2022年の『犯罪白書』によると、前年に刑法犯で検挙された人のうち、再犯者(道路交通法違反を除く)の割合を示す「再犯者率」は48・6%だそうです。受刑者たちの再犯を防ぐため、刑務所で「社会復帰プログラム」の授業をしているのは、よしもとクリエイティブ・エージェンシーで専務取締役を務めるなど、約35年間「お笑い」産業を後方で支え続けた竹中功さん。その竹中さん、刑務所の『合唱大会』に審査委員長として招かれたそうですが――。
この記事のすべての写真を見る* * * * * * *女子刑務所の合唱大会で審査委員長2022年版『犯罪白書』によりますと、21年刑法犯検挙総数は17万5041人。そのうち女性は3万9239人で、全体の22・4%を占めます。女性で最も多い年齢層は40歳代で、65歳以上は約2割です。女性受刑者が入る刑事施設は全国に11カ所あります。私が「釈放前指導導入教育」の講義を全国各地の刑務所でやっていることが有名になったのでしょうか、突然、講義ではなく「合唱大会」の審査委員長役で声がかかりました。2018年3月23日、場所は「福島刑務所 福島刑務支所」です。「刑務支所」とは聞き慣れない名前ですが、東北管内で唯一となる女子刑務所です。女子刑務所は男子と違い、犯罪の属性によって刑務所が分けられたりしていません。万引き、窃盗から詐欺、傷害、殺人まで、どんな犯罪の属性でも基本全て同じ刑務所に収容されます。さて、刑務所は精神衛生上でも健康でなければならないというところがあり、年間を通して花見や運動会、歌手やお笑い芸人の慰問なども用意されています(ただこの数年間は新型コロナ感染症の影響で、ほとんどのレクリエーションなどが中止になっています)。その慰問の一環として、この刑務所の「合唱大会」に招かれたのです。会場となる講堂に呼ばれた私はその日、なぜか審査委員長でした。1人審査委員長舞台を客席から見ますと、上手(かみて) (客席から見て舞台の右側)にある長机の審査員席には名ビラ(寄席用語で言うと「めくり」。その人の名前などを書いたもの)が1枚だけしか貼られておりません。それも私の名前だけです。「1人審査委員長って、これいかに?」という気持ちです。そこで今回、声を掛けてくださった張本人、この施設の部長に舞台袖で聞きました。『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記 』(著:竹中功/KADOKAWA)「審査員は私1人でしょうか?」と問いかけると部長は嬉しそうです。「ハイ、1人審査員をやってください!」とひとこと。いきなり部長の司会で始まりました。「今日は元吉本興業の専務だった竹中さんが審査委員長です。思いっきり歌いましょう。楽しみましょう!」と紹介されたのち、私は壇上に駆け上がりました。こういう時のリズムって大切なので、舞台で一度こけようかとは思ったのですが、ここでスベったらその後が巻き返せないような気がしましたので、それはやめつつも、ウキウキ感満タンで舞台に上がりました。それだけで拍手の嵐です。「そんなに拍手をしたところで私は審査員ですよ! 面白くはないですよ」と私はマイクを通して言ったのですが、もうそんなのも聞かず、始まる前からものすごく盛り上がっていました。部長の前説のせいですね。工場対抗合戦整列された椅子に全員がピシッと座っています。400人ほど、ほとんどの受刑者が参加しているのでしょう。部長に聞きますと欠席者は体調のすぐれない者と、若干問題のある者だけ。講堂の中は化粧や香水の匂いは皆無です。全員が化粧っ気なしのスッピン。当たり前と言えば当たり前ですが娑婆ではあり得ません。最近は小学生でもお化粧したりしていますからね。私自身は最初、緊張半分、ワクワク半分でしたが、彼女らの熱気に押され「今日はレクリエーション、歌って元気になろう!」とトーンを上げて審査に臨みました。ここの合唱大会は、工場対抗合戦です。いつ参加者が舞台に上がるのかと思って待っておりますと、みなが着席したまま動きません。見ておりますと「その場で立って歌います」とのことでした。カラオケの動画は舞台の一番奥のホリゾント(投影する布)に映し出し、彼女らはそれをその場で見ながら歌うとのことでした。負けたからここにおるねんで第1工場から順に立席して歌います。まずはリーダーが合唱する歌を選んだ理由を述べ、歌いはじめます。元気がいいのは当たり前。皆さん抑揚を付け、表情豊かに楽しそうな歌声です。私が子どもの頃に学校で聞いた保護者たちの「ママさんコーラス」より若々しく、初々しく歌声は響きました。ほとんどカラオケには行かない私ですが、歌うことが笑顔を呼ぶのか、笑顔が歌声を良くするのか、とても気分のいい合唱大会がはじまりました。私は1曲、歌い終わるごとに寸評を入れる役割です。第1工場の選曲は「宙船(そらふね)」でした。作詞・作曲は中島みゆき。この曲はTOKIOの長瀬智也が主人公だったテレビドラマの主題歌です。私の寸評は「歌い方は男っぽかったぞ! みんなは中島みゆきの楽曲じゃなくってTOKIOを頭に置いて歌ったな!」なんて返しました。そして4番目の工場の選曲はZARDの「負けないで」でした。ここは失礼でしたが、曲紹介の時点で笑ってしまいました。そこは許してください。しっかり声も出ていて、コーラスもバッチリ合っていましたので私の寸評は「選曲がサイコーです。歌詞から伝わる、最後まで諦めずに頑張ろうという思いには感動しました」と評しました。その工場のメンバーはその寸評を喜んでくれたようでしたが、さすがの私もひとこと加えました。「いま『負けないで』を歌いましたけど、みんな、負けたからここにおるねんで!」のコメントで会場は他の工場の人たちも含めてみんなで大爆笑。そこでもうひとこと。「他の工場の人もみんな、負けたからここにおるねんで! 頼むからもう二度とここには来ないでください!」と訴えました。ここで生まれた笑いは「魔力」とも言えます。この日は、それで和んだ空気のまま最後まで進みました。二度とここには戻ってほしくないそんなピンぼけな寸評をしながらでしたが、そのあとも「翼をください」「どんなときも。」「贈る言葉(海援隊)」「想い出がいっぱい」などが続きました。同じ工場のメンバーで曲選びをして、お稽古してこの日が来たんだと思うと、聞きながら涙が出てきました。参加者の年代はまちまちです。その日私は59 歳でしたが、私より年上の人も多かったですし、あどけない少女のような人もいました。訳ありと言えば訳ありのオンパレードです。刑務所でお世話にならねばならない理由が間違いなくあるということだけは確かです。すべての合唱が終わり表彰式です。始まる前に聞いたのは優勝と準優勝を決めようということでした。ただこの日は賞品があるわけでもなかったものですから、私からの提案で全工場を表彰しようということにして、各賞を即席で考えました。「ハーモニー賞」「ハッスル賞」「笑顔賞」などなど。当然「男前賞」は「宙船」を歌った工場でした。私からの提案で全工場を表彰しようということにして、各賞を即席で考えました(写真提供:Photo AC)全工場のリーダーに壇上へ上がってもらい、それぞれに表彰状を手渡すことになりました。ひと工場ごとに賞状を読み上げて、その時、私から握手を求めたのですが、突然のことに女子は手を引き下げてしまいました。こういう行為は駄目なんやと思いましたが、部長が「今日はいいぞ」と言ってくださり、全員と握手することになりました。せめてもの私からのねぎらいがその「おもしろ表彰状」でした。そして私は、彼女たちには二度とここには戻ってほしくないという思いを強くしました。それは参加者全員が渋谷や新宿、梅田ですれ違うような、どこにでもいる化粧っ気のない女性たちだったからです。何があってここに来たのか、想像などつきません。最前列に座っている金髪女子ところで最後の最後まで気になったことがありました。各工場に属さず、合唱もせず最前列に座っている女子が2名いたのです。もちろん起立礼もできていますし、行儀よく、歌も聞いていたのですが、なぜか完全に茶髪というか金髪なんです。外国人でもないようなので不思議で仕方ありませんでした。美容師の資格が取れるクラスもあるので、そこの練習台にでもなったのかとも一瞬思いましたが、理由がまったくわかりません。皆さん、どう思いますか?気になって仕方ないので、合唱大会終了後、部長に聞いてみました。答えはひとこと、「ここに、入りたてですわ」とのことです。確かに、入所する時の条件で、男子は丸刈りにしますが、女子はそういうことがありません。髪型は自由です。その女子2名は逮捕されて実刑になって、刑務所に入るまでの間、髪の色を元に戻すこともなく、それまでの姿でやって来たということでした。徐々に黒髪になっていくのでしょう。※本稿は、『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
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2022年版『犯罪白書』によりますと、21年刑法犯検挙総数は17万5041人。そのうち女性は3万9239人で、全体の22・4%を占めます。
女性で最も多い年齢層は40歳代で、65歳以上は約2割です。女性受刑者が入る刑事施設は全国に11カ所あります。
私が「釈放前指導導入教育」の講義を全国各地の刑務所でやっていることが有名になったのでしょうか、突然、講義ではなく「合唱大会」の審査委員長役で声がかかりました。
2018年3月23日、場所は「福島刑務所 福島刑務支所」です。
「刑務支所」とは聞き慣れない名前ですが、東北管内で唯一となる女子刑務所です。
女子刑務所は男子と違い、犯罪の属性によって刑務所が分けられたりしていません。
万引き、窃盗から詐欺、傷害、殺人まで、どんな犯罪の属性でも基本全て同じ刑務所に収容されます。
さて、刑務所は精神衛生上でも健康でなければならないというところがあり、年間を通して花見や運動会、歌手やお笑い芸人の慰問なども用意されています(ただこの数年間は新型コロナ感染症の影響で、ほとんどのレクリエーションなどが中止になっています)。
その慰問の一環として、この刑務所の「合唱大会」に招かれたのです。
会場となる講堂に呼ばれた私はその日、なぜか審査委員長でした。
舞台を客席から見ますと、上手(かみて) (客席から見て舞台の右側)にある長机の審査員席には名ビラ(寄席用語で言うと「めくり」。その人の名前などを書いたもの)が1枚だけしか貼られておりません。それも私の名前だけです。「1人審査委員長って、これいかに?」という気持ちです。
そこで今回、声を掛けてくださった張本人、この施設の部長に舞台袖で聞きました。
『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記 』(著:竹中功/KADOKAWA)
「審査員は私1人でしょうか?」と問いかけると部長は嬉しそうです。
「ハイ、1人審査員をやってください!」とひとこと。
いきなり部長の司会で始まりました。
「今日は元吉本興業の専務だった竹中さんが審査委員長です。思いっきり歌いましょう。楽しみましょう!」と紹介されたのち、私は壇上に駆け上がりました。
こういう時のリズムって大切なので、舞台で一度こけようかとは思ったのですが、ここでスベったらその後が巻き返せないような気がしましたので、それはやめつつも、ウキウキ感満タンで舞台に上がりました。それだけで拍手の嵐です。
「そんなに拍手をしたところで私は審査員ですよ! 面白くはないですよ」と私はマイクを通して言ったのですが、もうそんなのも聞かず、始まる前からものすごく盛り上がっていました。部長の前説のせいですね。
整列された椅子に全員がピシッと座っています。400人ほど、ほとんどの受刑者が参加しているのでしょう。部長に聞きますと欠席者は体調のすぐれない者と、若干問題のある者だけ。講堂の中は化粧や香水の匂いは皆無です。
全員が化粧っ気なしのスッピン。当たり前と言えば当たり前ですが娑婆ではあり得ません。最近は小学生でもお化粧したりしていますからね。
私自身は最初、緊張半分、ワクワク半分でしたが、彼女らの熱気に押され「今日はレクリエーション、歌って元気になろう!」とトーンを上げて審査に臨みました。
ここの合唱大会は、工場対抗合戦です。いつ参加者が舞台に上がるのかと思って待っておりますと、みなが着席したまま動きません。
見ておりますと「その場で立って歌います」とのことでした。カラオケの動画は舞台の一番奥のホリゾント(投影する布)に映し出し、彼女らはそれをその場で見ながら歌うとのことでした。
第1工場から順に立席して歌います。
まずはリーダーが合唱する歌を選んだ理由を述べ、歌いはじめます。
元気がいいのは当たり前。皆さん抑揚を付け、表情豊かに楽しそうな歌声です。
私が子どもの頃に学校で聞いた保護者たちの「ママさんコーラス」より若々しく、初々しく歌声は響きました。
ほとんどカラオケには行かない私ですが、歌うことが笑顔を呼ぶのか、笑顔が歌声を良くするのか、とても気分のいい合唱大会がはじまりました。
私は1曲、歌い終わるごとに寸評を入れる役割です。
第1工場の選曲は「宙船(そらふね)」でした。作詞・作曲は中島みゆき。この曲はTOKIOの長瀬智也が主人公だったテレビドラマの主題歌です。
私の寸評は「歌い方は男っぽかったぞ! みんなは中島みゆきの楽曲じゃなくってTOKIOを頭に置いて歌ったな!」なんて返しました。
そして4番目の工場の選曲はZARDの「負けないで」でした。
ここは失礼でしたが、曲紹介の時点で笑ってしまいました。そこは許してください。しっかり声も出ていて、コーラスもバッチリ合っていましたので私の寸評は「選曲がサイコーです。歌詞から伝わる、最後まで諦めずに頑張ろうという思いには感動しました」と評しました。
その工場のメンバーはその寸評を喜んでくれたようでしたが、さすがの私もひとこと加えました。
「いま『負けないで』を歌いましたけど、みんな、負けたからここにおるねんで!」のコメントで会場は他の工場の人たちも含めてみんなで大爆笑。
そこでもうひとこと。「他の工場の人もみんな、負けたからここにおるねんで! 頼むからもう二度とここには来ないでください!」と訴えました。
ここで生まれた笑いは「魔力」とも言えます。この日は、それで和んだ空気のまま最後まで進みました。
そんなピンぼけな寸評をしながらでしたが、そのあとも「翼をください」「どんなときも。」「贈る言葉(海援隊)」「想い出がいっぱい」などが続きました。
同じ工場のメンバーで曲選びをして、お稽古してこの日が来たんだと思うと、聞きながら涙が出てきました。
参加者の年代はまちまちです。その日私は59 歳でしたが、私より年上の人も多かったですし、あどけない少女のような人もいました。
訳ありと言えば訳ありのオンパレードです。刑務所でお世話にならねばならない理由が間違いなくあるということだけは確かです。
すべての合唱が終わり表彰式です。始まる前に聞いたのは優勝と準優勝を決めようということでした。ただこの日は賞品があるわけでもなかったものですから、私からの提案で全工場を表彰しようということにして、各賞を即席で考えました。
「ハーモニー賞」「ハッスル賞」「笑顔賞」などなど。当然「男前賞」は「宙船」を歌った工場でした。
私からの提案で全工場を表彰しようということにして、各賞を即席で考えました(写真提供:Photo AC)
全工場のリーダーに壇上へ上がってもらい、それぞれに表彰状を手渡すことになりました。
ひと工場ごとに賞状を読み上げて、その時、私から握手を求めたのですが、突然のことに女子は手を引き下げてしまいました。
こういう行為は駄目なんやと思いましたが、部長が「今日はいいぞ」と言ってくださり、全員と握手することになりました。
せめてもの私からのねぎらいがその「おもしろ表彰状」でした。
そして私は、彼女たちには二度とここには戻ってほしくないという思いを強くしました。
それは参加者全員が渋谷や新宿、梅田ですれ違うような、どこにでもいる化粧っ気のない女性たちだったからです。何があってここに来たのか、想像などつきません。
ところで最後の最後まで気になったことがありました。各工場に属さず、合唱もせず最前列に座っている女子が2名いたのです。
もちろん起立礼もできていますし、行儀よく、歌も聞いていたのですが、なぜか完全に茶髪というか金髪なんです。外国人でもないようなので不思議で仕方ありませんでした。
美容師の資格が取れるクラスもあるので、そこの練習台にでもなったのかとも一瞬思いましたが、理由がまったくわかりません。皆さん、どう思いますか?
気になって仕方ないので、合唱大会終了後、部長に聞いてみました。
答えはひとこと、「ここに、入りたてですわ」とのことです。確かに、入所する時の条件で、男子は丸刈りにしますが、女子はそういうことがありません。髪型は自由です。
その女子2名は逮捕されて実刑になって、刑務所に入るまでの間、髪の色を元に戻すこともなく、それまでの姿でやって来たということでした。徐々に黒髪になっていくのでしょう。
※本稿は、『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。