※本稿は、櫻井義秀『霊と金』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
旧統一教会の教義は教典『原理講論』に加えて、教祖がこれまでの説教で語った膨大(ぼうだい)な「御言葉」、及び聖書の参照から構成される。「創造原理」、「堕落論」、「復帰原理」が柱となる。
「創造原理」では、宇宙の根本原理、神の創造目的が説かれ、「堕落論」では不幸の原因である原罪の真相が解き明かされる。
創世記において、エバが善悪を知る木の実を蛇にそそのかされて食べ、その実をアダムにも食べさせると目が開き、2人は裸であることに気づいた。
神は、取って食べるなという神の戒(いましめ)を破ったので、2人を楽園から追放したという、あの箇所である。
文鮮明は、蛇とは、後にサタンとなる、堕天使にして元天使長のルシファー(旧統一教会ではルーシェルという)であり、人類始祖のエバがそそのかされて食べた禁断の果実とは、ルシファーとの禁断の愛であったと断じる。
神様はアダムが1人でいては寂しかろうと、アダムのあばら骨からエバを作ってくれたのであるから、エバはアダムの伴侶である。
しかるに、エバはルシファーと不倫をおかし、次いでアダムとも慌てて性関係を持つなど堕落した。そして、サタンからエバ、エバからアダム、人類の始祖から子孫たる全人類に神に背いた悪の血統が相続された。人間が罪を犯すのはサタンの血をひく末裔(まつえい)のゆえとされる。
もちろん、このような堕落の真相やそれが原罪だといった説明は、聖書に全く書かれていない。
では、何を根拠として?
実は文鮮明がイエスや神から直接聞き及んだ話だという。そう言われてしまうとわれわれとしても、ひとまずなるほどと聞いておくしかないではないか。
神は人間を神の側に取り戻す計画を考えられたそうだ。救世主の派遣である。
旧統一教会によれば、イエスは人間の娘を娶(めと)って、善なる子孫を残す予定であったが、人間の不信により十字架で殺害された。
そこで神は計画を変更せざるを得ず、イエスを天にあげられ、イエスの復活を信じるもの達に霊的救済のみを約束されたのだとする。
しかし、神は人類の肉体も含めた完全な救済(復帰の摂理)をお考えになり、人類に再臨主を遣わした。
その再臨主こそ何を隠そう、私であるというのが文鮮明の言である。
これまた本人がそう言い、霊界も証(あか)すところだということなので了承しよう。
しかし、彼の母がマリアのように彼を処女懐胎(無原罪の宿り)したという話はない。
さてさて、普通に人間として生まれた再臨主は、私たちをどのようにして救済してくれるのだろうか。いますこし、筆者の説明におつきあい願いたい。
ここで登場するのが有名な「合同結婚式」である。
「祝福」とも呼ばれ、文鮮明が旧統一教会員同士をその場で指名して、或いは写真を見てマッチングする。
信徒は、どんな相手であっても、再臨主が選んでくれた最高の伴侶として結婚する。
このような家庭から「無原罪の子」が生まれるとされる。
文鮮明夫妻を真の親とする信者の家庭によって神の王国は建設され、地上天国が実現されるというのである。
教団の公式発表では、1960年から今まで37回にわたり国際合同結婚式が挙行され、祝福に与(あずか)ったカップルは30億組を優に超えるとされる。誤植ではない。
1998年6月13日、アメリカのマディソンスクエア・ガーデンで3億6000万組第一次世界祝福式が行われ、翌1999年2月7日、ソウルの蚕室オリンピック・メーンスタジアムにおいて3億6000万組国際合同祝福式があった。
なお、生きている人だけではなく、既に霊界に住んでいる人達も先祖解怨という旧統一教会の儀式を通して救われ、祝福を受けているものもいるとのことだ。
旧統一教会は、Blessingと書かれたコーヒー・フレッシュ状の入れ物に入った赤い液体を多くの人に配っており、もらっただけでも祝福に与ったことになるという。
このようにして何億組という数合わせをしているのだが、筆者もその液体を持っているので数えられた可能性がある。
現在、旧統一教会員でも祝福だけでは不十分で、140万円相当の献金をして天一国と呼ばれる天国への入籍証を持たないと天国には入れないと言われている。
ちなみに、祝福にも140万円の献金を必要とする。計280万円で天国に行けるのであれば安い買い物だが、旧統一教会員になることが条件なので、かえって高くつく可能性もある。
これまでの説明で、旧統一教会信徒が信奉する教えと究極の救済方法である祝福をある程度理解していただけたかと思う。
いわゆるオーソドックスなキリスト教諸派と比べれば、旧統一教会の独自性は明らかである。現代人には、教祖の選んだ人であればどんな人とでも……というような結婚は受け入れがたいものだろう。
しかし、これまでに7000人あまりの日本人女性信徒が信仰のゆえに韓国人男性と祝福を受け、多くの人々が韓国の郡部で暮らしている。そこでは日本の農村部同様、深刻な男女のミスマッチ(いわゆる嫁不足)があり、中国朝鮮族の女性と結婚する農村男性も少なくない。
韓国人男性の中には信仰が全くなくても、旧統一教会主催の合同結婚式に参加して日本人女性を伴侶としているものもいる。
信徒同士の宗教的結婚というのは1990年代半ばまでの話であり、その後、教会は韓国人の信者獲得のために日本人女性を送り込んできたと言えなくもない。
もちろん、教会が言うには、韓国人男性は霊的に高いから日本人女性信徒にとっては結婚できるだけでも幸いであり、韓国が日帝による36年間の支配から受けた恩讐(おんしゅう)に報いるには、日本人女性の献身がよりいっそう求められるし、何より彼女達は喜んで韓国に来たのであるという。
文鮮明によれば、地上天国の統一言語は韓国語であり、韓国式文化こそ日本人が救いに与るために学ぶべきものなのだ。
このセリフは昔も聞いた。朝鮮半島に渡った日本人妻といえば、北朝鮮への帰還事業で何千人もの日本人女性が在日朝鮮人の人達と一緒に地上の楽園に行ったことだろう。彼女達の帰国を阻むのは国境であるが、旧統一教会は信仰により国際結婚した女性達を韓国に留めている。
信仰で結婚はできるが、生活は現実である。
生活力のある男性と結婚できた女性信徒はよいが、そうではないケースも仄聞(そくぶん)する。
高学歴社会の韓国で、配偶者に恵まれない地方在住の男性はどのような学歴や職業の人物であろうか。1990年代の日本女性の平均的な大学進学率は4割に達していた。おそらくは、彼女達の生活水準や学歴達成を、自分たちの子供にかなえてやることも難しいのではないかと心配になる。
もっとも、韓国に嫁いだ女性信徒達は、世界の中心たる韓国にいるということで、日本の旧統一教会が負うミッションから逃れることができる。
文鮮明によれば、韓国はアダム国家で日本はエバ国家、アダムを堕落させたエバがアダムに仕える(侍(はべ)るという言い方もする)のは当然となる。
大変なのは、日本で生活をしている祝福家庭の信徒達である。
祝福を受けて原罪のない子供を産み、理想の家庭を築こうという時に、教祖の命を受けた日本本部から、次々と献金目標額のファックスが届くのである。
旧統一教会の信徒たるもの、再臨主の願いに応えないわけにはいかない。問題は、どこからそのお金をかき集めてくるのか、である。
———-櫻井 義秀(さくらい・よしひで)北海道大学大学院文学研究院教授1961(昭和36)年山形県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士課程中退。文学博士。専攻は宗教社会学、タイ地域研究。主な著書に『霊と金』(新潮新書)、『「カルト」を問い直す』(中公新書ラクレ)。編著に『統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会)、『カルトとスピリチュアリティ』『よくわかる宗教社会学』(編著、ミネルヴァ書房)など。———-
(北海道大学大学院文学研究院教授 櫻井 義秀)