本来許されることではないが、ビジネスの世界では横行している手柄の横取り。出世街道を歩むエリートの正体が部下の功績を自分のモノにして成り立っていたなんて話は決して珍しくない。 それでもまだしっかり査定を付けてくれたらいいが、なかにはまったく反映されていない場合も。プラント会社に勤める上沢健志さん(仮名・38歳)が以前在籍していた営業部のY課長(52歳)がまさにこんな人物。若いころから気の弱そうなキャラに見られがちな彼は、配属早々上司から格好の獲物としてロックオンされてしまったそうだ。
◆契約書を交わす段階になって急に上司が同席
「最初は慣れない営業の仕事にいろいろとアドバイスをくれるし、自分の中での印象はむしろ悪くありませんでした。ただし、営業部のある同僚からは『あの人(Y課長)には気をつけたほうがいいぞ』とクギを刺されていたんです」
それが手柄の横取りであることは聞いていたが、この時は「部下が挙げた功績であれば、直属の上司にとっても功績になる」との認識程度にしか捉えていなかった。だが、実際にはそんなレベルではなかったようだ。
「営業部に入って半年が過ぎたころ、大口のクライアントとの契約合意を取り付け、あとは正式な契約書を交わすだけの状態になりました。そのことはY課長にも上司ですから報告しましたが、『よくやってくれた。次は私も同席しよう』と言い出したんです」
◆本来は功労者なのに名前も挙がらず…
契約は無事成立したが、課長はこれを自分が主導してまとめたものだと上に報告。定例会議でY課長が取締役の1人から直々にお褒めの言葉をいただいていたが、本来の功労者である上沢さんは名前すら挙がらなかった。そのため、社内では完全にY課長の手柄だと思われてしまったという。
「同僚からの注意喚起をこのとき初めて理解しました。しかも、似たようなことが二度三度と続き、査定も現状維持。会社の業績は落ちていないため、常識的に考えればボーナスは増額されて然るべきじゃないですか。それがなかったことに悪意を感じましたし、もう同じ空間で仕事をするのも嫌でした。当時はまだ30代前半だったから転職も本気で考えました」
◆会社の調査で次々に余罪が…
幸い営業部には2年在籍しただけで転勤を命じられ、会社は辞めることはなかったが、気になるのはY課長のその後。実は、部下からの告発により、部下の手柄を横取りしていたことが会社にバレてしまったのだ。
「私と入れ替わりで配属された若い社員が社内のトラブル相談の窓口に訴えたんです。これまでY課長の部下だった人間にも聞き取り調査が行われ、私のところにも来たので全部喋ってやりました(笑)。被害者が1人や2人ではなかったこと、証拠を提示した者も複数いたらしく、状況証拠だけでほぼ黒と認定されました」
それでも本人はなかなか認めなかったが、過去には横取り行為に抗議してきた一部社員に執拗なパワハラを行い、退社に追い込んでいたことも発覚。その人物が訴訟も辞さない態度を見せてきたため、最終的には中途半端な時期に子会社へ出向となったそうだ。
「懲戒解雇にするのは難しいと思いましたが出向も課長待遇のままだったようですし、処分内容には納得していません。ただ、社内では部長昇進は時間の問題と見られていたため、エリート街道から転げ落ちたのはいい気味ですけどね」
◆最後は追われるように会社を辞めるハメに
しかも、Y課長は出向先で本社から来たことを鼻にかけていたらしく、これに周囲が反発して孤立することに。さらに手柄横取りの件も知られてしまったらしく、最後は追われるように辞めてしまったとか。
「昔は優秀な営業マンだったようですが、管理職になってから変わったという話を元同僚から聞きました。でも、どんな事情があったにせよ、人がまとめた契約を自分のものにするなんて言語道断。それが直属の上司ならなおさらです。私は課長になれるかはわかりませんけど、仮に昇進できたとしてもあんな上司だけにはならないようにしたいと思います」
とはいえ、不正に得た評価の上に地位を築いた人間が多いのも事実。こんな上司の下に配属されないことを祈りたい。
<TEXT/トシタカマサ>
―[絵に描いたような転落劇]―