Amazonプライムビデオで配信されている、米倉涼子主演の『エンジェルフライト』が好評だ。
【画像】米倉涼子が主演するドラマ「エンジェルフライト―国際霊柩送還士―」 海外で亡くなった人の遺体を国境を越えて遺族に送り届ける国際霊柩送還士たちのドラマで、実在するスペシャリストをモデルとしている。その彼らと、異国の地で家族を亡くした人たちや、日本で亡くなってしまった家族を故国で待つ人たちのヒューマンドラマだ。海外で亡くなった邦人を帰国へ…「霊柩送還」の現場は驚きの連続 国際霊柩送還という業務は、海外で亡くなった邦人をスムーズに帰国させて家族のもとに帰し、日本国内で亡くなった外国人を家族の待つ場所へ送るというもの。
だが、実際には国際霊柩送還士という名称の資格はない。遺体に処理を施すという点でいえば、一般社団法人日本遺体衛生保全協会が認定するエンバーマー、遺体衛生保全士という資格になる。エンバーマーは、遺体を長期間保全するための修復や防腐、防疫処置を施すエンバーミングを行うが、国家資格ではない。「国際霊柩送還」や「エンジェルフライト」という名称も実在する会社が商法登録しているため、送還業務を行う他社は使用できない。そのため他社では、この業務を国際遺体送還や海外搬送サービス、国際遺体搬送などと呼んでいる。 ここでは霊柩送還と表現するが、その現場は驚きの連続だった。欧州へ旅行に出かけた男性が、旅先で心臓発作を起こして亡くなり、特殊帰国者となって帰国するという現場に、見習い助手という名目で同行させてもらった時のことである。頭で理解できても受け入れ難い「遺体は貨物」 海外搬送する会社が空港まで迎えに行く帰国者は「特殊帰国者」と呼ばれる。それぞれ何らかの事情により遺体となって帰国する邦人だ。亡くなった原因には、病気もあれば事故や災害もある。すべての遺体が問題なくきれいなまま帰国できるわけではなく、エンバーミングが必要になる。亡くなってしまった彼らは、自分でイミグレーションを通過することはできない。生存している我々とは違う通関手続きが必要になる。 ある夏の早朝、特殊帰国者となった男性を大型の霊柩車で“受け取り”に行ったのは、成田空港の貨物エリアだ。なぜ貨物エリアなのか。「遺体は貨物だから」 特殊帰国者を空港でピックアップするための流れを聞いた時、エンバーマーのA氏がさらりとそう言った。「遺体は霊柩車に乗せるが、霊柩車は貨物用の車。普通に人が乗るバスやタクシーとは違う」 遺体はすでに物体と化している。頭でそう理解できても、感覚的に受け入れるのは難しかった。特殊帰国者の「パスポート」と「通関手数料」 貨物エリアの光景はさらに衝撃的だった。普段、旅行者などが立ち入ることのないこの地区は、倉庫と変わりない場所だ。青果や水産物の市場のごとくトラックが行き交い、段ボールがあちこちに山積みされている。それほど広くないスペースに発泡スチロールの白い箱が積み重なり、ネギやキャベツの絵がついた段ボール箱が山積みされている。その脇を何台ものトラックが、音を立てて通り抜けていく。静けさとは程遠いこの場所と遺体が結びつかない。 いくら貨物扱いとはいっても、遺体はやはり“物”ではない。一緒に迎えに行きたいという遺族には悪いが、遠慮してもらうとA氏は話す。悲しみにくれる遺族がこの光景を目にすれば、心穏やかにはいられないだろう。写真はイメージ AFLO エンバーミングを施されてきた遺体には、荷札のごとく貨物用のナンバーが割り当てられている。遺体を受け取るには、ナンバーが記された封筒に入った死亡診断書などの書類一式が必要だ。この書類が特殊帰国者のパスポートになる。輸入貨物書類引き渡しカウンターで書類を受け取り、通関手数料を払う。生きている人間が入国するのに金はかからないが、貨物となれば数万円という通関手数料が発生する。すべての書類を確認した後、A氏らと特殊帰国者を引き取りに向かった。内側に鉄板が張られている、美しく頑丈な木製の棺で 貨物エリアには屋根つきの倉庫がある。この比較的ゆとりのあるスペースの奥に、銀色に光る約2m四方の大きなコンテナが置かれていた。正面の扉が開かれ、その真中に棺が1つだけ置かれていた。コンテナ輸送される遺体は、貨物用のスペースがある大型飛行機でなければ運べない。特別貨物になるため、基本的に1つのコンテナに1つの棺だ。だが空港や航空会社によっては、旅行者の荷物と一緒にコンテナに詰め込んでしまうところもあると聞いた。 大型霊柩車をおおよそコンテナの傍らに停める。すでに空港作業員たちが棺の側で待っていた。コンテナの中央に置かれた棺に全員で一礼し、数人がかりで棺を担ぎ上げる。告別式で担がれる棺と違い、送還時の棺は桁違いに重い。この日の棺は、見た目も美しい頑丈な木製の棺だが、内側には鉄板が張られているため想像以上に重い。さらに遺体は防腐処理として大量の防腐液が注入されており、成人男性だとたいがい100キロは超えるという。静かに慎重に重い棺を霊柩車に入れると、再び一礼し後部ドアを閉じた。 霊柩車が戻り、エンバーミングが開始される。A氏が木製の棺に付けられた名前のプレートを丁寧にはずし、もう一人のエンバーマーが棺の蓋を持ち上げた。最初に見えたのは鉄板だ。飛行機の気圧や温度差で遺体が影響を受けず、また注入した防腐剤や体液などが棺の外へと漏れないようにするため、棺の内側は鉄板で2重、3重に覆われている。鉄板を切らなければ遺体を取り出せないので、ここでは電動カッターが使われていた。業界用語でいう「遺体の機嫌が悪い」状態とは… 欧米から送還される棺のほとんどが鉄製の2重、3重構造だ。だが国によっては木製のみの棺というケースもある。その場合は体液や防腐液の漏れをふせぐため、遺体はジッパーのついた特殊な袋に詰められるか、ビニールで何重にもぐるぐる巻きにされてくる。そうした遺体は、業界用語でいう「ご機嫌斜め」「機嫌が悪い」状態であることが多いとA氏はこぼす。「ひどいとかなり腐敗が進んでしまっていて、棺の蓋をあけた途端、鼻を突き刺すような臭いがする。あまりに臭いので、それだけで目が痛くなる」 通常、エンバーミングすると遺体の肌はエンバーミンググレーといわれる灰色になるという。暑い国で保存状態が悪かったり、エンバーミングの技術が未熟な国から送還されてきた場合は、遺体が茶色に変色していたり、あちこちから体液や保存液が漏れ出て、ガスで身体が膨らんでいたりするらしい。保存液が末端までいき届かず、足先や指先が腐っていることもあるという。マスクとゴーグルは必須 開けた瞬間出てくる揮発性のホルマリン 電動カッターが勢いよく回り、鉄板を切る音が響く。とたんに独特の臭気が漂い始めた。臭気の正体はホルマリンだ。「ホルマリンは揮発性が高いから、換気をきちんとしていれば数分で問題のないレベルになる。しかし開けた瞬間、一気に出てくるから、防護していなければ危険。絶対にマスクとゴーグルは着用すること」 取材の前にそう念を押され、マスクとゴーグルを着用したが、マスクの隙間から気化したホルマリンが入ってくるのか、かすかに独特の臭気を感じた。 ホルマリンは劇薬だ。使用には許可がいる。ホルマリンの成分、ホルムアルデヒドは遺体の細胞の状態を維持させるが、発がん性もある。このため身体を防護する装備もないまま、ホルマリンで防腐処理された遺体の入った棺を開けると、その場で暴露することになる。防毒マスクと防毒ゴーグル、手袋の装着が必須になる。「性能のいいマスクやゴーグルがない頃は、防護しても目はしみるし、咳き込むし、大変だった。国によっては、ホルマリン漬けみたいな処理をしてくるところもあって、涙を流しながら作業した」 鉄板がはずされ、遺体の処理が始まる。口元から黒い液体が流れ出て…米倉涼子が演じる「国際霊柩送還士」の“知られざるリアル” へ続く(嶋岡 照)
海外で亡くなった人の遺体を国境を越えて遺族に送り届ける国際霊柩送還士たちのドラマで、実在するスペシャリストをモデルとしている。その彼らと、異国の地で家族を亡くした人たちや、日本で亡くなってしまった家族を故国で待つ人たちのヒューマンドラマだ。
国際霊柩送還という業務は、海外で亡くなった邦人をスムーズに帰国させて家族のもとに帰し、日本国内で亡くなった外国人を家族の待つ場所へ送るというもの。
だが、実際には国際霊柩送還士という名称の資格はない。遺体に処理を施すという点でいえば、一般社団法人日本遺体衛生保全協会が認定するエンバーマー、遺体衛生保全士という資格になる。エンバーマーは、遺体を長期間保全するための修復や防腐、防疫処置を施すエンバーミングを行うが、国家資格ではない。「国際霊柩送還」や「エンジェルフライト」という名称も実在する会社が商法登録しているため、送還業務を行う他社は使用できない。そのため他社では、この業務を国際遺体送還や海外搬送サービス、国際遺体搬送などと呼んでいる。
ここでは霊柩送還と表現するが、その現場は驚きの連続だった。欧州へ旅行に出かけた男性が、旅先で心臓発作を起こして亡くなり、特殊帰国者となって帰国するという現場に、見習い助手という名目で同行させてもらった時のことである。頭で理解できても受け入れ難い「遺体は貨物」 海外搬送する会社が空港まで迎えに行く帰国者は「特殊帰国者」と呼ばれる。それぞれ何らかの事情により遺体となって帰国する邦人だ。亡くなった原因には、病気もあれば事故や災害もある。すべての遺体が問題なくきれいなまま帰国できるわけではなく、エンバーミングが必要になる。亡くなってしまった彼らは、自分でイミグレーションを通過することはできない。生存している我々とは違う通関手続きが必要になる。 ある夏の早朝、特殊帰国者となった男性を大型の霊柩車で“受け取り”に行ったのは、成田空港の貨物エリアだ。なぜ貨物エリアなのか。「遺体は貨物だから」 特殊帰国者を空港でピックアップするための流れを聞いた時、エンバーマーのA氏がさらりとそう言った。「遺体は霊柩車に乗せるが、霊柩車は貨物用の車。普通に人が乗るバスやタクシーとは違う」 遺体はすでに物体と化している。頭でそう理解できても、感覚的に受け入れるのは難しかった。特殊帰国者の「パスポート」と「通関手数料」 貨物エリアの光景はさらに衝撃的だった。普段、旅行者などが立ち入ることのないこの地区は、倉庫と変わりない場所だ。青果や水産物の市場のごとくトラックが行き交い、段ボールがあちこちに山積みされている。それほど広くないスペースに発泡スチロールの白い箱が積み重なり、ネギやキャベツの絵がついた段ボール箱が山積みされている。その脇を何台ものトラックが、音を立てて通り抜けていく。静けさとは程遠いこの場所と遺体が結びつかない。 いくら貨物扱いとはいっても、遺体はやはり“物”ではない。一緒に迎えに行きたいという遺族には悪いが、遠慮してもらうとA氏は話す。悲しみにくれる遺族がこの光景を目にすれば、心穏やかにはいられないだろう。写真はイメージ AFLO エンバーミングを施されてきた遺体には、荷札のごとく貨物用のナンバーが割り当てられている。遺体を受け取るには、ナンバーが記された封筒に入った死亡診断書などの書類一式が必要だ。この書類が特殊帰国者のパスポートになる。輸入貨物書類引き渡しカウンターで書類を受け取り、通関手数料を払う。生きている人間が入国するのに金はかからないが、貨物となれば数万円という通関手数料が発生する。すべての書類を確認した後、A氏らと特殊帰国者を引き取りに向かった。内側に鉄板が張られている、美しく頑丈な木製の棺で 貨物エリアには屋根つきの倉庫がある。この比較的ゆとりのあるスペースの奥に、銀色に光る約2m四方の大きなコンテナが置かれていた。正面の扉が開かれ、その真中に棺が1つだけ置かれていた。コンテナ輸送される遺体は、貨物用のスペースがある大型飛行機でなければ運べない。特別貨物になるため、基本的に1つのコンテナに1つの棺だ。だが空港や航空会社によっては、旅行者の荷物と一緒にコンテナに詰め込んでしまうところもあると聞いた。 大型霊柩車をおおよそコンテナの傍らに停める。すでに空港作業員たちが棺の側で待っていた。コンテナの中央に置かれた棺に全員で一礼し、数人がかりで棺を担ぎ上げる。告別式で担がれる棺と違い、送還時の棺は桁違いに重い。この日の棺は、見た目も美しい頑丈な木製の棺だが、内側には鉄板が張られているため想像以上に重い。さらに遺体は防腐処理として大量の防腐液が注入されており、成人男性だとたいがい100キロは超えるという。静かに慎重に重い棺を霊柩車に入れると、再び一礼し後部ドアを閉じた。 霊柩車が戻り、エンバーミングが開始される。A氏が木製の棺に付けられた名前のプレートを丁寧にはずし、もう一人のエンバーマーが棺の蓋を持ち上げた。最初に見えたのは鉄板だ。飛行機の気圧や温度差で遺体が影響を受けず、また注入した防腐剤や体液などが棺の外へと漏れないようにするため、棺の内側は鉄板で2重、3重に覆われている。鉄板を切らなければ遺体を取り出せないので、ここでは電動カッターが使われていた。業界用語でいう「遺体の機嫌が悪い」状態とは… 欧米から送還される棺のほとんどが鉄製の2重、3重構造だ。だが国によっては木製のみの棺というケースもある。その場合は体液や防腐液の漏れをふせぐため、遺体はジッパーのついた特殊な袋に詰められるか、ビニールで何重にもぐるぐる巻きにされてくる。そうした遺体は、業界用語でいう「ご機嫌斜め」「機嫌が悪い」状態であることが多いとA氏はこぼす。「ひどいとかなり腐敗が進んでしまっていて、棺の蓋をあけた途端、鼻を突き刺すような臭いがする。あまりに臭いので、それだけで目が痛くなる」 通常、エンバーミングすると遺体の肌はエンバーミンググレーといわれる灰色になるという。暑い国で保存状態が悪かったり、エンバーミングの技術が未熟な国から送還されてきた場合は、遺体が茶色に変色していたり、あちこちから体液や保存液が漏れ出て、ガスで身体が膨らんでいたりするらしい。保存液が末端までいき届かず、足先や指先が腐っていることもあるという。マスクとゴーグルは必須 開けた瞬間出てくる揮発性のホルマリン 電動カッターが勢いよく回り、鉄板を切る音が響く。とたんに独特の臭気が漂い始めた。臭気の正体はホルマリンだ。「ホルマリンは揮発性が高いから、換気をきちんとしていれば数分で問題のないレベルになる。しかし開けた瞬間、一気に出てくるから、防護していなければ危険。絶対にマスクとゴーグルは着用すること」 取材の前にそう念を押され、マスクとゴーグルを着用したが、マスクの隙間から気化したホルマリンが入ってくるのか、かすかに独特の臭気を感じた。 ホルマリンは劇薬だ。使用には許可がいる。ホルマリンの成分、ホルムアルデヒドは遺体の細胞の状態を維持させるが、発がん性もある。このため身体を防護する装備もないまま、ホルマリンで防腐処理された遺体の入った棺を開けると、その場で暴露することになる。防毒マスクと防毒ゴーグル、手袋の装着が必須になる。「性能のいいマスクやゴーグルがない頃は、防護しても目はしみるし、咳き込むし、大変だった。国によっては、ホルマリン漬けみたいな処理をしてくるところもあって、涙を流しながら作業した」 鉄板がはずされ、遺体の処理が始まる。口元から黒い液体が流れ出て…米倉涼子が演じる「国際霊柩送還士」の“知られざるリアル” へ続く(嶋岡 照)
ここでは霊柩送還と表現するが、その現場は驚きの連続だった。欧州へ旅行に出かけた男性が、旅先で心臓発作を起こして亡くなり、特殊帰国者となって帰国するという現場に、見習い助手という名目で同行させてもらった時のことである。
海外搬送する会社が空港まで迎えに行く帰国者は「特殊帰国者」と呼ばれる。それぞれ何らかの事情により遺体となって帰国する邦人だ。亡くなった原因には、病気もあれば事故や災害もある。すべての遺体が問題なくきれいなまま帰国できるわけではなく、エンバーミングが必要になる。亡くなってしまった彼らは、自分でイミグレーションを通過することはできない。生存している我々とは違う通関手続きが必要になる。
ある夏の早朝、特殊帰国者となった男性を大型の霊柩車で“受け取り”に行ったのは、成田空港の貨物エリアだ。なぜ貨物エリアなのか。
「遺体は貨物だから」
特殊帰国者を空港でピックアップするための流れを聞いた時、エンバーマーのA氏がさらりとそう言った。
「遺体は霊柩車に乗せるが、霊柩車は貨物用の車。普通に人が乗るバスやタクシーとは違う」
遺体はすでに物体と化している。頭でそう理解できても、感覚的に受け入れるのは難しかった。
貨物エリアの光景はさらに衝撃的だった。普段、旅行者などが立ち入ることのないこの地区は、倉庫と変わりない場所だ。青果や水産物の市場のごとくトラックが行き交い、段ボールがあちこちに山積みされている。それほど広くないスペースに発泡スチロールの白い箱が積み重なり、ネギやキャベツの絵がついた段ボール箱が山積みされている。その脇を何台ものトラックが、音を立てて通り抜けていく。静けさとは程遠いこの場所と遺体が結びつかない。
いくら貨物扱いとはいっても、遺体はやはり“物”ではない。一緒に迎えに行きたいという遺族には悪いが、遠慮してもらうとA氏は話す。悲しみにくれる遺族がこの光景を目にすれば、心穏やかにはいられないだろう。
写真はイメージ AFLO
エンバーミングを施されてきた遺体には、荷札のごとく貨物用のナンバーが割り当てられている。遺体を受け取るには、ナンバーが記された封筒に入った死亡診断書などの書類一式が必要だ。この書類が特殊帰国者のパスポートになる。輸入貨物書類引き渡しカウンターで書類を受け取り、通関手数料を払う。生きている人間が入国するのに金はかからないが、貨物となれば数万円という通関手数料が発生する。すべての書類を確認した後、A氏らと特殊帰国者を引き取りに向かった。
貨物エリアには屋根つきの倉庫がある。この比較的ゆとりのあるスペースの奥に、銀色に光る約2m四方の大きなコンテナが置かれていた。正面の扉が開かれ、その真中に棺が1つだけ置かれていた。コンテナ輸送される遺体は、貨物用のスペースがある大型飛行機でなければ運べない。特別貨物になるため、基本的に1つのコンテナに1つの棺だ。だが空港や航空会社によっては、旅行者の荷物と一緒にコンテナに詰め込んでしまうところもあると聞いた。
大型霊柩車をおおよそコンテナの傍らに停める。すでに空港作業員たちが棺の側で待っていた。コンテナの中央に置かれた棺に全員で一礼し、数人がかりで棺を担ぎ上げる。告別式で担がれる棺と違い、送還時の棺は桁違いに重い。この日の棺は、見た目も美しい頑丈な木製の棺だが、内側には鉄板が張られているため想像以上に重い。さらに遺体は防腐処理として大量の防腐液が注入されており、成人男性だとたいがい100キロは超えるという。静かに慎重に重い棺を霊柩車に入れると、再び一礼し後部ドアを閉じた。
霊柩車が戻り、エンバーミングが開始される。A氏が木製の棺に付けられた名前のプレートを丁寧にはずし、もう一人のエンバーマーが棺の蓋を持ち上げた。最初に見えたのは鉄板だ。飛行機の気圧や温度差で遺体が影響を受けず、また注入した防腐剤や体液などが棺の外へと漏れないようにするため、棺の内側は鉄板で2重、3重に覆われている。鉄板を切らなければ遺体を取り出せないので、ここでは電動カッターが使われていた。
欧米から送還される棺のほとんどが鉄製の2重、3重構造だ。だが国によっては木製のみの棺というケースもある。その場合は体液や防腐液の漏れをふせぐため、遺体はジッパーのついた特殊な袋に詰められるか、ビニールで何重にもぐるぐる巻きにされてくる。そうした遺体は、業界用語でいう「ご機嫌斜め」「機嫌が悪い」状態であることが多いとA氏はこぼす。
「ひどいとかなり腐敗が進んでしまっていて、棺の蓋をあけた途端、鼻を突き刺すような臭いがする。あまりに臭いので、それだけで目が痛くなる」
通常、エンバーミングすると遺体の肌はエンバーミンググレーといわれる灰色になるという。暑い国で保存状態が悪かったり、エンバーミングの技術が未熟な国から送還されてきた場合は、遺体が茶色に変色していたり、あちこちから体液や保存液が漏れ出て、ガスで身体が膨らんでいたりするらしい。保存液が末端までいき届かず、足先や指先が腐っていることもあるという。
電動カッターが勢いよく回り、鉄板を切る音が響く。とたんに独特の臭気が漂い始めた。臭気の正体はホルマリンだ。
「ホルマリンは揮発性が高いから、換気をきちんとしていれば数分で問題のないレベルになる。しかし開けた瞬間、一気に出てくるから、防護していなければ危険。絶対にマスクとゴーグルは着用すること」
取材の前にそう念を押され、マスクとゴーグルを着用したが、マスクの隙間から気化したホルマリンが入ってくるのか、かすかに独特の臭気を感じた。 ホルマリンは劇薬だ。使用には許可がいる。ホルマリンの成分、ホルムアルデヒドは遺体の細胞の状態を維持させるが、発がん性もある。このため身体を防護する装備もないまま、ホルマリンで防腐処理された遺体の入った棺を開けると、その場で暴露することになる。防毒マスクと防毒ゴーグル、手袋の装着が必須になる。「性能のいいマスクやゴーグルがない頃は、防護しても目はしみるし、咳き込むし、大変だった。国によっては、ホルマリン漬けみたいな処理をしてくるところもあって、涙を流しながら作業した」 鉄板がはずされ、遺体の処理が始まる。口元から黒い液体が流れ出て…米倉涼子が演じる「国際霊柩送還士」の“知られざるリアル” へ続く(嶋岡 照)
取材の前にそう念を押され、マスクとゴーグルを着用したが、マスクの隙間から気化したホルマリンが入ってくるのか、かすかに独特の臭気を感じた。
ホルマリンは劇薬だ。使用には許可がいる。ホルマリンの成分、ホルムアルデヒドは遺体の細胞の状態を維持させるが、発がん性もある。このため身体を防護する装備もないまま、ホルマリンで防腐処理された遺体の入った棺を開けると、その場で暴露することになる。防毒マスクと防毒ゴーグル、手袋の装着が必須になる。
「性能のいいマスクやゴーグルがない頃は、防護しても目はしみるし、咳き込むし、大変だった。国によっては、ホルマリン漬けみたいな処理をしてくるところもあって、涙を流しながら作業した」
鉄板がはずされ、遺体の処理が始まる。
口元から黒い液体が流れ出て…米倉涼子が演じる「国際霊柩送還士」の“知られざるリアル” へ続く
(嶋岡 照)