卵の価格が高騰している本当の理由とは(写真:PIXTA)
「物価の優等生」と言われた卵の価格が高騰しています。昨年から大流行をしている鳥インフルエンザの影響で2023年3月の時点で、1500万羽を超える鶏が殺処分され、その9割が採卵鶏と言われていることから、深刻な品不足に陥っているのです。加えてこちらも昨年から続くウクライナ危機による餌代の高騰と相まって卵の価格が上がっていると報道されています。
ですが、よく調べてみると少し事情が違うようです。卵の卸売価格には餌代などの生産コストは反映されておらず、需給のみで価格が決まっているのです。つまり、今回の卵の数が足りないから価格が上昇しているというのが正しい見方です。
もともと卵は「生産原価の5~6割が飼料代と薄利」(ある生産者)。鳥インフルの影響がない養鶏場が増産したいと思っても、餌代などのコストが上がり続ける中で増産に踏み切るのは難しいというのが現状です。
実際、都内のスーパーをのぞいてみると、昨年までは1パック10個入りで200円ほどだったものが、300円を超えてきています。そのため、品切れや購入制限まで行われているところも。外食産業でも、ガストや丸亀製麺が卵を使ったメニューを休止するなど、卵不足の影響は広がっています。
ところが、一方でこだわりの餌や飼育方法の卵は、もともと生産コストを反映して付加価値を高めることで一般鶏卵より高値で販売しているので、それほど価格が変わらず、普通に販売されています。卵を指定して購入している飲食店の人たちからは、「卵が足りない」という声は聞こえてきません。
今回の高騰は、卵の数が足りないから、価格が上昇したというのが正しい見方。とはいえ、飼料が高いことは事実なので、鳥インフルの影響がない養鶏場でも増産したくてもコストがかかりすぎるので増産できない、という事情はあるようです。
そもそも卵は、日本人の食生活に欠かせないもので、1人当たりの年間消費量は340個と、世界第2位(2020年国際鶏卵委員会より)となっており、誰もが購入するもの。そのため、スーパーなどでは人寄せのために卵の価格を安く設定して販促ツールとして使っているところが多く、かなり薄利というのが事実。
こうした卵は取引量こそ多いものの、生産者の利益も薄いうえ、生産体制も限界がきていることが今回のことで表面化したのです。つまり、現在の状況は、スーパーなど大量購入してくれる企業の要望に応じて大量に安く出荷していた卵が品薄になってしまっている結果、卵が高騰しているという構図なのです。
日本の養鶏は、狭いケージに鶏を数羽ずつ閉じ込めて飼育していることが多く、養鶏場の9割がケージ飼育をしています。しかし、ヨーロッパは、このケージ飼いは動物が生きている間はストレスの少ない環境で飼育するという「アニマルウェルフェア(動物福祉)」的によくない、と禁止されているのです。
アメリカのマクドナルドでは、ケージ飼い卵の使用を禁止しているほどで、欧米ではケージ飼いではなく、農地を動き回れる「平飼い」の卵が多く流通しているのです。
この世界的な潮流を考えると、日本でもケージ飼いを続けることはSDGs的にも難しくなり、今後飼育法の転換を迫られるのは間違いありません。日本は、キャッシュレスの普及率、男女同権など世界から遅れをとっていると言われますが、養鶏でも世界の常識から遅れをとっているのです。
とはいえ、日本には生の卵を食べる食文化があります。すき焼き、卵かけご飯など、生の卵は危険だと言われる海外とは常識が違います。日本で行われているケージ飼いは、鶏と菌やウイルスとを分けて飼育できるため、衛生環境が非常にいいのです。
また、洗浄してサルモネラ菌をしっかり洗い流し、検品をしてから出荷しているので、日本の卵は、世界一安全と言われているのです。しかし、平飼いにすると、採卵、掃除など生産者の手間とコストは膨大になるため、日本ではなかなか平飼い卵が普及しないとも言われています。
卵は、これまでが安すぎただけに鳥インフルエンザが収束しても、簡単には値下がりはしないでしょう。今後も続く餌の高騰に加えて、光熱費、資材費、人件費も値上がりしている中で、「物価の優等生」と言われる価格に戻すことは厳しいと思います。また、前述の通り、遠くない未来にはケージ飼いが社会的概念として通用しなくなる時代が来るでしょう。
それに備えて、安い卵を求める消費者や企業の意識の転換とともに、養鶏農家も飼育方式の転換を同時に進める必要があると思います。
「CSA=地域支援型農業」と言われる仕組みがあります。これは、農家と直接契約をして定期購入することです。持続可能な食料生産を実現するための仕組みとして、アメリカやヨーロッパなどで普及していますが、日本ではあまり知られてはいません。
消費者と生産者が連携し、前払いシステムを導入することで、生産者は販売予測、計画を立てられる一方、消費者はお気に入りの生産物が入手できます。生産者と消費者が経営リスクを共有し、信頼に基づく対等な関係によって成立するものです。CSAでは、食材を購入するだけでなく、農業体験ができたり、生産者との直接交流もできるという特徴もあります。
今の卵不足もこのシステムを活用したり、あるいは、指定農家から購入している消費者、業者においてはあまり影響がないようです。例えば、餌にこだわり、鶏の品種も厳選した平飼い卵の「昔たまご」を生産する「Ark館ヶ森」(岩手県)では、10個702円という価格で安定して販売されています。
日本の養鶏は、外国鶏を飼育し、 外国の飼料を与えて生産されたものが実は多く、「本当に国産と言えるのか」という疑問もありますが、これに向き合って日本のお米、飼料米で育てた卵を生産しているのが、「利助のたまご」(滋賀県)です。
こちらの卵も価格は少し高めですが、不足なく販売されており、それどころか需要が増えていると言います。「今は、生産が効率的という事に大きなウェートが置かれていますが、今後はその意識を改め、卵価が原価とみあったものになれば農家の経営も持続可能になります。それが飼育方法の改善にもつながると思います」と、利助のたまごの中村耕さんは話します。
ちなみに「格之進」で使用している野田の塩と門崎めだか米は、CSAを採用し定期購買しているので、たとえ不作の時でも確実に契約した量は確保できています。養鶏だけでなく、牛や豚なども、国産飼料で飼育する生産者も増え始めています。
今回の卵高騰は、もう少し生産の現場の現実を知り、考え、そして、おいしい食材を得るためにも、「お気に入りの生産者=推し生産者」を見つける“推し活”のいい機会になるかもしれません。
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(千葉 祐士 : 門崎熟成肉 格之進 代表)