が発生したら大混乱となってしまうであろう。それに定期検査を受けることができないので、監督官庁の国土交通省からお目玉を食らうのは間違いない。
それならば車両を増やせばよいとはこれまた誰もが考える。けれども、コロナ禍で経営が悪化しており、1両1億円とも言われる電車を導入する余裕は江ノ島電鉄にはないであろう。それに車両を増やすためには車庫を拡張しなくてはならない。
同社の車庫は極楽寺検車区といって稲村ケ崎駅と極楽寺駅との間に設けられている。筆者がかつて取材で訪れた際の見立てを述べると、現在の30両でも手一杯で、新たに車両を置く余裕はないように見受けられた。となると車庫を広げればとなるが、車庫周辺をはじめ、江ノ島電鉄線沿線は家屋が建て込んでいて車庫分のスペースを確保するのは大変だ。
江ノ島電鉄の立場から言うと、定時運行の確保と12分間隔での運行とが両立できない理由として、資金面であるとか敷地の問題とは言いたくなかったのであろう。だから「定時運行を確保するため、そして旅客の利用動向を踏まえたもの」といういささか抽象的な説明になったのではないか。
かくして行楽シーズンの大混雑は残念ながら今後も続く。混雑が嫌ならば、どうしても江ノ電に乗りたいという人を除いて、他の交通機関を利用するほかない。
梅原淳(うめはら・じゅん)1965(昭和40)年生まれ。三井銀行(現・三井住友銀行)、月刊「鉄道ファン」編集部などを経て、2000(平成12)年に鉄道ジャーナリストとしての活動を開始する。著書に『JR貨物の魅力を探る本』(河出書房新社)ほか多数。新聞、テレビ、ラジオなどで鉄道に関する解説、コメントも行い、NHKラジオ第1の「子ども科学電話相談室」では鉄道部門の回答者を務める。
デイリー新潮編集部