2023年10月20日、美智子さまは89歳のお誕生日を迎えられた。皇太子明仁殿下と御成婚されたのは1959年4月10日のこと。日本中が“ミッチー・ブーム”に沸き、その姿を追いかけようと週刊誌が続々と創刊された。「週刊文春」も御成婚の2日前に誕生し、表紙は和装の美智子さまが飾った。
【秘蔵ショット】純白の参拝服をお召しになった美智子さま もし当時、文春でお馴染みのグラビア連載「原色美女図鑑」があったなら――。社の秘蔵モノクロ写真を最新技術でカラー化し、若かりし美智子さまを激写した写真家をはじめ、識者のコメントと共に特別掲載。

令和の今、昭和のプリンセスの輝きが“原色”でよみがえる。(カラー化協力 アジャストフォトサービス)撮影 藤森秀郎/文藝春秋◆◆◆あまりの神々しさが招いた「ハプニング」・藤森秀郎(写真家) 純白の参礼服に身を包み、白馬に寄り添われる美智子さま――。64年の歳月が経った今でも、輝くような光景を鮮明に思い出せます。当時の私は文藝春秋に入社して間もない新人写真部員。「皇太子夫妻の伊勢神宮参拝を撮ってきてほしい」と指示され、このために社が新調したカメラ2台と愛機を手に現場へ向かいました。 世は空前の美智子さまフィーバー。間近で見たお姿は“時の人”にふさわしい、際立った美しさでした。一挙手一投足を見逃すまいと無我夢中でシャッターを切り続けたのですが、当時のフィルムは1本につき36枚しか撮れません。慌てて交換していたところうっかり手を滑らせて、社から預かった新品のカメラが五十鈴川にドボン……。幻となったフィルムには、もっと素敵な美智子さまが写っていたかもしれません。まさに時代が求め、時代をつくった方・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
もし当時、文春でお馴染みのグラビア連載「原色美女図鑑」があったなら――。社の秘蔵モノクロ写真を最新技術でカラー化し、若かりし美智子さまを激写した写真家をはじめ、識者のコメントと共に特別掲載。
令和の今、昭和のプリンセスの輝きが“原色”でよみがえる。(カラー化協力 アジャストフォトサービス)
撮影 藤森秀郎/文藝春秋
◆◆◆あまりの神々しさが招いた「ハプニング」・藤森秀郎(写真家) 純白の参礼服に身を包み、白馬に寄り添われる美智子さま――。64年の歳月が経った今でも、輝くような光景を鮮明に思い出せます。当時の私は文藝春秋に入社して間もない新人写真部員。「皇太子夫妻の伊勢神宮参拝を撮ってきてほしい」と指示され、このために社が新調したカメラ2台と愛機を手に現場へ向かいました。 世は空前の美智子さまフィーバー。間近で見たお姿は“時の人”にふさわしい、際立った美しさでした。一挙手一投足を見逃すまいと無我夢中でシャッターを切り続けたのですが、当時のフィルムは1本につき36枚しか撮れません。慌てて交換していたところうっかり手を滑らせて、社から預かった新品のカメラが五十鈴川にドボン……。幻となったフィルムには、もっと素敵な美智子さまが写っていたかもしれません。まさに時代が求め、時代をつくった方・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
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・藤森秀郎(写真家) 純白の参礼服に身を包み、白馬に寄り添われる美智子さま――。64年の歳月が経った今でも、輝くような光景を鮮明に思い出せます。当時の私は文藝春秋に入社して間もない新人写真部員。「皇太子夫妻の伊勢神宮参拝を撮ってきてほしい」と指示され、このために社が新調したカメラ2台と愛機を手に現場へ向かいました。 世は空前の美智子さまフィーバー。間近で見たお姿は“時の人”にふさわしい、際立った美しさでした。一挙手一投足を見逃すまいと無我夢中でシャッターを切り続けたのですが、当時のフィルムは1本につき36枚しか撮れません。慌てて交換していたところうっかり手を滑らせて、社から預かった新品のカメラが五十鈴川にドボン……。幻となったフィルムには、もっと素敵な美智子さまが写っていたかもしれません。まさに時代が求め、時代をつくった方・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
・藤森秀郎(写真家) 純白の参礼服に身を包み、白馬に寄り添われる美智子さま――。64年の歳月が経った今でも、輝くような光景を鮮明に思い出せます。当時の私は文藝春秋に入社して間もない新人写真部員。「皇太子夫妻の伊勢神宮参拝を撮ってきてほしい」と指示され、このために社が新調したカメラ2台と愛機を手に現場へ向かいました。 世は空前の美智子さまフィーバー。間近で見たお姿は“時の人”にふさわしい、際立った美しさでした。一挙手一投足を見逃すまいと無我夢中でシャッターを切り続けたのですが、当時のフィルムは1本につき36枚しか撮れません。慌てて交換していたところうっかり手を滑らせて、社から預かった新品のカメラが五十鈴川にドボン……。幻となったフィルムには、もっと素敵な美智子さまが写っていたかもしれません。まさに時代が求め、時代をつくった方・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
・藤森秀郎(写真家)
純白の参礼服に身を包み、白馬に寄り添われる美智子さま――。64年の歳月が経った今でも、輝くような光景を鮮明に思い出せます。当時の私は文藝春秋に入社して間もない新人写真部員。「皇太子夫妻の伊勢神宮参拝を撮ってきてほしい」と指示され、このために社が新調したカメラ2台と愛機を手に現場へ向かいました。
世は空前の美智子さまフィーバー。間近で見たお姿は“時の人”にふさわしい、際立った美しさでした。一挙手一投足を見逃すまいと無我夢中でシャッターを切り続けたのですが、当時のフィルムは1本につき36枚しか撮れません。慌てて交換していたところうっかり手を滑らせて、社から預かった新品のカメラが五十鈴川にドボン……。幻となったフィルムには、もっと素敵な美智子さまが写っていたかもしれません。
・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者) まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。 しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。 美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。楚々とした和装が語る「美智子さま流」の原点・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
・山下晋司氏(宮内庁OB、皇室解説者)
まさに時代が求め、時代をつくった方です。それまでの皇族は威厳を示す必要もあり、国民と同じ高さの目線で接することはありませんでした。
しかし初めて民間から皇太子妃となられた美智子妃は、膝を折り、国民に目線を合わせておられました。慈しみに満ちたお姿は上皇陛下がお考えになった「象徴天皇」の在り方にも大きな影響を与えたでしょう。
美智子妃によって、国民に寄り添い、親しまれる皇室が幕を開けたといえます。
・青木淳子(歴史文化学研究者) 美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。 30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。 皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。 年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)
・青木淳子(歴史文化学研究者)
美智子さまの和装は三段階の変化を遂げてきました。20代の頃は皇室に嫁ぐ令嬢としての豪奢な装い。白地に朱や紅で様々な古典柄が描かれた華やかな振袖姿が印象的でした。
30代からは、柔らかな地色に梅や桜などの植物をシンプルに配したモダンな装いに。
皇后になられて以降は、さらにご自身らしいシックな和装です。グレイの御髪と調和する銀鼠の地に同系色の糸で雪を刺繍したお着物など、控えめななかに凝った趣向が光っています。
年々「引き算の美学」を研ぎ澄まされ、品格と知性が薫る粋な着こなしに至った美智子さま。こちらの写真は正田家で撮影された20代のお姿とのこと、ごく淡い水色の地と白い蘭や帯揚げの楚々とした取り合わせに、やがて確立される“美智子さま流”の原点を感じました。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年10月26日号)