国民皆保険制度のある日本では、誰でも平等に病院にアクセスできて、受けられる治療の幅も広い。しかしそれゆえに海外では見向きもされないムダな処置が施されている事例も少なくない。
【表】間違いだらけの健康知識「毎日湯船につかる」も 特にいま、多くの専門家たちが懸念しているのは手術が多いことだ。中には本人に充分な選択肢が与えられずに行われることもある。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。「特にがんの場合は、ただ手術すればいいのではなく、本人の生き方に沿った治療を選択することが大事です。にもかかわらず日本で手術が多い背景には、長年、外科医が手術の片手間に抗がん剤治療をしてきたという経緯がある。

近年は手術以外の治療の選択肢を提案できる腫瘍内科医も増えてきましたが、それでもがん治療の進歩は著しく、薬物療法や放射線、重粒子線など、多岐にわたる最新の医療技術を外科医だけで担うことは難しい。 一方で日本以外の先進国では、手術を行わずに放射線による治療も積極的に行われています」(室井さん) 特に女性のがん死亡率1位の大腸がん治療に関しては、アメリカの後塵を拝している。米ボストン在住の内科医、大西睦子さんが言う。「抗がん剤の開発は海外の製薬会社が担うことが多いため、日本人向けに臨床試験をして承認されるまでのタイムラグがあります」(大西さん) 手術後の入院日数も日本はダントツで長い。「OECDのデータによれば、日本の平均入院期間が16.4日なのに対して、アメリカは5.4日と約3分の1でした。自宅のベッドで寝た方が体は回復しやすいうえ、病院で寝たきりの状態が続けば心身が衰弱します」(大西さん) 世界屈指の長寿国である日本だが、その半面で本人を苦しめるような延命治療も行われている。秋津医院院長の秋津壽男さんは日本では終末期の胃ろうが多いと指摘する。「海外では基本的に行われていません。特に北欧では、自力で食事が摂れなくなったら、本人が希望しない限り強制的な栄養補給はしません」(秋津さん)「胃ろうは認知症患者の生活の質を下げる」と話すのは大西さんだ。「延命効果がないどころか、害を及ぼすことが報告されているのです。その理由は栄養剤の漏れ、嘔吐や下痢、皮膚の炎症など、胃ろうの合併症による苦痛を、患者本人がうまく伝えられないことにあります」(大西さん) 春になると会社や学校で健康診断を受けるという人も多いが、それも日本特有の慣習。早稲田大学名誉教授で生物学者の池田清彦さんが言う。「日本では年1回の定期健診が推奨されていますが、欧米で受ける人と受けない人を分けて死亡率を調べたところ、ほとんど差がないことが判明しています。そのためアメリカやEUでは企業に健康診断を義務づけていない。私自身も10年以上、健康診断を受けていません」(池田さん) 室井さんはそもそもアメリカでは、ムダな検査は受けない土壌があると話す。「中でも毎年の骨密度検査や乳がんマンモグラフィー検査は有害だという声が大きいです。骨密度に関しては、1年で急激に落ちることはまずないからムダであるうえ、エックス線の被ばくリスクがあります。 アメリカには、各専門医学会が検証し、ムダな医療を公開する『チュージング・ワイズリー(賢明な選択)』がありますが、この基準に照らし合わせると、10年に1回で充分とされています。 マンモグラフィーに関しては、90万人の女性が10年間検査を受けた結果を調べたところ、半数が偽陽性と診断されていました。誤診断されれば、時間もお金もムダになるし、誤って治療されるリスクもある。症状がない人への検査は、アメリカでは否定する声が大きいのです」(室井さん) 病気を予防するという観点でいえば、うがい薬にも疑念の声がある。「京都大学の研究では、うがい薬より水でうがいをした方が効果があることが明らかになっています。ウイルスや菌を消毒液で殺すよりも、洗い落とすのが新しいやり方。手も同じで、アルコールで消毒して放置するよりも、定期的に流水で洗う方が効果的です」(秋津さん) 治療の中にも「世界基準」からずれたものがある。“銀歯”があると老け顔になるばかりか、時代遅れの虫歯治療だという。『やってはいけない歯科治療』著者の岩澤倫彦さんが解説する。「銀歯の治療は健康な歯も削る必要があり、金属アレルギーの原因にもなるため、先進国では日本のみ。世界標準の治療はプラスチック系素材の『コンポジット・レジン』です。削る量が必要最小限で、歯を長持ちさせることができ、審美性も高い」 生活習慣病への過剰医療が多いのも、日本の特徴だ。「アメリカの治療指針では、喫煙や高血圧などの動脈硬化の危険因子がない場合、治療の対象になるのは、LDLコレステロール190mg/dl以上です」(大西さん) 一方日本では、LDLコレステロールが140mg/dl以上の場合、高LDLコレステロール血症と診断されて薬が処方される。しかし高脂血症の薬の中には横紋筋融解症などの副作用があるものも存在するうえ、生活習慣病の薬はのみ始めたら継続的な服用が求められる。 高血圧や高血糖の治療についても同様だ。「米国老年医学会は65才以上の糖尿病患者および60才以上の高血圧患者に関しては投薬による低血糖や低血圧に一層気をつけるべきだと警鐘を鳴らしている。 数値に縛られていては思わぬ副作用の害を受けることもあります」(室井さん) つまり、私たちは医師や病院の意見をうのみにしすぎているのかもしれないということ。実際、診断や治療選択などについて現在診療を受けている担当医とは別の医療機関に求めるセカンドオピニオンの定着度も大きな差がある。「そもそも日本人はセカンドオピニオンに関して消極的すぎる」と室井さんは言う。「セカンドオピニオンを取りたいと担当医に相談して、怒られたという話をよく聞きますが、さまざまな医師から話を聞くのは患者の自由であり、権利です。後悔のない治療を選択するために、納得するまで別の医師の意見も聞くべきです」(室井さん) 日本の常識は世界の非常識。情報を更新して、海外のいいところは取り入れよう。※女性セブン2023年3月2・9日号
特にいま、多くの専門家たちが懸念しているのは手術が多いことだ。中には本人に充分な選択肢が与えられずに行われることもある。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。
「特にがんの場合は、ただ手術すればいいのではなく、本人の生き方に沿った治療を選択することが大事です。にもかかわらず日本で手術が多い背景には、長年、外科医が手術の片手間に抗がん剤治療をしてきたという経緯がある。
近年は手術以外の治療の選択肢を提案できる腫瘍内科医も増えてきましたが、それでもがん治療の進歩は著しく、薬物療法や放射線、重粒子線など、多岐にわたる最新の医療技術を外科医だけで担うことは難しい。
一方で日本以外の先進国では、手術を行わずに放射線による治療も積極的に行われています」(室井さん)
特に女性のがん死亡率1位の大腸がん治療に関しては、アメリカの後塵を拝している。米ボストン在住の内科医、大西睦子さんが言う。
「抗がん剤の開発は海外の製薬会社が担うことが多いため、日本人向けに臨床試験をして承認されるまでのタイムラグがあります」(大西さん)
手術後の入院日数も日本はダントツで長い。
「OECDのデータによれば、日本の平均入院期間が16.4日なのに対して、アメリカは5.4日と約3分の1でした。自宅のベッドで寝た方が体は回復しやすいうえ、病院で寝たきりの状態が続けば心身が衰弱します」(大西さん)
世界屈指の長寿国である日本だが、その半面で本人を苦しめるような延命治療も行われている。秋津医院院長の秋津壽男さんは日本では終末期の胃ろうが多いと指摘する。
「海外では基本的に行われていません。特に北欧では、自力で食事が摂れなくなったら、本人が希望しない限り強制的な栄養補給はしません」(秋津さん)
「胃ろうは認知症患者の生活の質を下げる」と話すのは大西さんだ。
「延命効果がないどころか、害を及ぼすことが報告されているのです。その理由は栄養剤の漏れ、嘔吐や下痢、皮膚の炎症など、胃ろうの合併症による苦痛を、患者本人がうまく伝えられないことにあります」(大西さん)
春になると会社や学校で健康診断を受けるという人も多いが、それも日本特有の慣習。早稲田大学名誉教授で生物学者の池田清彦さんが言う。
「日本では年1回の定期健診が推奨されていますが、欧米で受ける人と受けない人を分けて死亡率を調べたところ、ほとんど差がないことが判明しています。そのためアメリカやEUでは企業に健康診断を義務づけていない。私自身も10年以上、健康診断を受けていません」(池田さん)
室井さんはそもそもアメリカでは、ムダな検査は受けない土壌があると話す。
「中でも毎年の骨密度検査や乳がんマンモグラフィー検査は有害だという声が大きいです。骨密度に関しては、1年で急激に落ちることはまずないからムダであるうえ、エックス線の被ばくリスクがあります。
アメリカには、各専門医学会が検証し、ムダな医療を公開する『チュージング・ワイズリー(賢明な選択)』がありますが、この基準に照らし合わせると、10年に1回で充分とされています。
マンモグラフィーに関しては、90万人の女性が10年間検査を受けた結果を調べたところ、半数が偽陽性と診断されていました。誤診断されれば、時間もお金もムダになるし、誤って治療されるリスクもある。症状がない人への検査は、アメリカでは否定する声が大きいのです」(室井さん)
病気を予防するという観点でいえば、うがい薬にも疑念の声がある。
「京都大学の研究では、うがい薬より水でうがいをした方が効果があることが明らかになっています。ウイルスや菌を消毒液で殺すよりも、洗い落とすのが新しいやり方。手も同じで、アルコールで消毒して放置するよりも、定期的に流水で洗う方が効果的です」(秋津さん)
治療の中にも「世界基準」からずれたものがある。
“銀歯”があると老け顔になるばかりか、時代遅れの虫歯治療だという。『やってはいけない歯科治療』著者の岩澤倫彦さんが解説する。
「銀歯の治療は健康な歯も削る必要があり、金属アレルギーの原因にもなるため、先進国では日本のみ。世界標準の治療はプラスチック系素材の『コンポジット・レジン』です。削る量が必要最小限で、歯を長持ちさせることができ、審美性も高い」
生活習慣病への過剰医療が多いのも、日本の特徴だ。
「アメリカの治療指針では、喫煙や高血圧などの動脈硬化の危険因子がない場合、治療の対象になるのは、LDLコレステロール190mg/dl以上です」(大西さん)
一方日本では、LDLコレステロールが140mg/dl以上の場合、高LDLコレステロール血症と診断されて薬が処方される。しかし高脂血症の薬の中には横紋筋融解症などの副作用があるものも存在するうえ、生活習慣病の薬はのみ始めたら継続的な服用が求められる。
高血圧や高血糖の治療についても同様だ。
「米国老年医学会は65才以上の糖尿病患者および60才以上の高血圧患者に関しては投薬による低血糖や低血圧に一層気をつけるべきだと警鐘を鳴らしている。
数値に縛られていては思わぬ副作用の害を受けることもあります」(室井さん)
つまり、私たちは医師や病院の意見をうのみにしすぎているのかもしれないということ。実際、診断や治療選択などについて現在診療を受けている担当医とは別の医療機関に求めるセカンドオピニオンの定着度も大きな差がある。「そもそも日本人はセカンドオピニオンに関して消極的すぎる」と室井さんは言う。
「セカンドオピニオンを取りたいと担当医に相談して、怒られたという話をよく聞きますが、さまざまな医師から話を聞くのは患者の自由であり、権利です。後悔のない治療を選択するために、納得するまで別の医師の意見も聞くべきです」(室井さん)
日本の常識は世界の非常識。情報を更新して、海外のいいところは取り入れよう。
※女性セブン2023年3月2・9日号