息苦しいコロナ禍。イライラが募って、ギスギスが強まり、ストレスは増え続け……。そこで大手を振っているのが“イチャモンこそ正義”を地で行くカスタマーハラスメント。理不尽な顧客には果たしてどう対処すべきなのか。令和の新・ビジネス常識を紹介する。【窪田順正 報道対策アドバイザー/ノンフィクション・ライター】
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【写真を見る】「お客様は神様です」という言葉で知られる三波春夫 とあるホームセンター。レジにいた店員が近くの男性客から手招きされる。何事かと思って近づくと、男性客は胸ぐらをつかんでこうすごんだ。
「お前、なんだよその態度、客をナメてるのか?」 そのまま15メートルくらい引きずり回された店員はとにかく暴力はやめてほしいと訴えたが、男性客はまったく聞く耳を持たない。因縁をつけられる理由が思い当たらない店員を恐怖のどん底につき落としたのは、男がこんな恫喝を繰り返したことだった。「昭和・平成」のクレーマーとの違いとは?「俺は人を殺したことがあるんだよ!」 これは全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UAゼンセン)が2020年12月に公表した事例をベースに再現した「カスハラ」の一例だ。聞いているだけで不快になる横暴な振る舞いに、「人間のカスによるハラスメントってこと?」と思いたくもなるところだが「カス」とはカスタマー、つまりは「顧客」によるハラスメント(嫌がらせ)だ。そんなカスタマーハラスメントがコロナ禍に入り増えている。「カスハラ天国」 交通・運輸・観光などの産業で働く約60万人が加盟する全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)が、21年5~8月に全国の公共交通機関、物流、観光産業の現場で働く2万908人を対象に行った調査では、直近2年以内に「迷惑行為」が増加していると感じる人が57.1%にも及んでいる。つまり、コロナ禍を経た現代日本ではいたるところで、「お客様は神様だろ」と言わんばかりの上から目線の態度で店員に罵声を浴びせたり、説教したりする人が大量発生して、「カスハラ天国」の様相を呈しているのだ。 という話を聞いても素直に受け取れない人も多いだろう。「スメハラ」(体臭や口臭などで周囲を不快にさせる行為)や「ヌーハラ」(麺をすする音で周囲を不快にさせる行為)なんて言葉もあるように、最近は猫も杓子も「ハラスメント」さえつければ社会問題になってしまう風潮がある。昔からあった、店や企業に対して理不尽な要求をする「モンスタークレーマー」を今風に言い換えて騒ぎをあおっているだけではないのか――なんて懐疑的に見ている方もいるかもしれない。かつては「金目的」だった ただ、従来のモンスタークレーマーと、現在、増加中のカスハラは似て非なるものだ。その違いは一言で言えば、「目的」だ。それを理解するのにうってつけの「事件」がある。 今から18年前、有名牛丼チェーンの店長が常連客から毎日のようにクレームを受けていた。この客はいつも「持ち帰り牛丼」を購入していたが、そのたびに牛丼の汁が漏れてしまうと文句を言って、連日、苦情電話をかけてくることもあった。「ほらみろ、昔もカスハラなるものはあったじゃないか」と思うだろうが、実はこの客がクレームを入れたのは嫌がらせではなく、「金目的」だった。店長につきまとっては「返金」名目で牛丼代相当の金を払わせていたのだ。苦情対応だけではなく、金銭まで要求されていた店長は次第に心を病み、最終的にはこの客を刃物で刺し殺してしまう。これは典型的な「モンスタークレーマー」が引き金となった最悪の事件として今も語られている。 一般的に「クレーム」というのは、消費者が事業者に対して商品やサービスの不備を指摘し、商品の返品や交換、さらには追加サービスの提供を求める「条件闘争」の側面が強い。それが行きすぎてモンスター化すると、「精神的苦痛に対する賠償金を払え」などと高額な金品を要求したりするのだ。金品の要求ではなく 一方、令和のカスハラにはそのように何か物資的な恩恵を得ようという目的はない。客という優位な立場を使って、店員や従業員を侮辱する「ハラスメント」自体が主目的だ。それはさまざまな調査でも明らかになっている。 例えば、前出・交運労協の調査で客からの「迷惑行為」について質問したところ、最も印象に残っている事例として挙がったのは「暴言」の49.7%で、「何度も同じ内容を繰り返すクレーム」(14.8%)、「威嚇・脅迫」(13.1%)、「権威的(説教)態度」(9.4%)と続く。では、昭和・平成のクレーマーたちがゴールとしていた、「金品の要求」はどれくらいかというと、わずか0.4%に過ぎない。 このようにモンスタークレーマーとの違いがわかってくると、なぜカスハラが新型コロナ発生後に増えているのかという理由も想像できる。それは「ストレス発散」だ。 歌手・三波春夫がステージに立つ時の心境を述べた「お客様は神様です」という言葉が、顧客第一主義と誤解されて広まってしまったように、日本社会では、モノを売ったりサービスを提供したりする側はとにかく「客」にペコペコと頭を下げなくてはいけないという考え方が一般的だ。そして、長引くコロナ禍でイライラした人々が、そういう弱い立場の人たちを「サンドバッグ」のようにたたくことで、ストレスを発散している可能性があるのだ。7割が50代以上の男性 この仮説を後押しするのが、カスハラをする人に「50代以上の男性」が多いという事実だ。UAゼンセンが20年に実施した調査でも、迷惑行為をしてきた客のうち74.8%が男性で、推定年代として50代が30.8%と最も多く、60代が28.0%、70代以上が11.5%で、およそ7割を「50代以上の男性」が占めている。これは非常に興味深い結果だ。この「50代」というのは実はコロナ禍で最もストレスを感じている世代だからだ。 リサーチ会社インテージが21年5月、15歳から79歳までを対象に、コロナ前(19年)とコロナ禍(21年)のストレス実態の比較をしたところ、「ストレスをよく感じる」と回答した人は20代が1.1ポイント増、30代は6.1ポイント増なのに対して50代は14.2ポイント増で、コロナ前と比べなんと2.4倍にまで膨れ上がっていた。 そんな「疲弊する50代」を象徴するのが「自殺」だ。厚労省と警察庁の「令和3年中における自殺の状況」によれば、前年に比べて20代、40代などの自殺も増加したが、とりわけ「50代が最も大きく増加」したという。日本の自殺者の傾向は、女性より男性の方が約2倍多い。つまり、コロナ禍で50代男性の自殺が増えている可能性が高いのだ。こんなにもストレスの多い50代男性が、そこかしこで店員や従業員に嫌がらせをしていると聞けば、「ストレス発散」という言葉が浮かぶのは当然だろう。「安易に謝ってはいけない」は本当か では、コロナ禍が招いたギスギス社会の中で、中高年男性にとって格好のストレス発散の手段となっている「カスハラ」に、我々はどうやって対処していくべきなのか。 巷には、さまざまなカスハラ対策が唱えられているが、実はその中には誤ったものも多い。その代表が、「安易に謝ってはいけない」だ。これは昭和・平成のモンスタークレーマー対策では半ば「常識」として語られていたもので、相手の迫力に押されて反射的に謝ってしまうと、つけあがって要求がエスカレートするという理由からだ。 ただ、先ほども説明したように、令和の時代にカスハラをする人は「条件闘争」をするわけではないので、このような駆け引きは無意味だ。むしろ、相手の怒りに火をつけて、事態を悪化させることの方が多い。報道対策アドバイザーとして、この手の問題の対応にもあたる筆者の経験を基に、ご説明しよう。“言い訳がましい謝罪”を繰り返した理由 コロナ禍の最中、多くの飲食チェーンを展開する某外食企業から、「悪質なカスハラ」の相談があった。ある中年の男性客が、アルバイト店員の接客態度が気に食わなかったようで大激怒、店長を呼び出して延々と説教をした挙げ句、会社としてこの問題をどう捉えているか説明せよと迫ってきた。それを自身が開設しているYouTubeチャンネルで「公表」するというのだ。あまりに理不尽な要求に、この会社としては法的措置も視野に入れた対応を検討していた。 だが、筆者はそのような方向性をやめて、まずはこの男性に店長がしっかりと謝罪すべきだと進言した。というのも、実は店長から経緯を詳しくヒアリングしたところ、この男性に「お客様が不快に思われたのならば申し訳ありません」という“言い訳がましい謝罪”を繰り返していたことがわかったからだ。 なぜこんな言い方をしたのかと店長に理由を尋ねてみると、以前受講したクレーマー対策のセミナーで講師から「理不尽な要求に対して安易に謝ってはいけません」と言われたからだという。担当したアルバイトに聞いても接客は問題なかったので、「店を守る」ために「非」を認めなかったのだ。「あなた様が全面的に正しい」の一言が欲しい 実はここに、件のカスハラがここまで深刻になった原因がある。NHKがカスハラを扱う番組の中で取材をした「元クレーマー」だという50代男性はこう述べている。「持ち上げられながら『すみませんでした』と言われることで、自分のクレームの正当性が認められたと感じるんです。なにぶん正義を振りかざしているので、『自分の言ってることは間違いじゃなかったんだ。正義だったんだ』と認められると、自分で満足するわけですよ」(『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』文藝春秋) つまり、カスハラをする人というのは「大変申し訳ありません、あなた様が全面的に正しいです」という一言が欲しくて、店員に暴言を吐いたり説教したりしているのだ。そこで店員側も自分を「正義」だと思って突っぱねて、明確な謝罪を避けてしまうと、客側は振り上げた拳をおろす場所がないので、「謝罪」を引き出すために、暴力やSNSでの誹謗中傷などさらなる過激な行動をとる。筆者が、企業や役所から相談を受ける「深刻なカスハラ事案」は、かなりこのパターンが多い。裏を返せば、深刻な事態に至らないためには「逆」をやればいいのだ。暴言や説教を受けたら即座にシンプルな謝罪をする。理不尽な言いがかりだと思っても、とりあえず頭を下げておくのだ。「最初から謝ってくれたら…」 これは従来のクレーマー対策では「一番やってはいけない」とされ、「まずは相手の気持ちに寄り添う」とか「担当者や場所を変えてクールダウンさせる」が「正解」とされてきた。しかし、それを「正義の怒り」で自分を見失ったカスハラ客にやっても逆効果で、「なぜ素直に謝らない?」「話をごまかすな!」とかえって激高させて、暴言や説教の時間を長引かせたり最悪、暴力を引き起こしてしまう。対応にあたる店員や従業員の精神的負担、安全を考慮すれば、さっさと頭を下げて相手の承認欲求を満たしてお引き取り願う、という「負けるが勝ち」の方が得策なのだ。 実際、この外食企業のケースもそうで、筆者のアドバイスに基づいて店長が全面的に非を認めて謝罪をしたところすぐに和解をした。男性は人が変わったように温和な対応となり、「最初から謝ってくれたらこんなことにならなかったのに」とバツが悪そうにしていたという。自分の「正義」が認められたカスハラ客は、つき物が落ちたように穏やかになるのだ。「負けるが勝ち」 このような話を聞くと、「確かに、謝ればその場は収まるかもしれないが、調子に乗ってさらに金品を要求してくるのではないか」とか「味をしめて事あるごとに文句を言いにくるのでは」と心配になるだろう。しかし、悪質クレーマーのように「恐喝」をしてきたら警察などに相談すればいいので、かえって対応はやりやすい。 また、ストーカー化した場合も、「負けるが勝ち」で撃退が可能だ。 ある食品製造販売会社から「悪質なカスハラ客につきまとわれている」と相談を受けたことがある。相手は50代の男性客で、きっかけは店舗で購入した菓子がパンフレットなどの見本写真と違っていたため「仕事の取引先への手土産にして大変な恥をかいた」と怒鳴り込んできたことだった。この時は真摯に謝罪を繰り返すことで収まったが、それを機に男性はちょこちょこやってきては「接客態度が悪い」「味が前よりも落ちた」など好き勝手な悪態をつくようになり、ついには「マスコミに知り合いがいるので、この店のひどい対応を取材してもらう」などと脅迫めいたことを言い始めた。「愚かな人には…」 そこで、筆者が同社の「顧問」という立場で対応にあたったわけだ。男性は「マスコミの知り合い」とやらの具体的な名前も出さず、「逆ギレ」のように説教を繰り返すだけだった。そこで筆者はこんな「提案」をした。「お客様が納得できないということは、こちらの会社の誠意が伝わってないからですよね。私から社長にかけあってみますので、例えばこれくらいのお金なら納得できるという目安を教えていただけますか?」 すると、さっきまで威勢のよかった男性のトーンが明らかに落ち、「そういう話じゃない」「お金で解決するなんておかしいでしょ」と言い出して思いの外あっさりと帰っていった。その後、男性客が文句を言ってくることはなくなった。 なぜこういう反応になったのかというと、この男性が「正義の人」だからだ。暴言を吐くのはあくまで「自分が正しい」という承認欲求を満たすためなので、そこに「金品要求」が入るとおかしなことになる。しかも、筆者の「提案」に乗ってしまうと、それが証拠となって「逮捕」される恐れもある。「企業に理不尽なクレームを入れて金品を要求したら恐喝にあたる」というのは一般人もよく知っている話だ。こうしたことを踏まえて「正義」で頭がのぼせあがったカスハラ客に冷や水を浴びせたのだ。 貨幣論や市場社会論でピーター・F・ドラッカーなど後世の経済学者にも多くの影響を与えたカール・ポランニーという経済人類学者が、こんな名言を残している。「愚かな人にはただ頭を下げよ」「自分は正義」という思い込みのため、弱い立場の人間を侮辱するというのは「愚かな人」以外の何者でもない。まともに取り合っても損しかない。触らぬ神に祟りなしではないが、「ただ頭を下げよ」でスルーするのが、令和の賢いカスハラ対策なのだ。窪田順生(くぼたまさき)報道対策アドバイザー/ノンフィクション・ライター。1974年生まれ。学習院大学文学部卒業。雑誌や新聞の記者を経てフリーランスに。現在はライター業とともに、広報コンサルティングやメディアトレーニングも行っている。事件ノンフィクション『14階段 検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』や、広報戦略をテーマにした『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』等の著書がある。「週刊新潮」2022年12月15日号 掲載
とあるホームセンター。レジにいた店員が近くの男性客から手招きされる。何事かと思って近づくと、男性客は胸ぐらをつかんでこうすごんだ。
「お前、なんだよその態度、客をナメてるのか?」
そのまま15メートルくらい引きずり回された店員はとにかく暴力はやめてほしいと訴えたが、男性客はまったく聞く耳を持たない。因縁をつけられる理由が思い当たらない店員を恐怖のどん底につき落としたのは、男がこんな恫喝を繰り返したことだった。
「俺は人を殺したことがあるんだよ!」
これは全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟(UAゼンセン)が2020年12月に公表した事例をベースに再現した「カスハラ」の一例だ。聞いているだけで不快になる横暴な振る舞いに、「人間のカスによるハラスメントってこと?」と思いたくもなるところだが「カス」とはカスタマー、つまりは「顧客」によるハラスメント(嫌がらせ)だ。そんなカスタマーハラスメントがコロナ禍に入り増えている。
交通・運輸・観光などの産業で働く約60万人が加盟する全日本交通運輸産業労働組合協議会(交運労協)が、21年5~8月に全国の公共交通機関、物流、観光産業の現場で働く2万908人を対象に行った調査では、直近2年以内に「迷惑行為」が増加していると感じる人が57.1%にも及んでいる。つまり、コロナ禍を経た現代日本ではいたるところで、「お客様は神様だろ」と言わんばかりの上から目線の態度で店員に罵声を浴びせたり、説教したりする人が大量発生して、「カスハラ天国」の様相を呈しているのだ。
という話を聞いても素直に受け取れない人も多いだろう。「スメハラ」(体臭や口臭などで周囲を不快にさせる行為)や「ヌーハラ」(麺をすする音で周囲を不快にさせる行為)なんて言葉もあるように、最近は猫も杓子も「ハラスメント」さえつければ社会問題になってしまう風潮がある。昔からあった、店や企業に対して理不尽な要求をする「モンスタークレーマー」を今風に言い換えて騒ぎをあおっているだけではないのか――なんて懐疑的に見ている方もいるかもしれない。
ただ、従来のモンスタークレーマーと、現在、増加中のカスハラは似て非なるものだ。その違いは一言で言えば、「目的」だ。それを理解するのにうってつけの「事件」がある。
今から18年前、有名牛丼チェーンの店長が常連客から毎日のようにクレームを受けていた。この客はいつも「持ち帰り牛丼」を購入していたが、そのたびに牛丼の汁が漏れてしまうと文句を言って、連日、苦情電話をかけてくることもあった。
「ほらみろ、昔もカスハラなるものはあったじゃないか」と思うだろうが、実はこの客がクレームを入れたのは嫌がらせではなく、「金目的」だった。店長につきまとっては「返金」名目で牛丼代相当の金を払わせていたのだ。苦情対応だけではなく、金銭まで要求されていた店長は次第に心を病み、最終的にはこの客を刃物で刺し殺してしまう。これは典型的な「モンスタークレーマー」が引き金となった最悪の事件として今も語られている。
一般的に「クレーム」というのは、消費者が事業者に対して商品やサービスの不備を指摘し、商品の返品や交換、さらには追加サービスの提供を求める「条件闘争」の側面が強い。それが行きすぎてモンスター化すると、「精神的苦痛に対する賠償金を払え」などと高額な金品を要求したりするのだ。
一方、令和のカスハラにはそのように何か物資的な恩恵を得ようという目的はない。客という優位な立場を使って、店員や従業員を侮辱する「ハラスメント」自体が主目的だ。それはさまざまな調査でも明らかになっている。
例えば、前出・交運労協の調査で客からの「迷惑行為」について質問したところ、最も印象に残っている事例として挙がったのは「暴言」の49.7%で、「何度も同じ内容を繰り返すクレーム」(14.8%)、「威嚇・脅迫」(13.1%)、「権威的(説教)態度」(9.4%)と続く。では、昭和・平成のクレーマーたちがゴールとしていた、「金品の要求」はどれくらいかというと、わずか0.4%に過ぎない。
このようにモンスタークレーマーとの違いがわかってくると、なぜカスハラが新型コロナ発生後に増えているのかという理由も想像できる。それは「ストレス発散」だ。
歌手・三波春夫がステージに立つ時の心境を述べた「お客様は神様です」という言葉が、顧客第一主義と誤解されて広まってしまったように、日本社会では、モノを売ったりサービスを提供したりする側はとにかく「客」にペコペコと頭を下げなくてはいけないという考え方が一般的だ。そして、長引くコロナ禍でイライラした人々が、そういう弱い立場の人たちを「サンドバッグ」のようにたたくことで、ストレスを発散している可能性があるのだ。
この仮説を後押しするのが、カスハラをする人に「50代以上の男性」が多いという事実だ。UAゼンセンが20年に実施した調査でも、迷惑行為をしてきた客のうち74.8%が男性で、推定年代として50代が30.8%と最も多く、60代が28.0%、70代以上が11.5%で、およそ7割を「50代以上の男性」が占めている。これは非常に興味深い結果だ。この「50代」というのは実はコロナ禍で最もストレスを感じている世代だからだ。
リサーチ会社インテージが21年5月、15歳から79歳までを対象に、コロナ前(19年)とコロナ禍(21年)のストレス実態の比較をしたところ、「ストレスをよく感じる」と回答した人は20代が1.1ポイント増、30代は6.1ポイント増なのに対して50代は14.2ポイント増で、コロナ前と比べなんと2.4倍にまで膨れ上がっていた。
そんな「疲弊する50代」を象徴するのが「自殺」だ。厚労省と警察庁の「令和3年中における自殺の状況」によれば、前年に比べて20代、40代などの自殺も増加したが、とりわけ「50代が最も大きく増加」したという。日本の自殺者の傾向は、女性より男性の方が約2倍多い。つまり、コロナ禍で50代男性の自殺が増えている可能性が高いのだ。こんなにもストレスの多い50代男性が、そこかしこで店員や従業員に嫌がらせをしていると聞けば、「ストレス発散」という言葉が浮かぶのは当然だろう。
では、コロナ禍が招いたギスギス社会の中で、中高年男性にとって格好のストレス発散の手段となっている「カスハラ」に、我々はどうやって対処していくべきなのか。
巷には、さまざまなカスハラ対策が唱えられているが、実はその中には誤ったものも多い。その代表が、「安易に謝ってはいけない」だ。これは昭和・平成のモンスタークレーマー対策では半ば「常識」として語られていたもので、相手の迫力に押されて反射的に謝ってしまうと、つけあがって要求がエスカレートするという理由からだ。
ただ、先ほども説明したように、令和の時代にカスハラをする人は「条件闘争」をするわけではないので、このような駆け引きは無意味だ。むしろ、相手の怒りに火をつけて、事態を悪化させることの方が多い。報道対策アドバイザーとして、この手の問題の対応にもあたる筆者の経験を基に、ご説明しよう。
コロナ禍の最中、多くの飲食チェーンを展開する某外食企業から、「悪質なカスハラ」の相談があった。ある中年の男性客が、アルバイト店員の接客態度が気に食わなかったようで大激怒、店長を呼び出して延々と説教をした挙げ句、会社としてこの問題をどう捉えているか説明せよと迫ってきた。それを自身が開設しているYouTubeチャンネルで「公表」するというのだ。あまりに理不尽な要求に、この会社としては法的措置も視野に入れた対応を検討していた。
だが、筆者はそのような方向性をやめて、まずはこの男性に店長がしっかりと謝罪すべきだと進言した。というのも、実は店長から経緯を詳しくヒアリングしたところ、この男性に「お客様が不快に思われたのならば申し訳ありません」という“言い訳がましい謝罪”を繰り返していたことがわかったからだ。
なぜこんな言い方をしたのかと店長に理由を尋ねてみると、以前受講したクレーマー対策のセミナーで講師から「理不尽な要求に対して安易に謝ってはいけません」と言われたからだという。担当したアルバイトに聞いても接客は問題なかったので、「店を守る」ために「非」を認めなかったのだ。
実はここに、件のカスハラがここまで深刻になった原因がある。NHKがカスハラを扱う番組の中で取材をした「元クレーマー」だという50代男性はこう述べている。
「持ち上げられながら『すみませんでした』と言われることで、自分のクレームの正当性が認められたと感じるんです。なにぶん正義を振りかざしているので、『自分の言ってることは間違いじゃなかったんだ。正義だったんだ』と認められると、自分で満足するわけですよ」(『カスハラ モンスター化する「お客様」たち』文藝春秋)
つまり、カスハラをする人というのは「大変申し訳ありません、あなた様が全面的に正しいです」という一言が欲しくて、店員に暴言を吐いたり説教したりしているのだ。そこで店員側も自分を「正義」だと思って突っぱねて、明確な謝罪を避けてしまうと、客側は振り上げた拳をおろす場所がないので、「謝罪」を引き出すために、暴力やSNSでの誹謗中傷などさらなる過激な行動をとる。筆者が、企業や役所から相談を受ける「深刻なカスハラ事案」は、かなりこのパターンが多い。裏を返せば、深刻な事態に至らないためには「逆」をやればいいのだ。暴言や説教を受けたら即座にシンプルな謝罪をする。理不尽な言いがかりだと思っても、とりあえず頭を下げておくのだ。
これは従来のクレーマー対策では「一番やってはいけない」とされ、「まずは相手の気持ちに寄り添う」とか「担当者や場所を変えてクールダウンさせる」が「正解」とされてきた。しかし、それを「正義の怒り」で自分を見失ったカスハラ客にやっても逆効果で、「なぜ素直に謝らない?」「話をごまかすな!」とかえって激高させて、暴言や説教の時間を長引かせたり最悪、暴力を引き起こしてしまう。対応にあたる店員や従業員の精神的負担、安全を考慮すれば、さっさと頭を下げて相手の承認欲求を満たしてお引き取り願う、という「負けるが勝ち」の方が得策なのだ。
実際、この外食企業のケースもそうで、筆者のアドバイスに基づいて店長が全面的に非を認めて謝罪をしたところすぐに和解をした。男性は人が変わったように温和な対応となり、「最初から謝ってくれたらこんなことにならなかったのに」とバツが悪そうにしていたという。自分の「正義」が認められたカスハラ客は、つき物が落ちたように穏やかになるのだ。
このような話を聞くと、「確かに、謝ればその場は収まるかもしれないが、調子に乗ってさらに金品を要求してくるのではないか」とか「味をしめて事あるごとに文句を言いにくるのでは」と心配になるだろう。しかし、悪質クレーマーのように「恐喝」をしてきたら警察などに相談すればいいので、かえって対応はやりやすい。
また、ストーカー化した場合も、「負けるが勝ち」で撃退が可能だ。
ある食品製造販売会社から「悪質なカスハラ客につきまとわれている」と相談を受けたことがある。相手は50代の男性客で、きっかけは店舗で購入した菓子がパンフレットなどの見本写真と違っていたため「仕事の取引先への手土産にして大変な恥をかいた」と怒鳴り込んできたことだった。この時は真摯に謝罪を繰り返すことで収まったが、それを機に男性はちょこちょこやってきては「接客態度が悪い」「味が前よりも落ちた」など好き勝手な悪態をつくようになり、ついには「マスコミに知り合いがいるので、この店のひどい対応を取材してもらう」などと脅迫めいたことを言い始めた。
そこで、筆者が同社の「顧問」という立場で対応にあたったわけだ。男性は「マスコミの知り合い」とやらの具体的な名前も出さず、「逆ギレ」のように説教を繰り返すだけだった。そこで筆者はこんな「提案」をした。
「お客様が納得できないということは、こちらの会社の誠意が伝わってないからですよね。私から社長にかけあってみますので、例えばこれくらいのお金なら納得できるという目安を教えていただけますか?」
すると、さっきまで威勢のよかった男性のトーンが明らかに落ち、「そういう話じゃない」「お金で解決するなんておかしいでしょ」と言い出して思いの外あっさりと帰っていった。その後、男性客が文句を言ってくることはなくなった。
なぜこういう反応になったのかというと、この男性が「正義の人」だからだ。暴言を吐くのはあくまで「自分が正しい」という承認欲求を満たすためなので、そこに「金品要求」が入るとおかしなことになる。しかも、筆者の「提案」に乗ってしまうと、それが証拠となって「逮捕」される恐れもある。「企業に理不尽なクレームを入れて金品を要求したら恐喝にあたる」というのは一般人もよく知っている話だ。こうしたことを踏まえて「正義」で頭がのぼせあがったカスハラ客に冷や水を浴びせたのだ。
貨幣論や市場社会論でピーター・F・ドラッカーなど後世の経済学者にも多くの影響を与えたカール・ポランニーという経済人類学者が、こんな名言を残している。
「愚かな人にはただ頭を下げよ」
「自分は正義」という思い込みのため、弱い立場の人間を侮辱するというのは「愚かな人」以外の何者でもない。まともに取り合っても損しかない。触らぬ神に祟りなしではないが、「ただ頭を下げよ」でスルーするのが、令和の賢いカスハラ対策なのだ。
窪田順生(くぼたまさき)報道対策アドバイザー/ノンフィクション・ライター。1974年生まれ。学習院大学文学部卒業。雑誌や新聞の記者を経てフリーランスに。現在はライター業とともに、広報コンサルティングやメディアトレーニングも行っている。事件ノンフィクション『14階段 検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』や、広報戦略をテーマにした『スピンドクター “モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』等の著書がある。
「週刊新潮」2022年12月15日号 掲載