海外ではエナジードリンクの飲み過ぎによる死亡事故がたびたび報じられているが、日本ではカフェインが危険性を孕む物質であるという認識は薄い。
しかし、興奮剤でもあるカフェインは、使い方を間違えれば危険な事態を招くこととなる。かつて筆者が体験したように……。
筆者は2007年の春頃から、原稿書きのために自宅近くのカフェへ通い始めた。
きっかけは、深刻なスランプ。1行も書けない日々が続いた挙げ句、メンタルクリニックへ通院するまでにこじらせていたのだが、そのカフェで試しにノートパソコンを開いたところ、なぜかあっさりと執筆を再開できたのだった。
そんな“成功体験”にあやかる気持ちもあって、カフェ通いが日課となった。
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コーヒーを飲むと、頭がシャキッと冴える気がして、やる気がみなぎり、臨戦態勢とでも言うべきアッパーな気分になった。また、コーヒーを飲みながらであれば何時間書き続けても疲れ知らずで、次々とアイディアが湧いて出た。
成功体験が更新され続けるような毎日に、カフェ通いはエスカレートし、2年目以降は気付けば毎日2軒3軒とハシゴして、ノマドワークに励んだ。
そんな毎日を3年強、2010年の夏まで続けたのだが、その間は自宅でもコーヒーのほか、日本茶、中国茶、紅茶を淹れて、チョコレートを摘まみながらよく飲んだ。
加えて2009年の秋口からは、栄養ドリンクも常用し始めた。朝起きると、顔の火照りや、のぼせ、軽い鼻づまりを感じることが増えたからだ。引き始めの風邪を吹き飛ばすつもりで、風邪薬の代わりに茶色い小瓶を1本あおれば、十数分で症状はスッキリと消え、頭もスーッとクリアになった。これが癖になり、すぐに毎朝1本飲むのが日課となった。コーヒー20杯分のカフェインそんな生活を送っていると、不眠と肩コリが常態化した。特に、肩コリは千枚通しで突き刺されるかのような鋭く痛むものだったが、「肩コリはデスクワークの職業病」と重く捉えてはいなかった。心身の変調をようやく自覚し始めたのは、2009年の暮れのこと。ある晩に、濃く出しすぎた緑茶を飲んで、目の回る体験をした。透明度ゼロの緑色に色濃く濁った緑茶をゴクリと飲むと、視界がグラリと大きく揺れて、しばらくの間ゆらゆらと眩暈(めまい)が続いたのだった。これが世に言う“茶酔い”なのかと思ったが、話に聞いていた「お茶の美味しさに酔い心地になる」などといういいものではなく、バッドトリップとでも言うべき不快なものでしかなかった。そしてなぜかこの夜を境に、コーヒーやお茶類を飲むとネガティヴな考えに頭を占められ、憂鬱になるようになった。飲むと直後にザワザワと胸騒ぎがして、焦燥感や不安感に苛まれ、そうかと思うと妙にイライラしたり、アッパーになるどころかグッタリと疲れたりすることも多くなった。 それでも刷り込みで条件反射となっていたのか、カフェでノートパソコンを開けば原稿書きが捗ったので、カフェ通いとカフェインの大量摂取は継続していた。振り返ってみると、この頃にはいつの間にか、コーヒーカップにして1日に15杯から、多い日には20杯分相当のカフェイン飲料を毎日摂取していた。そうして迎えた2010年の7月、決定的な出来事が起こる。カフェインを一時的にやめると…その少し前に、外へは持ち出せない仕事の大量発注を受けたため、しばらくカフェ通いを中断せざるを得なくなった。カフェなら惰性でコーヒーを飲むところだが、コーヒーやお茶を飲むとメンタルが不安定になるのを感じるようになっていたため、自宅ではカフェインを控えていた。すると、おかしな症状が次々と現れた。自覚症状として大きかったのは、手の震えと肌の痒み。ペンを握って細かい文字を書くような指先に意識を集中する場面で、なぜかフルフルと小刻みに手が震え出すのだった。そのうち手に力が入らなくなってペンを保持できなくなり、それでも力ずくでペンを握っていると腱鞘炎になった。肌の痒みは、小さな虫が這い回っているかのようなむず痒さだった。そのうち頭皮の痒みを「シラミにたかられたため」と思い込み、シラミ駆除専用のシャンプーで洗髪をしたが、それでも気持ちが収まらず最終的には髪を剃った。そして、倒れた。2010年7月後半のある日の昼下がり、取材先で重い立ちくらみのような激しい眩暈に襲われて道端へ座り込むと、そのまま動けなくなった。日陰で30分ほど横になり、どうにか歩けるまでになると、そばにあった喫茶店へ入りコーヒーを飲んだ。ノドが渇いていたからか一気に飲み干すと、数分で劇的に体調が快復したので、「水分不足で熱中症になりかかったのだろう」などと思った。 その2日後、今度は冷房の効いた自宅で倒れた。仕事部屋でデスクワークの最中に、またも激しい眩暈に襲われて、そのまま床へ突っ伏した。このときも「自宅でも熱中症になるというのは本当なのだな」などと思ったが、しかし、それでは終わらなかった。翌日から激しい怠さに見舞われた。夏バテと熱中症の後遺症だろうと自己判断し、水分補給をしたが、症状は改善するどころかより酷くなっていった。眩暈は日に日に悪化して、立ちくらみにも立て続けに襲われるようになり、壁伝いに歩かなければ洗面所へも行けなくなった。そしてついには、就寝時に布団へ入ってじっと横たわっていても、まるで荒波に揉まれる小舟の上で寝ているかのような激しい眩暈を感じ続けるまでになった。後編記事 突然心臓が止まることも…「日本は『カフェインの危険性』に関する情報が決定的に不足している」 “カフェイン中毒”を経て、いま思うこと に続く。
加えて2009年の秋口からは、栄養ドリンクも常用し始めた。朝起きると、顔の火照りや、のぼせ、軽い鼻づまりを感じることが増えたからだ。
引き始めの風邪を吹き飛ばすつもりで、風邪薬の代わりに茶色い小瓶を1本あおれば、十数分で症状はスッキリと消え、頭もスーッとクリアになった。これが癖になり、すぐに毎朝1本飲むのが日課となった。
そんな生活を送っていると、不眠と肩コリが常態化した。
特に、肩コリは千枚通しで突き刺されるかのような鋭く痛むものだったが、「肩コリはデスクワークの職業病」と重く捉えてはいなかった。
心身の変調をようやく自覚し始めたのは、2009年の暮れのこと。
ある晩に、濃く出しすぎた緑茶を飲んで、目の回る体験をした。透明度ゼロの緑色に色濃く濁った緑茶をゴクリと飲むと、視界がグラリと大きく揺れて、しばらくの間ゆらゆらと眩暈(めまい)が続いたのだった。
これが世に言う“茶酔い”なのかと思ったが、話に聞いていた「お茶の美味しさに酔い心地になる」などといういいものではなく、バッドトリップとでも言うべき不快なものでしかなかった。
そしてなぜかこの夜を境に、コーヒーやお茶類を飲むとネガティヴな考えに頭を占められ、憂鬱になるようになった。
飲むと直後にザワザワと胸騒ぎがして、焦燥感や不安感に苛まれ、そうかと思うと妙にイライラしたり、アッパーになるどころかグッタリと疲れたりすることも多くなった。
それでも刷り込みで条件反射となっていたのか、カフェでノートパソコンを開けば原稿書きが捗ったので、カフェ通いとカフェインの大量摂取は継続していた。振り返ってみると、この頃にはいつの間にか、コーヒーカップにして1日に15杯から、多い日には20杯分相当のカフェイン飲料を毎日摂取していた。そうして迎えた2010年の7月、決定的な出来事が起こる。カフェインを一時的にやめると…その少し前に、外へは持ち出せない仕事の大量発注を受けたため、しばらくカフェ通いを中断せざるを得なくなった。カフェなら惰性でコーヒーを飲むところだが、コーヒーやお茶を飲むとメンタルが不安定になるのを感じるようになっていたため、自宅ではカフェインを控えていた。すると、おかしな症状が次々と現れた。自覚症状として大きかったのは、手の震えと肌の痒み。ペンを握って細かい文字を書くような指先に意識を集中する場面で、なぜかフルフルと小刻みに手が震え出すのだった。そのうち手に力が入らなくなってペンを保持できなくなり、それでも力ずくでペンを握っていると腱鞘炎になった。肌の痒みは、小さな虫が這い回っているかのようなむず痒さだった。そのうち頭皮の痒みを「シラミにたかられたため」と思い込み、シラミ駆除専用のシャンプーで洗髪をしたが、それでも気持ちが収まらず最終的には髪を剃った。そして、倒れた。2010年7月後半のある日の昼下がり、取材先で重い立ちくらみのような激しい眩暈に襲われて道端へ座り込むと、そのまま動けなくなった。日陰で30分ほど横になり、どうにか歩けるまでになると、そばにあった喫茶店へ入りコーヒーを飲んだ。ノドが渇いていたからか一気に飲み干すと、数分で劇的に体調が快復したので、「水分不足で熱中症になりかかったのだろう」などと思った。 その2日後、今度は冷房の効いた自宅で倒れた。仕事部屋でデスクワークの最中に、またも激しい眩暈に襲われて、そのまま床へ突っ伏した。このときも「自宅でも熱中症になるというのは本当なのだな」などと思ったが、しかし、それでは終わらなかった。翌日から激しい怠さに見舞われた。夏バテと熱中症の後遺症だろうと自己判断し、水分補給をしたが、症状は改善するどころかより酷くなっていった。眩暈は日に日に悪化して、立ちくらみにも立て続けに襲われるようになり、壁伝いに歩かなければ洗面所へも行けなくなった。そしてついには、就寝時に布団へ入ってじっと横たわっていても、まるで荒波に揉まれる小舟の上で寝ているかのような激しい眩暈を感じ続けるまでになった。後編記事 突然心臓が止まることも…「日本は『カフェインの危険性』に関する情報が決定的に不足している」 “カフェイン中毒”を経て、いま思うこと に続く。
それでも刷り込みで条件反射となっていたのか、カフェでノートパソコンを開けば原稿書きが捗ったので、カフェ通いとカフェインの大量摂取は継続していた。
振り返ってみると、この頃にはいつの間にか、コーヒーカップにして1日に15杯から、多い日には20杯分相当のカフェイン飲料を毎日摂取していた。
そうして迎えた2010年の7月、決定的な出来事が起こる。
その少し前に、外へは持ち出せない仕事の大量発注を受けたため、しばらくカフェ通いを中断せざるを得なくなった。
カフェなら惰性でコーヒーを飲むところだが、コーヒーやお茶を飲むとメンタルが不安定になるのを感じるようになっていたため、自宅ではカフェインを控えていた。
すると、おかしな症状が次々と現れた。
自覚症状として大きかったのは、手の震えと肌の痒み。
ペンを握って細かい文字を書くような指先に意識を集中する場面で、なぜかフルフルと小刻みに手が震え出すのだった。そのうち手に力が入らなくなってペンを保持できなくなり、それでも力ずくでペンを握っていると腱鞘炎になった。
肌の痒みは、小さな虫が這い回っているかのようなむず痒さだった。そのうち頭皮の痒みを「シラミにたかられたため」と思い込み、シラミ駆除専用のシャンプーで洗髪をしたが、それでも気持ちが収まらず最終的には髪を剃った。
そして、倒れた。
2010年7月後半のある日の昼下がり、取材先で重い立ちくらみのような激しい眩暈に襲われて道端へ座り込むと、そのまま動けなくなった。
日陰で30分ほど横になり、どうにか歩けるまでになると、そばにあった喫茶店へ入りコーヒーを飲んだ。
ノドが渇いていたからか一気に飲み干すと、数分で劇的に体調が快復したので、「水分不足で熱中症になりかかったのだろう」などと思った。
その2日後、今度は冷房の効いた自宅で倒れた。仕事部屋でデスクワークの最中に、またも激しい眩暈に襲われて、そのまま床へ突っ伏した。このときも「自宅でも熱中症になるというのは本当なのだな」などと思ったが、しかし、それでは終わらなかった。翌日から激しい怠さに見舞われた。夏バテと熱中症の後遺症だろうと自己判断し、水分補給をしたが、症状は改善するどころかより酷くなっていった。眩暈は日に日に悪化して、立ちくらみにも立て続けに襲われるようになり、壁伝いに歩かなければ洗面所へも行けなくなった。そしてついには、就寝時に布団へ入ってじっと横たわっていても、まるで荒波に揉まれる小舟の上で寝ているかのような激しい眩暈を感じ続けるまでになった。後編記事 突然心臓が止まることも…「日本は『カフェインの危険性』に関する情報が決定的に不足している」 “カフェイン中毒”を経て、いま思うこと に続く。
その2日後、今度は冷房の効いた自宅で倒れた。
仕事部屋でデスクワークの最中に、またも激しい眩暈に襲われて、そのまま床へ突っ伏した。このときも「自宅でも熱中症になるというのは本当なのだな」などと思ったが、しかし、それでは終わらなかった。
翌日から激しい怠さに見舞われた。
夏バテと熱中症の後遺症だろうと自己判断し、水分補給をしたが、症状は改善するどころかより酷くなっていった。
眩暈は日に日に悪化して、立ちくらみにも立て続けに襲われるようになり、壁伝いに歩かなければ洗面所へも行けなくなった。
そしてついには、就寝時に布団へ入ってじっと横たわっていても、まるで荒波に揉まれる小舟の上で寝ているかのような激しい眩暈を感じ続けるまでになった。
後編記事 突然心臓が止まることも…「日本は『カフェインの危険性』に関する情報が決定的に不足している」 “カフェイン中毒”を経て、いま思うこと に続く。