個人で使用しているスマートフォンやパソコンの中身だけは、絶対に誰にも見られたくない──そんな人も多いのではないだろうか。恥ずかしい写真や日記など“墓まで持っていくべき秘密”が、スマホやパソコンには記録されているのだ。しかし、故人のパソコンやスマホから、そういったファイルが見つかってしまった場合、図らずも遺族が大きなショックを受けることも少なくない。57才パートの女性が、夫のパソコンから見つかった謎のファイルに関するエピソードを明かす。
* * * 結婚30年目の真珠婚を盛大に祝おう、と話していたのは去年のこと。まさか夫が59才の若さで亡くなるとは思ってもいませんでした。心筋梗塞でした。
無口ですがやさしくて、私のお願いはなんでも聞いてくれた夫。その早すぎる死に、私はしばらく立ち直れずにいました。
とはいえ、娘と協力して相続手続きは早々に済ませました。遺産と呼ぶべきものは築30年のマンションくらいでしたし、2人の子供を大学まで出したばかりなので貯金はスッカラカン。手続きはあっさり終わりました。定年もまだですし、これからふたりで働いて貯金をし、老後資金を作りつつ旅行に行こう、なんて言っていたのが昨日のことのよう……。
四十九日を迎え、納骨法要を終えた後、夫と会話をするような気持ちで彼の専用パソコンを開きました。
そこには、子供たちが小さかった頃の写真やペットの写真、夫の趣味の野鳥観察の記録などがありました。最初は微笑ましい思いで見ていたのですが、あることに気づきました。
私との写真がない──。
訝しみながら、すべてのファイルを1つずつ開いていくと、「デスノート」という名のワードファイルが出てきました。開いてみようとしても、パスワードがかかっています。夫の誕生日や私の誕生日、娘たちの誕生日などを入れても開かず、最後に2年前に亡くなった夫の愛猫の誕生日を入れたところ、開きました。
目を疑いました。それは日記のようでしたが、私の悪口がびっしりと書かれていたのです。最も古いものは1人目の子供が生まれた直後でした。
「箸の持ち方が悪く、食べ方が汚い。これを子供たちには見せたくない」「化粧が下品。白塗りに赤い口紅で化け物か」「先のことをまったく考えず、感情でモノを言うバカもの」「順序だてて考える賢さがないから、準備にもたもたと時間がかかる」
など……日常生活で私に対してイラッとしたのであろうことが事細かに書かれていました。主語こそ書かれていませんでしたが、私に間違いないでしょう。
「些細なことでもいいから、不満があるなら言ってほしかった……」
あまりのショックに呆然としている私を慰めてくれた娘に、泣きながらそう訴えると、娘は、
「そんな細かいことまで正直に言ってけんかになるより、言わない方がいいと思ったんじゃない。実際仲よくやっていたんだし、お父さんのやさしさだったのかも」
と、フォローしてくれたのですが……実は夫にやさしさなんて、かけらもなかったのです。
というのも、娘にはさすがに言えませんでしたが、秘密のファイルはもう1つあったんです。それは「ゴルフスコア」と題したエクセルファイル──。
夫は会社のつきあい程度にしかゴルフをしなかったのに、なんだろうと思い、「デスノート」同様のパスワードを入れてみると、運よく開けました。でも「デスノート」以上に、このファイルは開くべきではなかった―なんせそこには、これまでに不倫した女性の一覧が残されていたのです。それも趣味が悪いことに、相手の女性の性格や容姿を採点し、番付化していたのです。「顔9、セックス4、中身8」など……。不倫は私の妊娠中から続けており、亡くなる数か月前まで関係のあった女もいました。その数は39人。しかも、その中には私のママ友までいました。
私は夫を愛していたし、仲がよかったと思っていただけに、あの2つのファイルのせいで、30年におよぶ結婚生活がすべて否定されました。
夫婦って何なんでしょうね‥‥。夫に裏切られた悔しさと、許せない気持ちをどう解消したらいいのかわからず、いまは毎日が地獄です。(57才・パート)
* * *「夫の死後に、知られざる本性や裏切りを知ってしまったら、許せない気持ちが芽生えて当然です。しかも、相手が亡くなっているので、責めることすらできないのですから、やり場がない。気持ちは未解決なまま放置していると、何度も思い出して忘れられなくなります。これを“ツァイガルニク効果”といいます」
とは、精神科医の樺沢紫苑さんだ。人間は解決した事柄よりも、途中で挫折したり中断した事柄の方が記憶に残ってしまうのだという。この記憶にとらわれてしまうと、うつにもなりかねない。
「こういったケースでは、夫宛てに手紙を書くのがおすすめ。最初は恨みつらみ、悪口で構いません。でも最後は必ず、夫のいいところや楽しい思い出を書き出し、“ありがとう”という感謝の言葉で締めくくります。心に思っていなくても構いません。とにかく、夫のためではなく、自分のためだと思ってポジティブなことを文字にするのです。このアウトプットにより、気持ちは整理され、落ちついていくはずです」(樺沢さん)
過去と他人は変えられない。自分の心は自分の力で癒し、前向きに歩んでいこう。
【プロフィール】精神科医・樺沢紫苑さん/メンタル疾患を予防する活動を行っており、YouTubeのチャンネル登録者数は約40万人。著書は、『言語化の魔力』(11月9日発売・幻冬舎)など約40冊ある。
※女性セブン2022年11月3日号