■[情報偏食]第3部 揺れる教育現場<1>
社会のデジタル化は、子どもたちの成長にも影響を及ぼす。
インターネット上にあふれる真偽ない交ぜの情報に無防備なまま接すると、思考や想像力、判断する力が侵されかねない。「チャットGPT」に代表される生成AI(人工知能)の台頭も、「学び」を変容させる可能性をはらむ。第3部では、教育現場に迫る危機を報告する。
■軽々しく「死ね」と口に
千葉県に住む小学5年の男子児童(11)は、根拠が曖昧・不明な「都市伝説」を発信する動画投稿サイトのとりこだ。「ぞくっとするのが、たまらない」という。
今年1月のある日、学校の給食にバナナが出た。1本を3等分にした大きさ。口に放り込んだ男子児童は急に大声を上げた。「バナナを320本食べると、死んじゃうんだよ」
教室の最後列に座る男子児童を同級生が一斉に振り返った。「そうなの!?」。みんな驚いた様子だった。ネットで見つけた、とっておきの情報。彼は少し誇らしく思った。
男子児童は小学3年の頃からオンラインの戦闘ゲームに夢中だ。攻略法を指南するサイト上の動画をあさっていると、「人は死んだらどうなるのか」といったタイトルのものばかりが上がってきた。ゲームでは、攻撃されても「血も出ず、パタッと倒れるだけ」。次々に「おすすめ」される動画を見ているうち、「死」を現実のものとして意識するようになった。
「水は7リットル、しょうゆは1リットル飲めば死ぬ」。日常的に口にするものの「致死量」をまとめたという動画に目がくぎ付けとなった。バナナの都市伝説は、過剰に摂取すると健康に悪影響があるカリウムの含有量に依拠しているとみられるが、どれも「通常の食事なら問題のない、いたずらに不安をあおる不適切な情報」(内閣府食品安全委員会)だ。
でも、同じことを伝える動画を何本も見た男子児童は「本当のことだ」と信じて疑わない。だから、同級生の注目が最初だけで、すぐに意識しなくなることが気に入らない。興味をひく新しい情報を探し、平日2時間、休日は6時間もスマートフォンにかじりつく。
最近、言葉遣いが乱暴になった。学校では同級生に、軽々しく「死ね」と口にする。母親(39)には時々、困った担任から連絡がある。
「エスカレートして友達をいじめたり、自殺願望を持つようになったりしたら……」。母親の心配は増す。
◇ 正確さより関心(アテンション)を集めることが優先される「アテンション・エコノミー」の原理で動くネットの世界。閲覧履歴などを基に利用者が好む情報が「おすすめ」として押し寄せ、偏った情報ばかりに包まれるという危険が潜む。
山形大の加納寛子准教授(情報教育学)は「社会経験が少ない子どもは特に影響を受けやすい。サイトの言い回しなどに感化され、粗暴な振る舞いにつながることもある」と指摘する。
「学部は何でもいい。バカにされる所にだけは行きたくない」。東北地方で暮らす高校3年の女子生徒(17)にとって、大学で何を学ぶかは二の次になった。男性ユーチューバーが訪れた先の大学で、学生に「(偏差値の低い)Fランじゃん」「恥ずかしくないの?」と尋ねる動画などを見て、考えが変わった。
勉強の方法を紹介する動画を見ていると、この動画が「おすすめ」に上がってきた。学歴差別的な発言に「炎上」することもあり、女子生徒も最初は不快に感じていたが、見続けているうちに「リアルな本音だ」と受け止めるようになった。いくつかのSNSが同じ情報を発信しているのも、そう思い込ませた。
幼い頃から本を読み、文章を書くのも好きだった。文学部へと進みたかったが、ネットで評判の良い大学の、望まない学部に志望を固めた。「ネットを見ていた時間がもったいなかった」と語る女子生徒だが、「レベルの低い大学に行くことになったらどうしよう」という不安は消えない。