夫の飲酒運転を警察に通報したのは、16年連れ添った妻だった――。長野県上田市の自営業の男性(46)は2021年6月、妻の通報で駆けつけた警察官に道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで現行犯逮捕された。執行猶予付きの有罪判決を受けた男性は自身の振る舞いを悔い、アルコール依存症の専門病院に通い始めた。だが、アルコール依存症の疑いがある患者が専門病院につながるケースは少ないという。10日から始まる「アルコール関連問題啓発週間」を前に、依存症治療の課題を探った。【坂根真理】
ゴミがビール缶の山 これって依存症? まずは「減酒外来」へ 21年6月6日深夜。男性は自宅で一人、ウイスキーを飲んでいた。ひと瓶を飲み干しても「まだ足りない」と思い、自らハンドルを握って市内の繁華街に繰り出した。 車を走らせて間もなく、後ろからパトカーが追いかけてきた。警察官による呼気検査の結果、呼気1リットル中0・6ミリグラムのアルコールが検出された。酒気帯び運転の基準の4倍に相当する量で、その場で現行犯逮捕された。 男性は15年前にも飲酒運転で逮捕されたことがあった。飲み屋で酒を飲んだ後、自分で車を運転して帰宅する途中に信号待ちで止まっている車に追突する事故を起こした。それ以来、外で飲む時は代行運転を使うなどしてきたが、「心が緩んでしまった」。男性の妻が警察に通報したのは、こうした過去を踏まえて、夫のことを心配したやむにやまれぬ行動だった。 「特別に酒が好きなわけではない。おいしいと思ったことは一度もないんです」と男性は言う。住宅関連業界で自営業を営み、仕事のストレスを発散するため酒に頼った。そのうち、酒から離れられなくなった。「気持ちの切り替えがうまくできず、酒を飲むことで『仕事が終わった』と思えるようになった。とにかく酔えたら良かった」 コロナ禍以降、外での飲食が減ったことで自宅で飲む機会が増えた。妻に暴言を吐いたり、小学生から高校生までの子ども3人にきつく当たったりすることも増えた。そんな自分に嫌気が差しながらも、「酒が唯一の逃げ場だった」。飲酒運転で再び逮捕されたのは、そんな時だった。刑事裁判の判決は懲役5カ月、執行猶予3年。2年間の免許取り消し処分も受けた。 逮捕された直後は実感が湧かなかったが、次第に「家族に申し訳ない」と感じるようになった。罪悪感も募った。登校する子どもたちに「行ってらっしゃい」と声をかけた後、心の中で「こんな父親でごめんなさい」とつぶやいて背中を見送った。 「子どもは親を見ている。逮捕されて裁判にまでなって、このままでは絶対にダメだ」。周囲のアドバイスもあり、県内の専門病院へ通うことを決めた。 病院では、同じ悩みを抱える患者たちとグループワークに取り組む。アルコール依存症とはどのような病気で、どうすれば再発を防げるのか――。飲酒により家族などとの人間関係が壊れたり、働けなくなったりするなどした参加者の体験談を聞くうちに、「自分は治療を頑張ろう」と思えるようになった。 今は1日にウイスキーの小瓶半分しか飲まないと決め、少しずつ酒量を減らすトレーニングに励んでいる。「いつか家族に恩返しがしたい」と海外旅行も計画している。「通院には必ず妻が付き添ってくれている。人に見られているという意識がないと、逃げ道を探してしまう。妻という伴走者や、仲間の支えがあることは大きいです」 ◇ 厚生労働省の「アルコール健康障害対策推進基本計画」(21年3月)によると、アルコール依存症の患者は17年時点で推計4万6000人。 また、アルコール依存症が疑われる人のうち、「専門治療を受けたことがある」と回答したのは22%にとどまるとの調査結果もある。一方で、約8割は「この1年間に何らかの理由で医療機関を受診した」と回答しており、一般の医療機関から専門医療機関への引き継ぎが適切に行われていないことがうかがえるという。 調査をした樋口進・国立病院機構久里浜医療センター名誉院長は、その理由について‘皺覆箜芦覆覆桧貳眠覆琉綮佞蓮患者のアルコール依存症に気付かないか、気付いても「説得に時間がかかる」などの理由から専門病院の受診を強く勧めない一般科の医師から専門病院の受診を勧められても患者が拒否する――などの可能性を指摘する。 患者を適切な治療につなげるにはどうしたらいいのか。樋口名誉院長は、一般科の医師が患者を専門治療施設に紹介した場合に診療報酬が加算される仕組みを整えることが最も効果的だと提案する。また、軽症患者については、一般医療機関や精神科で治療が受けられるようにすれば、多くの患者を救うことができるという。 樋口名誉院長は「長野の男性は自分で専門病院のドアをたたいた珍しいケースだが、そうではない人が圧倒的に多い。アルコール依存症が疑われる人の8割が肝障害などで一般の医療機関を受診しており、一般医療と専門医療のつながりを深める仕組みが必要だ」と強調した。
21年6月6日深夜。男性は自宅で一人、ウイスキーを飲んでいた。ひと瓶を飲み干しても「まだ足りない」と思い、自らハンドルを握って市内の繁華街に繰り出した。
車を走らせて間もなく、後ろからパトカーが追いかけてきた。警察官による呼気検査の結果、呼気1リットル中0・6ミリグラムのアルコールが検出された。酒気帯び運転の基準の4倍に相当する量で、その場で現行犯逮捕された。
男性は15年前にも飲酒運転で逮捕されたことがあった。飲み屋で酒を飲んだ後、自分で車を運転して帰宅する途中に信号待ちで止まっている車に追突する事故を起こした。それ以来、外で飲む時は代行運転を使うなどしてきたが、「心が緩んでしまった」。男性の妻が警察に通報したのは、こうした過去を踏まえて、夫のことを心配したやむにやまれぬ行動だった。
「特別に酒が好きなわけではない。おいしいと思ったことは一度もないんです」と男性は言う。住宅関連業界で自営業を営み、仕事のストレスを発散するため酒に頼った。そのうち、酒から離れられなくなった。「気持ちの切り替えがうまくできず、酒を飲むことで『仕事が終わった』と思えるようになった。とにかく酔えたら良かった」
コロナ禍以降、外での飲食が減ったことで自宅で飲む機会が増えた。妻に暴言を吐いたり、小学生から高校生までの子ども3人にきつく当たったりすることも増えた。そんな自分に嫌気が差しながらも、「酒が唯一の逃げ場だった」。飲酒運転で再び逮捕されたのは、そんな時だった。刑事裁判の判決は懲役5カ月、執行猶予3年。2年間の免許取り消し処分も受けた。
逮捕された直後は実感が湧かなかったが、次第に「家族に申し訳ない」と感じるようになった。罪悪感も募った。登校する子どもたちに「行ってらっしゃい」と声をかけた後、心の中で「こんな父親でごめんなさい」とつぶやいて背中を見送った。
「子どもは親を見ている。逮捕されて裁判にまでなって、このままでは絶対にダメだ」。周囲のアドバイスもあり、県内の専門病院へ通うことを決めた。
病院では、同じ悩みを抱える患者たちとグループワークに取り組む。アルコール依存症とはどのような病気で、どうすれば再発を防げるのか――。飲酒により家族などとの人間関係が壊れたり、働けなくなったりするなどした参加者の体験談を聞くうちに、「自分は治療を頑張ろう」と思えるようになった。
今は1日にウイスキーの小瓶半分しか飲まないと決め、少しずつ酒量を減らすトレーニングに励んでいる。「いつか家族に恩返しがしたい」と海外旅行も計画している。「通院には必ず妻が付き添ってくれている。人に見られているという意識がないと、逃げ道を探してしまう。妻という伴走者や、仲間の支えがあることは大きいです」

厚生労働省の「アルコール健康障害対策推進基本計画」(21年3月)によると、アルコール依存症の患者は17年時点で推計4万6000人。
また、アルコール依存症が疑われる人のうち、「専門治療を受けたことがある」と回答したのは22%にとどまるとの調査結果もある。一方で、約8割は「この1年間に何らかの理由で医療機関を受診した」と回答しており、一般の医療機関から専門医療機関への引き継ぎが適切に行われていないことがうかがえるという。
調査をした樋口進・国立病院機構久里浜医療センター名誉院長は、その理由について‘皺覆箜芦覆覆桧貳眠覆琉綮佞蓮患者のアルコール依存症に気付かないか、気付いても「説得に時間がかかる」などの理由から専門病院の受診を強く勧めない一般科の医師から専門病院の受診を勧められても患者が拒否する――などの可能性を指摘する。
患者を適切な治療につなげるにはどうしたらいいのか。樋口名誉院長は、一般科の医師が患者を専門治療施設に紹介した場合に診療報酬が加算される仕組みを整えることが最も効果的だと提案する。また、軽症患者については、一般医療機関や精神科で治療が受けられるようにすれば、多くの患者を救うことができるという。
樋口名誉院長は「長野の男性は自分で専門病院のドアをたたいた珍しいケースだが、そうではない人が圧倒的に多い。アルコール依存症が疑われる人の8割が肝障害などで一般の医療機関を受診しており、一般医療と専門医療のつながりを深める仕組みが必要だ」と強調した。