私の手元に’18年に滋賀県で起きた医学部9浪母親殺人事件の犯人・桐生のぞみから届いた手紙がある。
彼女は学歴コンプレックスを持つ母親から国立大医学部に行くよう命じられ、無理やり9浪させられた。受験に失敗し、看護の道へ進もうとしたものの、そこでも選択肢を奪われたため、親の呪縛から逃れるために母親を殺害したのだ。
殺害後、彼女はツイッターにこう投稿した。
〈モンスターを倒した。これで安心だ〉
殺害からしばらくして、彼女は警察に逮捕され、裁判にかけられた。当初は犯行を否定していたものの、後に認め、懲役10年の刑が下された。
私のもとに届いた桐生のぞみの手紙には、次のように書かれている。
〈今まさに精神的に追いつめられている人達が救われ、新たに苦しむ人たちが生じないことを、心から願っております〉
彼女ほどでないにせよ、子供の頃に、学歴を重視する親からスパルタ教育を受けたという人は少なくないだろう。
それが一生心に残る傷になったり、両親との関係が壊れたり、精神を病んだりしたきっかけになった人もいるはずだ。
――教育虐待。
現在、親によるいきすぎた教育はそう呼ばれている。医学的にも「児童虐待」に該当するとされているが、まだまだ社会の認知は不十分だ。
一体なぜ、親は教育という大義を振りかざし、わが子を虐待するのか。
私は『教育虐待――子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)で、親が教育虐待に走るプロセスやメカニズムを様々な観点から示し、現代社会のゆがみを明らかにした。
本記事では、その中から親の発達障害が教育虐待につながる事例を、実際に起きた殺人事件などを例に考えてみたい。
その事件は、’16年に愛知県で起きた。
加害者である佐竹憲吾は、薬局の息子として生まれた。薬剤師だった父親は、長男の憲吾を薬剤師にして店を継がせ、次男を医者にさせようとしていた。そのため、父親は子供たちにスパルタ教育をしていたそうだ。
憲吾は英才教育によって愛知県の名門・東海中学へ進学した。ただ、後にASD(自閉スペクトラム症)と診断されるように、彼は当時から様々な生きづらさを抱えており、同級生と適切な関係が築けず、途中から勉強に熱が入らなくなった。そして高校卒業後は大学へ進学せず、トラック運転手になった。
父親は期待を裏切った憲吾を「負け組」と罵ったが、成人になっても金銭的支援を惜しまないなど甘やかす一面もあった。憲吾はその金でマンションを購入して結婚。生まれたのが、後の事件の被害者となる崚太だった。
憲吾は峻太がまだ小さな頃から厳しく接しており、小学4年になると、自分と同じ東海中学へ入れるために受験勉強を本格的にスタートさせる。そして自ら指導を買って出て、崚太に勉強を教えた。
親子での勉強は毎日行われており、憲吾の指導は暴力を伴う厳しいものだった。自分が教えた通りにできなければ激昂し、物を投げる、殴りつける、蹴りつけるは当たり前、時には刃物を振り回すこともあった。これらはすべてかつて自分が父親からやられていたことだった。
次はドライブレコーダーに記録されていた、憲吾と峻太のやり取りである(『文春オンライン』’19年7月20日配信〈名古屋教育虐待殺人事件「中学受験で父親が息子を刺すに至るまで」〉より)。
〈憲吾〉書けって言ったら死ぬほど書け。オレが覚えろと言ったことはぜんぶ覚えればいい。てめえ大人を馬鹿にするなっつうのがわからんのか。
〈峻太〉イタい! イテテ!
〈憲吾〉包丁脚についとるだけやろ。何が痛いか。入試やらせてもらってるだろ。
〈峻太〉痛い!ごめんなさい。
――このとき崚太君は太ももを包丁で刺されていた。
〈憲吾〉オレ、刺すっていったはず。多少痛くてもがちゃがちゃうるせえ。
〈峻太〉イテテ!
〈憲吾〉脚ぐらいですむと思ったのか、糞ガキ。こんな怪我、なんなんだ。
憲吾は自分が考える学習計画に従って勉強すれば、成績が上がると思い込んでいた。だから、刃物で脅してまでやらせようとしていたのである。
しかし、刃物で刺されながらやる勉強が効果的なわけがない。なぜ、そんな当たり前のことが考えられないのか。
取材で度々医療関係者から耳にしたのが、親の発達特性との関係性だ。小児科医は、本件とは別に、発達障害が教育虐待につながるケースについて語る。次は、拙著からの引用である。
「発達障害といってもいろんな形があるので一概には言えませんが、一般的に自閉の特性は教育虐待に結びつきやすいように感じています。自閉の人は、自分の型をつくって、多くのことをそれに当てはめて行動しようとする傾向があります。その型が『子供の教育はこうあるべきだ』というものになると、何が何でも子供をそこにはめ込もうとする。それが教育虐待になることがあるのです」
ASDのわかりやすい特徴の1つとして、独自にルールを決めてそれをひたすら反復するというものがある。たとえば登校中に道路に描かれた白い線の上だけを歩いて、踏み外すと最初にもどってまた歩きはじめるとか、部屋に物を置く位置をミリ単位で決めて、少しでもズレていると急いで直すといったものだ。
彼らは自分で決めたルールに並々ならぬ執着を持っているので、それが守られなければ怒りだしたり、パニックになったりする。
人によってはこのこだわりが子供への教育に向くことがあり、勉強時間からやり方にまで自己流のルールを押しつける。スケジュールからやり方まで事細かに決めて、子供に寸分違わずに従うよう要求するのだ。そしてそれが破られると、パニックになって、暴力行為に及ぶことがあるのである。
誤解があるといけないので断っておくが、ASDの特性があるからといって必ずしも教育虐待をするわけではない。詳しくは本書に記したが、何にこだわるかは人それぞれであり、教育に向いたところで絶対に暴力につながるわけではない。ただ、教育虐待の現場に光を当てた時、不幸にもそうなっている事例があるということだ。
話を事件に戻せば、憲吾はASDの特性が悪い形で子供への教育虐待に向いたケースだった。そして峻太が小学6年の受験生になった年の夏、憲吾は迫りくる受験への焦りもあったのだろう、峻太に勉強を教えている最中に怒りを爆発させる。そして、我を忘れた状態になって刃渡り18.5僖札鵐舛諒饕で峻太を刺し、殺害してしまったのである。
後の裁判で、弁護士が主張した事件の要因は、先述のようなASDとのかかわりだった。鑑定によって憲吾がASDであり、自分の決めた勉強法にこだわり、峻太を刃物で脅してそれにはめこもうとしたものの、思い通りにいかなくなったことで、感情を爆発させて刺してしまった、としたのだ。
この事件は’20年に裁判所が「懲役13年」を確定させたことで幕を閉じた。今では、ASDが教育虐待に結びつき、引き起こされた最悪の事件の1つと位置付けられている。
これほどの大事に至らなくても、私は本書の中で親の発達特性が子供への勉強に向き、悲劇をもたらす事例について詳しく検討してきた。【後編:加熱する受験「無理解な親が招く」子供の絶望ルポ】では、一般家庭で引き起こされているそうした出来事を具体的に見ていきたい。
取材・文:石井光太’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。