ビール、日本酒、和食に洋食も…「日本の居酒屋」がメニューにこだわらなくなった“歴史的背景” から続く
近年、日本のお酒を取り巻く生産の現場では、新規参入者による新たな挑戦がはじまっている。また消費の場でも、新型コロナウイルスの感染拡大の影響による居酒屋の淘汰や、それによる家飲み需要の高まり、ノンアルコール飲料を含む酒類の選択肢が広がりをみせている。しかし、そうした動きを知らない人も意外といるのではないだろうか。
【図表】年齢別非飲酒者の割合やノンアルコール飲料市場の推移を見る
ここでは、経済学者で一橋大学名誉教授の都留康氏の著書『お酒はこれからどうなるか 新規参入者の挑戦から消費の多様化まで』(平凡社新書)から一部を抜粋。「お酒離れ」が進む日本における、ノンアルコール飲料市場の現状と課題について紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
iStock.com
◆◆◆
お酒が健康によいか悪いかにかかわりなく、体質的にアルコールを受け付けない「飲めない人」や、体質的には飲酒可能でも「飲まない人」もいる。
そもそも、「飲めない人」や「飲まない人」はどれくらいいるのだろうか。図表2は、2019年現在の調査で、お酒を飲まない人の割合を示す。男性で38.1パーセント、女性で70.3パーセントである。男女計の加重平均値は55.1パーセントである。
この数字は、現在と同じ調査方式(医師の問診ではなく自己記入のアンケート方式)がはじまった、2003年の49.4パーセントと比べると増加している。つまり、日本人の成人の過半数はお酒を飲まない。 この図表を詳しく眺めると、いくつか興味深い事実が浮かび上がってくる。 第1に、お酒を飲まない人の割合には、明確なジェンダーギャップがある。主に女性が飲まないから平均値が5割超えになっている。 第2に、女性でお酒を飲まない人の割合は、年代によって上昇(30歳代)・低下(40~50歳代)・上昇(60歳以上)となっている(2019年)。これに対し、男性の飲まない割合は、加齢ととともに連続的に低下して、70歳以上になると上昇する。 第3に、2003年と比較した非飲酒者の増大には、各年齢層で非飲酒者が増えた男性が寄与している。 要は、女性のお酒を飲まない割合の変化には、妊娠・出産などの影響があることが推察される。また、近年の非飲酒割合の増加は、飲む人の母数の大きい男性の影響が大である。また40歳未満男女の「酒離れ」が顕著である。ノンアルコール市場の拡大 こうした非飲酒者の増加に伴い、ノンアルコール飲料の市場規模が拡大している。以前は、宴会の場で、飲めない・飲まない人は、緑茶やウーロン茶に選択肢が限定されていた。しかし最近は、ノンアルコールビールなどのノンアルコール飲料を飲むことができるようになった。 図表3は、サントリーが調査した、緑茶やウーロン茶以外のノンアルコール飲料の市場規模の推計である。ノンアルコールビールテイスト飲料では、キリン「キリンフリー」(2009年発売)が嚆矢(こうし)となり、サントリー「オールフリー」(2010年発売)のヒットなどが、2009年から2012年にかけて市場規模を3倍に増やした。加えて、ノンアルコールのチューハイ・カクテルテイスト飲料も増えている。ノンアルコールビールの製法 ノンアルコールビールの製法は、味や品質に直結する。このため、ビールメーカーは製法の詳細を開示していない。ただし、アルコール度数がゼロということは、各社とも発酵工程はないと推測される。 これに対して、アサヒビールが最初に投入した微アルコール飲料「ビアリー」は、ビールを製造した後に、低温蒸留してアルコールを0.5パーセントまで除去する方法を採っている。このため、完全なノンアルコールビールよりも、ビールの味わいに近いものの、酒税法上はアルコール度数1パーセント未満なので、酒とは分類されない。ノンアルコール飲料が選ばれる理由 では、なぜノンアルコール飲料が求められるのか。図表4はその理由を示している。飲用経験者全体では、「車を運転したいから」(25.8パーセント)がトップで、2位が「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」(23.3パーセント)、月1回以上飲用者でトップは、「健康に気をつけたいから」(36.1パーセント)である。 筆者の考えでは、ノンアルコール飲料は、お酒を飲む人にとってのアルコールの代用品である。「車を運転したいから」や「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」という回答がその証左である。お酒を飲めるのに、「飲めない事情」があってノンアルコール飲料を楽しんでいる。 逆にいえば、体質的にお酒を飲めない人にとって、ノンアルコール飲料はそもそも選択の範囲外と思われる。今でも、お酒の飲めない人の選択肢は、緑茶やウーロン茶であろう。人気マンガでテレビドラマ化もされている『孤独のグルメ』の主人公、井之頭五郎を持ち出すまでもなく、筆者の交友範囲でも、お酒を飲めない人は、ほとんどが緑茶やウーロン茶を選ぶ。ノンアルコール市場には市場規模の拡大余地がある ここまでは、読者にとっては周知のことかもしれない。しかし、「ゲコノミクス」を提唱する藤野(※1)によれば、ノンアルコール市場には別の拡大余地があるという。すでに図表2でもみたように、日本人の半数以上が非飲酒者である現状に対して、飲食業界が料理とのペアリングも考えたノンアルコール飲料の提案を増やせば、酒類の出荷金額3兆6000億円の約10パーセント、すなわち3000億円程度の市場規模になりうると、藤野は予測する。 代表的な事例として挙げているのは、代々木上原のフレンチレストラン「sio(シオ)」である。ここは『ミシュランガイド』で1つ星を獲得している。「sio」では、ワインのペアリングと同じ料金で、お茶をベースにしたノンアルコール飲料のペアリングを提供している(ただし、2022年現在では、アルコールのペアリングは2000円ほど高くなっている)。 さらには、カクテルならぬモクテル(mock〔似せた〕とcocktail〔カクテル〕の造語)を供するバーも誕生しており、コカコーラ・ボトラーズ・ジャパン株式会社も、飲食店向けモクテルのレシピの提案に力を入れている。これが奏功すれば、ノンアルコール飲料市場の拡大に寄与するであろう。 ノンアルコール飲料市場の拡大は、実は世界的な傾向でもある。調査会社statistaの推計によれば、世界のノンアルコール飲料の売上高は、2022年には1.65兆米ドルになるという。さらに、2026年までに年平均成長率6.33パーセントで増大する。また、売り上げの42パーセントが外食市場で占めるようになるとしている(https://www.statista.com/outlook/cmo/non-alcoholic-drinks/worldwide 2022年5月5日閲覧)。選択肢の多様化の先にあるもの お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。 ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。 ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(※2)。健康志向時代のお酒の可能性 その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。 こうした選択肢の拡大という視点からみると、ノンアルコール飲料の選択肢の幅はまだ狭い。 繰り返すが、たとえば、ノンアルコールビールは、ビールの代用品である。飲酒者にとっては、「車を運転する」ときの格好の飲み物であるが、非飲酒者の多くにとっては魅力に乏しい。そもそもお酒を飲めない人が、ノンアルコールビールを求めるとは考えにくいからである。 酒離れが進んでいくと、代用品としてのノンアルコールビールも頭打ちになり、やがては減少に転じるはずである。 もう少し具体的に説明しよう。アルコールの非飲酒人口が、2019年の55.1パーセントからさらに増えて、60パーセントや70パーセントになったとき、アルコールの代用品としてのノンアルコール飲料も今ほどは求められなくなるはずだ。 しかし、多くの人にとって、親しい友人や仕事仲間との会食は楽しみなことであろう。そのとき、お酒を飲めない・飲まない人にとっての定番的な選択肢は、ノンアルコールビールやウーロン茶しかない。これではあまりに寂しすぎないか。 お酒を飲む人も確実に健康志向を高めている。ここに着目して、飲酒者にも休肝日だけではなく、お酒と組み合わせたノンアルコール飲料の摂取を提案することが重要である。要は、医学・疫学研究において明らかにされているJカーブ効果(適量飲酒は一定の範囲内での疾病リスクを下げる)を前提にして、「お酒を飲む日もノンアル」を打ち出すのである。お酒を飲まない人も、ノンアルコールビール以外の多様な選択肢があれば、それを求めるだろう。 先に述べたように、筆者自身もこれを実践している。すなわち、「とりあえずノンアルコールビール」に続いて、本物の日本酒またはワインを楽しむ。ビール好きの方には、クラフトビールとモクテルという組み合わせもいいかもしれない。 こう考えると、ノンアルコール飲料の可能性と視界は、一挙に開けてくるのではないだろうか。逆にいえば、健康志向時代のお酒の可能性と視界を広げることにもなる。 求められるのは、お酒を飲む人も、飲めない・飲まない人も楽しめる、ノンアルコール飲料のさらなる開発だ。そのときに大事なのは、料理とのペアリングであろう。〈※1・・・藤野英人(2020)『ゲコノミクス──巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部※2・・・都留康(2020)『お酒の経済学──日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社〉(都留 康)
この数字は、現在と同じ調査方式(医師の問診ではなく自己記入のアンケート方式)がはじまった、2003年の49.4パーセントと比べると増加している。つまり、日本人の成人の過半数はお酒を飲まない。
この図表を詳しく眺めると、いくつか興味深い事実が浮かび上がってくる。
第1に、お酒を飲まない人の割合には、明確なジェンダーギャップがある。主に女性が飲まないから平均値が5割超えになっている。
第2に、女性でお酒を飲まない人の割合は、年代によって上昇(30歳代)・低下(40~50歳代)・上昇(60歳以上)となっている(2019年)。これに対し、男性の飲まない割合は、加齢ととともに連続的に低下して、70歳以上になると上昇する。
第3に、2003年と比較した非飲酒者の増大には、各年齢層で非飲酒者が増えた男性が寄与している。
要は、女性のお酒を飲まない割合の変化には、妊娠・出産などの影響があることが推察される。また、近年の非飲酒割合の増加は、飲む人の母数の大きい男性の影響が大である。また40歳未満男女の「酒離れ」が顕著である。
こうした非飲酒者の増加に伴い、ノンアルコール飲料の市場規模が拡大している。以前は、宴会の場で、飲めない・飲まない人は、緑茶やウーロン茶に選択肢が限定されていた。しかし最近は、ノンアルコールビールなどのノンアルコール飲料を飲むことができるようになった。
図表3は、サントリーが調査した、緑茶やウーロン茶以外のノンアルコール飲料の市場規模の推計である。ノンアルコールビールテイスト飲料では、キリン「キリンフリー」(2009年発売)が嚆矢(こうし)となり、サントリー「オールフリー」(2010年発売)のヒットなどが、2009年から2012年にかけて市場規模を3倍に増やした。加えて、ノンアルコールのチューハイ・カクテルテイスト飲料も増えている。
ノンアルコールビールの製法 ノンアルコールビールの製法は、味や品質に直結する。このため、ビールメーカーは製法の詳細を開示していない。ただし、アルコール度数がゼロということは、各社とも発酵工程はないと推測される。 これに対して、アサヒビールが最初に投入した微アルコール飲料「ビアリー」は、ビールを製造した後に、低温蒸留してアルコールを0.5パーセントまで除去する方法を採っている。このため、完全なノンアルコールビールよりも、ビールの味わいに近いものの、酒税法上はアルコール度数1パーセント未満なので、酒とは分類されない。ノンアルコール飲料が選ばれる理由 では、なぜノンアルコール飲料が求められるのか。図表4はその理由を示している。飲用経験者全体では、「車を運転したいから」(25.8パーセント)がトップで、2位が「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」(23.3パーセント)、月1回以上飲用者でトップは、「健康に気をつけたいから」(36.1パーセント)である。 筆者の考えでは、ノンアルコール飲料は、お酒を飲む人にとってのアルコールの代用品である。「車を運転したいから」や「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」という回答がその証左である。お酒を飲めるのに、「飲めない事情」があってノンアルコール飲料を楽しんでいる。 逆にいえば、体質的にお酒を飲めない人にとって、ノンアルコール飲料はそもそも選択の範囲外と思われる。今でも、お酒の飲めない人の選択肢は、緑茶やウーロン茶であろう。人気マンガでテレビドラマ化もされている『孤独のグルメ』の主人公、井之頭五郎を持ち出すまでもなく、筆者の交友範囲でも、お酒を飲めない人は、ほとんどが緑茶やウーロン茶を選ぶ。ノンアルコール市場には市場規模の拡大余地がある ここまでは、読者にとっては周知のことかもしれない。しかし、「ゲコノミクス」を提唱する藤野(※1)によれば、ノンアルコール市場には別の拡大余地があるという。すでに図表2でもみたように、日本人の半数以上が非飲酒者である現状に対して、飲食業界が料理とのペアリングも考えたノンアルコール飲料の提案を増やせば、酒類の出荷金額3兆6000億円の約10パーセント、すなわち3000億円程度の市場規模になりうると、藤野は予測する。 代表的な事例として挙げているのは、代々木上原のフレンチレストラン「sio(シオ)」である。ここは『ミシュランガイド』で1つ星を獲得している。「sio」では、ワインのペアリングと同じ料金で、お茶をベースにしたノンアルコール飲料のペアリングを提供している(ただし、2022年現在では、アルコールのペアリングは2000円ほど高くなっている)。 さらには、カクテルならぬモクテル(mock〔似せた〕とcocktail〔カクテル〕の造語)を供するバーも誕生しており、コカコーラ・ボトラーズ・ジャパン株式会社も、飲食店向けモクテルのレシピの提案に力を入れている。これが奏功すれば、ノンアルコール飲料市場の拡大に寄与するであろう。 ノンアルコール飲料市場の拡大は、実は世界的な傾向でもある。調査会社statistaの推計によれば、世界のノンアルコール飲料の売上高は、2022年には1.65兆米ドルになるという。さらに、2026年までに年平均成長率6.33パーセントで増大する。また、売り上げの42パーセントが外食市場で占めるようになるとしている(https://www.statista.com/outlook/cmo/non-alcoholic-drinks/worldwide 2022年5月5日閲覧)。選択肢の多様化の先にあるもの お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。 ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。 ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(※2)。健康志向時代のお酒の可能性 その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。 こうした選択肢の拡大という視点からみると、ノンアルコール飲料の選択肢の幅はまだ狭い。 繰り返すが、たとえば、ノンアルコールビールは、ビールの代用品である。飲酒者にとっては、「車を運転する」ときの格好の飲み物であるが、非飲酒者の多くにとっては魅力に乏しい。そもそもお酒を飲めない人が、ノンアルコールビールを求めるとは考えにくいからである。 酒離れが進んでいくと、代用品としてのノンアルコールビールも頭打ちになり、やがては減少に転じるはずである。 もう少し具体的に説明しよう。アルコールの非飲酒人口が、2019年の55.1パーセントからさらに増えて、60パーセントや70パーセントになったとき、アルコールの代用品としてのノンアルコール飲料も今ほどは求められなくなるはずだ。 しかし、多くの人にとって、親しい友人や仕事仲間との会食は楽しみなことであろう。そのとき、お酒を飲めない・飲まない人にとっての定番的な選択肢は、ノンアルコールビールやウーロン茶しかない。これではあまりに寂しすぎないか。 お酒を飲む人も確実に健康志向を高めている。ここに着目して、飲酒者にも休肝日だけではなく、お酒と組み合わせたノンアルコール飲料の摂取を提案することが重要である。要は、医学・疫学研究において明らかにされているJカーブ効果(適量飲酒は一定の範囲内での疾病リスクを下げる)を前提にして、「お酒を飲む日もノンアル」を打ち出すのである。お酒を飲まない人も、ノンアルコールビール以外の多様な選択肢があれば、それを求めるだろう。 先に述べたように、筆者自身もこれを実践している。すなわち、「とりあえずノンアルコールビール」に続いて、本物の日本酒またはワインを楽しむ。ビール好きの方には、クラフトビールとモクテルという組み合わせもいいかもしれない。 こう考えると、ノンアルコール飲料の可能性と視界は、一挙に開けてくるのではないだろうか。逆にいえば、健康志向時代のお酒の可能性と視界を広げることにもなる。 求められるのは、お酒を飲む人も、飲めない・飲まない人も楽しめる、ノンアルコール飲料のさらなる開発だ。そのときに大事なのは、料理とのペアリングであろう。〈※1・・・藤野英人(2020)『ゲコノミクス──巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部※2・・・都留康(2020)『お酒の経済学──日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社〉(都留 康)
ノンアルコールビールの製法は、味や品質に直結する。このため、ビールメーカーは製法の詳細を開示していない。ただし、アルコール度数がゼロということは、各社とも発酵工程はないと推測される。
これに対して、アサヒビールが最初に投入した微アルコール飲料「ビアリー」は、ビールを製造した後に、低温蒸留してアルコールを0.5パーセントまで除去する方法を採っている。このため、完全なノンアルコールビールよりも、ビールの味わいに近いものの、酒税法上はアルコール度数1パーセント未満なので、酒とは分類されない。
では、なぜノンアルコール飲料が求められるのか。図表4はその理由を示している。飲用経験者全体では、「車を運転したいから」(25.8パーセント)がトップで、2位が「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」(23.3パーセント)、月1回以上飲用者でトップは、「健康に気をつけたいから」(36.1パーセント)である。
筆者の考えでは、ノンアルコール飲料は、お酒を飲む人にとってのアルコールの代用品である。「車を運転したいから」や「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」という回答がその証左である。お酒を飲めるのに、「飲めない事情」があってノンアルコール飲料を楽しんでいる。 逆にいえば、体質的にお酒を飲めない人にとって、ノンアルコール飲料はそもそも選択の範囲外と思われる。今でも、お酒の飲めない人の選択肢は、緑茶やウーロン茶であろう。人気マンガでテレビドラマ化もされている『孤独のグルメ』の主人公、井之頭五郎を持ち出すまでもなく、筆者の交友範囲でも、お酒を飲めない人は、ほとんどが緑茶やウーロン茶を選ぶ。ノンアルコール市場には市場規模の拡大余地がある ここまでは、読者にとっては周知のことかもしれない。しかし、「ゲコノミクス」を提唱する藤野(※1)によれば、ノンアルコール市場には別の拡大余地があるという。すでに図表2でもみたように、日本人の半数以上が非飲酒者である現状に対して、飲食業界が料理とのペアリングも考えたノンアルコール飲料の提案を増やせば、酒類の出荷金額3兆6000億円の約10パーセント、すなわち3000億円程度の市場規模になりうると、藤野は予測する。 代表的な事例として挙げているのは、代々木上原のフレンチレストラン「sio(シオ)」である。ここは『ミシュランガイド』で1つ星を獲得している。「sio」では、ワインのペアリングと同じ料金で、お茶をベースにしたノンアルコール飲料のペアリングを提供している(ただし、2022年現在では、アルコールのペアリングは2000円ほど高くなっている)。 さらには、カクテルならぬモクテル(mock〔似せた〕とcocktail〔カクテル〕の造語)を供するバーも誕生しており、コカコーラ・ボトラーズ・ジャパン株式会社も、飲食店向けモクテルのレシピの提案に力を入れている。これが奏功すれば、ノンアルコール飲料市場の拡大に寄与するであろう。 ノンアルコール飲料市場の拡大は、実は世界的な傾向でもある。調査会社statistaの推計によれば、世界のノンアルコール飲料の売上高は、2022年には1.65兆米ドルになるという。さらに、2026年までに年平均成長率6.33パーセントで増大する。また、売り上げの42パーセントが外食市場で占めるようになるとしている(https://www.statista.com/outlook/cmo/non-alcoholic-drinks/worldwide 2022年5月5日閲覧)。選択肢の多様化の先にあるもの お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。 ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。 ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(※2)。健康志向時代のお酒の可能性 その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。 こうした選択肢の拡大という視点からみると、ノンアルコール飲料の選択肢の幅はまだ狭い。 繰り返すが、たとえば、ノンアルコールビールは、ビールの代用品である。飲酒者にとっては、「車を運転する」ときの格好の飲み物であるが、非飲酒者の多くにとっては魅力に乏しい。そもそもお酒を飲めない人が、ノンアルコールビールを求めるとは考えにくいからである。 酒離れが進んでいくと、代用品としてのノンアルコールビールも頭打ちになり、やがては減少に転じるはずである。 もう少し具体的に説明しよう。アルコールの非飲酒人口が、2019年の55.1パーセントからさらに増えて、60パーセントや70パーセントになったとき、アルコールの代用品としてのノンアルコール飲料も今ほどは求められなくなるはずだ。 しかし、多くの人にとって、親しい友人や仕事仲間との会食は楽しみなことであろう。そのとき、お酒を飲めない・飲まない人にとっての定番的な選択肢は、ノンアルコールビールやウーロン茶しかない。これではあまりに寂しすぎないか。 お酒を飲む人も確実に健康志向を高めている。ここに着目して、飲酒者にも休肝日だけではなく、お酒と組み合わせたノンアルコール飲料の摂取を提案することが重要である。要は、医学・疫学研究において明らかにされているJカーブ効果(適量飲酒は一定の範囲内での疾病リスクを下げる)を前提にして、「お酒を飲む日もノンアル」を打ち出すのである。お酒を飲まない人も、ノンアルコールビール以外の多様な選択肢があれば、それを求めるだろう。 先に述べたように、筆者自身もこれを実践している。すなわち、「とりあえずノンアルコールビール」に続いて、本物の日本酒またはワインを楽しむ。ビール好きの方には、クラフトビールとモクテルという組み合わせもいいかもしれない。 こう考えると、ノンアルコール飲料の可能性と視界は、一挙に開けてくるのではないだろうか。逆にいえば、健康志向時代のお酒の可能性と視界を広げることにもなる。 求められるのは、お酒を飲む人も、飲めない・飲まない人も楽しめる、ノンアルコール飲料のさらなる開発だ。そのときに大事なのは、料理とのペアリングであろう。〈※1・・・藤野英人(2020)『ゲコノミクス──巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部※2・・・都留康(2020)『お酒の経済学──日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社〉(都留 康)
筆者の考えでは、ノンアルコール飲料は、お酒を飲む人にとってのアルコールの代用品である。「車を運転したいから」や「お酒を飲んだ雰囲気が味わえるから」という回答がその証左である。お酒を飲めるのに、「飲めない事情」があってノンアルコール飲料を楽しんでいる。
逆にいえば、体質的にお酒を飲めない人にとって、ノンアルコール飲料はそもそも選択の範囲外と思われる。今でも、お酒の飲めない人の選択肢は、緑茶やウーロン茶であろう。人気マンガでテレビドラマ化もされている『孤独のグルメ』の主人公、井之頭五郎を持ち出すまでもなく、筆者の交友範囲でも、お酒を飲めない人は、ほとんどが緑茶やウーロン茶を選ぶ。
ここまでは、読者にとっては周知のことかもしれない。しかし、「ゲコノミクス」を提唱する藤野(※1)によれば、ノンアルコール市場には別の拡大余地があるという。すでに図表2でもみたように、日本人の半数以上が非飲酒者である現状に対して、飲食業界が料理とのペアリングも考えたノンアルコール飲料の提案を増やせば、酒類の出荷金額3兆6000億円の約10パーセント、すなわち3000億円程度の市場規模になりうると、藤野は予測する。
代表的な事例として挙げているのは、代々木上原のフレンチレストラン「sio(シオ)」である。ここは『ミシュランガイド』で1つ星を獲得している。「sio」では、ワインのペアリングと同じ料金で、お茶をベースにしたノンアルコール飲料のペアリングを提供している(ただし、2022年現在では、アルコールのペアリングは2000円ほど高くなっている)。
さらには、カクテルならぬモクテル(mock〔似せた〕とcocktail〔カクテル〕の造語)を供するバーも誕生しており、コカコーラ・ボトラーズ・ジャパン株式会社も、飲食店向けモクテルのレシピの提案に力を入れている。これが奏功すれば、ノンアルコール飲料市場の拡大に寄与するであろう。
ノンアルコール飲料市場の拡大は、実は世界的な傾向でもある。調査会社statistaの推計によれば、世界のノンアルコール飲料の売上高は、2022年には1.65兆米ドルになるという。さらに、2026年までに年平均成長率6.33パーセントで増大する。また、売り上げの42パーセントが外食市場で占めるようになるとしている(https://www.statista.com/outlook/cmo/non-alcoholic-drinks/worldwide 2022年5月5日閲覧)。
選択肢の多様化の先にあるもの お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。 ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。 ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(※2)。健康志向時代のお酒の可能性 その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。 こうした選択肢の拡大という視点からみると、ノンアルコール飲料の選択肢の幅はまだ狭い。 繰り返すが、たとえば、ノンアルコールビールは、ビールの代用品である。飲酒者にとっては、「車を運転する」ときの格好の飲み物であるが、非飲酒者の多くにとっては魅力に乏しい。そもそもお酒を飲めない人が、ノンアルコールビールを求めるとは考えにくいからである。 酒離れが進んでいくと、代用品としてのノンアルコールビールも頭打ちになり、やがては減少に転じるはずである。 もう少し具体的に説明しよう。アルコールの非飲酒人口が、2019年の55.1パーセントからさらに増えて、60パーセントや70パーセントになったとき、アルコールの代用品としてのノンアルコール飲料も今ほどは求められなくなるはずだ。 しかし、多くの人にとって、親しい友人や仕事仲間との会食は楽しみなことであろう。そのとき、お酒を飲めない・飲まない人にとっての定番的な選択肢は、ノンアルコールビールやウーロン茶しかない。これではあまりに寂しすぎないか。 お酒を飲む人も確実に健康志向を高めている。ここに着目して、飲酒者にも休肝日だけではなく、お酒と組み合わせたノンアルコール飲料の摂取を提案することが重要である。要は、医学・疫学研究において明らかにされているJカーブ効果(適量飲酒は一定の範囲内での疾病リスクを下げる)を前提にして、「お酒を飲む日もノンアル」を打ち出すのである。お酒を飲まない人も、ノンアルコールビール以外の多様な選択肢があれば、それを求めるだろう。 先に述べたように、筆者自身もこれを実践している。すなわち、「とりあえずノンアルコールビール」に続いて、本物の日本酒またはワインを楽しむ。ビール好きの方には、クラフトビールとモクテルという組み合わせもいいかもしれない。 こう考えると、ノンアルコール飲料の可能性と視界は、一挙に開けてくるのではないだろうか。逆にいえば、健康志向時代のお酒の可能性と視界を広げることにもなる。 求められるのは、お酒を飲む人も、飲めない・飲まない人も楽しめる、ノンアルコール飲料のさらなる開発だ。そのときに大事なのは、料理とのペアリングであろう。〈※1・・・藤野英人(2020)『ゲコノミクス──巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部※2・・・都留康(2020)『お酒の経済学──日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社〉(都留 康)
お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。
ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。
ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(※2)。
その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。
こうした選択肢の拡大という視点からみると、ノンアルコール飲料の選択肢の幅はまだ狭い。
繰り返すが、たとえば、ノンアルコールビールは、ビールの代用品である。飲酒者にとっては、「車を運転する」ときの格好の飲み物であるが、非飲酒者の多くにとっては魅力に乏しい。そもそもお酒を飲めない人が、ノンアルコールビールを求めるとは考えにくいからである。
酒離れが進んでいくと、代用品としてのノンアルコールビールも頭打ちになり、やがては減少に転じるはずである。
もう少し具体的に説明しよう。アルコールの非飲酒人口が、2019年の55.1パーセントからさらに増えて、60パーセントや70パーセントになったとき、アルコールの代用品としてのノンアルコール飲料も今ほどは求められなくなるはずだ。
しかし、多くの人にとって、親しい友人や仕事仲間との会食は楽しみなことであろう。そのとき、お酒を飲めない・飲まない人にとっての定番的な選択肢は、ノンアルコールビールやウーロン茶しかない。これではあまりに寂しすぎないか。
お酒を飲む人も確実に健康志向を高めている。ここに着目して、飲酒者にも休肝日だけではなく、お酒と組み合わせたノンアルコール飲料の摂取を提案することが重要である。要は、医学・疫学研究において明らかにされているJカーブ効果(適量飲酒は一定の範囲内での疾病リスクを下げる)を前提にして、「お酒を飲む日もノンアル」を打ち出すのである。お酒を飲まない人も、ノンアルコールビール以外の多様な選択肢があれば、それを求めるだろう。
先に述べたように、筆者自身もこれを実践している。すなわち、「とりあえずノンアルコールビール」に続いて、本物の日本酒またはワインを楽しむ。ビール好きの方には、クラフトビールとモクテルという組み合わせもいいかもしれない。
こう考えると、ノンアルコール飲料の可能性と視界は、一挙に開けてくるのではないだろうか。逆にいえば、健康志向時代のお酒の可能性と視界を広げることにもなる。
求められるのは、お酒を飲む人も、飲めない・飲まない人も楽しめる、ノンアルコール飲料のさらなる開発だ。そのときに大事なのは、料理とのペアリングであろう。
〈※1・・・藤野英人(2020)『ゲコノミクス──巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部※2・・・都留康(2020)『お酒の経済学──日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社〉
(都留 康)