「今日の『暗部ちゃん』見た?」。最近、NHK局内では挨拶代わりにこんな会話が交わされているという。若手・中堅を中心に多くの職員がこっそり閲覧し、内部告発の受け皿にもなっていると言われるTwitterアカウント「暗部ちゃん」。その正体は何者で、どういう目的で活動しているのか。本人に会って話を聞いてきた。
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【写真】ディレクターとして活躍していた頃の暗部ちゃん若手・中堅職員が支持する告発Twitterアカウント フォロワー数は3904(6月18日現在)。つぶやかれる内容のほとんどがNHKに関わる内容で、人事や不祥事、番組批判、女子アナ事情など多岐にわたる。並行してNoteも運営しており、ディーブな内部情報を盛り込んだ記事を毎週1本ペースで公開している。

元NHK職員だった暗部ちゃん 30代記者職の男性は、その影響力をこう語る。「2カ月くらい前、社会部記者の不正経費疑惑が発信された時は、職員の間でスクショが飛び交いました。いまNHK局内ではとかく若手の不満が溜まっているんです。残業代が昔に比べて減り、給料がガクンと下がってしまったのと、前田晃伸・前会長時代に行なったハチャメチャな人事改革制度で不公平極まりない人事評価が横行してしまったことが主な原因です。だからこそ、“暗部ちゃんがんばれ!”という気持ちで若手・中堅はみんな応援しているんです」 暗部ちゃんは元職員とは公言しているものの匿名で、その正体は謎に包まれている。Twitterを通して取材依頼すると快く応じてくれた。 待ち合わせ場所に現れたのは、40代に差し掛かったばかりの男性だった。「本社のディレクター職はみんな僕の正体を知っています。ただ今働いている職場には内密にしているので、実名や顔写真は勘弁してください。もちろん、今の仕事と完全に切り分けて、SNSの発信は通勤時間や休日などに行っています」人生を変えた前田前会長の人事制度改革 2007年にディレクター職で入局。地方局勤務を経て、東京の制作局で約10年間、昼の中継番組や朝の情報番組、「NHKスペシャル」などを担当してきた。最後の1年間は上司からCP(チーフプロデューサー)業務を任され、70本以上の番組を制作したという。「Nスペにいた頃にコロナ禍が始まったんですが、それからは科学番組を作った経験を活かし、コロナ報道に明け暮れました。僕はNHKが国民から一番求められている役割は緊急報道だと思っています。未曾有の事態の中で、コロナについての正しい情報を発信し続け、国民生活に貢献できた満足感があった。視聴率も良く、上司からも早く正式にCPとして番組を引っ張ってほしいと言われていたので、昨年1月に昇進試験を受けたのです」 前田晃伸・前会長が「年功序列や縦割りを是正する」と2021年1月に人事制度改革を行なった際に新たに導入された昇進試験である。管理職は基幹職と名称変更され、アルファベットでTM(トップマネジメント)、M(マネジメント)、Q(品質・業務管理)、P(専門)の4ランクに区分された。「僕はPという実務力が評価される職種に応募しました。すでに制作現場で実質的に管理職の仕事をしていましたので楽勝だと思っていたんですが……」 だが、結果はまさかの不合格。そして、暗部ちゃんはブチギレたのだった。“直訴メール”まで送ったが…「それまで僕の人事査定は最上位で、さらに職員の中でも数人にしか与えられない特別加算を2回連続で得ていました。適正検査はすでにパスしているので、そもそも実務能力についてとやかく言われる筋合いなんてないんです。試験結果にはフィードバックもあったんですが、開けてみて唖然としました。評価が高かったところに『人財育成』とあり、悪かった点にも『人財育成』とある。意味がわからないじゃないですか。コスト意識とも書かれてありましたが、僕ほどコスト意識を持って視聴率を取っているディレクターはいないという自負もあった。それで人事に納得できないと駆け込んだんです」 実はこの昇進試験に対して不満に思ったのは暗部ちゃんだけではない。「評価が高い人間がなぜか落とされ、評価が微妙な人が受かる」とあらゆる部門で不満が渦巻き、局内は一時大混乱に陥ったのだ。あのころ、記者たちは『もう夜廻りはやめて作文教室に通おう』と不貞腐れていたという。「僕はどうしても納得いかず、前田会長に“直訴メール”まで送った。直属の上司も同情してくれ、最後は制作局の幹部が人事に抗議してくれたんですが、結局、結果は覆りませんでした。前田さんはあの人事制度改革を利用して管理職に若い女性を増やしたかっただけだった。登用したい人は最初から決まっていたんです。馬鹿馬鹿しくなって、昨年の7月に辞めました」無能のレッテル張りをしたNHKが許せない 沸点に達した怒りが退職後の告発活動に火をつけた。辞める前から「一生NHKと戦い続ける」と覚悟を決めて、ネタを仕込み、退職1カ月後の8月にSNS活動を開始。これまでの10カ月間でnoteに書いた記事は200本を超える。最初の3カ月間は毎日一本、勤務後に深夜2時くらいまで家にこもって執筆し続けていたという。 その原動力は何かと聞くと、暗部ちゃんは臆することなく「復讐心です」と答えた。「公共放送としての使命に忠実に働き、実績を残した人間に対して無能のレッテルを貼り、逆に、不正をしたり社内不倫して遊んでいるような輩たちを厚遇するあの組織が許せなかった」 最近は“スクープ”も放った。12日にBPO審議入りした「ニュースウォッチ9」の“捏造VTR”問題を誰より早く呟き、世に知らしめたのは暗部ちゃんである。ツイートはTwitterのトレンド入り。実は、各社、暗部ちゃんからの情報提供がきっかけで取材に動いていた。「いまは仕事の関係で、第一報として情報発信はできても、当事者に当たる裏取り取材や当て取材はできません。だから、貴重だと思う情報は付き合いのある記者さんたちに振って動いてもらうようにしています」 情報源は“暗部ちゃん応援団”の現役職員たちだ。「コアメンバーとなった45人くらいが定期的に情報提供してくれています。彼らは匿名Twitterから連絡してくるので、実は僕は相手が何者か知らないし、聞かないようにしています。NHKが僕のアカウントを常時監視しているからです。実際、実名アカウントで『いいね』を押して、上司から呼び出されて大目玉を喰らったという報告を受けたことがある。もちろん、匿名情報についてはなるべく複数に当たり、ウラ取りしてから発信するよう努めています」戻りたいという気持ちもある かくして実績を積み重ねてきた暗部ちゃんではあるが、この先、どこへ向かっていくつもりなのか。 今年1月にNHK会長は前田氏から稲葉延雄氏にバトンタッチ。稲葉氏は就任早々、「改革の検証」を前面に打ち出し、4月には前田政権下に行われた人事制度改革を検証するチームも立ち上げた。立ち向かうべき“巨悪”は去った。「確かにあの時、前田さんが今の稲葉さんのように改革に対して一歩立ち止まって考えていてくれていれば、辞める必要はなかった」 こう語った後、暗部ちゃんは意外な“本音”を漏らした。「僕が今一番望んでいることは何かと言われれば、絶対に叶わないとわかってはいるけれどNHKに戻ることですかね。あの仕事が好きでしたから」どっちが勝つかぶっ倒れるまで勝負しようぜ だが、もう後戻りはできない。活動を支援してくれる顔も知らない45人の仲間の思いも背負っている。だから、「やれるところまで活動を続けていきます」と決意を語る。「まだ前田体制の混乱は続いていますし、今も局内には、受信料で私腹を肥やしたり、適当な取材で歪んだ報道をする職員が何百人も巣食っています。NHKの看板を背負うに相応しくない職員を告発し続け、外部からNHKの健全化を図っていくのが僕に課せられた使命だと思っています。この活動をお金に変えようなんてまったく思っていません。NHKの隠蔽体質と僕の取材力。どっちが勝つかぶっ倒れるまで勝負しようぜって気持ちでやっています」 活動の源泉にあるのは、復讐心であり、男の意地であり、そして胸の底に今なお横たわる“NHK愛”なのである。デイリー新潮編集部
フォロワー数は3904(6月18日現在)。つぶやかれる内容のほとんどがNHKに関わる内容で、人事や不祥事、番組批判、女子アナ事情など多岐にわたる。並行してNoteも運営しており、ディーブな内部情報を盛り込んだ記事を毎週1本ペースで公開している。
30代記者職の男性は、その影響力をこう語る。
「2カ月くらい前、社会部記者の不正経費疑惑が発信された時は、職員の間でスクショが飛び交いました。いまNHK局内ではとかく若手の不満が溜まっているんです。残業代が昔に比べて減り、給料がガクンと下がってしまったのと、前田晃伸・前会長時代に行なったハチャメチャな人事改革制度で不公平極まりない人事評価が横行してしまったことが主な原因です。だからこそ、“暗部ちゃんがんばれ!”という気持ちで若手・中堅はみんな応援しているんです」
暗部ちゃんは元職員とは公言しているものの匿名で、その正体は謎に包まれている。Twitterを通して取材依頼すると快く応じてくれた。
待ち合わせ場所に現れたのは、40代に差し掛かったばかりの男性だった。
「本社のディレクター職はみんな僕の正体を知っています。ただ今働いている職場には内密にしているので、実名や顔写真は勘弁してください。もちろん、今の仕事と完全に切り分けて、SNSの発信は通勤時間や休日などに行っています」
2007年にディレクター職で入局。地方局勤務を経て、東京の制作局で約10年間、昼の中継番組や朝の情報番組、「NHKスペシャル」などを担当してきた。最後の1年間は上司からCP(チーフプロデューサー)業務を任され、70本以上の番組を制作したという。
「Nスペにいた頃にコロナ禍が始まったんですが、それからは科学番組を作った経験を活かし、コロナ報道に明け暮れました。僕はNHKが国民から一番求められている役割は緊急報道だと思っています。未曾有の事態の中で、コロナについての正しい情報を発信し続け、国民生活に貢献できた満足感があった。視聴率も良く、上司からも早く正式にCPとして番組を引っ張ってほしいと言われていたので、昨年1月に昇進試験を受けたのです」
前田晃伸・前会長が「年功序列や縦割りを是正する」と2021年1月に人事制度改革を行なった際に新たに導入された昇進試験である。管理職は基幹職と名称変更され、アルファベットでTM(トップマネジメント)、M(マネジメント)、Q(品質・業務管理)、P(専門)の4ランクに区分された。
「僕はPという実務力が評価される職種に応募しました。すでに制作現場で実質的に管理職の仕事をしていましたので楽勝だと思っていたんですが……」
だが、結果はまさかの不合格。そして、暗部ちゃんはブチギレたのだった。
「それまで僕の人事査定は最上位で、さらに職員の中でも数人にしか与えられない特別加算を2回連続で得ていました。適正検査はすでにパスしているので、そもそも実務能力についてとやかく言われる筋合いなんてないんです。試験結果にはフィードバックもあったんですが、開けてみて唖然としました。評価が高かったところに『人財育成』とあり、悪かった点にも『人財育成』とある。意味がわからないじゃないですか。コスト意識とも書かれてありましたが、僕ほどコスト意識を持って視聴率を取っているディレクターはいないという自負もあった。それで人事に納得できないと駆け込んだんです」
実はこの昇進試験に対して不満に思ったのは暗部ちゃんだけではない。「評価が高い人間がなぜか落とされ、評価が微妙な人が受かる」とあらゆる部門で不満が渦巻き、局内は一時大混乱に陥ったのだ。あのころ、記者たちは『もう夜廻りはやめて作文教室に通おう』と不貞腐れていたという。
「僕はどうしても納得いかず、前田会長に“直訴メール”まで送った。直属の上司も同情してくれ、最後は制作局の幹部が人事に抗議してくれたんですが、結局、結果は覆りませんでした。前田さんはあの人事制度改革を利用して管理職に若い女性を増やしたかっただけだった。登用したい人は最初から決まっていたんです。馬鹿馬鹿しくなって、昨年の7月に辞めました」
沸点に達した怒りが退職後の告発活動に火をつけた。辞める前から「一生NHKと戦い続ける」と覚悟を決めて、ネタを仕込み、退職1カ月後の8月にSNS活動を開始。これまでの10カ月間でnoteに書いた記事は200本を超える。最初の3カ月間は毎日一本、勤務後に深夜2時くらいまで家にこもって執筆し続けていたという。
その原動力は何かと聞くと、暗部ちゃんは臆することなく「復讐心です」と答えた。
「公共放送としての使命に忠実に働き、実績を残した人間に対して無能のレッテルを貼り、逆に、不正をしたり社内不倫して遊んでいるような輩たちを厚遇するあの組織が許せなかった」
最近は“スクープ”も放った。12日にBPO審議入りした「ニュースウォッチ9」の“捏造VTR”問題を誰より早く呟き、世に知らしめたのは暗部ちゃんである。ツイートはTwitterのトレンド入り。実は、各社、暗部ちゃんからの情報提供がきっかけで取材に動いていた。
「いまは仕事の関係で、第一報として情報発信はできても、当事者に当たる裏取り取材や当て取材はできません。だから、貴重だと思う情報は付き合いのある記者さんたちに振って動いてもらうようにしています」
情報源は“暗部ちゃん応援団”の現役職員たちだ。
「コアメンバーとなった45人くらいが定期的に情報提供してくれています。彼らは匿名Twitterから連絡してくるので、実は僕は相手が何者か知らないし、聞かないようにしています。NHKが僕のアカウントを常時監視しているからです。実際、実名アカウントで『いいね』を押して、上司から呼び出されて大目玉を喰らったという報告を受けたことがある。もちろん、匿名情報についてはなるべく複数に当たり、ウラ取りしてから発信するよう努めています」
かくして実績を積み重ねてきた暗部ちゃんではあるが、この先、どこへ向かっていくつもりなのか。
今年1月にNHK会長は前田氏から稲葉延雄氏にバトンタッチ。稲葉氏は就任早々、「改革の検証」を前面に打ち出し、4月には前田政権下に行われた人事制度改革を検証するチームも立ち上げた。立ち向かうべき“巨悪”は去った。
「確かにあの時、前田さんが今の稲葉さんのように改革に対して一歩立ち止まって考えていてくれていれば、辞める必要はなかった」
こう語った後、暗部ちゃんは意外な“本音”を漏らした。
「僕が今一番望んでいることは何かと言われれば、絶対に叶わないとわかってはいるけれどNHKに戻ることですかね。あの仕事が好きでしたから」
だが、もう後戻りはできない。活動を支援してくれる顔も知らない45人の仲間の思いも背負っている。だから、「やれるところまで活動を続けていきます」と決意を語る。
「まだ前田体制の混乱は続いていますし、今も局内には、受信料で私腹を肥やしたり、適当な取材で歪んだ報道をする職員が何百人も巣食っています。NHKの看板を背負うに相応しくない職員を告発し続け、外部からNHKの健全化を図っていくのが僕に課せられた使命だと思っています。この活動をお金に変えようなんてまったく思っていません。NHKの隠蔽体質と僕の取材力。どっちが勝つかぶっ倒れるまで勝負しようぜって気持ちでやっています」
活動の源泉にあるのは、復讐心であり、男の意地であり、そして胸の底に今なお横たわる“NHK愛”なのである。
デイリー新潮編集部