今年の日本の政治には2つの山が存在する。1つ目は3月から5月の「春の山」だ。
この時期は、賃上げが焦点となる春闘、4月8日に2期10年の任期を終える黒田日銀総裁の後任人事、統一地方選挙および衆議院補欠選挙(千葉5区、和歌山1区、山口4区 ※岸前防衛相が議員辞職すれば山口2区も)と続く。その先の5月19日から21日には、広島でのG7サミットも控える。
もう1つが、9月から11月あたりの「秋の山」である。岸田首相は、1月3日、筆者が所属するラジオ局の新春特別番組で、衆議院解散について、「走りながら考えていく。状況の変化を見ながら真剣に考えていく」と語った。
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通常、首相というものは、解散について質問した場合、「頭の片隅にもない」と語るものだが、岸田首相は去年秋以降、相次ぐ大臣更迭で陥りかけた窮地を脱するため「解散権」をちらつかせることで自民党内での求心力を高めようとしたのである。これで自民党内での政権批判はかなり鎮静化した。しかし、菅前首相が月刊『文藝春秋』のインタビューで、岸田首相が首相就任後も派閥に籍を置いていることなどを批判したことの意味は大きい。この発言には石破元自民党幹事長も同調し、反主流派が「宣戦布告」した形となったからだ。岸田首相も「解散」に言及した以上、どこかで伝家の宝刀を抜かなければ、解散ができないまま体力を奪われてしまう。岸田首相が言葉どおりに決断するなら、そのタイミングは、前回の衆議院選挙から2年と折り返し地点を迎える秋しかない。今年の政治を箱根駅伝に例えるなら、登りの5区が2つあるようなものだ。岸田首相は1つ目の山を登り始めたばかりだが、最初のチェックポイントとも言える1月9日からの欧米歴訪は、「外交が得意」とする岸田首相らしく、ほぼ想定どおりの「走り」を見せてくれたと言っていい。欧米+カナダと構築した防衛協力体制1週間で5ヵ国という強行軍での欧米歴訪は、G7議長国として広島サミット成功に向けた地ならしが目的ではあったが、同時に、台湾有事や日本有事に備え、各国との防衛協力体制を築き上げることも大きなテーマであった。岸田首相が一連の首脳会談でこれらを無事成し遂げたことは評価に値する。その概要を振り返っておこう。(1)フランスとの間で今年前半に「2+2」(外務・防衛相会議)開催で合意。(2)イタリアとの間で両国関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げ。(3)イギリスとの間で自衛隊とイギリス軍の「円滑化協定」に署名。(4)カナダとの間で中国を念頭に安全保障面での連携強化を確認。(5)アメリカとの間で日本の反撃能力の開発と運用面でアメリカ側の協力を取りつけ、宇宙空間での攻撃に関しても日米安全保障条約第5条(アメリカが日本を守ることを定めた条文)が適用されることを確認。なかでも注目すべきはイギリスとの合意事項である。イギリス・スナク首相と署名した「円滑化協定」は、相互の部隊の入国や武器弾薬の持ち込みを簡素化し、合同軍事演習の実施を容易にするもので、令和版「日英同盟」とも言うべきものだ。Photo by gettyimages 「円滑化協定」は、2022年1月に結んだオーストラリアに続くもので、日本はこれにより、日英豪3か国で安全保障同盟を結んだ形になった。歴史をひもとけば、1902年、ロシアの極東進出をにらんで締結された「日英同盟」は、のちに日露戦争の勝利や第1次世界大戦後の日本の国際的な地位向上に寄与した。今回の協定も中国をけん制し、もし有事が生じた場合は、アメリカだけでなくイギリスやオーストラリアの支援も期待できるという点で極めて画期的なものと言えるだろう。アメリカとの合意も特筆すべきものだ。岸田首相とバイデン大統領との首脳会談に先がけ、両国の「2+2」協議で発表された共同文書では、アメリカが日本の反撃能力の開発や運用に協力すること、沖縄に駐留する海兵隊を改編し、台湾に近い南西諸島の防衛を強化すること、そして日本の人工衛星が攻撃された場合などアメリカが防衛に動くことなどが盛り込まれた。首脳会談後の共同記者会見が開かれなかったのは、バイデン大統領側に相次いで機密文書の持ち出し問題が浮上し、アメリカのメディアから質問攻めに遭うのを避けたためだ。決して、岸田首相を軽んじたわけではない。むしろ、岸田首相への厚遇ぶりが際立ったほどだ。会談前にはハリス副大統領が朝食会を開いて岸田首相をもてなした。また、ホワイトハウスでは、通常なら儀典長が出迎えるところをバイデン大統領自らがエスコートするという異例の対応も見せた。これは、今の中国を単独では抑えきれないアメリカの実情を表したものだ。それは安全保障に限らず、半導体や人工知能分野の研究開発でも同様である。バイデン大統領からすれば、防衛費を約束どおり増額し、今後5年間でアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」の大量購入も確約してくれたうえに、先端技術や宇宙分野でも「アメリカと協力したい」と言ってくれる「フミオ」は、誰よりも大切な友人に映ったに相違ない。Photo by gettyimages 元自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は語る。「これまでアメリカと日本は『矛』と『盾』の関係でした。しかし反撃能力の保持という形で今後は『矛』の役割も担うことになりました。その意味で非常にいいタイミングで内容も濃い訪米になったと思います。防御だけではやられっ放しになるんですよ。主導権は相手に握られてしまいます。それが、場合によっては反撃しますよ、ということになれば相手もひるむんです。私はいい方向に向かっていると思います」 もちろん、日米合意をめぐっては、「国会での審議は後回しか?」(共産党・小池書記局長)との批判もある。アメリカを喜ばせただけの「朝貢外交だ」との声も上がる。ただ、筆者は、一連の首脳会談で、「QUAD」(安倍元首相が提唱し構築された日米豪印の枠組み)を超える「対中包囲網」に前進が見られた点は、欧米歴訪の大きな成果だと思っている。箱根駅伝で言えば、4区までは失速していたのが、小田原中継所で立て直し、5区の坂道を登り始めたといったところだろうか。通常国会で待っているのは坂ばかりしかし、脱水症状や転倒など不測の事態が起こりやすいのが山登りである。岸田首相の場合も、得意な外交でいいスタートは切ったものの、山を登り切るまでには数多くの坂が待ち受けている。■通常国会で防衛費増額に関し野党側から厳しい批判にさらされる4月に統一地方選挙を控え、野党側は、防衛費増額の財源や反撃能力の保持について徹底追及する。防衛増税に舵を切れば、自民党内からも突き上げを受ける。■離島防衛のためミサイル部隊を配備すれば「両刃の剣」になる台湾に最も近い島、沖縄県与那国町の漁協、嵩西茂則組合長は、筆者の問いにこう語る。「やむをえないことと思うしかないですが、ミサイル部隊の配備には賛否両論渦巻いています。防衛省から町議会には説明があったようですが住民には説明されていない。ミサイル部隊があるからこそ狙われてしまいます。自衛隊の容認とミサイル配備は別問題です」中国と台湾のはさまて揺れる与那国町漁業協同組合(写真提供:清水克彦) 与那国町 こののとかな風景の近くにミサイル部隊か駐留するとみられる(写真提供:清水克彦)■防衛産業支援のための法律が整備されても簡単には復活しない政府は、衰退傾向にある国内の防衛産業支援のため、財政支援を行い、武器を輸出しやすくするため「防衛装備品移転3原則」も緩和する方針。とはいえ、衰退した産業を元に戻すには時間がかかる。アメリカからトマホークを大量購入しても日本の防衛産業のプラスにはならず、運用面でもアメリカ軍の指揮下に入ることになる。■G7サミット以外、岸田首相にとってプラス材料がないこの先、物価の高騰に対して賃上げ率が芳しくない、日銀総裁人事が不評、中国からの渡航者増加で新型コロナウイルス第8波が深刻化する、といった事象が続き、そこに大臣の新たな不祥事が発覚したり、福島で汚染水の海洋放出が始まったりすれば、岸田政権の支持率はさらに下落する。台湾有事への備えは巨大地震への備えと同じそれでも筆者は、岸田首相には防衛力の強化をできるだけ進めてほしいと考えている。有事への備えは、巨大地震など自然災害に備えるのと同じだ。南海トラフ地震や首都直下型地震と同様、台湾有事が絶対に起きるとは言えないが、まさかの事態を想定し、被害を抑えるために何が必要かは現実的に考えておくべきだ。しかも、相手が中国、あるいは北朝鮮の場合、外交や防衛力という抑止力の強化で未然に防ぐこともできる。1月9日、ワシントンのシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が発表した台湾有事に関するシミュレーション(2026年を想定)では、3週間でアメリカ兵3200人が死亡し、日本も自衛隊に多大な犠牲者を出すとの分析が示された。こんな戦争は起こしてはならない。ただ、起きてしまった場合、アメリカやオーストラリア、イギリスなどから援軍が来るまでの間、自衛隊と台湾軍で対処しなければならない。欧米との外交の次は防衛力の具体的な強化である。岸田首相には、沿道から上がる批判の声を受け止めながら、「国民にきちんと説明大作戦」で走り続けてほしい。
通常、首相というものは、解散について質問した場合、「頭の片隅にもない」と語るものだが、岸田首相は去年秋以降、相次ぐ大臣更迭で陥りかけた窮地を脱するため「解散権」をちらつかせることで自民党内での求心力を高めようとしたのである。
これで自民党内での政権批判はかなり鎮静化した。しかし、菅前首相が月刊『文藝春秋』のインタビューで、岸田首相が首相就任後も派閥に籍を置いていることなどを批判したことの意味は大きい。この発言には石破元自民党幹事長も同調し、反主流派が「宣戦布告」した形となったからだ。
岸田首相も「解散」に言及した以上、どこかで伝家の宝刀を抜かなければ、解散ができないまま体力を奪われてしまう。岸田首相が言葉どおりに決断するなら、そのタイミングは、前回の衆議院選挙から2年と折り返し地点を迎える秋しかない。
今年の政治を箱根駅伝に例えるなら、登りの5区が2つあるようなものだ。岸田首相は1つ目の山を登り始めたばかりだが、最初のチェックポイントとも言える1月9日からの欧米歴訪は、「外交が得意」とする岸田首相らしく、ほぼ想定どおりの「走り」を見せてくれたと言っていい。
1週間で5ヵ国という強行軍での欧米歴訪は、G7議長国として広島サミット成功に向けた地ならしが目的ではあったが、同時に、台湾有事や日本有事に備え、各国との防衛協力体制を築き上げることも大きなテーマであった。
岸田首相が一連の首脳会談でこれらを無事成し遂げたことは評価に値する。その概要を振り返っておこう。
(1)フランスとの間で今年前半に「2+2」(外務・防衛相会議)開催で合意。(2)イタリアとの間で両国関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げ。(3)イギリスとの間で自衛隊とイギリス軍の「円滑化協定」に署名。(4)カナダとの間で中国を念頭に安全保障面での連携強化を確認。(5)アメリカとの間で日本の反撃能力の開発と運用面でアメリカ側の協力を取りつけ、宇宙空間での攻撃に関しても日米安全保障条約第5条(アメリカが日本を守ることを定めた条文)が適用されることを確認。
なかでも注目すべきはイギリスとの合意事項である。
イギリス・スナク首相と署名した「円滑化協定」は、相互の部隊の入国や武器弾薬の持ち込みを簡素化し、合同軍事演習の実施を容易にするもので、令和版「日英同盟」とも言うべきものだ。
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「円滑化協定」は、2022年1月に結んだオーストラリアに続くもので、日本はこれにより、日英豪3か国で安全保障同盟を結んだ形になった。歴史をひもとけば、1902年、ロシアの極東進出をにらんで締結された「日英同盟」は、のちに日露戦争の勝利や第1次世界大戦後の日本の国際的な地位向上に寄与した。今回の協定も中国をけん制し、もし有事が生じた場合は、アメリカだけでなくイギリスやオーストラリアの支援も期待できるという点で極めて画期的なものと言えるだろう。アメリカとの合意も特筆すべきものだ。岸田首相とバイデン大統領との首脳会談に先がけ、両国の「2+2」協議で発表された共同文書では、アメリカが日本の反撃能力の開発や運用に協力すること、沖縄に駐留する海兵隊を改編し、台湾に近い南西諸島の防衛を強化すること、そして日本の人工衛星が攻撃された場合などアメリカが防衛に動くことなどが盛り込まれた。首脳会談後の共同記者会見が開かれなかったのは、バイデン大統領側に相次いで機密文書の持ち出し問題が浮上し、アメリカのメディアから質問攻めに遭うのを避けたためだ。決して、岸田首相を軽んじたわけではない。むしろ、岸田首相への厚遇ぶりが際立ったほどだ。会談前にはハリス副大統領が朝食会を開いて岸田首相をもてなした。また、ホワイトハウスでは、通常なら儀典長が出迎えるところをバイデン大統領自らがエスコートするという異例の対応も見せた。これは、今の中国を単独では抑えきれないアメリカの実情を表したものだ。それは安全保障に限らず、半導体や人工知能分野の研究開発でも同様である。バイデン大統領からすれば、防衛費を約束どおり増額し、今後5年間でアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」の大量購入も確約してくれたうえに、先端技術や宇宙分野でも「アメリカと協力したい」と言ってくれる「フミオ」は、誰よりも大切な友人に映ったに相違ない。Photo by gettyimages 元自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は語る。「これまでアメリカと日本は『矛』と『盾』の関係でした。しかし反撃能力の保持という形で今後は『矛』の役割も担うことになりました。その意味で非常にいいタイミングで内容も濃い訪米になったと思います。防御だけではやられっ放しになるんですよ。主導権は相手に握られてしまいます。それが、場合によっては反撃しますよ、ということになれば相手もひるむんです。私はいい方向に向かっていると思います」 もちろん、日米合意をめぐっては、「国会での審議は後回しか?」(共産党・小池書記局長)との批判もある。アメリカを喜ばせただけの「朝貢外交だ」との声も上がる。ただ、筆者は、一連の首脳会談で、「QUAD」(安倍元首相が提唱し構築された日米豪印の枠組み)を超える「対中包囲網」に前進が見られた点は、欧米歴訪の大きな成果だと思っている。箱根駅伝で言えば、4区までは失速していたのが、小田原中継所で立て直し、5区の坂道を登り始めたといったところだろうか。通常国会で待っているのは坂ばかりしかし、脱水症状や転倒など不測の事態が起こりやすいのが山登りである。岸田首相の場合も、得意な外交でいいスタートは切ったものの、山を登り切るまでには数多くの坂が待ち受けている。■通常国会で防衛費増額に関し野党側から厳しい批判にさらされる4月に統一地方選挙を控え、野党側は、防衛費増額の財源や反撃能力の保持について徹底追及する。防衛増税に舵を切れば、自民党内からも突き上げを受ける。■離島防衛のためミサイル部隊を配備すれば「両刃の剣」になる台湾に最も近い島、沖縄県与那国町の漁協、嵩西茂則組合長は、筆者の問いにこう語る。「やむをえないことと思うしかないですが、ミサイル部隊の配備には賛否両論渦巻いています。防衛省から町議会には説明があったようですが住民には説明されていない。ミサイル部隊があるからこそ狙われてしまいます。自衛隊の容認とミサイル配備は別問題です」中国と台湾のはさまて揺れる与那国町漁業協同組合(写真提供:清水克彦) 与那国町 こののとかな風景の近くにミサイル部隊か駐留するとみられる(写真提供:清水克彦)■防衛産業支援のための法律が整備されても簡単には復活しない政府は、衰退傾向にある国内の防衛産業支援のため、財政支援を行い、武器を輸出しやすくするため「防衛装備品移転3原則」も緩和する方針。とはいえ、衰退した産業を元に戻すには時間がかかる。アメリカからトマホークを大量購入しても日本の防衛産業のプラスにはならず、運用面でもアメリカ軍の指揮下に入ることになる。■G7サミット以外、岸田首相にとってプラス材料がないこの先、物価の高騰に対して賃上げ率が芳しくない、日銀総裁人事が不評、中国からの渡航者増加で新型コロナウイルス第8波が深刻化する、といった事象が続き、そこに大臣の新たな不祥事が発覚したり、福島で汚染水の海洋放出が始まったりすれば、岸田政権の支持率はさらに下落する。台湾有事への備えは巨大地震への備えと同じそれでも筆者は、岸田首相には防衛力の強化をできるだけ進めてほしいと考えている。有事への備えは、巨大地震など自然災害に備えるのと同じだ。南海トラフ地震や首都直下型地震と同様、台湾有事が絶対に起きるとは言えないが、まさかの事態を想定し、被害を抑えるために何が必要かは現実的に考えておくべきだ。しかも、相手が中国、あるいは北朝鮮の場合、外交や防衛力という抑止力の強化で未然に防ぐこともできる。1月9日、ワシントンのシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が発表した台湾有事に関するシミュレーション(2026年を想定)では、3週間でアメリカ兵3200人が死亡し、日本も自衛隊に多大な犠牲者を出すとの分析が示された。こんな戦争は起こしてはならない。ただ、起きてしまった場合、アメリカやオーストラリア、イギリスなどから援軍が来るまでの間、自衛隊と台湾軍で対処しなければならない。欧米との外交の次は防衛力の具体的な強化である。岸田首相には、沿道から上がる批判の声を受け止めながら、「国民にきちんと説明大作戦」で走り続けてほしい。
「円滑化協定」は、2022年1月に結んだオーストラリアに続くもので、日本はこれにより、日英豪3か国で安全保障同盟を結んだ形になった。
歴史をひもとけば、1902年、ロシアの極東進出をにらんで締結された「日英同盟」は、のちに日露戦争の勝利や第1次世界大戦後の日本の国際的な地位向上に寄与した。
今回の協定も中国をけん制し、もし有事が生じた場合は、アメリカだけでなくイギリスやオーストラリアの支援も期待できるという点で極めて画期的なものと言えるだろう。
アメリカとの合意も特筆すべきものだ。岸田首相とバイデン大統領との首脳会談に先がけ、両国の「2+2」協議で発表された共同文書では、アメリカが日本の反撃能力の開発や運用に協力すること、沖縄に駐留する海兵隊を改編し、台湾に近い南西諸島の防衛を強化すること、そして日本の人工衛星が攻撃された場合などアメリカが防衛に動くことなどが盛り込まれた。
首脳会談後の共同記者会見が開かれなかったのは、バイデン大統領側に相次いで機密文書の持ち出し問題が浮上し、アメリカのメディアから質問攻めに遭うのを避けたためだ。決して、岸田首相を軽んじたわけではない。
むしろ、岸田首相への厚遇ぶりが際立ったほどだ。会談前にはハリス副大統領が朝食会を開いて岸田首相をもてなした。また、ホワイトハウスでは、通常なら儀典長が出迎えるところをバイデン大統領自らがエスコートするという異例の対応も見せた。
これは、今の中国を単独では抑えきれないアメリカの実情を表したものだ。それは安全保障に限らず、半導体や人工知能分野の研究開発でも同様である。
バイデン大統領からすれば、防衛費を約束どおり増額し、今後5年間でアメリカの巡航ミサイル「トマホーク」の大量購入も確約してくれたうえに、先端技術や宇宙分野でも「アメリカと協力したい」と言ってくれる「フミオ」は、誰よりも大切な友人に映ったに相違ない。
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元自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は語る。「これまでアメリカと日本は『矛』と『盾』の関係でした。しかし反撃能力の保持という形で今後は『矛』の役割も担うことになりました。その意味で非常にいいタイミングで内容も濃い訪米になったと思います。防御だけではやられっ放しになるんですよ。主導権は相手に握られてしまいます。それが、場合によっては反撃しますよ、ということになれば相手もひるむんです。私はいい方向に向かっていると思います」 もちろん、日米合意をめぐっては、「国会での審議は後回しか?」(共産党・小池書記局長)との批判もある。アメリカを喜ばせただけの「朝貢外交だ」との声も上がる。ただ、筆者は、一連の首脳会談で、「QUAD」(安倍元首相が提唱し構築された日米豪印の枠組み)を超える「対中包囲網」に前進が見られた点は、欧米歴訪の大きな成果だと思っている。箱根駅伝で言えば、4区までは失速していたのが、小田原中継所で立て直し、5区の坂道を登り始めたといったところだろうか。通常国会で待っているのは坂ばかりしかし、脱水症状や転倒など不測の事態が起こりやすいのが山登りである。岸田首相の場合も、得意な外交でいいスタートは切ったものの、山を登り切るまでには数多くの坂が待ち受けている。■通常国会で防衛費増額に関し野党側から厳しい批判にさらされる4月に統一地方選挙を控え、野党側は、防衛費増額の財源や反撃能力の保持について徹底追及する。防衛増税に舵を切れば、自民党内からも突き上げを受ける。■離島防衛のためミサイル部隊を配備すれば「両刃の剣」になる台湾に最も近い島、沖縄県与那国町の漁協、嵩西茂則組合長は、筆者の問いにこう語る。「やむをえないことと思うしかないですが、ミサイル部隊の配備には賛否両論渦巻いています。防衛省から町議会には説明があったようですが住民には説明されていない。ミサイル部隊があるからこそ狙われてしまいます。自衛隊の容認とミサイル配備は別問題です」中国と台湾のはさまて揺れる与那国町漁業協同組合(写真提供:清水克彦) 与那国町 こののとかな風景の近くにミサイル部隊か駐留するとみられる(写真提供:清水克彦)■防衛産業支援のための法律が整備されても簡単には復活しない政府は、衰退傾向にある国内の防衛産業支援のため、財政支援を行い、武器を輸出しやすくするため「防衛装備品移転3原則」も緩和する方針。とはいえ、衰退した産業を元に戻すには時間がかかる。アメリカからトマホークを大量購入しても日本の防衛産業のプラスにはならず、運用面でもアメリカ軍の指揮下に入ることになる。■G7サミット以外、岸田首相にとってプラス材料がないこの先、物価の高騰に対して賃上げ率が芳しくない、日銀総裁人事が不評、中国からの渡航者増加で新型コロナウイルス第8波が深刻化する、といった事象が続き、そこに大臣の新たな不祥事が発覚したり、福島で汚染水の海洋放出が始まったりすれば、岸田政権の支持率はさらに下落する。台湾有事への備えは巨大地震への備えと同じそれでも筆者は、岸田首相には防衛力の強化をできるだけ進めてほしいと考えている。有事への備えは、巨大地震など自然災害に備えるのと同じだ。南海トラフ地震や首都直下型地震と同様、台湾有事が絶対に起きるとは言えないが、まさかの事態を想定し、被害を抑えるために何が必要かは現実的に考えておくべきだ。しかも、相手が中国、あるいは北朝鮮の場合、外交や防衛力という抑止力の強化で未然に防ぐこともできる。1月9日、ワシントンのシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が発表した台湾有事に関するシミュレーション(2026年を想定)では、3週間でアメリカ兵3200人が死亡し、日本も自衛隊に多大な犠牲者を出すとの分析が示された。こんな戦争は起こしてはならない。ただ、起きてしまった場合、アメリカやオーストラリア、イギリスなどから援軍が来るまでの間、自衛隊と台湾軍で対処しなければならない。欧米との外交の次は防衛力の具体的な強化である。岸田首相には、沿道から上がる批判の声を受け止めながら、「国民にきちんと説明大作戦」で走り続けてほしい。
元自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏は語る。
「これまでアメリカと日本は『矛』と『盾』の関係でした。しかし反撃能力の保持という形で今後は『矛』の役割も担うことになりました。その意味で非常にいいタイミングで内容も濃い訪米になったと思います。
防御だけではやられっ放しになるんですよ。主導権は相手に握られてしまいます。それが、場合によっては反撃しますよ、ということになれば相手もひるむんです。私はいい方向に向かっていると思います」 もちろん、日米合意をめぐっては、「国会での審議は後回しか?」(共産党・小池書記局長)との批判もある。アメリカを喜ばせただけの「朝貢外交だ」との声も上がる。ただ、筆者は、一連の首脳会談で、「QUAD」(安倍元首相が提唱し構築された日米豪印の枠組み)を超える「対中包囲網」に前進が見られた点は、欧米歴訪の大きな成果だと思っている。
箱根駅伝で言えば、4区までは失速していたのが、小田原中継所で立て直し、5区の坂道を登り始めたといったところだろうか。
しかし、脱水症状や転倒など不測の事態が起こりやすいのが山登りである。岸田首相の場合も、得意な外交でいいスタートは切ったものの、山を登り切るまでには数多くの坂が待ち受けている。
4月に統一地方選挙を控え、野党側は、防衛費増額の財源や反撃能力の保持について徹底追及する。防衛増税に舵を切れば、自民党内からも突き上げを受ける。
台湾に最も近い島、沖縄県与那国町の漁協、嵩西茂則組合長は、筆者の問いにこう語る。
「やむをえないことと思うしかないですが、ミサイル部隊の配備には賛否両論渦巻いています。防衛省から町議会には説明があったようですが住民には説明されていない。ミサイル部隊があるからこそ狙われてしまいます。自衛隊の容認とミサイル配備は別問題です」
中国と台湾のはさまて揺れる与那国町漁業協同組合(写真提供:清水克彦)
与那国町 こののとかな風景の近くにミサイル部隊か駐留するとみられる(写真提供:清水克彦)■防衛産業支援のための法律が整備されても簡単には復活しない政府は、衰退傾向にある国内の防衛産業支援のため、財政支援を行い、武器を輸出しやすくするため「防衛装備品移転3原則」も緩和する方針。とはいえ、衰退した産業を元に戻すには時間がかかる。アメリカからトマホークを大量購入しても日本の防衛産業のプラスにはならず、運用面でもアメリカ軍の指揮下に入ることになる。■G7サミット以外、岸田首相にとってプラス材料がないこの先、物価の高騰に対して賃上げ率が芳しくない、日銀総裁人事が不評、中国からの渡航者増加で新型コロナウイルス第8波が深刻化する、といった事象が続き、そこに大臣の新たな不祥事が発覚したり、福島で汚染水の海洋放出が始まったりすれば、岸田政権の支持率はさらに下落する。台湾有事への備えは巨大地震への備えと同じそれでも筆者は、岸田首相には防衛力の強化をできるだけ進めてほしいと考えている。有事への備えは、巨大地震など自然災害に備えるのと同じだ。南海トラフ地震や首都直下型地震と同様、台湾有事が絶対に起きるとは言えないが、まさかの事態を想定し、被害を抑えるために何が必要かは現実的に考えておくべきだ。しかも、相手が中国、あるいは北朝鮮の場合、外交や防衛力という抑止力の強化で未然に防ぐこともできる。1月9日、ワシントンのシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が発表した台湾有事に関するシミュレーション(2026年を想定)では、3週間でアメリカ兵3200人が死亡し、日本も自衛隊に多大な犠牲者を出すとの分析が示された。こんな戦争は起こしてはならない。ただ、起きてしまった場合、アメリカやオーストラリア、イギリスなどから援軍が来るまでの間、自衛隊と台湾軍で対処しなければならない。欧米との外交の次は防衛力の具体的な強化である。岸田首相には、沿道から上がる批判の声を受け止めながら、「国民にきちんと説明大作戦」で走り続けてほしい。
与那国町 こののとかな風景の近くにミサイル部隊か駐留するとみられる(写真提供:清水克彦)
政府は、衰退傾向にある国内の防衛産業支援のため、財政支援を行い、武器を輸出しやすくするため「防衛装備品移転3原則」も緩和する方針。
とはいえ、衰退した産業を元に戻すには時間がかかる。アメリカからトマホークを大量購入しても日本の防衛産業のプラスにはならず、運用面でもアメリカ軍の指揮下に入ることになる。
この先、物価の高騰に対して賃上げ率が芳しくない、日銀総裁人事が不評、中国からの渡航者増加で新型コロナウイルス第8波が深刻化する、といった事象が続き、そこに大臣の新たな不祥事が発覚したり、福島で汚染水の海洋放出が始まったりすれば、岸田政権の支持率はさらに下落する。
それでも筆者は、岸田首相には防衛力の強化をできるだけ進めてほしいと考えている。
有事への備えは、巨大地震など自然災害に備えるのと同じだ。南海トラフ地震や首都直下型地震と同様、台湾有事が絶対に起きるとは言えないが、まさかの事態を想定し、被害を抑えるために何が必要かは現実的に考えておくべきだ。
しかも、相手が中国、あるいは北朝鮮の場合、外交や防衛力という抑止力の強化で未然に防ぐこともできる。
1月9日、ワシントンのシンクタンク、CSIS(戦略国際問題研究所)が発表した台湾有事に関するシミュレーション(2026年を想定)では、3週間でアメリカ兵3200人が死亡し、日本も自衛隊に多大な犠牲者を出すとの分析が示された。
こんな戦争は起こしてはならない。ただ、起きてしまった場合、アメリカやオーストラリア、イギリスなどから援軍が来るまでの間、自衛隊と台湾軍で対処しなければならない。欧米との外交の次は防衛力の具体的な強化である。
岸田首相には、沿道から上がる批判の声を受け止めながら、「国民にきちんと説明大作戦」で走り続けてほしい。