適応障害(てきおうしょうがい)は、ストレスがきっかけで心や身体の不調が現れる疾患です。決して珍しい病気ではなく、ストレス社会といわれる現代において、誰にでも起こりうる身近な心の病気です。本記事では、適応障害の特徴や診断基準、治療法、そして診断後に注意したい点まで詳しく解説します。
監修医師:前田 佳宏(医師)
島根大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科に入局後、東京警察病院、国立精神神経医療研究センター、都内クリニックにて薬物依存症、トラウマ、児童精神科の専門外来を経験。現在は和クリニック院長。愛着障害やトラウマケアを専門に講座や情報発信に努める。診療科目は精神神経科、心療内科、精神科、神経内科、脳神経内科。 精神保健指定医、認定産業医の資格を有する。

まず現在の症状に関して、いつから、どのような症状があるか、その強さや頻度などを詳しく質問されます。さらにその症状が現れた背景となるストレス因子についても尋ねられます。例えば、最近仕事で大きな変化があったか、家庭内で心配事があるか、人間関係で悩みがないかなど、生活上の変化や出来事を聞かれるでしょう。適応障害では、患者さん自身が原因となる出来事をはっきりと認識していることが少なくありません。そういった場合はその出来事を深く掘り下げていきます。加えて、過去の病歴やこれまでの性格の傾向、家族の精神疾患の有無なども質問されることがあります。

医師はこうした情報を総合して、適応障害かどうか、あるいはほかの疾患の可能性がないかを評価します。

精神疾患の診断・統計マニュアル第5版改訂版(DSM-5-TR)
国際疾病分類第11版(ICD-11)

DSM-5-TRはアメリカ精神医学会が作成した基準で、ICD-11は世界保健機関(WHO)が作成した基準です。今回はDSM-5-TRによる診断基準を解説します。

DSM-5による診断基準では、特定可能なストレス因子にさらされてから、3ヶ月以内に精神症状、身体症状が出現することとされています。 さらにその症状は、以下のいずれかもしくは両方を満たす必要があります。

ストレス因子に対して、つり合わない苦痛である
この症状によって、社会的または職業的機能が大きく損なわれている

また、これらの症状が、ほかの疾患によって引き起こされていないことも重要です。さらに、ストレス因子が除去されると症状は徐々に改善し、ストレスがなくなってから6ヶ月以上は持続しないこと、とされています。なお、最初に適応障害と診断された場合でも、経過によっては後にうつ病など別の病気と診断されることもあります。

セルフケアまず原因となっているストレスから可能な限り離れることが大切です。仕事が原因であれば休職を検討し、学校が原因であれば学校を休むことを検討するなど環境調整を行います。ストレス因子そのものをなくすことが難しい場合でも、仕事の量を調整する、人間関係を見直す、配置転換を行うなど、ストレスの影響を軽減するための対策をとります。こうした調整によってストレス刺激を減らしつつ、心と身体をしっかり休ませることが回復への第一歩です。

そのうえで、健康的な生活を送ることに努め身体的健康の維持を目指します。また、マインドフルネスと呼ばれるアプローチが取られることもあります。マインドフルネスとは、五感を使って現在に意識を集中させることをいいます。判断をせずに、今この瞬間に注意を向けます。マインドフルネスを取り入れたセルフケアでは、心に深い傷を負った方が感じやすいストレスや孤独感、怒り、悲しみ、無気力などのつらさを和らげることを目指します。

精神療法適応障害の治療として、精神療法が行われることがあります。ただし、現時点ではその効果の科学的な根拠は限られています。精神療法は、医師や臨床心理士などとのやり取りを通じて、患者さんが自分の感情や考え方を見直し、問題を理解することで対処法を見つけ、克服しようとする治療法です。

薬物療法症状に応じて薬物療法が用いられることもあります。ただし、適応障害そのものを治す薬はなく、薬物療法の効果についても科学的根拠は限られています。不眠や強い不安感、抑うつ気分などに対する対症療法として、医師の判断で薬が処方されることがあります。

症状が和らいでも、無理に元の生活ペースに戻さない症状が改善し、もう大丈夫だろうと思って急に元の生活ペースに戻すと、再発や悪化を招くことがあります。仕事の復帰などの方針は必ず医師と相談して決めましょう。

健康的な生活を維持する 生活習慣の改善やセルフケアも重要です。十分な睡眠とバランスの取れた食事、適度な運動を心がけ、過度な飲酒は摂取は控えます。趣味やリラックスできる時間を持つのもよいでしょう。

希死念慮や自殺企図があるときは、すぐに専門機関に相談する適応障害はうつ病よりは軽度とみなされる場合があるものの、自殺のリスクは高いといわれています。希死念慮とは漠然と死にたいと考える気持ちのことです。希死念慮や自殺企図などがみられる場合は、ためらわず医療機関や相談窓口に連絡してください。

適応障害は、明確なストレス因子によって、身体症状や精神症状が出現する病気です。適切な治療とサポートによって症状が改善する可能性があります。異変を感じたら、一人で抱え込まず、病院を受診しましょう。特に、希死念慮や自殺企図がみられる場合は、すぐに精神科への相談が必要です。自分や大切な方の変化に気付いたら、早めに対応しましょう。
参考文献
働く人のメンタルヘルス・ポータルサイトこころの耳
第31回「てんかんと脳波とマインドフルネス」