埼玉県・二子山。
【画像】クマが上から飛びかかってきた衝撃の瞬間 昨年10月、この山で登山者がクマに襲われ、その一部始終が記録された動画がインターネット上で話題になった。至近距離から襲ってくるクマは、今までに見たことがないほどに迫力十分で、動画は海外でも広く拡散された。 動画を見ていない人は、まずは一度見てみてほしい。 動画の撮影者である島田さん(仮名)は、山を歩いていたところ、突然、上から飛んできたクマに襲われている。クマが飛びかかってきてから立ち去るまでの時間は約20秒。完全な不意打ちにもかかわらず、島田さんが無傷だったのは奇跡としか言いようがない。(襲撃の詳しい状況は「クマが上から飛んでくる衝撃動画『登山中に熊に襲われた』 現場の真相を取材」を参照)

現場は「切り立った岩の尾根」 この動画が衝撃的だったのは、動画自体の迫力もさることながら、その場所にも理由がある。 現場は切り立った岩の尾根で、見晴らしがよく、大型動物がいれば遠くからでもすぐわかる。険しい岩壁に囲まれた登山の上級者コースで、大型動物が隠れることのできる場所もない。登山に慣れた人でも、クマとの遭遇など通常は考えもしないようなところだ。 登山者がクマに襲われる事故はこれまでにも何度も起こっているが、そのほとんどは木や草が茂った場所。こんなけわしい岩場で襲われた事例は聞いたことがない。 気になった筆者は後日、現場を歩いてみた。上の写真で見るとおりの細い岩の尾根で、こんなところでクマに突然襲われたら逃げ場もない。襲われた衝撃で島田さんが転落しなかったことも幸運だったとしか言いようがないと感じた。クマとの距離はわずか1メートル 襲撃現場に立ってみてさらに驚いた。クマのいた場所が、動画で見るよりはるかに近い。動画は広角レンズで遠近がかなり強調されていたのだ。動画では2~3メートル下にいるように見えたクマの位置は、実際には1メートルほどしか離れていなかった。これは怖かっただろう……。 それにしてもクマはいったいどこから来たのだろうか? 岩の尾根を下っていた島田さんの後をつけてきて、頃合いをみて襲ったのだろうか? それとも、ひっそりと横の岩場を登ってきたのだろうか? 島田さんは襲われるまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。 そこで、クマの生態に詳しい東京農業大学の山晃司教授に聞いてみた。実はクライミング能力がかなり高い「実はクマはクライミング能力がかなり高くて、岩場でも自由に動けます。樹木が一切ない北アルプスの頂上稜線でも目撃例があるくらいですから、けわしい岩場だからといって出没しないわけではありません」 そう言われれば筆者も、岩壁をスルスルと登っていくクマの動画を見た覚えがある。それは海外で撮影されたものだったが、岩壁の傾斜は垂直に近いように見え、人間が登るのはかなり難しそうな場所だった。 襲撃に至るまでのクマの足取りは山教授にもわからないとのことだが、クマは気配を消すのが非常にうまいという。島田さんは、10秒ほど前に自分がいた場所からクマが突然飛び出してきたような印象をもったというが、実はごく近くでクマは息を潜めていたのかもしれない。森山憲一クマが人を襲うときのパターンはさまざま さて、このように山中で突然クマに襲われた場合、私たち人間にできることはあるのだろうか。「山中でクマに出会ってしまった場合のセオリーとしては、クマに刺激を与えないことです。逃げ出したり、突然大声を上げたり、大きな動きをしたりという行為は控えるのが基本になります」 へたに刺激を与えるとクマが驚いたり興奮したりして襲ってくることがあるのだという。 ただしそこから先はケースバイケースで、刺激を与えなくても襲ってくる場合もあり、逆に、襲ってくるように見えても、それはただの脅しで、至近距離まで迫ってきたところで逃げていくケースもあるそうだ。 クマが人を襲うときのパターンはさまざまで、完璧な防御策はないのが現実と山教授はいう。ベアスプレー(クマが嫌う成分を噴射するスプレー)を持っていれば撃退できる可能性は高いというが、普通の登山では持っていないケースのほうが圧倒的に多いし、スプレーは至近距離で噴射しないと効果がないので、クマが射程内に入るまで恐怖に耐えられるかという問題もある。 となると、ベアスプレーを持っていないときに本気のクマに襲われたら、覚悟を決めて戦うしか選択肢はないのか。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくる「クマを巴投げで投げ飛ばして撃退した事例もあります」と山教授は言いつつも、よほどのことがなければ正面切って戦うのは避けたほうがよいともいう。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくるので、顔や首周りの急所に致命的ダメージを受けないようにするのがまず第一であると。両手を後頭部で組んで顔を覆うようにガードして伏せるのが防御の基本ポジションになるとのことだ。 しかしいずれにしろ、襲われてしまったらもうできることは限られてしまう。であれば、遭遇しないようにするほうが大切だ。その意味では、「クマ鈴を鳴らしながら歩くことは一定の効果はあるはず」と山教授はいう。クマは聴覚が非常に優れており、犬よりもはるかに上なのだという。登山者が少なく、クマが潜んでいそうな場所を歩くときは、クマ鈴を活用するのが現実的な防衛策になるはずだ。 かつてはクマに襲われる事故はそれほど多くはなかったが、2000年代に入ってから、環境の変化などにより人身事故が増加している。「この山にはクマは出ない」という経験則で判断するのではなく、一定の知識と対策が登山をする人にも求められているのだろう。(森山 憲一)
昨年10月、この山で登山者がクマに襲われ、その一部始終が記録された動画がインターネット上で話題になった。至近距離から襲ってくるクマは、今までに見たことがないほどに迫力十分で、動画は海外でも広く拡散された。
動画を見ていない人は、まずは一度見てみてほしい。
動画の撮影者である島田さん(仮名)は、山を歩いていたところ、突然、上から飛んできたクマに襲われている。クマが飛びかかってきてから立ち去るまでの時間は約20秒。完全な不意打ちにもかかわらず、島田さんが無傷だったのは奇跡としか言いようがない。(襲撃の詳しい状況は「クマが上から飛んでくる衝撃動画『登山中に熊に襲われた』 現場の真相を取材」を参照)
現場は「切り立った岩の尾根」 この動画が衝撃的だったのは、動画自体の迫力もさることながら、その場所にも理由がある。 現場は切り立った岩の尾根で、見晴らしがよく、大型動物がいれば遠くからでもすぐわかる。険しい岩壁に囲まれた登山の上級者コースで、大型動物が隠れることのできる場所もない。登山に慣れた人でも、クマとの遭遇など通常は考えもしないようなところだ。 登山者がクマに襲われる事故はこれまでにも何度も起こっているが、そのほとんどは木や草が茂った場所。こんなけわしい岩場で襲われた事例は聞いたことがない。 気になった筆者は後日、現場を歩いてみた。上の写真で見るとおりの細い岩の尾根で、こんなところでクマに突然襲われたら逃げ場もない。襲われた衝撃で島田さんが転落しなかったことも幸運だったとしか言いようがないと感じた。クマとの距離はわずか1メートル 襲撃現場に立ってみてさらに驚いた。クマのいた場所が、動画で見るよりはるかに近い。動画は広角レンズで遠近がかなり強調されていたのだ。動画では2~3メートル下にいるように見えたクマの位置は、実際には1メートルほどしか離れていなかった。これは怖かっただろう……。 それにしてもクマはいったいどこから来たのだろうか? 岩の尾根を下っていた島田さんの後をつけてきて、頃合いをみて襲ったのだろうか? それとも、ひっそりと横の岩場を登ってきたのだろうか? 島田さんは襲われるまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。 そこで、クマの生態に詳しい東京農業大学の山晃司教授に聞いてみた。実はクライミング能力がかなり高い「実はクマはクライミング能力がかなり高くて、岩場でも自由に動けます。樹木が一切ない北アルプスの頂上稜線でも目撃例があるくらいですから、けわしい岩場だからといって出没しないわけではありません」 そう言われれば筆者も、岩壁をスルスルと登っていくクマの動画を見た覚えがある。それは海外で撮影されたものだったが、岩壁の傾斜は垂直に近いように見え、人間が登るのはかなり難しそうな場所だった。 襲撃に至るまでのクマの足取りは山教授にもわからないとのことだが、クマは気配を消すのが非常にうまいという。島田さんは、10秒ほど前に自分がいた場所からクマが突然飛び出してきたような印象をもったというが、実はごく近くでクマは息を潜めていたのかもしれない。森山憲一クマが人を襲うときのパターンはさまざま さて、このように山中で突然クマに襲われた場合、私たち人間にできることはあるのだろうか。「山中でクマに出会ってしまった場合のセオリーとしては、クマに刺激を与えないことです。逃げ出したり、突然大声を上げたり、大きな動きをしたりという行為は控えるのが基本になります」 へたに刺激を与えるとクマが驚いたり興奮したりして襲ってくることがあるのだという。 ただしそこから先はケースバイケースで、刺激を与えなくても襲ってくる場合もあり、逆に、襲ってくるように見えても、それはただの脅しで、至近距離まで迫ってきたところで逃げていくケースもあるそうだ。 クマが人を襲うときのパターンはさまざまで、完璧な防御策はないのが現実と山教授はいう。ベアスプレー(クマが嫌う成分を噴射するスプレー)を持っていれば撃退できる可能性は高いというが、普通の登山では持っていないケースのほうが圧倒的に多いし、スプレーは至近距離で噴射しないと効果がないので、クマが射程内に入るまで恐怖に耐えられるかという問題もある。 となると、ベアスプレーを持っていないときに本気のクマに襲われたら、覚悟を決めて戦うしか選択肢はないのか。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくる「クマを巴投げで投げ飛ばして撃退した事例もあります」と山教授は言いつつも、よほどのことがなければ正面切って戦うのは避けたほうがよいともいう。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくるので、顔や首周りの急所に致命的ダメージを受けないようにするのがまず第一であると。両手を後頭部で組んで顔を覆うようにガードして伏せるのが防御の基本ポジションになるとのことだ。 しかしいずれにしろ、襲われてしまったらもうできることは限られてしまう。であれば、遭遇しないようにするほうが大切だ。その意味では、「クマ鈴を鳴らしながら歩くことは一定の効果はあるはず」と山教授はいう。クマは聴覚が非常に優れており、犬よりもはるかに上なのだという。登山者が少なく、クマが潜んでいそうな場所を歩くときは、クマ鈴を活用するのが現実的な防衛策になるはずだ。 かつてはクマに襲われる事故はそれほど多くはなかったが、2000年代に入ってから、環境の変化などにより人身事故が増加している。「この山にはクマは出ない」という経験則で判断するのではなく、一定の知識と対策が登山をする人にも求められているのだろう。(森山 憲一)
この動画が衝撃的だったのは、動画自体の迫力もさることながら、その場所にも理由がある。
現場は切り立った岩の尾根で、見晴らしがよく、大型動物がいれば遠くからでもすぐわかる。険しい岩壁に囲まれた登山の上級者コースで、大型動物が隠れることのできる場所もない。登山に慣れた人でも、クマとの遭遇など通常は考えもしないようなところだ。
登山者がクマに襲われる事故はこれまでにも何度も起こっているが、そのほとんどは木や草が茂った場所。こんなけわしい岩場で襲われた事例は聞いたことがない。
気になった筆者は後日、現場を歩いてみた。上の写真で見るとおりの細い岩の尾根で、こんなところでクマに突然襲われたら逃げ場もない。襲われた衝撃で島田さんが転落しなかったことも幸運だったとしか言いようがないと感じた。クマとの距離はわずか1メートル 襲撃現場に立ってみてさらに驚いた。クマのいた場所が、動画で見るよりはるかに近い。動画は広角レンズで遠近がかなり強調されていたのだ。動画では2~3メートル下にいるように見えたクマの位置は、実際には1メートルほどしか離れていなかった。これは怖かっただろう……。 それにしてもクマはいったいどこから来たのだろうか? 岩の尾根を下っていた島田さんの後をつけてきて、頃合いをみて襲ったのだろうか? それとも、ひっそりと横の岩場を登ってきたのだろうか? 島田さんは襲われるまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。 そこで、クマの生態に詳しい東京農業大学の山晃司教授に聞いてみた。実はクライミング能力がかなり高い「実はクマはクライミング能力がかなり高くて、岩場でも自由に動けます。樹木が一切ない北アルプスの頂上稜線でも目撃例があるくらいですから、けわしい岩場だからといって出没しないわけではありません」 そう言われれば筆者も、岩壁をスルスルと登っていくクマの動画を見た覚えがある。それは海外で撮影されたものだったが、岩壁の傾斜は垂直に近いように見え、人間が登るのはかなり難しそうな場所だった。 襲撃に至るまでのクマの足取りは山教授にもわからないとのことだが、クマは気配を消すのが非常にうまいという。島田さんは、10秒ほど前に自分がいた場所からクマが突然飛び出してきたような印象をもったというが、実はごく近くでクマは息を潜めていたのかもしれない。森山憲一クマが人を襲うときのパターンはさまざま さて、このように山中で突然クマに襲われた場合、私たち人間にできることはあるのだろうか。「山中でクマに出会ってしまった場合のセオリーとしては、クマに刺激を与えないことです。逃げ出したり、突然大声を上げたり、大きな動きをしたりという行為は控えるのが基本になります」 へたに刺激を与えるとクマが驚いたり興奮したりして襲ってくることがあるのだという。 ただしそこから先はケースバイケースで、刺激を与えなくても襲ってくる場合もあり、逆に、襲ってくるように見えても、それはただの脅しで、至近距離まで迫ってきたところで逃げていくケースもあるそうだ。 クマが人を襲うときのパターンはさまざまで、完璧な防御策はないのが現実と山教授はいう。ベアスプレー(クマが嫌う成分を噴射するスプレー)を持っていれば撃退できる可能性は高いというが、普通の登山では持っていないケースのほうが圧倒的に多いし、スプレーは至近距離で噴射しないと効果がないので、クマが射程内に入るまで恐怖に耐えられるかという問題もある。 となると、ベアスプレーを持っていないときに本気のクマに襲われたら、覚悟を決めて戦うしか選択肢はないのか。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくる「クマを巴投げで投げ飛ばして撃退した事例もあります」と山教授は言いつつも、よほどのことがなければ正面切って戦うのは避けたほうがよいともいう。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくるので、顔や首周りの急所に致命的ダメージを受けないようにするのがまず第一であると。両手を後頭部で組んで顔を覆うようにガードして伏せるのが防御の基本ポジションになるとのことだ。 しかしいずれにしろ、襲われてしまったらもうできることは限られてしまう。であれば、遭遇しないようにするほうが大切だ。その意味では、「クマ鈴を鳴らしながら歩くことは一定の効果はあるはず」と山教授はいう。クマは聴覚が非常に優れており、犬よりもはるかに上なのだという。登山者が少なく、クマが潜んでいそうな場所を歩くときは、クマ鈴を活用するのが現実的な防衛策になるはずだ。 かつてはクマに襲われる事故はそれほど多くはなかったが、2000年代に入ってから、環境の変化などにより人身事故が増加している。「この山にはクマは出ない」という経験則で判断するのではなく、一定の知識と対策が登山をする人にも求められているのだろう。(森山 憲一)
気になった筆者は後日、現場を歩いてみた。上の写真で見るとおりの細い岩の尾根で、こんなところでクマに突然襲われたら逃げ場もない。襲われた衝撃で島田さんが転落しなかったことも幸運だったとしか言いようがないと感じた。
襲撃現場に立ってみてさらに驚いた。クマのいた場所が、動画で見るよりはるかに近い。動画は広角レンズで遠近がかなり強調されていたのだ。動画では2~3メートル下にいるように見えたクマの位置は、実際には1メートルほどしか離れていなかった。これは怖かっただろう……。
それにしてもクマはいったいどこから来たのだろうか? 岩の尾根を下っていた島田さんの後をつけてきて、頃合いをみて襲ったのだろうか? それとも、ひっそりと横の岩場を登ってきたのだろうか? 島田さんは襲われるまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。 そこで、クマの生態に詳しい東京農業大学の山晃司教授に聞いてみた。実はクライミング能力がかなり高い「実はクマはクライミング能力がかなり高くて、岩場でも自由に動けます。樹木が一切ない北アルプスの頂上稜線でも目撃例があるくらいですから、けわしい岩場だからといって出没しないわけではありません」 そう言われれば筆者も、岩壁をスルスルと登っていくクマの動画を見た覚えがある。それは海外で撮影されたものだったが、岩壁の傾斜は垂直に近いように見え、人間が登るのはかなり難しそうな場所だった。 襲撃に至るまでのクマの足取りは山教授にもわからないとのことだが、クマは気配を消すのが非常にうまいという。島田さんは、10秒ほど前に自分がいた場所からクマが突然飛び出してきたような印象をもったというが、実はごく近くでクマは息を潜めていたのかもしれない。森山憲一クマが人を襲うときのパターンはさまざま さて、このように山中で突然クマに襲われた場合、私たち人間にできることはあるのだろうか。「山中でクマに出会ってしまった場合のセオリーとしては、クマに刺激を与えないことです。逃げ出したり、突然大声を上げたり、大きな動きをしたりという行為は控えるのが基本になります」 へたに刺激を与えるとクマが驚いたり興奮したりして襲ってくることがあるのだという。 ただしそこから先はケースバイケースで、刺激を与えなくても襲ってくる場合もあり、逆に、襲ってくるように見えても、それはただの脅しで、至近距離まで迫ってきたところで逃げていくケースもあるそうだ。 クマが人を襲うときのパターンはさまざまで、完璧な防御策はないのが現実と山教授はいう。ベアスプレー(クマが嫌う成分を噴射するスプレー)を持っていれば撃退できる可能性は高いというが、普通の登山では持っていないケースのほうが圧倒的に多いし、スプレーは至近距離で噴射しないと効果がないので、クマが射程内に入るまで恐怖に耐えられるかという問題もある。 となると、ベアスプレーを持っていないときに本気のクマに襲われたら、覚悟を決めて戦うしか選択肢はないのか。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくる「クマを巴投げで投げ飛ばして撃退した事例もあります」と山教授は言いつつも、よほどのことがなければ正面切って戦うのは避けたほうがよいともいう。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくるので、顔や首周りの急所に致命的ダメージを受けないようにするのがまず第一であると。両手を後頭部で組んで顔を覆うようにガードして伏せるのが防御の基本ポジションになるとのことだ。 しかしいずれにしろ、襲われてしまったらもうできることは限られてしまう。であれば、遭遇しないようにするほうが大切だ。その意味では、「クマ鈴を鳴らしながら歩くことは一定の効果はあるはず」と山教授はいう。クマは聴覚が非常に優れており、犬よりもはるかに上なのだという。登山者が少なく、クマが潜んでいそうな場所を歩くときは、クマ鈴を活用するのが現実的な防衛策になるはずだ。 かつてはクマに襲われる事故はそれほど多くはなかったが、2000年代に入ってから、環境の変化などにより人身事故が増加している。「この山にはクマは出ない」という経験則で判断するのではなく、一定の知識と対策が登山をする人にも求められているのだろう。(森山 憲一)
それにしてもクマはいったいどこから来たのだろうか? 岩の尾根を下っていた島田さんの後をつけてきて、頃合いをみて襲ったのだろうか? それとも、ひっそりと横の岩場を登ってきたのだろうか? 島田さんは襲われるまでクマの存在にはまったく気づいていなかったという。
そこで、クマの生態に詳しい東京農業大学の山晃司教授に聞いてみた。
「実はクマはクライミング能力がかなり高くて、岩場でも自由に動けます。樹木が一切ない北アルプスの頂上稜線でも目撃例があるくらいですから、けわしい岩場だからといって出没しないわけではありません」
そう言われれば筆者も、岩壁をスルスルと登っていくクマの動画を見た覚えがある。それは海外で撮影されたものだったが、岩壁の傾斜は垂直に近いように見え、人間が登るのはかなり難しそうな場所だった。
襲撃に至るまでのクマの足取りは山教授にもわからないとのことだが、クマは気配を消すのが非常にうまいという。島田さんは、10秒ほど前に自分がいた場所からクマが突然飛び出してきたような印象をもったというが、実はごく近くでクマは息を潜めていたのかもしれない。
森山憲一
さて、このように山中で突然クマに襲われた場合、私たち人間にできることはあるのだろうか。
「山中でクマに出会ってしまった場合のセオリーとしては、クマに刺激を与えないことです。逃げ出したり、突然大声を上げたり、大きな動きをしたりという行為は控えるのが基本になります」
へたに刺激を与えるとクマが驚いたり興奮したりして襲ってくることがあるのだという。
ただしそこから先はケースバイケースで、刺激を与えなくても襲ってくる場合もあり、逆に、襲ってくるように見えても、それはただの脅しで、至近距離まで迫ってきたところで逃げていくケースもあるそうだ。
クマが人を襲うときのパターンはさまざまで、完璧な防御策はないのが現実と山教授はいう。ベアスプレー(クマが嫌う成分を噴射するスプレー)を持っていれば撃退できる可能性は高いというが、普通の登山では持っていないケースのほうが圧倒的に多いし、スプレーは至近距離で噴射しないと効果がないので、クマが射程内に入るまで恐怖に耐えられるかという問題もある。
となると、ベアスプレーを持っていないときに本気のクマに襲われたら、覚悟を決めて戦うしか選択肢はないのか。
「クマを巴投げで投げ飛ばして撃退した事例もあります」と山教授は言いつつも、よほどのことがなければ正面切って戦うのは避けたほうがよいともいう。クマは顔面をねらって攻撃をしかけてくるので、顔や首周りの急所に致命的ダメージを受けないようにするのがまず第一であると。両手を後頭部で組んで顔を覆うようにガードして伏せるのが防御の基本ポジションになるとのことだ。
しかしいずれにしろ、襲われてしまったらもうできることは限られてしまう。であれば、遭遇しないようにするほうが大切だ。その意味では、「クマ鈴を鳴らしながら歩くことは一定の効果はあるはず」と山教授はいう。クマは聴覚が非常に優れており、犬よりもはるかに上なのだという。登山者が少なく、クマが潜んでいそうな場所を歩くときは、クマ鈴を活用するのが現実的な防衛策になるはずだ。
かつてはクマに襲われる事故はそれほど多くはなかったが、2000年代に入ってから、環境の変化などにより人身事故が増加している。「この山にはクマは出ない」という経験則で判断するのではなく、一定の知識と対策が登山をする人にも求められているのだろう。
(森山 憲一)