コメの消費量が減っている一方で、パックご飯の消費が増えているのはなぜか(写真:デザインメイト/PIXTA)
コメの消費が61年間減り続けている一方、パックご飯の需要が、近年大きく伸びている。食品需給研究センターの「食品産業動態調査」によると、パックご飯(無菌包装米飯)とレトルト米飯を合わせた年間生産量は、2022年に24万5811トンと、2010年比で倍増している。
無菌包装米飯の最大手、サトウ食品でも2011~2021年の10年間で看板商品の「サトウのごはん」の売上高が約2倍に増加。同社では目下、約45億円を投じてパックご飯の専用工場に新たな生産ラインを増設し、2024年の稼働時には年間4億食の生産能力確保を目指している。パックご飯が日常食品化していることは、日本の食文化の変容を物語っているのかもしれない。
まとめ買いしている人が多いインターネットで「サトウのごはん」「値段」で検索すると、出てくるのは20個入りなどまとめ買い商品ばかり。まとめ買いすればお得で通販なら自分で運ばなくていい、ということだろうが、いくら賞味期限1年とは言っても20個も買う場合は、非常食のレベルではなさそうだ。サトウ食品の売れ筋も5個パックだそうで、経営企画部の中川誠二氏は、「ヘビーユーザーの方々に支えられている」と推測する。以前は、パックご飯といえば非常用のイメージが強かったが、今は日常的に食べる人が多くなっているのだろうか。裏づけとなりそうなのが、米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)が昨年4月、首都圏在住の顧客層に行ったネットアンケート調査だ。購入頻度で最も多いのは、備蓄用と思われる半年に1回の約2割だが、月に1度の人が15%、週に1回も8.1%いる。そして、1カ月に1度以上買う人たちの合計は42.6%にもなる。つまり、買う人の4割以上が、日常食としているようだ。購入理由で最も多いのが「ご飯をすぐに食べることができるから」で、56.8%いることからも裏づけられる。次が「長期保存できるから」で50.5%だが、他にも価格が手頃、おいしい、ご飯を炊いても余る、家族が利用しているなどが挙げられている。非常用の需要も根強くあるが、日常の食事として採り入れる人が増えていることがわかる。コロナ禍がきっかけで購入量が増えた人の割合は、約3割。直近の伸びは、コロナで在宅時に買う、り患したときに食べるなどした人が食べて気に入ったことが大きそうだ。「おいしくなった」「思ったよりおいしい」という声はよく聞く。先の調査でも、16.1%がおいしいまたはおいしくなったことを、購入理由として挙げていた。しかし中川氏に聞くと、実はパックご飯の発売当初から、大きくは製法を変えてはいない。変わったのは顧客層である。中川氏の話と『日本包装学会誌Vol.20 No.5』(2011年)などをもとに、パックご飯の歴史をひも解いてみよう。電子レンジの普及が後押しした加工米飯自体は、缶詰やチルド米飯に加えて、1972年に冷凍米飯、翌年にレトルト赤飯、1975年にレトルト白飯が発売されていが、品質的には低かった。1985年にハウス食品が電子レンジ対応の初の加工食品、レンジグルメシリーズを出した中に、赤飯などのレトルト米飯も登場し、電子レンジ対応食品ブームになった。家庭用の電子レンジは1965年に登場したが、長らく需要が低迷し、冷蔵庫やテレビは1970年代前半に普及率が9割を超えていたのに、電子レンジは1割前後。1984年に4割を、1997年にようやく9割を超えた。それは、電子レンジ対応食品の登場が大きい。そして、パックご飯の誕生もその1つとみられる。中川氏も「電子レンジの普及率との相関関係はあります」と話す。サトウ食品が、無菌包装米飯という画期的な技術でパックご飯市場を切り開いたのは1988年。「当時の社長が、これからは共働き時代で、主婦が調理にかける時間が減るだろう、と予測して発売しました」(中川氏)。しかし、実は時代が早過ぎ、20年以上もなかなか売れ行きが伸びない時代が続いたのだという。当初は、「ご飯に困るのは単身者や学生と考え、最初はコンビニで販売させてもらったのですが、そういう方はご飯とおかず、ではなくより簡便なカップラーメンなどを求めることが分かりました。一方でこの頃はまだ専業主婦も多い時代でしたので、ご家族が同居されている主婦の方が、1人での昼ご飯用に購入する機会が多かったようです」と中川氏。1995年の阪神・淡路大震災の際、被災地で配られるなどして兵庫県では売り上げが伸びたが、実はそれ以前から被災地域の神戸や芦屋では、高級スーパーなどが積極的に販売していた。富裕層や食にこだわりがありそうな人が、初期の頃の中心顧客層だったと言える。(写真:サトウ食品提供)中川氏は「当時は飲料水は水道から、お茶は急須で淹れる時代で、炊いたご飯を買うという発想自体がなかった時代。家庭で炊飯するより割高になってしまうので、炊飯の手間と時間をお金で買える、所得が高い高齢者などのお客様が多かったのです」と説明する。「10年ぐらい前まで、高齢者の方が多かった印象があります。シニア世代の方々は、ご飯とおかずの食事を求めてこられたのではないでしょうか。今は全世代、男女を問わず購入していただいています」(中川氏)学生や働き盛りが中心顧客にこの頃のパックご飯の顧客層については、2014年に米穀機構が実施したアンケート調査が参考になる。「加工米飯の動向(No.1 無菌包装米飯)」によると、顧客は40代以上の主婦が7割を占め、最も多いのが50~60代、次がシニア。子どもが巣立った、家族の生活リズムが異なるなど、1度に用意するご飯の量が少ない人たちが利用していたようだ。ところが、その2年後に全国包装米飯協会が全国の20~60代男女に行ったインターネットアンケート「包装米飯に関する意識調査」では、1週間に1回以上食べる人は単身者が最も多く、3世代家族も26.5%が週に1回以上食べており、2割を切るのは、配偶者などと死別した単身者、夫婦のみ世帯だけになっている。食べる理由は、手軽さやおいしさだ。学生や働き盛りが中心顧客層になっており、日常の昼食や夕食で食べる人が多い、という結果が出ている。調査が異なることもあるが、わずか2年で利用者層が広がったのは、この頃から共働き世帯が増え、時短ニーズが急激に高まったことがあると考えられる。2016年頃は時短レシピブームが勢いを増し、家事の省力化を求める子育て期の女性の声が雑誌やSNSなどで大きくなった時期である。多忙な平日、料理は10分、15分で用意できるようになったのに、炊飯だけ1時間以上かかるのでは、食事が遅くなってしまう。切実な事情と、利用を進める声が大きくなったことから、加工食品や市販の総菜への罪悪感が薄れ、パックご飯を選ぶことに抵抗を感じにくくなったのではないだろうか。2013年に生まれたミールキット市場も、この頃から拡大が加速している。ミールキットもパックご飯も、一から作るより割高だが、共働き世帯は収入も比較的多く、また多忙過ぎる生活の中で、時間をお金で買う必要性が高い。加工米飯には、冷凍やレトルトもあるが、サトウ食品がこだわっているのは、炊きたてご飯に遜色ない味を提供したい、という点だという。中川氏は「カビ発生の原因となる“菌”を遮断できれば、ご飯は日持ちします。当社には、すでに切り餅製造で工場の無菌化技術があったので、無菌包装米飯にもその技術を応用できたのです」と説明する。同社の工場に入るには、ホコリとチリを寄せ付けない防護服を着用し、エアシャワーを浴びるなどして入室までに3度殺菌消毒をする。工場内では、ベルトコンベア式に60メートルの距離を40分かけてご飯を移動させつつ、ガスを燃料にして個釜で炊飯する。「当社では、家庭のご飯と炊き方と変わらないおいしさを追求し、炊飯方法は家庭と同じです。しかし、非常にコストがかかるため、この製法は、当社だけですね」と中川氏は言う。1990年には、全自動化した製造ラインでコストを下げ、1994年に酸素を吸収する容器を独自開発し、脱酸素剤を不要とした。だから、同社のパックご飯は無添加だ。そのほかは、火加減や水の量など微調整を蓄積し、炊飯技術を高めて現在に至る。パックご飯には国も期待?パックご飯の可能性については、農政調査委員会のレポート「理事長の部屋:米産業のイノベーションによる需要創造―加工米飯、米粉」を読むと、国の期待も大きいようだ。何しろ、コメの消費量は60年間減り続けている。無洗米がコメの選択肢の1つとして定着したように、パックご飯も主食の選択肢として定着し始めているのかもしれない。日本の食事は、ご飯を中心に組み立てられてきた。私たちが慣れ親しんできたおかずは、コメが主食であることを前提に作られ、外国から来た料理もご飯に合うことを前提に日本化されてきた。しかし、パスタなどの麺類、パンなどの小麦食品が主食になる、あるいは主食を抜きにした食事が主流になれば、おそらく食文化も大きく変わる。そこへ人気が上昇してきたパックご飯は、それでもなおコメのご飯を中心にした食事が求められていることを示すと同時に、そうした和食文化が生き延びる助けになるかもしれない。(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)
インターネットで「サトウのごはん」「値段」で検索すると、出てくるのは20個入りなどまとめ買い商品ばかり。まとめ買いすればお得で通販なら自分で運ばなくていい、ということだろうが、いくら賞味期限1年とは言っても20個も買う場合は、非常食のレベルではなさそうだ。サトウ食品の売れ筋も5個パックだそうで、経営企画部の中川誠二氏は、「ヘビーユーザーの方々に支えられている」と推測する。
以前は、パックご飯といえば非常用のイメージが強かったが、今は日常的に食べる人が多くなっているのだろうか。裏づけとなりそうなのが、米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)が昨年4月、首都圏在住の顧客層に行ったネットアンケート調査だ。
購入頻度で最も多いのは、備蓄用と思われる半年に1回の約2割だが、月に1度の人が15%、週に1回も8.1%いる。そして、1カ月に1度以上買う人たちの合計は42.6%にもなる。つまり、買う人の4割以上が、日常食としているようだ。
購入理由で最も多いのが「ご飯をすぐに食べることができるから」で、56.8%いることからも裏づけられる。次が「長期保存できるから」で50.5%だが、他にも価格が手頃、おいしい、ご飯を炊いても余る、家族が利用しているなどが挙げられている。非常用の需要も根強くあるが、日常の食事として採り入れる人が増えていることがわかる。
コロナ禍がきっかけで購入量が増えた人の割合は、約3割。直近の伸びは、コロナで在宅時に買う、り患したときに食べるなどした人が食べて気に入ったことが大きそうだ。
「おいしくなった」「思ったよりおいしい」という声はよく聞く。先の調査でも、16.1%がおいしいまたはおいしくなったことを、購入理由として挙げていた。しかし中川氏に聞くと、実はパックご飯の発売当初から、大きくは製法を変えてはいない。変わったのは顧客層である。中川氏の話と『日本包装学会誌Vol.20 No.5』(2011年)などをもとに、パックご飯の歴史をひも解いてみよう。
加工米飯自体は、缶詰やチルド米飯に加えて、1972年に冷凍米飯、翌年にレトルト赤飯、1975年にレトルト白飯が発売されていが、品質的には低かった。1985年にハウス食品が電子レンジ対応の初の加工食品、レンジグルメシリーズを出した中に、赤飯などのレトルト米飯も登場し、電子レンジ対応食品ブームになった。
家庭用の電子レンジは1965年に登場したが、長らく需要が低迷し、冷蔵庫やテレビは1970年代前半に普及率が9割を超えていたのに、電子レンジは1割前後。1984年に4割を、1997年にようやく9割を超えた。それは、電子レンジ対応食品の登場が大きい。そして、パックご飯の誕生もその1つとみられる。中川氏も「電子レンジの普及率との相関関係はあります」と話す。
サトウ食品が、無菌包装米飯という画期的な技術でパックご飯市場を切り開いたのは1988年。「当時の社長が、これからは共働き時代で、主婦が調理にかける時間が減るだろう、と予測して発売しました」(中川氏)。しかし、実は時代が早過ぎ、20年以上もなかなか売れ行きが伸びない時代が続いたのだという。
当初は、「ご飯に困るのは単身者や学生と考え、最初はコンビニで販売させてもらったのですが、そういう方はご飯とおかず、ではなくより簡便なカップラーメンなどを求めることが分かりました。一方でこの頃はまだ専業主婦も多い時代でしたので、ご家族が同居されている主婦の方が、1人での昼ご飯用に購入する機会が多かったようです」と中川氏。
1995年の阪神・淡路大震災の際、被災地で配られるなどして兵庫県では売り上げが伸びたが、実はそれ以前から被災地域の神戸や芦屋では、高級スーパーなどが積極的に販売していた。富裕層や食にこだわりがありそうな人が、初期の頃の中心顧客層だったと言える。
(写真:サトウ食品提供)
中川氏は「当時は飲料水は水道から、お茶は急須で淹れる時代で、炊いたご飯を買うという発想自体がなかった時代。家庭で炊飯するより割高になってしまうので、炊飯の手間と時間をお金で買える、所得が高い高齢者などのお客様が多かったのです」と説明する。
「10年ぐらい前まで、高齢者の方が多かった印象があります。シニア世代の方々は、ご飯とおかずの食事を求めてこられたのではないでしょうか。今は全世代、男女を問わず購入していただいています」(中川氏)
この頃のパックご飯の顧客層については、2014年に米穀機構が実施したアンケート調査が参考になる。「加工米飯の動向(No.1 無菌包装米飯)」によると、顧客は40代以上の主婦が7割を占め、最も多いのが50~60代、次がシニア。子どもが巣立った、家族の生活リズムが異なるなど、1度に用意するご飯の量が少ない人たちが利用していたようだ。
ところが、その2年後に全国包装米飯協会が全国の20~60代男女に行ったインターネットアンケート「包装米飯に関する意識調査」では、1週間に1回以上食べる人は単身者が最も多く、3世代家族も26.5%が週に1回以上食べており、2割を切るのは、配偶者などと死別した単身者、夫婦のみ世帯だけになっている。食べる理由は、手軽さやおいしさだ。学生や働き盛りが中心顧客層になっており、日常の昼食や夕食で食べる人が多い、という結果が出ている。
調査が異なることもあるが、わずか2年で利用者層が広がったのは、この頃から共働き世帯が増え、時短ニーズが急激に高まったことがあると考えられる。2016年頃は時短レシピブームが勢いを増し、家事の省力化を求める子育て期の女性の声が雑誌やSNSなどで大きくなった時期である。
多忙な平日、料理は10分、15分で用意できるようになったのに、炊飯だけ1時間以上かかるのでは、食事が遅くなってしまう。切実な事情と、利用を進める声が大きくなったことから、加工食品や市販の総菜への罪悪感が薄れ、パックご飯を選ぶことに抵抗を感じにくくなったのではないだろうか。
2013年に生まれたミールキット市場も、この頃から拡大が加速している。ミールキットもパックご飯も、一から作るより割高だが、共働き世帯は収入も比較的多く、また多忙過ぎる生活の中で、時間をお金で買う必要性が高い。
加工米飯には、冷凍やレトルトもあるが、サトウ食品がこだわっているのは、炊きたてご飯に遜色ない味を提供したい、という点だという。
中川氏は「カビ発生の原因となる“菌”を遮断できれば、ご飯は日持ちします。当社には、すでに切り餅製造で工場の無菌化技術があったので、無菌包装米飯にもその技術を応用できたのです」と説明する。同社の工場に入るには、ホコリとチリを寄せ付けない防護服を着用し、エアシャワーを浴びるなどして入室までに3度殺菌消毒をする。
工場内では、ベルトコンベア式に60メートルの距離を40分かけてご飯を移動させつつ、ガスを燃料にして個釜で炊飯する。「当社では、家庭のご飯と炊き方と変わらないおいしさを追求し、炊飯方法は家庭と同じです。しかし、非常にコストがかかるため、この製法は、当社だけですね」と中川氏は言う。
1990年には、全自動化した製造ラインでコストを下げ、1994年に酸素を吸収する容器を独自開発し、脱酸素剤を不要とした。だから、同社のパックご飯は無添加だ。そのほかは、火加減や水の量など微調整を蓄積し、炊飯技術を高めて現在に至る。
パックご飯の可能性については、農政調査委員会のレポート「理事長の部屋:米産業のイノベーションによる需要創造―加工米飯、米粉」を読むと、国の期待も大きいようだ。何しろ、コメの消費量は60年間減り続けている。無洗米がコメの選択肢の1つとして定着したように、パックご飯も主食の選択肢として定着し始めているのかもしれない。
日本の食事は、ご飯を中心に組み立てられてきた。私たちが慣れ親しんできたおかずは、コメが主食であることを前提に作られ、外国から来た料理もご飯に合うことを前提に日本化されてきた。
しかし、パスタなどの麺類、パンなどの小麦食品が主食になる、あるいは主食を抜きにした食事が主流になれば、おそらく食文化も大きく変わる。そこへ人気が上昇してきたパックご飯は、それでもなおコメのご飯を中心にした食事が求められていることを示すと同時に、そうした和食文化が生き延びる助けになるかもしれない。
(阿古 真理 : 作家・生活史研究家)