金持ちほどケチ。そんな言葉はよく耳にするが、一体どれほどケチなのか。その本当の実態を知る人は少ない。そこでこのたび、多くの富裕層の税務調査をおこなってきた元国税局専門官・小林義崇氏に取材をおこなった。そこで見えた、もはや敬服すべき金持ちの“しみったれ”ぶりとは……。
「印象に残っているのは、いつも電話を『折り返してください、ガチャン』と切っていた数億円を相続した女性です」
2.6万部を売り上げ、話題の1冊となっている『元国税専門官がこっそり教える あなたの隣の億万長者』。著者である元国税専門官の小林氏に、「金持ちは本当にケチなのか?」という質問をぶつけたところ、まず返ってきたのが冒頭の一例だった。そこから出てくる、富裕層たちの倹約エピソードの数々……。
「その高齢女性は、数億単位になる相続税のことで電話をしてきました。しかし話が長くなると、突然電話番号を告げられ『折り返してください』と切られたんです。その方はその後も何度も電話をしてきたのですが、2回目以降はこちらが電話に出るなり『折り返してください、ガチャン』というのがお決まりに。富裕層ほど使わなくていいところにお金を使わないんだな、と感心したものです」
他にも、こんなドケチ富裕層が印象に残っているという。
「ある富裕層の自宅に税務調査に行ったところ、玄関のチャイムが壊れたまま放ったらかしにされていたんです。もちろん修理できるくらいのお金は充分あるのに。その方いわく、『来客があるときは事前に約束しているからその時間に玄関に出て待っていればいい。むしろ壊れたままのほうが、訪問販売をあしらえてちょうどいい』とのことでした。
ただ、その日の調査は午後にまで及んだので、私たちはいったんお昼ご飯を食べに外に出たんです。それで早めに戻ってきたとき、チャイムが鳴らないので玄関を開けてもらえず困りましたね。『すいませーん』と声はかけたんですが、そこは富裕層の家。広いので居住者がいるところまで声が届かず。結局、家に電話をかけてやっと開けてもらうことができました」
また、絶対に税理士を雇わなかった富裕層も印象に残っているという。
「相続税の申告書というのは、ややこしくて作成するのが大変なんです。だから税理士に依頼するのが一般的なんですが、そうすると少なくとも10~20万円の費用がかかってきます。その方は『税務署に相談すればタダ』と、分からないことがあるたびやって来て質問していました。
実はこの方のように、最初は税理士代を節約しようと税務署に聞きに来る方はたまにいらっしゃるんです。でも大抵は、少し説明すると『難しくて無理……』と諦める。ところがその方は全く挫けず、結局書類を完成させるまで半年以上も何度も我々のもとへ足を運ばれました。何億という財産を相続しながら……」
こういった印象的なエピソードまではなくとも、富裕層は全体に見た目も地味で、自宅のインテリアも質素な人が多かったという。
「税務調査で自宅を訪れると、皆、非常に物が少ないんです。お金持ちの家というと高級家具や絵画で埋め尽くされているイメージを持っていましたが、そんなものは特にない。物が少なくスッキリ整頓されているので、こちらが求める書類もすぐに出てきて調査はスムーズに進むことが多かったです。別の部署の同僚から聞いた話によると、税金滞納者の家は逆に物が溢れ返っていて、書類などもなかなか見つからず調査が大変なのだそうです。
家だけでなく、富裕層は総じて見た目も質素でした。ユニクロなどのカジュアルウェアを着ている方がほとんど。お金を持っているか持っていないかは、見た目だけでは分からないものだと知りましたね」
しかし小林氏いわく、この“質素”には理由があるのだという。
「高齢の富裕層ほど、自宅を訪れたとき目にする車が軽自動車である、ということが多かったんです。それは高価なものを身につけたり持ったりすることで目立ちたくない、という理由があるとか。というのも富裕層というのは、実に用心深いんです。
相続税の調査では、家族全員の口座内容を見せてもらうだけでなく、亡くなった方の生前の趣味を聞いたりもするんですね。その趣味から、どれくらいお金を持っていたかが推し量れますから。それで趣味に対して申告財産が少なすぎると、『どこかに隠しているのでは?』と探っていくわけです」
しかし、それだけ探られると不審に思う方は多い。
「そのため私たちが去った後、税務署に電話をしてきて『小林という職員は本当にいますか?』と確認してくる富裕層はけっこういました。普段から我々は『調査の際は必ず身分証を提示するように』と言われているのですが、提示しても怪しまれた。お金を守っていくためにはこれくらいする必要があるのかもな、と学ばされたものです。
実際、税務署を騙って詐欺をおこなおうとする犯罪は少なくない。だから税務署員は、一般の場所で名刺を渡さないよう言われています。もし身分証提示ではなく名刺を渡してきたら、それは偽職員の可能性が高いので注意してください」
それにしても一体なぜ富裕層は、充分な資産を持ちながらこれほどまでにお金を使おうとしないのだろう。実はそこにこそ、富裕層の富裕層たる所以があるようだ。
「私が富裕層と捉えているのは、亡くなった時点で億単位以上の資産を持っている方たちです。一時的に憶を超える資産を築く方は多くいますが、それを死ぬまで維持できる人となると、少ないんです。
では資産を維持できる人と維持できない人の違いは何かというと、長年の調査の中で見てきた限り、それは収入と出費の連動の差にあると思います。多くの人は収入が増えると出費も増えがちですが、それが貯まらない人。たとえば株の売買で、1年で億単位のお金を設けた人の調査に行くと、派手なスーツを着て高級時計などを着けて現れることが少なくない。でも、株の利益を全て使い切っていて税金を払うお金を持っていなかったりするんです」
そうした場合は徴収専門の部署へ引き継がれるが、結局、その高級時計などは徴収されることになるという。
「一方、富裕層というのは収入が増えても生活を変えないんです。得たお金を不動産や株式など別の資産形態に変えることはあっても、単純に物で消費はしない。その一番の理由は、富裕層には自営業の方が多く、収入が不安定なので危機意識が強いから。皆、いざというときのために残しておきたくて、使う勇気がないというのもあるようです。比べものにはなりませんが、私自身も国税局に勤めていたときよりフリーランスのライターになってからのほうが倹約するようになりました。
収入は前より増えたのですが、これがずっと続くわけではないという危機意識は逆に高まったんですよね。要するに、30万円あったら30万円使っていいと思うか、それとも税金や生活費、投資分など全ての必要経費を差し引いて初めて“使えるお金”と思うか。最大の差はそこにある気がします」
お金があることと、好きなだけ使えることというのはまた別の話のようだ。そう知ると少し留飲が下がるような気がするのは、これまた貯まらない人間の反応なのかもしれない。
小林義崇
‘04年東京国税局に入局。都内の税務署、東京国税局、東京国税不服審判所において、相続税の調査や所得税の確定申告対応、不服審査業務等に従事する。在局中は2年連続で東京国税局長より功績者表彰を受けている。’17年に国税局を退局しフリーライターに。マネージャンルを中心に執筆をおこなっている。朝日新聞社運営のサイト「相続会議」をはじめ、連載記事多数。
取材・文・撮影:奈々子愛媛県出身。放送局勤務を経てフリーライターに。タレントのインタビュー、流行事象の分析記事を専門としており、連ドラ、話題の邦画のチェックは欠かさない。雑誌業界では有名な美人ライター