新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年以降、折に触れて懸念されてきた事態が、今冬ついに現実になるかもしれない。コロナとインフルエンザの「ツインデミック」。これまでの常識が通用しない、新たな局面が訪れる──。
「もう二度と、こんなつらい思いはごめんです」。憔悴しきった表情で訴えるのは、都内のYさん(37才男性)。Yさんの体に異変が生じたのは11月上旬だった。
「ちょっと熱っぽいなと思った瞬間、体温があっという間に39℃を超えたんです。震えるくらい寒気がして、気を失うぐらいの倦怠感に襲われた。“とうとう私も新型コロナにかかったんだな”と思いました。でもコロナは弱毒化していると報じられているので、安静にしておけば重症化することはないだろうと、ベッドでじっとしていました。
でも症状は治まるどころか、頭から関節から全身のいたるところが痛くなってきて、寝返りを打つこともできなくなった。特に喉の痛みは尋常ではなく、つばを飲み込むだけで、喉の内側を無数の針で突かれたような激痛が走るんです。夜は一睡もできません。明らかに、生まれて初めて経験する苦しみでした」
コロナ以外の病気も頭をよぎったYさんは発熱外来を受診。そこで告げられた病名に耳を疑った。
「喉が痛いのは新型コロナの典型的な症状だけど、まだ若いのに高熱が何日も続くのはおかしい、と言われました。念のため、と検査をすると、新型コロナとインフルエンザのどちらにも陽性の反応が出たんです。まさかダブルで感染しているとは思ってもいませんでした」(Yさん)
Yさんのように、コロナとインフルエンザに同時感染する「フルロナ」に見舞われる人が増えている。北海道のMさん(48才女性)もその1人だ。
「3日間ほど高熱が続き、受診した病院の検査で同時に感染していることがわかりました。私は熱に加えて、鼻の奥がズキズキと痛み、パンパンに腫れ上がりました。鼻で呼吸しようとするだけで、涙が出るほどの激痛でした。
タミフルをのんで熱は下がっても、鼻詰まりは解消されなかった。しばらくすると顔の頬骨のあたりが痛くなってきたんです。その痛みは、時間をかけて顔全体にも広がっていきました。耳鼻咽喉科で診てもらったら、鼻の奥に膿がたまることで発症する、急性副鼻腔炎と診断されました。いまでも鼻の奥に違和感が残ったまま。フルロナの後遺症の可能性があるということでした」
福岡県のIさん(41才女性)は、4才の長男が同時感染した。
「幼稚園のクラスにコロナ陽性者が出て、その数日後に息子が発熱。コロナは子供では重症化しないといわれているのに、泣き叫ぶほどの高熱が続きました。検査ではコロナだけでなく、インフルエンザも陽性。“子供は無症状が多いから大丈夫”と、高をくくっていたら、大変な目に遭いました」
医療ガバナンス研究所理事長で医師の上昌広さんが指摘する。
「症状だけではどちらに感染しているのかが判別できず、混乱する医療機関も多いでしょう。新型コロナにもインフルエンザにも同時にかかる、しかも重い症状が出るなんて、いままでの常識ではほとんどあり得ないことでした。しかし、実際にダブル感染する人は少なくない数で増えています。想定外の異常な冬が到来したと警戒すべきです」
東京都では11月中旬に、1日当たりのコロナの新規感染者数が2か月ぶりに1万人を超え、その後も増え続けている。全国でも10万人の大台に乗り、多くの専門家が第8波に入ったとみている。
新型コロナウイルスは変異を繰り返してきた。現在はオミクロン株の「BA.5」が主流で、さらに新しい変異株が各国で報告されている。アジアで流行する「XBB」、欧米の「BQ.1」、「BQ.1.1」も勢いを増し、国内での感染も確認されている。それらの変異株は、免疫をすり抜ける「免疫逃避」の傾向が強く、感染力が高いとされている。
第8波のピークと予想されている年末年始には、東京都では1日の感染者数が、「第7波」の最盛期よりも約1万人多い、5万人に達するとの見方もある。コロナだけでも深刻な状況なのに、追い打ちをかけるのが3年ぶりとなるインフルエンザ流行の兆しだ。医師で昭和大学客員教授(臨床感染症学)の二木芳人さんの解説。
「コロナ禍に入ってからの過去2シーズンとも、コロナとインフルエンザとの同時流行が懸念されていました。しかしコロナの感染対策の影響なのか、インフルエンザの感染数は世界的に激減。でも今年は、6月に冬季のオーストラリアでインフルエンザが大流行しました。南半球は日本と季節が真逆なので、オーストラリアの感染状況は、これから迎える日本の冬季の流行を予測する指標の1つとされています」
オーストラリア政府によると、昨シーズンのインフルエンザ患者数は550人だが、今シーズンは22万5000人と約400倍にも膨れ上がったという。
「オーストラリアでの大流行は、インフルエンザに対する集団免疫が低下していたために起こったと考えられます。コロナが流行した2020年以降、日本でもインフルエンザ患者は激減。今年、日本でも大流行する可能性は充分にあります」(二木さん)
すでに栃木や東京、京都の小学校、兵庫の高校などで2年ぶりとなるインフルエンザによる学級閉鎖が行われた。
インフルエンザには、年ごとに流行する「型」があり、今年の流行は「A香港(H3N2)型」だとされる。この型は感染力が強力で重症化しやすい。高熱が出ることも特徴で、高齢者は肺炎、子供は脳症を起こしやすいことが知られている。インフルエンザは例年1~3月が感染のピーク。まさにコロナ第8波のピークと重なり「ツインデミック」は避けられない情勢なのだ。
政府は同時流行が起こった際のピーク時の1日当たりの感染者数を、コロナ感染者45万人、インフルエンザ感染者30万人、合計75万人と予想している。
そもそも、なぜ同時に感染するのか。
「本来なら、ヒトは1つのウイルスに感染すると、別のウイルスには感染しにくくなる。これを『ウイルス干渉』と呼びます。ところが、新型コロナのウイルスとインフルエンザのウイルスではウイルス干渉が、なぜか起こらない可能性が指摘されています。先にどちらか一方のウイルスに感染し、免疫力が落ちたところで、もう一方のウイルスに侵される。そうして同時感染が起こると考えられています」(二木さん)
コロナでもインフルエンザでも、感染すれば喉や鼻の粘膜が傷つく。その傷口からもう一方のウイルスが入り込むのだという。先述したように、今シーズン流行するインフルエンザは重症化しやすい。目白もちづき耳鼻咽喉科院長の望月優一郎さんは、同時感染でインフルエンザの影響が強く出る可能性を懸念している。
「コロナに感染し免疫力が低下している状態でインフルエンザに感染すると、A香港型の特徴である、脳症や肺炎を起こす確率が上がるのではと考えています」
新型コロナは肺を真っ白にするほど、一気に「ウイルス性肺炎」を起こす特徴がある。一方、インフルエンザは免疫力を落とすことにより、「細菌や微生物による肺炎」を招きやすい。
「同時に感染してしまった場合、1つの肺でタイプの異なる2つの肺炎が起きる可能性が指摘されており、動物実験ではそうしたケースも確認されています。その場合、単独感染よりも症状は重くなるとされています」(二木さん)
長崎大学の研究グループがハムスターを同時感染させて行った実験では、単独感染より肺炎が重症化し、回復が遅れる傾向がみられたという。
英医学誌『ランセット』に掲載された論文では、衝撃的な内容が報告されている。2020年2月から翌年12月の間にイギリスで入院した成人のコロナ患者を調査したところ、インフルエンザとの同時感染者は、コロナ単独感染者に比べ、人工呼吸器による治療を受けるリスクが4.14倍、死亡リスクも2.35倍に跳ね上がるというのだ。
私たちは3年かけて“未知のウイルス”である新型コロナの特性を掴みつつある。よく知られているのは、「若者と子供は重症化しにくい」というものだ。実際、日本では10才以下の子供が死亡した例は限りなく少ない。
「その前提は、同時感染の出現により、完全に崩れたと思ってほしい。インフルエンザはそもそも“子供に流行しやすく、子供に脳炎などの重症化を招きやすいウイルス”として知られてきました。若者や子供は、新型コロナに感染して軽症だったとしても、そのダメージを引きずりながらさらにインフルエンザにかかれば、致命的な症状になる可能性があります」(都内病院の感染症専門医)
その逆もまたしかり。インフルエンザはまず学校などで子供にまん延しやすく、それが家庭にも持ち込まれ、親世代や祖父母世代に広まる感染ルートが多い。インフルエンザでは重症化しにくい壮年・老年世代でも、体力が落ちたところに新型コロナのウイルスが襲いかかればひとたまりもないだろう。
「そもそも新型コロナの性質は未解明の部分が多い。インフルエンザと同時に感染することで、いったい何が起こるのか、よくわかっていないことが多く、不測の事態が起きやすいということは肝に銘じるべきです」(前出・都内病院の感染症専門医)
来たるツインデミックで心配されるのは医療崩壊だ。すでに私たちは経験している。発熱外来は患者でごったがえし、治療を受けるのは1日がかり。救急車は出動するものの患者を搬送する病院に空き病床がなく、そのまま車内で死を迎える人も少なからず出た。あの惨禍が、ふたたび現実のものになろうとしている。望月さんが懸念する。
「この2年で、多くの医療機関がリソース(医療資源)をコロナに振り分け、コロナ・シフトが敷かれています。コロナ患者を入院させると、高い保険点数がとれるという経営上の事情もあり、インフルエンザ患者の受け入れ態勢が整っていない医療機関も少なくないと考えられます。インフルエンザが重症化しても入院先がない、という事態もあり得るでしょう」
「自分はかからない」──その慢心はもう通用しない。
※女性セブン2022年12月15日号