10月8日、大手加工食品メーカー「はごろもフーズ」が製造依頼したツナ缶に“ゴキブリと見られる虫が混入したことでブランドイメージが傷つけられた”として、下請け企業の「興津食品」に損害賠償を求めた訴訟の判決があった。静岡地裁は請求額約8億9700万円に対し、約1億3000万円の支払いを命じたが、判決に反して興津食品へ「同情」の声があがっている。その身につまされる理由とは――。
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【写真】この記事の画像を見る 発端は2016年10月13日、山梨県内のスーパーで「シーチキンLフレーク」70グラム缶を購入した客から「ゴキブリのような小さな虫が混入していた」とスーパー側に苦情が入ったことだった。 同商品は興津食品の工場で製造されたものだったが、スーパー側からの連絡を受けて「はごろもフーズ」の担当者が購入者の自宅を訪れて直接謝罪。この時点で「問題は解決した」と見られたが、同27日以降、“ツナ缶にゴキブリ混入”と複数のメディアが報じたことで事態は急変する。“みんな大好き”シーチキンが発端だった 興津食品側の代理人弁護士を務める増田英行氏が話す。「当初、はごろもフーズは“お店と購入者から了解を得て解決した”と興津食品に伝えていました。しかし報道の一部に“はごろもフーズが問題を隠蔽した”との印象を抱かせる内容が含まれていたためか、翌28日、はごろもフーズの役員から興津食品に“工場での製造休止”と“マスコミの取材に応じないよう”に求める通告が一方的になされたのです」 一連の報道を機にSNS上でも“はごろもフーズ批判”が巻き起こり、騒動は過熱。そしてこの日以降、興津食品の工場が再開することはなかった。「30億円の新工場」を要請 興津食品とはごろもフーズの取引は約50年前にまで遡る。「虫混入」事件が発生するまでは、興津食品の売上の約9割をはごろもフーズとの取引が占め、同社の下請け工場として主にツナ缶製造を請け負ってきた歴史がある。「はごろもフーズとの間でこれまで取引上のトラブルはなく、むしろ当時は増産を強く要請されていた状況でした。混入現場となった工場についても、はごろもフーズから示された〈衛生管理基準〉などに沿って体制を構築し、日々管理を行っていました。また同社の助言に従い、工場の補修や機械・設備の更新を行い、同社による工場への立ち入り検査や抜き打ち監査なども受けてきた。はごろもフーズの“お墨付き”を得た上でツナ缶を製造してきた経緯があり、偶発的な出来事だった虫混入の一事をもって“衛生管理基準を順守していなかった工場”との風評には反論せざるを得ません」(増田氏) しかし11月に入ると、はごろもフーズ側の態度はさらに硬化。興津食品に対し、“工場の再開を認めることはできない。世間にビフォーアフターを見せる必要があり、工場の建て替えが必要と考えている”と伝えてきたという。「この際、“工事期間は2年、費用は30億円くらいかかる”との見積りを示し、その上で“2年後にこれまで通り、興津食品に製造を頼むかは分からない”とも告げた。年間売上高が37億円程度の興津食品にとって法外な費用で、おまけに2年間も収入の道が閉ざされかねない提案であり、“死刑宣告”を受けたに等しいものでした」(増田氏)「返品缶詰」を転売 両社による話し合いは続いたが、はごろもフーズ側に取引再開の意思は見て取れず、興津食品が廃業の意向を固めていた17年11月、はごろもフーズが提訴。今回の判決は5年越しのものとなる。 はごろもフーズ側が請求した9億円近くの損害賠償の内訳は、虫混入缶が見つかったスーパー運営会社への賠償金や、騒動を受けてキャンセルを強いられたCMなどの広告宣伝費。さらにクレーム対応の人件費やコールセンター設置にかかった費用、そして一連の報道の影響で家庭用シーチキンの売上が想定を下回った分の逸失利益などが含まれる。「製造元として虫が混入してしまったことについては大変申し訳なく思っていますし、はごろもフーズに損害が生じたなら相応の賠償にも応じるつもりでした。けれど、これまでツナ缶製造を二人三脚で行ってきたにもかかわらず、批判が高まると“混入の責任はすべてお前たちにある。うちも被害者だ”と手の平を返すような態度に転じた。実は裁判の過程で、騒動で返品された興津食品製造の缶詰をはごろもフーズが転売していた事実が明らかになっています。つまり食品の安全性や品質そのものには問題がなかったことを同社が認識していたということです」(増田氏)控訴か、破産か 舞台となった工場は18年に解体され、いまは更地になっている。はごろもフーズとの取引が打ち切られたことで現在、興津食品も実質「廃業」状態にあるという。「ここまで追い詰められた背景には、はごろもフーズと興津食品との関係が歪なものであった点が挙げられます。はごろもフーズ以外の会社と取引するには事実上、同社の同意が必要で、実際、かつて日本ハムグループの1社から取引の申し入れがあり、はごろもフーズにお伺いを立てたところ“他の会社と契約するなら、うちとの縁を切ってからやるように”と言われ断念した。そんな理不尽な要求にも堪え、はごろもフーズに50年近くも“忠誠”を誓ってきた結果がこの仕打ちではあまりに報われません。判決後、複数の同業他社から“裁判で証言はできないが酷い話で同情する。明日は我が身かもしれない”といった声が寄せられています」(増田氏) はごろもフーズに取材を申し込んだが、「現状、判決文を精査している段階でもあり、コメントは控える」(同社企画部) との回答だった。 判決が確定すると破産手続きに移行せざるを得なくなる可能性も生じるといい、興津食品側は控訴する方針だ。デイリー新潮編集部
発端は2016年10月13日、山梨県内のスーパーで「シーチキンLフレーク」70グラム缶を購入した客から「ゴキブリのような小さな虫が混入していた」とスーパー側に苦情が入ったことだった。
同商品は興津食品の工場で製造されたものだったが、スーパー側からの連絡を受けて「はごろもフーズ」の担当者が購入者の自宅を訪れて直接謝罪。この時点で「問題は解決した」と見られたが、同27日以降、“ツナ缶にゴキブリ混入”と複数のメディアが報じたことで事態は急変する。
興津食品側の代理人弁護士を務める増田英行氏が話す。
「当初、はごろもフーズは“お店と購入者から了解を得て解決した”と興津食品に伝えていました。しかし報道の一部に“はごろもフーズが問題を隠蔽した”との印象を抱かせる内容が含まれていたためか、翌28日、はごろもフーズの役員から興津食品に“工場での製造休止”と“マスコミの取材に応じないよう”に求める通告が一方的になされたのです」
一連の報道を機にSNS上でも“はごろもフーズ批判”が巻き起こり、騒動は過熱。そしてこの日以降、興津食品の工場が再開することはなかった。
興津食品とはごろもフーズの取引は約50年前にまで遡る。「虫混入」事件が発生するまでは、興津食品の売上の約9割をはごろもフーズとの取引が占め、同社の下請け工場として主にツナ缶製造を請け負ってきた歴史がある。
「はごろもフーズとの間でこれまで取引上のトラブルはなく、むしろ当時は増産を強く要請されていた状況でした。混入現場となった工場についても、はごろもフーズから示された〈衛生管理基準〉などに沿って体制を構築し、日々管理を行っていました。また同社の助言に従い、工場の補修や機械・設備の更新を行い、同社による工場への立ち入り検査や抜き打ち監査なども受けてきた。はごろもフーズの“お墨付き”を得た上でツナ缶を製造してきた経緯があり、偶発的な出来事だった虫混入の一事をもって“衛生管理基準を順守していなかった工場”との風評には反論せざるを得ません」(増田氏)
しかし11月に入ると、はごろもフーズ側の態度はさらに硬化。興津食品に対し、“工場の再開を認めることはできない。世間にビフォーアフターを見せる必要があり、工場の建て替えが必要と考えている”と伝えてきたという。
「この際、“工事期間は2年、費用は30億円くらいかかる”との見積りを示し、その上で“2年後にこれまで通り、興津食品に製造を頼むかは分からない”とも告げた。年間売上高が37億円程度の興津食品にとって法外な費用で、おまけに2年間も収入の道が閉ざされかねない提案であり、“死刑宣告”を受けたに等しいものでした」(増田氏)
両社による話し合いは続いたが、はごろもフーズ側に取引再開の意思は見て取れず、興津食品が廃業の意向を固めていた17年11月、はごろもフーズが提訴。今回の判決は5年越しのものとなる。
はごろもフーズ側が請求した9億円近くの損害賠償の内訳は、虫混入缶が見つかったスーパー運営会社への賠償金や、騒動を受けてキャンセルを強いられたCMなどの広告宣伝費。さらにクレーム対応の人件費やコールセンター設置にかかった費用、そして一連の報道の影響で家庭用シーチキンの売上が想定を下回った分の逸失利益などが含まれる。
「製造元として虫が混入してしまったことについては大変申し訳なく思っていますし、はごろもフーズに損害が生じたなら相応の賠償にも応じるつもりでした。けれど、これまでツナ缶製造を二人三脚で行ってきたにもかかわらず、批判が高まると“混入の責任はすべてお前たちにある。うちも被害者だ”と手の平を返すような態度に転じた。実は裁判の過程で、騒動で返品された興津食品製造の缶詰をはごろもフーズが転売していた事実が明らかになっています。つまり食品の安全性や品質そのものには問題がなかったことを同社が認識していたということです」(増田氏)
舞台となった工場は18年に解体され、いまは更地になっている。はごろもフーズとの取引が打ち切られたことで現在、興津食品も実質「廃業」状態にあるという。
「ここまで追い詰められた背景には、はごろもフーズと興津食品との関係が歪なものであった点が挙げられます。はごろもフーズ以外の会社と取引するには事実上、同社の同意が必要で、実際、かつて日本ハムグループの1社から取引の申し入れがあり、はごろもフーズにお伺いを立てたところ“他の会社と契約するなら、うちとの縁を切ってからやるように”と言われ断念した。そんな理不尽な要求にも堪え、はごろもフーズに50年近くも“忠誠”を誓ってきた結果がこの仕打ちではあまりに報われません。判決後、複数の同業他社から“裁判で証言はできないが酷い話で同情する。明日は我が身かもしれない”といった声が寄せられています」(増田氏)
はごろもフーズに取材を申し込んだが、
「現状、判決文を精査している段階でもあり、コメントは控える」(同社企画部)
との回答だった。
判決が確定すると破産手続きに移行せざるを得なくなる可能性も生じるといい、興津食品側は控訴する方針だ。
デイリー新潮編集部