東京新聞の名物記者・望月衣塑子は、官房長官や立花孝志、石丸伸二、参政党・神谷宗幣代表らの記者会見に出没。何度でも手を挙げ続け、侃々諤々(かんかんがくがく)のQ&Aセッションを繰り広げることで知られる。ユーチューバーとしても活躍する彼女が、初めての自叙伝を刊行した。俳優を夢見る少女が、いかにして「闘う記者」に変貌したのか。数奇な半生の秘密が明かされる。
南アフリカのアパルトヘイト(人種差別政策)について取材したフォトジャーナリスト・吉田ルイの著作を読んだことをきっかけに、望月衣塑子の関心は俳優志望からジャーナリスト志望へと移っていく。
慶應義塾大学法学部に進学してオーストラリアへの留学を経験したあと、望月はマスコミをターゲットに就職活動を開始した。だが就活は難航を極める。
〈マスコミの試験は、まず最初にテレビ局から始まる。全国放送のキー局は一通り受験した。だが、面接試験でことごとく落とされてしまった。テレビ局の面接で「ジャーナリストになりたいんです」と熱く語っても「テレビ局の仕事は報道だけじゃない。営業や経理の仕事もやれないと困るんだよね。そんなに記者をやりたいなら、絶対テレビはやめときな」と説得された。最終面接まで進んだテレビ局は一つもない。
NHKは筆記試験の前に1次面接がある。当時から熱量だけはあったのでガンガン自分の考えを訴えると「がんばれよ。とにかく筆記をがんばれ」と励まされる。だがNHKは次の筆記試験にさえ進めなかった。テレビ局は1次面接や2次面接で全滅した。〉(『ブレない人』32ページ)
テレビ局の就活で全滅したあと、望月衣塑子は新聞社の試験を受けることにした。
現在の望月の活動を知る人は、誰もが「リベラル」「左寄り」「政権との対峙」という印象を強くもつと思う。就活当時の望月は、意外にもリベラル派でも左派でもなかった。
〈学生時代の私は、今のように物事の考え方が左寄りだったわけではない。ノンポリの学生だったし、「産経新聞でも読売新聞でも、どこでもいいから新聞社に入れればいいや」と思っていた。
ワーッ!と全国紙の入社試験に応募しまくったはいいものの、朝日新聞は筆記試験でいきなり落とされた。他の全国紙もなかなか先に進めない。試験は想像以上に落ちまくった。当時、朝日新聞やNHKなどマスコミは学生から人気が高かった。1万人以上も受験者がいれば、初期段階でふるいにかけられるのは当然だ。何百倍という厳しい倍率を勝ち抜くのは容易ではなかった。〉(『ブレない人』32~33ページ)
マスコミ一本に就職活動を絞ると、すべての試験に落ちて就職浪人生活に入ってしまいかねない。そこで保険として銀行の入社試験にも応募してみたものの、こちらの就活もうまくいかなかった。
〈「これはまずいな。どこかの地方紙に入れればいいけど、下手するとどこも引っかからないかもしれないぞ」
就職活動は難航し、次第に焦りが募ってきた。〉(『ブレない人』33ページ)
慶應義塾大学に通っていた望月衣塑子の強みは、三田会(慶應の同窓会)の人脈を生かせることだ。マスコミに就職したOB・OG訪問をしているうちに、おもしろい出来事が起きた。
〈学生時代の私には政治的な信条なんて何もなかったから、読売新聞も産経新聞もOB・OG訪問したものだ。
当時、政治部で官邸キャップを務めていた産経新聞記者が「そんなに記者をやりたいんだ」と私の情熱を評価してくれた。
(略)
「こんなに記者をやりたい学生がいるのか。この子は記者に向いているな」と思ってくれたらしい。「ウチを受けさえすれば、2次(面接)から動かして引っ張るよ」と言われた。いわゆる青田買いだ。あのころは、大手新聞社同士がわざと試験の日程をバッティングさせていた。産経新聞を受ければ青田買いのおかげで合格したかもしれないが、労働組合運動に熱心な父に相談したら「産経か」と難色を示された。〉(『ブレない人』34ページ)
産経新聞の試験の日程がほかの新聞社とバッティングしていたため、慶應の先輩記者からの青田買いは断る。続いて中日新聞や北海道新聞の入社試験に挑戦する中、突然両親の離婚話が勃発した。青天の霹靂(へきれき)だ。
〈ある日父がこう言った。「お父さん、お母さんと別れようと思うんだ」。ショックだったが、「2人が決めたことならしょうがないよな」と思い、親の離婚問題をめぐる自分の葛藤について論文を書いた。
(略)
「なんで君はこのテーマで論文を書いたのか」と問われ、面接の場で自分の思いを堂々と語った。その様子が、人事部長や面接官の関心を惹いたようだ。〉(『ブレない人』35~36ページ)
両親の別れ話を敢えて就活の前面に出し、望月は家庭崩壊のピンチをチャンスに変えた。こうして彼女は、新入社員として東京新聞(中日新聞社)に入社するのだ。
(つづく)
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