※本稿は、小林航太『オタク六法』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
オタ活との関係で特に問題となりやすいのが、複製権と翻案権です。
「複製」は、著作権法上、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」と定義されています。「有形的に」とは、なんらかの媒体上に、ということを意味し、「再製」とは、既存の著作物と同一性のあるものを創作することを言います。
要するに、文字どおり著作物をコピーするのが複製です。コピー機でイラストを複写する、音楽ファイルをパソコンから自分のスマホにコピーする、漫画アプリで読んでいるマンガのスクショを撮る、アニメを録画機器で録画する、(著作物にあたる)文章をコピペするといった行為はいずれも複製にあたります。
著作者は、著作物を複製する権利、すなわち複製権を専有(独占)しています。複製権は、著作権(Copyright=直訳で「コピーする権利」)の中心的権利です。
「翻案」とは、既存の著作物を元にして、別の新たな著作物を創作することです。著作権法上は、「著作物を翻訳し、編曲し、もしくは変形し、または脚色し、映画化し、その他翻案する権利」のことが翻案権と定義されています。翻案によって創作された著作物のことは二次的著作物、元にした著作物のことは「原著作物」と言います。小説の映画化や、マンガのアニメ化などは、翻案の典型例です。
複製・翻案の要件のポイントは、^裕鮴と同一性・類似性の2点です。
複製にせよ翻案にせよ、ともになんらかの既存の著作物を元に制作する行為です。つまり、既存の著作物を元にしていることじたいが要件の一つです。これを「依拠性」と言います。
他人の著作物と似ている著作物を偶然創作してしまうことも起こりえますが、本当に偶然似てしまっただけで、他人の著作物を元にしたわけでなければ、依拠性は否定され、複製・翻案にはあたりません。
なお、直接依拠したのが二次的著作物である場合は、その二次的著作物の原著作物にも依拠したものと評価されます。
しかし、元にした著作物があるなら、常に複製・翻案にあたるとは限りません。1枚の線画を複製する場合を考えてみましょう。その方法には、次の5つの方法が考えられるとします。
(1)と(2)が複製にあたることには間違いはなさそうです。
(3)も、元の線画とほとんど同じものができるでしょうから、複製にあたりそうです。
他方で、(4)は、筆者の頑張りしだいで一応は元の線画と似たようなものにはなりそうですが、(5)に至っては、元の線画とは似ても似つかないものになるでしょう。
では、この(4)や(5)のような場合にも、既存の線画を元にして再現しようとしている以上は、複製にあたると言えるでしょうか?
複製・翻案と言えるには、単に似ているというだけでなく、なにがどの程度“似ている”必要があるのか、というのが同一性・類似性の問題です。
著作物は「思想または感情を創作的に表現したもの」です。裏を返せば、すべての著作物には、その著作物特有の「思想または感情を創作的に表現した」部分(創作性のある部分)があることになります。
他方で、著作物には創作性のない部分も含まれています。この『オタク六法』も著作物ですが、条文の定義やありふれた説明をしているにすぎない部分は、「思想または感情を創作的に表現」しているとは言えず、創作性のない部分です。
このように、著作物は、創作性のある部分とそうでない部分から成っていますが、創作性のある部分こそが、著作物の本質的な部分です。ですから、著作物どうしが“似ている”かどうかも、創作性のある部分についてのみ比較する必要があります。創作性のない部分がいくら似ていたりしても、逆に創作性のない部分に手が加えられていたりしても、そのことを考慮すべきではないと言えます。
「複製」の条文上の定義における「再製」とは、既存の著作物と同一性のあるものを創作することと説明しましたが、ここでいう同一性も、創作性のある部分についての同一性を指します。つまり、創作性のある部分には手を加えずに、元の著作物を再現することが「複製」です。
ただし、創作性のない部分については、元の著作物のままでも、そうでなくてもかまいませんから、創作性のない部分も含めて完全に元の著作物をコピーしたものである必要はありません。
他方、「翻案」は、元の著作物に新たに創作性のある表現を加えて、新たな著作物を創作することを言います。新たに創作性のある表現を加えたかどうかという点が、「複製」と「翻案」との決定的な違いです。
もっとも、元の著作物の創作性のある部分がわからなくなってしまうくらいに、創作性のある部分に手を加えてしまえば、元の著作物と“似ている”ものとは言えなくなってしまいますから、この場合には翻案にもあたりません。元の著作物の創作性のある部分は、それがわかる程度には維持しつつ、新たに創作性のある表現を加える。これが「翻案」です。
複製既存の著作物に依拠し、これと同一のものを創作し、または、具体的表現に修正、増減、変更等を加えても、新たに思想または感情を創作的に表現することなく、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持し、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを創作する行為
翻案既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想または感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為
実際には、創作性のある部分とそうでない部分とを区別することも、創作性のある部分が類似しているかどうかの判断も、必ずしも容易ではありません。そのため、そっくりにしか見えなくても類似性が否定されることもあれば、逆に、相違点が多いように見えるのに類似性が肯定されることもあります。
複製・翻案にあたるかの判断は、簡単なように思えて、実は非常に難しい問題です。
マンガの主人公であるポパイの絵を無断でネクタイの図柄に用いたことが、複製にあたるかが争われた事件があります。元の絵とネクタイの絵にはポパイのポーズに違いがありましたが(図表1)、裁判所は、複製にあたるとしました。
裁判所は、右腕に力こぶを作っているかどうかという程度のポーズの違いは、創作性のある部分に手を加えたことにはならないと判断したわけです。
なお、この事件は、キャラクターそのもの(ある特徴を有しているキャラクターというアイデア)は著作物ではないという判断を裁判所が示したことでも有名です。
この事件では、幼児向けの教育用ビデオの中に登場する、博士をイメージした人物のキャラクターの絵柄の類似性が問題となりました。両者の博士の見た目は、ぱっと見の印象は瓜二つです(図表2)。しかし、裁判所は類似性を否定しました。
両者に共通している点のうち、’郢里魍冕垢筌ウンをまとい髭などを生やしたふっくらとした年配の男性とするという点はアイデアにすぎないうえ、△曚2頭身で、頭部を含む上半身が強調されて、下半身がガウンの裾から見える大きな靴で描かれていること、顔のつくりが下ぶくれの台形状であって、両頬が丸く、中央部に鼻が位置し、そこからカイゼル髭が伸びている……などの具体的表現は、きわめてありふれたもので表現上の創作性があるということはできないとして、両者は”集修任覆ぅ▲ぅ妊△△襪い廊表現上の創作性が認められない部分において同一性を有するにすぎない(=類似性はない)ものと判断されています。
つまり、これだけ似ているように見えても、創作性のある部分が類似しているとは言えない以上は、類似性が否定されることになるわけです。
この事件では、スイカをモチーフにした写真(図表3)の類似性が問題となりましたが、第1審と控訴審とで裁判所の判断が分かれています。
第1審は、スイカの配置、スイカ以外の物の使い方、ライティング、撮影のアングル等の相違点を挙げて、類似性を否定しました。
一方、控訴審は、両者の相違点は、元の写真の表現の一部を欠いているか、改悪したか、あるいは、些細で格別に意味のない相違を付与したか、という程度のものにすぎず、新たな創作性を加えたものでもない(裁判所は「粗雑に再製または改変したにすぎないもの」と表現しています)として、類似性を肯定し、同一性の保持権の侵害にあたると判断しました。
おさらいになりますが、^裕鮴と同一性・類似性が複製・翻案の要件です。
依拠性については、作品の公表の先後などの時間的な要素が重要な判断要素になりますし、類似性があることじたいが依拠性の根拠にもなります。単なる偶然で具体的な表現の細部まで似ているようなことは、現実にはまず起こりえないからです。事案にもよりますが、依拠性が肯定されるハードルは必ずしも高くないと言えます。
他方で、類似性については、これまで紹介してきた裁判例を見てもわかるとおり、肯定されるか否定されるかは判断が非常に難しいところです。
著作物を無断で複製・翻案等の利用をした相手に対してなんらかの手段を取る場合には、以下のようなステップを踏むことになります。
DMなど、相手のアカウントに対して直接連絡する手段がある場合には、まずは直接連絡を取って、止めてもらえるよう交渉しましょう。SNSなどでは著作権侵害の通報のためのフォームが用意されていることもありますが、これを利用することも有効です。
直接連絡しても反応がない、対応してもらえなかった場合、発信者情報開示請求により相手を特定します。
A蠎蠅特定できたら、自ら、または代理人を通じて相手方に連絡をします。このときは、なにを求めるか(侵害行為を止めてもらいたいのか、利用料も請求するのかなど)によって、伝えるべき内容も変わります。
い修譴任眇害行為を止めてもらえなかったりして希望する結果を得られなければ、訴訟によるほかありません。侵害行為の差止めや、損害賠償を請求することになります。場合によっては、刑事告訴を併せて行うことも考えられます。
ここからはよくある相談例を見ていきましょう。
【Q1】自分の描いた絵をSNSに投稿したところ、別の絵師さんからパクリだと言われました。パクリではないのに困っています。
【A1】パクリとは、要するに、著作者の許諾のない複製・翻案ですから、複製・翻案の要件を満たしていない限りは、パクリにはなりません。パクリだと主張する側が、^裕鮴と⇔犹性の要件を満たしているかどうかを立証することになりますが、これまで見てきたとおり、これらの要件を満たすことは(さらには立証することは)必ずしも容易ではありません。すでに濡れ衣を着せられている以上、対応を誤れば問題が深刻化することも有りえますから、どのように対応すべきかを弁護士に相談するのがよいでしょう。
【Q2】バズっているツイートがまわってきたのですが、その文面は自分が去年書いたものそのままの、「パクツイ」でした。
【A2】そもそも、元のツイートが著作物にあたるかどうかが問題となります。140字をフルに使ったツイートは著作物にあたる可能性もありますが、ただの日常のやりとりが著作物にあたるとは考えにくいでしょう。元のツイートが著作物として認められるものであれば、「パクツイ」やスクショでの再投稿は、複製権、公衆送信権の侵害にあたります。
なお、元のツイートを見たわけではなく、本当にたまたま一言一句同じツイートをしてしまったという場合は、元のツイートが著作物にあたる場合でも著作権侵害にはあたりません。
【Q3】女の子を描いたイラストをトレパクされました。輪郭や表情の線は重ね合わせてもまったく同じで、トレースしたのは明らかです。でも髪型や服装、背景などが変えられていて、「別のキャラクターでオリジナルだ」と言い張られています。
【A3】元のイラスト等の輪郭線をトレースして別のイラストを創作する、いわゆる「トレパク」と呼ばれるものも、それが複製権・翻案権の侵害にあたるかは、創作性のある部分について類似性が認められるかによって決まります。
たとえば、顔の輪郭の一部が重なるというだけでは、それが実際にトレースしたものであっても、創作性のある部分に類似性があるとは言えない(=著作権侵害にならない)ですし、そもそも依拠性が認められるかも難しいでしょう。
逆に、元の著作物の輪郭線と、トレパクしたイラストの輪郭線とが、あらゆる部分で一致するような場合(輪郭線をほぼすべてトレースしているような場合)には、それだけで決まるものではありませんが、依拠性・類似性が認められる可能性は高くなると言えます。
個人的または家庭内などの限られた範囲内で使用することを「私的使用」と言います。私的使用を目的とする著作物の複製は、例外的に、著作権者の許諾を得ることなく行うことが認められています。さきほど、アニメの録画は複製にあたると説明しましたが、録画が複製権侵害にならずに許されるのは、私的使用目的に限られます。
また、同じく私的使用目的であれば、翻訳、編曲、変形または翻案も可能です。
———-小林 航太(こばやし・こうた)弁護士(神奈川県弁護士会所属)2012年東京大学法学部卒業。2016年首都大学東京法科大学院修了(首席)。2016年司法試験合格。2017年弁護士登録(第70期)。2019年法律事務所ストレングス設立。趣味はコスプレとボディメイキング。———-
(弁護士(神奈川県弁護士会所属) 小林 航太)