人前でご飯を食べること(会食行為)に対して耐えがたい不安や恐怖を抱き、実際の会食で吐き気やめまい、胃痛、動悸、嚥下障害、口の乾き、体のふるえ、発汗、顔面蒼白……など、さまざまな症状となって現れる心の疾患を「会食恐怖症」という。
【写真】学校の完食指導に関連し学校向けに会食恐怖症を知らせるカラーのパンフレット 日本会食恐怖症克服支援協会代表の山口健太さんは、高校1年生のときに会食恐怖症を発症したが、薬をのむことなく自力で克服した経験を持つ。これまで、延べ1000人の相談に乗ってきた。

「恐らく女性セブン読者のほとんどのかたは会食恐怖症という言葉を初めて耳にされたと思います。私が発症した当時はいま以上に知られていなく、ほとんど情報がありませんでした。ネットで調べまくって会食恐怖症は社交不安症のひとつだとたどり着いたのですが、社交不安症の症例集を取り寄せても、会食恐怖症の記載は200ページのうちたった2ページだけ。医師も知らないマイナーな症状に、誰も理解してくれないと孤独感に襲われました」(山口さん・以下同) 発症に至る大きなきっかけは、部活動での「食トレ」だったという。「体を大きくするため、たくさん食べるノルマが課されるのですが、その量は朝どんぶり2杯、昼どんぶり2杯、夜どんぶり3杯。当時、頑張れば2杯くらい食べられたのですが、合宿初日はかなり緊張してノルマを達成できなかったんです。それで監督に目をつけられ、みんなの前でめちゃくちゃ怒られてしまって。以来、合宿所の食堂に足を踏み入れるだけで吐き気が込み上げたり、食事の場面を想像するだけで気持ち悪くなったり、実際に“いただきます”のタイミングで嘔吐してしまったりで、誰かとご飯を食べることに強い苦手意識を持つようになりました」 運動部の食トレほどでなくても、学校給食で「全部食べなさい」と居残りさせられたときはまったく箸が進まず、苦い思い出になったという人も少なくないだろう。 会食恐怖症は、そうした食事が楽しくない状態がずっと続くばかりか、会食を伴うコミュニケーションに参加できないというハンデが生まれる。「やっかいなのは、誰が相手でも症状が出るというわけではないことです。ありのままの自分の姿を見せられていない相手の前で症状が出やすい傾向があり、家族との食事なら大丈夫という人もいれば、家族の前でちゃんとしたいと思う人は家族との食事でも発症してしまうことがあります。 また、時間の経過で自然と治っていく心の病気とは異なり、きちんと対処しないと何十年でも引きずってしまう、深刻な症状でもあります。 たとえば、うつ病は2年後の自然治癒率が80%なのに対し、会食恐怖症のような社交不安症の2年後の自然治癒率は20%、8年後でも33%止まりというデータがあります。パニック障害が治っても会食恐怖症は消えないという人もいるのです」 山口さんによれば、まさにここ数か月、コロナ禍で控えていた結婚式や会食が再開されるようになり、会食恐怖症に悩む人からの相談が増加しているという。会食恐怖症に悩む人は、まず何をどうしたらいいのだろうか?「『回避』をやめることですね。私自身も食事を伴う集まりを避けている限りは改善されませんでした。なので、緊張しにくそうなメンバーであれば食事をせずとも会食の場所に参加するようにして、会話を楽しむこと、場慣れすることから始めました。 それとバイト先では、まかないが多くて食べられないと正直に周囲に伝えました。幸い、周囲の理解があって『ゆっくり食べていいからね』『別に残しても大丈夫だよ』と声をかけてもらえていたので、波はありつつも半年かけて人前でも食べられるようになったんです」 山口さんは、会食恐怖症の克服=完食を目指すことではないと強調する。「大食いが称賛される風潮や、給食を残すなという意見もわかりますが、自分の心が苦しくなってまで周りの正しさに合わせる必要はないと私は考えています。少食が悪なわけではありませんから。 私たちの目指すゴールは、『会食を心から楽しむ』ということ。安心できる相手と安心できる環境で少しずつ食事を楽しめる練習を重ねていく。これが会食恐怖症克服の近道です」■Point・会食に恐怖を抱く自分を認める・「食べたら吐いてしまう」「残すと怒られる」などの間違えた前提をやめる・0からいきなり100%を目指すのではなく、まずは30%を目指す・会食は避けない・回復まで波があることを覚悟する【プロフィール】日本会食恐怖症克服支援協会代表・山口健太さん/薬なしで会食恐怖症を克服した経験を生かし、会食恐怖症に悩む人のカウンセリングを行う。著書は『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)や『「吐くのがこわい」がなくなる本』(ダイヤモンド社)など。取材・文/辻本幸路※女性セブン2023年6月8日号
日本会食恐怖症克服支援協会代表の山口健太さんは、高校1年生のときに会食恐怖症を発症したが、薬をのむことなく自力で克服した経験を持つ。これまで、延べ1000人の相談に乗ってきた。
「恐らく女性セブン読者のほとんどのかたは会食恐怖症という言葉を初めて耳にされたと思います。私が発症した当時はいま以上に知られていなく、ほとんど情報がありませんでした。ネットで調べまくって会食恐怖症は社交不安症のひとつだとたどり着いたのですが、社交不安症の症例集を取り寄せても、会食恐怖症の記載は200ページのうちたった2ページだけ。医師も知らないマイナーな症状に、誰も理解してくれないと孤独感に襲われました」(山口さん・以下同)
発症に至る大きなきっかけは、部活動での「食トレ」だったという。
「体を大きくするため、たくさん食べるノルマが課されるのですが、その量は朝どんぶり2杯、昼どんぶり2杯、夜どんぶり3杯。当時、頑張れば2杯くらい食べられたのですが、合宿初日はかなり緊張してノルマを達成できなかったんです。それで監督に目をつけられ、みんなの前でめちゃくちゃ怒られてしまって。以来、合宿所の食堂に足を踏み入れるだけで吐き気が込み上げたり、食事の場面を想像するだけで気持ち悪くなったり、実際に“いただきます”のタイミングで嘔吐してしまったりで、誰かとご飯を食べることに強い苦手意識を持つようになりました」
運動部の食トレほどでなくても、学校給食で「全部食べなさい」と居残りさせられたときはまったく箸が進まず、苦い思い出になったという人も少なくないだろう。
会食恐怖症は、そうした食事が楽しくない状態がずっと続くばかりか、会食を伴うコミュニケーションに参加できないというハンデが生まれる。
「やっかいなのは、誰が相手でも症状が出るというわけではないことです。ありのままの自分の姿を見せられていない相手の前で症状が出やすい傾向があり、家族との食事なら大丈夫という人もいれば、家族の前でちゃんとしたいと思う人は家族との食事でも発症してしまうことがあります。
また、時間の経過で自然と治っていく心の病気とは異なり、きちんと対処しないと何十年でも引きずってしまう、深刻な症状でもあります。
たとえば、うつ病は2年後の自然治癒率が80%なのに対し、会食恐怖症のような社交不安症の2年後の自然治癒率は20%、8年後でも33%止まりというデータがあります。パニック障害が治っても会食恐怖症は消えないという人もいるのです」
山口さんによれば、まさにここ数か月、コロナ禍で控えていた結婚式や会食が再開されるようになり、会食恐怖症に悩む人からの相談が増加しているという。会食恐怖症に悩む人は、まず何をどうしたらいいのだろうか?
「『回避』をやめることですね。私自身も食事を伴う集まりを避けている限りは改善されませんでした。なので、緊張しにくそうなメンバーであれば食事をせずとも会食の場所に参加するようにして、会話を楽しむこと、場慣れすることから始めました。
それとバイト先では、まかないが多くて食べられないと正直に周囲に伝えました。幸い、周囲の理解があって『ゆっくり食べていいからね』『別に残しても大丈夫だよ』と声をかけてもらえていたので、波はありつつも半年かけて人前でも食べられるようになったんです」
山口さんは、会食恐怖症の克服=完食を目指すことではないと強調する。
「大食いが称賛される風潮や、給食を残すなという意見もわかりますが、自分の心が苦しくなってまで周りの正しさに合わせる必要はないと私は考えています。少食が悪なわけではありませんから。
私たちの目指すゴールは、『会食を心から楽しむ』ということ。安心できる相手と安心できる環境で少しずつ食事を楽しめる練習を重ねていく。これが会食恐怖症克服の近道です」
■Point・会食に恐怖を抱く自分を認める・「食べたら吐いてしまう」「残すと怒られる」などの間違えた前提をやめる・0からいきなり100%を目指すのではなく、まずは30%を目指す・会食は避けない・回復まで波があることを覚悟する
【プロフィール】日本会食恐怖症克服支援協会代表・山口健太さん/薬なしで会食恐怖症を克服した経験を生かし、会食恐怖症に悩む人のカウンセリングを行う。著書は『会食恐怖症を卒業するために私たちがやってきたこと』(内外出版社)や『「吐くのがこわい」がなくなる本』(ダイヤモンド社)など。
取材・文/辻本幸路
※女性セブン2023年6月8日号