45歳女性が、出会いからわずか4カ月で「元女性」と結婚した経緯とは(イラスト:堀江篤史)
東京郊外の住宅地に来ている。高い建物はなく、空が広くて穏やかな印象を受ける地域だ。駅前で待ち合わせたのは、塚田瑞希さん(仮名、45歳)と同い年の大輔さん(仮名)の夫婦。昨年10月に「独身専用コミュニティ」で知り合って意気投合し、今年のバレンタインデーに婚姻届を提出したという。
瑞希さんは好奇心が強そうな大きな目が印象的な女性で、倒れて入院するほどのアトピー性皮膚炎に苦しんできたが現在は症状が落ち着いている。傍らでニコニコしている短髪の大輔さんは瑞希さんより10センチ以上身長が低く、肌艶が良くて並外れて優しげな風貌だ。その秘密、理由は後述する。
駅から歩いて15分ほどのレストランに到着し、ランチを注文した途端に瑞希さんはどんどん話し始めた。
「両親は健在で、2人の兄は結婚していて子どももいます。家族仲は普通ですが、こまめに連絡したりはしません。私は大学時代からの約10年間はアメリカで過ごしていました。専攻は教育で、アメリカでも教師として働いていたのですが、アトピーの悪化もあって帰国したんです。幼なじみが開いたお店を手伝ったりしていました」
頭の回転が速く、言いたいことがあふれ出てくるタイプのようだ。本人も、“場を回すのが得意で世話焼きな末っ子長女”だと自覚している。
話を瑞希さんの過去に戻そう。
その幼なじみからはベッタリ頼られてしまい、ほぼ無給状態で9年近くも働いていたという。
「貯金を取り崩しながらの30代でした。しんどかったですね……。私は子どもが好きなので教師をしていましたし、子どもの頃からお母さんになるのが夢でした。その幼なじみは結婚願望がなかったのですが、いつの間にか結婚して妊娠。お店のことで私はますます頼られるようになり、『こんなのおかしい!』と決意したのが2019年です。幼なじみとは絶縁し、日本での教師資格を取って学校に転職しました」
そこからは人生が好転した。好きな仕事でちゃんとした給料をもらえるようになり、独身専用コミュニティでは大輔さんと出会えたのだ。コロナ禍だったので最初のうちはオンラインでのおしゃべりだった、と瑞希さんは振り返る。
「お見合いや婚活パーティーではないので、自分を飾る必要はありません。大輔さんは話した感じがとてもしっくりくるし、食べることが大好きで好奇心も強く、90年代の音楽を聴いているあたりも私と似ています」
一方の大輔さんも初対面から瑞希さんを「気に入っちゃった」と明かす。オンラインでも話しやすく、いい雰囲気の人だと感じていた。相思相愛である。
「リアルで会ったら、オンラインのときよりもキレイな人だと感じました。それ以来、僕は彼女一筋ですね」
そんな大輔さんが重大な告白をしたのは4回目のデートのときだった。と言っても、結婚を前提とした真剣交際の申し込みではない。自分は元女性だ、という衝撃的な内容だ。性同一性障害であり、手術や男性ホルモン投与を経て、戸籍変更をして男性になったという。脳が揺れるほどのショックを受けた、と瑞希さん。
「でも、告白するほうはもっと勇気が要ることだと思い直しました。今までいろんな大変な経験をしてきたはずです。私を信用してくれてありがとう、と思いました」
すでに大輔さんのことが大好きだった瑞希さんの気持ちは変わらなかった。そして、「そのことはわかりました。で、私と付き合うの? 付き合わないの?」と大輔さんに問いかけたのだ。
「僕はこれが瑞希さんと会う最後になるかもしれないと思っていました。だから、逆に聞かれて頭が追い付かなくなっちゃいました。本当に理解しているのか、もっとゆっくり考えなくていいのかと聞いちゃいましたよね。嬉しかったけれど、ビックリして……」
最初にして最大のハードルを乗り越えた2人の展開は早かった。交際が始まったのが11月下旬で、その年末には休みを利用してお互いの親に結婚の挨拶に行くことになったのだ。
大輔さんの母親と兄からは、「相手のご両親に会ったときに必ずカミングアウトしなさい。それが誠意」と厳命が下った。瑞希さんの母親は偏見がないので問題がないが、父親は女装タレントがテレビ番組に出ると「気持ち悪い」と発言する人だ。不安が募った瑞希さんは特に仲の良い次兄に事前に報告して相談した。
「兄は私のことをずっと心配していたらしく、大輔さんというパートナーができたことをとても喜んでくれました。そして、『瑞希がこれから一緒にいられる人に出会えたことが何より大事なんだよ。お父さんが暴言を吐くかもしれないけれど、後で俺が説得するから心配するな』と言ってくれたんです。ありがたかったです……」
次兄の応援に勇気を得た瑞希さんはある作戦に出た。80代の父親は早稲田大学卒であることを誇りにしている。自分の子どもは誰も早稲田に入らなかったことをやや悲しんでいた。ちょうどいいことに大輔さんも早稲田大学の卒業生。当日、それを話題にしたのだ。
「大輔さんは地方出身なので、父は苦学生だと勝手に決めつけて感動していました(笑)。そんな田舎からがんばって勉強して早稲田に入ったなんて君は偉い、と。それはそれで大輔さんに失礼なのですが、父は『俺は早稲田大学麻雀学部出身だ!』なんてオヤジギャグを言って満面の笑みでした」
父親が絶好調になったタイミングで大輔さんの過去を伝えた。父親は「梅干を丸ごと食べたような」表情になり、言葉が出なくなったという。瑞希さんと大輔さんはそのまま頭を下げて退出。大賛成とは言えないが反対はされずに結婚できる運びとなった。
「父がもう少し若かったら、ひどいことを言って反対していたかもしれません」
ホッとした表情の瑞希さん。年齢を重ねてからの結婚は、気力・知力・経済力が親と逆転していることも多く、2人のような難しいケースでも乗り切れたりする。
大輔さんの父親も同じぐらい保守的な考えの持ち主だったが、大輔さんが性同一性障害であることを知らずに他界している。地元にいるのは母親と独身の兄だけで、瑞希さんは大歓迎を受けたらしい。
「『賢くて、感じのいい女性だね。お前にはもったいない!』と兄から言われました」
誇らしげに語る大輔さん。気づくと、インタビューを受けながらテーブルの下では瑞希さんと手をつないでいる。こちらが恥ずかしくなるほどの仲の良さだ。
大輔さんは福祉関連施設で働いており、夜勤もある。2人でゆっくり過ごせる時間は少ない。それでも瑞希さんは心身ともに明らかに健康になり、毎日が楽しいと断言する。
「私も料理が趣味ですが、大輔さんが作ってくれる料理もとても美味しいです。夕食のおかずを翌日のお弁当にして職場に持って行くと、同僚から『旦那さんが作ってくれたの? 超ラッキーじゃん!』なんて羨ましがられます」
もちろん、45年間も別々に生きてきた2人なので価値観が異なる点もある。特にお金の使い方や持ち物に関してはぶつかることが少なくない。
「大輔さんはミニマリストで、シェアハウスで住んでいたときは自室に食器がありませんでした。タッパーに入れておいたおかずをタッパーの蓋をお皿にして食べたりするんです。彼一人のときはそれでいいけれど、私と一緒のときはやめてほしい。私の美意識が許せません」
そんな瑞希さんだが、収支に関しては大雑把。チャージしておいた電子マネーが減った分だけが支出!という家計管理だ。独身時代から家計簿をつけてきた大輔さんは信じられないと糾弾する。
「スーパーで買い物をしたらレシートを捨てちゃうんですよ。自分が毎月何にいくら使っているかを把握できていないなんて!」
結婚後は、家賃や光熱費は大輔さんの銀行口座から引き落とし、食材費なども大輔さんの財布から出し、後からきっかり半額を瑞希さんに請求している。瑞希さんもそれで不満はない。
「収入は僕のほうがやや多いので、外食をしたときなどは僕が全額払うことで瑞希さんに負担がかかりすぎないようにバランスを取っています」
瑞希さんはアメリカ時代はニューヨークに長く住んでおり、同性愛者の友人も少なくない。自分自身もかつては「パートナーも子どもも欲しいけれど、男の人はちょっと苦手」だった。元女性の大輔さんには「女心」を理解してくれることを期待したが、それはまったくの幻想だったと笑う。
「私は洋服や靴が好きなのでたくさん持っています。独身時代も部屋にあふれるほどありました。その部屋に遊びに来た大輔さんは開口一番なんと言ったと思いますか? 『捨てがいのある家だね』ですよ! 『いま、あなたはとっても失礼なことを言いましたよ』と即座に注意してあげました。悪気はないのですが、大輔さんはちょっと無神経なんです。この人は普通のおじさんなんだと気づきました。マルチタスクもできないし!」
嬉しそうに攻撃モードになる瑞希さん。その言葉には愛があることを感じているのか、大輔さんもほっこりした表情で受け流している。確かに、この人は外見以外には女性的なものは感じられない。むしろ、地元の男友達の中にいそうな雰囲気の人物だ。
「そうなんですよー。子どもの頃、遊ぶときに女の子の輪に入れられていましたが、僕はずっと不思議に思っていました」
性同一性障害を抱えた自分は婚活にも苦労をすることはわかっていたが、「続けていれば必ず素敵なパートナーができる」と信じて疑わなかった。大輔さんには持続的な楽観力のようなものがある。
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「子育てをしたいという気持ちは僕のほうが強いかもしれません。いま暮らしている新居も、養子や里子をいつでも受け入れられるような間取りの部屋にしました。僕の働き方などの課題はありますが、夫婦の生活が慣れてきたら、勉強中の養子縁組や里親制度に本気で取り組むつもりです」
普段は瑞希さんからツッコミを入れられているが、家計はきっちり締めて将来設計も立てている大輔さん。有事の際は何をおいても家族を守ろうとするだろう。ずっと「お母さん」になりたかったという瑞希さんの夢は数年後に叶っているかもしれない。かつては想像すらしていなかった形で。
(大宮 冬洋 : ライター)