90歳超の祖母が認知症に、孫がすぐに“戸籍”を確認したワケは…? 相続のプロが忠告する「認知症」という落とし穴 から続く
相続の現場で頼りになるのが「税理士」だが、その大半は法人税や所得税が専門で、実は制度に詳しくないという。一方、税務署の調査官として様々な事案にふれてきた「国税OB」は、その道のスペシャリストだ。
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『国税OBだけが知っている失敗しない相続』(坂田拓也 著)では、国税OBの税理士たちがこれまで目撃してきた実例をふまえて、相続の「抜け穴」と「落とし穴」を指南する。
ここでは本書を一部抜粋して紹介。多くの相続トラブルを経験してきた国税OBたちが見た、数少ない「理想の相続」とは――。(全2回の2回目/最初から読む)
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相続に詳しい税理士たちは、相続争いやトラブルを数多く経験してきた一方で、「理想の相続」も見てきた。
民法では財産の分配割合が定められているが、故人の遺志が尊重され、相続人同士が譲り合えば、法定通りの分配には至らないことが多いという。遺言書が遺されていても、相続人全員が合意すれば遺産分割協議に移行することもできる。
理想の相続に向けて早めに動く人たちもいるが、親の気持ちに子供が応えられなかったり、夫の気持ちが妻に通じなかったり、意外に難しい。
阿保秋声税理士は、相続税の申告書作成をこの数年間で50件以上行った。同業の税理士から回って来た難しい案件も多いという。
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阿保税理士が振り返る。
「相続人の1人か2人が欲を出して揉めたのが2割ほど。相続人同士が同じ書面に印を押したくないと言い出し、別々の申告になったものもあります。一方で、相続人たちがお互いのことを考えて譲り合い、気持ちのいい相続もありました」
先に、別々の申告に至ったケースを挙げる。
両親は実家で暮らし、子供2人(兄と妹)はそれぞれ結婚して離れて暮らしていた。
父親が亡くなった時、法定通り母親が半分、兄と妹が残り半分を均等に相続する話が進んだ。しかし、しばらくして妹が均等分配に反対してきた。
兄は、両親が建てた家に20年住み、両親に家賃を払っていなかった。妹は、家賃免除による両親から兄への援助は金額に換算して3000万円になり、「その分を考えれば法定相続は嫌だ」と言い出したのだ。
「兄夫婦は、近隣に住んでいる妻の両親の面倒を看ていて、妻の両親に感謝されて関係も良好でした。しかも兄の妻は、時間を作っては兄の実家にも行って義父母の面倒も看ていました。一方で妹は結婚してから実家に寄りつかず、好き放題していたようです」(阿保税理士)
兄夫婦には子供が2人いるが、妹夫婦にはいなかった。父親は孫に生前贈与していたが、学費程度の数十万円。数百万円かかった父親の葬儀代は兄が負担した。
「兄は家賃を払ってこなかった、という妹の言い分も分からないではありませんが、兄夫婦が両親の面倒を看ていたことなどを加味すれば、兄のほうが多くもらってもいいぐらいでしょう。しかし妹は折れませんでした。兄もとうとう怒り出し、『裁判になっても構わないので、妹と均等の相続で申告して下さい』と言い出したのです」(阿保税理士)
母親が特例を利用して自宅を相続したため、阿保税理士は遺産分割協議書の一部を作成し、法定通りとして母親と兄の分だけ申告した。その後、妹は別の税理士に依頼して申告した模様だという。少なくとも申告後1年は、妹が裁判に訴えて来ることはなかった。
一方で、阿保税理士が今も印象に残っている相続がある。
千葉県に住む夫婦と子供3人(長男、次男、長女)の5人家族。板金工場を経営していた父親は、子供達が10代の頃に借金して高額の機械を導入し、身を粉にして働いた。長男と次男は父親の跡を継ぐために大学卒業後に板金工場に入った。
母親が早くに亡くなった後、兄弟が40代後半、妹が30代半ばになった時に70歳を前にした父親が亡くなった。
長男と次男が板金工場に入ると会社は成長し、その分だけ会社の株の評価額が上がり、相続税が高くなった。
父親は会社の株の半分を子供たちに生前贈与していたが、父親の持ち分はまだ相当額あった。自宅と預貯金を加えて相続財産は3億円を超え、相続税が5000万円かかることが分かった。しかも子供達が相続する大半は会社の株のため、納税資金を捻出しなければならなくなった。
長男、次男、妹夫妻は阿保税理士の事務所に集まり、阿保税理士が立ち会って話し合いをはじめた。
最初に口を開いたのは妹の夫だった。
「夫婦でよく話し合いましたが、財産はお父さんとお兄さんたちが築いてきたものです。私たちはいりません」
夫はそう言って妹に同意を求めると、妹もうなずいた。
少し間を置いて兄が、「ありがとう。でもそういうわけにはいかない。お金を借りることもできるし、相続して欲しい」と穏やかに応えた。
相続人の間で合意できれば、財産の分配は自由に決められる。阿保税理士の提案により、長男と次男が借金せずに相続税を支払える範囲で、妹も多少の現金を相続することになった。その額は、法定相続分よりずっと少ないものだった。
妹の夫は中小企業のサラリーマン、妹は専業主婦。子供はまだ小さく、これからまだまだお金がかかる。妹夫婦は数千万円相続できたが、望まなかったのだ。
「親から相続する財産はいわば不労所得です。しかし、目の前に現金が積まれた時に『いりません』と言うのはなかなか難しく、普通は欲しがります。相続は、相続人の妻や夫が口を出してきて揉めることも多い。妹の夫は違いました。どうすればこうして譲り合えるのかは、人間性としか言いようがありませんが……」(阿保税理士)長男が「家もお金もいらない」と譲ったわけ 次は兄が譲った話だ。 父親(開業医)が70代半ばで亡くなり、60代後半の母親、40代後半の長男(勤務医)、30代後半の長女の3人が相続人になった。 父親は140坪の土地に家を建てて住み、そのうち20坪を利用して新たに病院兼住居を建てたばかりだった。土地だけで数億円の価値がある。しかし相続の時、長男は「育ててくれて医者になれた。家もお金もいらない」と譲った。「できた兄でした。すごく優しそうでしたし、実際に優しいのでしょう」(阿保税理士) 配偶者が相続する時は、法定分または1億6000万円までは非課税で相続できる。そこで母親が家を相続し、結婚して離れて暮らしていた長女が「心配だから」と母親と同居することになった。 長女が母親と同居するのは、母親が亡くなった時の2次相続対策にもなる。同居している子供が家を相続する時は、土地の評価を8割減額できる特例があるためだ。「140坪の土地があれば、将来何か起きた時に土地を切り売りすることができます。これが40坪しかなければ切り売りすることもできないのですが……」(同)母親が家を相続することを、60代長男が反対 民法(相続編)では、配偶者・子供・親・兄弟の有無に応じ、法定相続人の相続割合が細かく定められている。しかし相続財産には分割の難しい不動産があったり、特例の利用で各相続人の税額が異なったりするため、法定通りの分配は現実には難しい。 阿保税理士にもこんな経験がある。 80代の父親が亡くなり、母親と子供3人が相続人になった。 母親は特例を利用して1億円の土地を2000万円に減額して家を相続し、子供3人は父親の預貯金2000万円を均等に分ける方向で話が進んだ。これに60代の長男が反対して法定相続を主張し、合意に至ることができなかった。 父親の預貯金2000万円を子供たちが均等に分けるだけでは、長男は約660万円しかもらえない。長男の主張通り、父親の財産1億2000万円を法定通り分配すれば、母親は半分の6000万円、子供3人は残り半分を均等に分けるため、長男は2000万円を相続できる。 母親が土地を相続した上で法定通り分配する時は、母親は4000万円の現金を用意して子供たちに渡す必要が出てくる。母親にそんな現金はなかった。長男は、母親に対して「家を出て行ってくれ」と言ったも同然だった。 阿保税理士が振り返る。「長男は母親を施設に入れ、実家を売却して財産を分けたいようでした。初めて家族と面談した時、長男は分別のある、できた人物に見えましたが、人は見た目では分からないものです」「法定相続」は理想にあらず 家族の形や事情はそれぞれ異なり、お互いが譲り合えば相続人が相続する財産には差が出てくる。法定相続は、そうした譲り合いができない時に機械的に財産を分配する規定とも言える。「昔は、長男が両親の面倒を看る、または家を継ぐので多く相続するなど状況に応じて暗黙の了解ができていました。最近は、長男が両親の面倒を看ても弟妹は『勝手にやったんでしょ』と言い出し、法定相続分を当然の権利だと主張することが増えています。 欲を出す相続人が最後に振りかざす“剣”が法定相続という権利であり、揉めるから法定相続になるのです」(同) 阿保税理士は、揉めた時には相続人にこう問いかける。 ──あなたが相続人ではなく、故人(被相続人)だとしたら、誰に何を相続して欲しいですか?(坂田 拓也/文春新書)
「親から相続する財産はいわば不労所得です。しかし、目の前に現金が積まれた時に『いりません』と言うのはなかなか難しく、普通は欲しがります。相続は、相続人の妻や夫が口を出してきて揉めることも多い。妹の夫は違いました。どうすればこうして譲り合えるのかは、人間性としか言いようがありませんが……」(阿保税理士)
次は兄が譲った話だ。
父親(開業医)が70代半ばで亡くなり、60代後半の母親、40代後半の長男(勤務医)、30代後半の長女の3人が相続人になった。
父親は140坪の土地に家を建てて住み、そのうち20坪を利用して新たに病院兼住居を建てたばかりだった。土地だけで数億円の価値がある。しかし相続の時、長男は「育ててくれて医者になれた。家もお金もいらない」と譲った。
「できた兄でした。すごく優しそうでしたし、実際に優しいのでしょう」(阿保税理士)
配偶者が相続する時は、法定分または1億6000万円までは非課税で相続できる。そこで母親が家を相続し、結婚して離れて暮らしていた長女が「心配だから」と母親と同居することになった。
長女が母親と同居するのは、母親が亡くなった時の2次相続対策にもなる。同居している子供が家を相続する時は、土地の評価を8割減額できる特例があるためだ。
「140坪の土地があれば、将来何か起きた時に土地を切り売りすることができます。これが40坪しかなければ切り売りすることもできないのですが……」(同)
民法(相続編)では、配偶者・子供・親・兄弟の有無に応じ、法定相続人の相続割合が細かく定められている。しかし相続財産には分割の難しい不動産があったり、特例の利用で各相続人の税額が異なったりするため、法定通りの分配は現実には難しい。
阿保税理士にもこんな経験がある。
80代の父親が亡くなり、母親と子供3人が相続人になった。
母親は特例を利用して1億円の土地を2000万円に減額して家を相続し、子供3人は父親の預貯金2000万円を均等に分ける方向で話が進んだ。これに60代の長男が反対して法定相続を主張し、合意に至ることができなかった。
父親の預貯金2000万円を子供たちが均等に分けるだけでは、長男は約660万円しかもらえない。長男の主張通り、父親の財産1億2000万円を法定通り分配すれば、母親は半分の6000万円、子供3人は残り半分を均等に分けるため、長男は2000万円を相続できる。
母親が土地を相続した上で法定通り分配する時は、母親は4000万円の現金を用意して子供たちに渡す必要が出てくる。母親にそんな現金はなかった。長男は、母親に対して「家を出て行ってくれ」と言ったも同然だった。
阿保税理士が振り返る。
「長男は母親を施設に入れ、実家を売却して財産を分けたいようでした。初めて家族と面談した時、長男は分別のある、できた人物に見えましたが、人は見た目では分からないものです」
家族の形や事情はそれぞれ異なり、お互いが譲り合えば相続人が相続する財産には差が出てくる。法定相続は、そうした譲り合いができない時に機械的に財産を分配する規定とも言える。
「昔は、長男が両親の面倒を看る、または家を継ぐので多く相続するなど状況に応じて暗黙の了解ができていました。最近は、長男が両親の面倒を看ても弟妹は『勝手にやったんでしょ』と言い出し、法定相続分を当然の権利だと主張することが増えています。
欲を出す相続人が最後に振りかざす“剣”が法定相続という権利であり、揉めるから法定相続になるのです」(同)
阿保税理士は、揉めた時には相続人にこう問いかける。
──あなたが相続人ではなく、故人(被相続人)だとしたら、誰に何を相続して欲しいですか?
(坂田 拓也/文春新書)