転職をしなくても会社の体制や職場環境が大きく変わることが多い合併や買収(M&A)。企業同士の力関係が反映されるため、立場の弱い側の会社に勤めていた社員はこれまで通りというわけにはいかない。実際、合併によって出世街道から外れてしまったなんて話はよくあることだ。「私も部長から翌年度の課長昇進の内々示を受けていましたが、急に同業他社との合併が発表されたんです。当然、昇進の話は白紙となりました」
そう語るのは金属部品メーカーに勤める島崎伸明さん(仮名・50歳)。前職は立体駐車場などのメンテナンスを請け負う会社に勤めていたが、今から6年前に退職。その前年に会社が合併し、新会社から冷遇されたためだ。
◆社員もまったく知らなかった突然の合併
もともと彼が勤めていた会社は、社員30名程度。合併先も規模的には中小企業だったとはいえ、従業員数や売上などあらゆる面で上回っていたという。島崎さんの会社は業績こそ安定していたが、後を継いだ先代社長の息子は会社に対する愛着も薄く、合併の申し出にもあっさり応じてしまったそうだ。
「新会社の経営陣に社長の名前はありませんでした。部長が『あいつは会社を売り渡した』と言っていたので、詳しいことはわかりませんが合併によってそれなりの金を手にしたのでしょう。でも、仕事の内容は同じですし、このときは合併してもそこまで大きな影響はないと思っていたんです」
◆合併後の新会社はブラック企業?
ところが、新会社になってから島崎さんの会社の従業員に割り振られるのは遠方の現場ばかり。一方、合併先の社員は比較的近場の現場が多く、明らかに差を付けられていた。
なかには会社から数時間かかる現場もあり、早朝5時台や6時台の出社もザラ。現場から戻るのは夜9時過ぎになることも珍しくなく、そこから報告書などの事務仕事。そのため、帰宅が深夜12時近くになることもあったそうだ。
「超過勤務分が給料に全部上乗せされたらいいのですが、正直半分もありませんでした。元の会社もホワイトではなかったけど、ここまでブラックじゃなかった。部長と一緒に何度も待遇改善を求めましたが、毎回ゼロ回答。それどころか逆に目を付けられ、本来の自分の仕事ではない雑務をいろいろと押し付けられるようになりました」
◆1年で体重が10キロ減った
しかも、矢面に立ってくれていた部長が合併から約8か月後に退職してしまう。これにより島崎さんに対する風当たりはさらに強くなっていく。
「経費の精算も必要分しか申請していませんでしたが、一部は認めてくれず自腹で負担。遠回しに退職を勧められたことも一度や二度ではなかったです」
ここまで来ると完全な嫌がらせで、気がつくと合併後の1年で体重が10キロも減ってしまった。激務やストレスから家でも疲れた表情をしていたらしく、妻からは「無理して今の会社で働かなくていいよ。収入が下がっても私がその分働くから」と言われ、会社を離れることを決意したそうだ。
◆会社を辞めるも年収は200万円ダウン
しかし、当時すでに44歳。転職先はなかなか決まらず、アルバイトをしながら職探し。ようやく1年後に今の金属部品メーカーに採用されたが、年収は580万円から380万円に激減してしまった。
「収入が200万円も下がったのは確かに辛いです。けど、あのまま働いていたら過労で倒れてもおかしくなかったし、それがなかったとしてもうつ病になっていたかもしれません。妻は文句も言わずに週3日のパートを週5日のフルタイムに増やしてくれましたが、それでも世帯年収は以前より70万円ほど少ないです。
子供に私大は無理だからと国立大に行ってもらいましたが、それでも貯金に回せるお金はわずかだし、転職前に比べると生活はカツカツです。こんなことは言いたくないですけど、会社が吸収合併したせいで人生の歯車が狂ってしまいました……」
まさに一寸先は闇。同じ会社で順調にキャリアを重ねていたとしても決して安泰ではないのだ。
<TEXT/トシタカマサ>
―[絵に描いたような転落劇]―